北沢少年と俺   作:パンド

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俺の事情と北沢さんの事情

 

 

 

 ──この気まずさに、一体なんて名前を付けようか。

 

 8月が終わり、夏休みが終わった9月のある週末。

 俺は、再び都内の水族館を訪れていた。

 もちろん1人ではない、けど前回と違って五人でもない。

 今回のメンバーを紹介しよう。

 まずはこの俺、黒山由人。

 そんな俺の小さな友達、北沢陸。

 陸の姉でクールな美少女、北沢志保。

 以上が、今日という週末を水族館で過ごす3名となる。

 つまるところ、保護者抜きだ。

 俺の母親も、陸の母親も、残念なことに予定が合わなかったようで、しかし陸にこれ以上の待ちぼうけをさせるのも申し訳ないという話になり、こうなった。

 北沢家でも異論はなかったらしく、信頼して頂けているようで大変喜ばしいことではあるのだが。

 

 どうにも、北沢さんの様子がおかしい。

 

 時折、俺に視線をくれては、考え直したようにそらしたり。

 思い詰めた顔を、隠す顔をしてみたり。

 後者に関しては、付き合いの浅い──それこそ陸と比べれば海と水たまりレベルの俺にも分かってしまうのだから、よほどの想いが彼女の中にあるのかも知れない。

 

 なにか俺に言いたいことでも、あるのだろうか。

 

「……すみません、少しお手洗いに」

「わ、分かった。あそこのベンチで待ってるよ」

 

 陸の手を引いて、腰を下ろし北沢さんを待つ。

 俺に心当たりはない。

 北沢さんに粗相を働いた覚えもないし、前回別れてから今日まで、実に代わり映えのない平凡かつ真っ平らな日々だった。

 仮に黒山家との関係性について考えているのなら、親御さんに話を通した方が早いはずで。

 だとすると、これは彼女個人が抱えているナニカ、に依るものという推測が立つ。

 ここはひとつ、彼女をよく知る人物に話を伺ってみよう。

 

「なぁ陸、ちょっと聞きたいんだけど」

「どうしたの、よしにぃ?」

 

 キラキラとした目でこちらを覗きこむ彼に探りを入れる、というのは若干気が引けるけど、北沢さんをあのまま放っておくというのもダメな気がする。

 

「陸のおねーさんさ。なんか考えてる、みたいだよな」

「おねえちゃん電車に乗ってるときから、ずっとだよ」

「そか、家だと変わらない?」

「えーっとね、おかあさんの本をたくさん読んでた」

 

 つまり、どう言うことだってばよ。

 

「おかーさん?」

「うん、よしにぃのおかあさん」

「あーなるほど、母さんの本を……陸は、おねーさんから何か聞いてる?」

 

 陸は小さく頭を振って、

 

「どうしたの? って聞いても、何でもないよって。おねえちゃん、怒ってるのかな……」

「それは絶対にないし、もし怒っていたとしても、陸に怒ってるってことは100%ありえないよ」

 

 あり得るとした、それは俺にだ。

 

「でも僕、よしにぃとおねえちゃんがケンカするの、いやだよ」

「お前は本当にいい奴だなぁ!! うりうり!!」

「わっ、くすぐったいよー」

 

 小さな頭をグリグリと撫で回しながら、俺は陸のためにも北沢さんに話を聞こうと、そう決意した。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 数十分後。

 陸はタッチプールではしゃいでいるので、前回と同じく俺と北沢さんの二人きりだ。

 つまり話しかける絶好のチャンス、なのだが……北沢さんの顔が怖い。

 俺と二人きりになってから、ますます眉間にしわを寄せては引いてを繰り返している。

 これもう絶対俺が原因じゃん、俺に何か言おうとしてんじゃん。

 けど言うか言わないかで悩んでるってことは、そんな悪い話ではないのだろうか。

 

 ただ、まぁ。

 これ以上うじうじ悩んでも仕方ない、話しかけよう。

 

 

「「あの」」

 

 ……俺たちは出だしを絶対に被らせる呪いにでも、取り憑かれているんじゃなかろうか。

 

「先、譲るよ」

「ありがとうございます。その、ですね」

 

 北沢さんは眉を顰め、それを解くと、

 

「母伝手にお話はしましたが、黒山さんにも伝えておきたくて。サインの件、ありがとうございました」

 

 あぁ、確か北沢さんの友達が母さんの大ファンで、サイン入りの本を贈ったんだっけ。

 

「伝えておくよ、母さん褒められるの好きだから」

「その子、家宝にしますって宣言してましたよ」

「それは褒めすぎじゃないかなあ」

 

 どうりであの日からしばらく機嫌が良かったわけだ。

 てか、これが言いたかったことなのかな。

 まだ何か話したいことがあるのでは。

 そう考えていたら、

 

「でも、黒山先生の作品が素晴らしいと思うのは、私も同じ気持ちです」

 

 これまでとは声色が違った。

 北沢さんの目を見ると、やると決めた人の色をしていた。

 

「今、母と一緒に黒山先生の本を集めて、読んでいるんです」

 

 言うべきか、言わざるべきか、悩んで。

 それでも言おうとしてる顔をしていた。

 

「先生の世界観が好きです。それで、その、もっとよく知りたくて……先生のことを、調べました」

 

 あぁ、そう言うことか。

 ここまで聞いて、俺は北沢さんが何を知ったのか、何を知ってしまったのか、何を言うべきか、何を言わないべきか、何で悩んでいたのか。

 その全てに察しがついた。

 別におかしな話ではない。

 好きな小説家、作曲家、歌手、芸人、アイドル、なんだったら特に肩書きのない人物でもいい。

 気に入った人のことをもっと深くまで知ろうとして、検索をかける。

 よくあることだ。

 よくあることだから。

 

 

「──黒山さんの、お父様のことを知ってしまって」

 

 別に、そんな思い悩んだ顔をする必要はないよと言いたかった。

 けれど真面目な北沢さんは、きっと自分から探ってしまったという罪悪感にかられている。

 だから俺は、

 

「北沢さん」

「……はい」

「少し、俺の話をしてもいいかな?」

 

 面白くもなんともない物語だけど、黒山由人の話をしようと思った。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 父さんは、とある港町の船乗りだった。

 具体的にどんな仕事をしていたのかは、結局分からずじまいだったけれど、世界のあちこちに船を走らせていたって聞いている。

 そんな父さんを、ある時一人の作家が訪ねてきた。

 俺の母さんだ。

 作家と取材相手だった二人は、いつしか妻と夫になった。

 子供も産まれた、というか俺だ。

 それなりに過去の記憶ではあるけれど、俺たちは幸せだった。

 

 

 それから8年後、父さんは事故で死んだ。

 

「船が転覆したって聞いてる。で、それから母さんは小説に没頭してさ」

 

 あの頃のことは正直よく覚えてないし、思い出そうとしたことも無かった。

 ただ、ただ、必死だったことだけは心に残っている。

 

「ほとんど部屋にこもりきりで、一日中机に向かってた。話しかけられるような、雰囲気じゃなかったよ。自分の家のはずなのに、知らない場所に居るみたいだった」

 

 俺の生活は変わった。

 当たり前が、変わっていった。

 朝起こしてくれるとか、ご飯を三食作ってくれるとか、洗濯物をカゴに入れとけば綺麗になって畳まれているとか、毎日掃除機をかけてくれるとか、そういうのが当たり前じゃなくなって。

 朝は自分で起きて、食事を作って、洗濯機を回して、家を綺麗に保って、こういうのが俺の当たり前になっていった。

 

「ただ、母さんの担当をしてくれてる人が、時々様子を見に来てくれて。家事の仕方だったりは、その人に教えてもらったんだ」

 

 それから数ヶ月が経って、母さんは一冊の小説を書き上げた。

 

「それが、『さらば妖怪』なんですね」

「うん。アレを書き上げてから、小説を書くたびに、母さんは少しずつ、元の母さんに戻ってくれた」

 

 母さんは賞を取った。

 担当の岡田さんが狂喜乱舞していたのは覚えているけど、母さんは喜ぶより一冊でも多く物語を書こうとしていた。

 おかげで、と言うべきか。せいで、と言うべきか。世知辛い話になるが、母さんの本が売れたので、お金に困ることはなかった。

 

 最初は寂しかったし、悲しかった。

 自分のよく知る家が、まるで他人の家のように感じて、怖かった。

 でも、母さんだって苦しんでいた。

 部屋から漏れ出す泣き声を、聞かなかったことにはできない。

 母さんは、今でも物の味がイマイチ分からないのだ。

 

「んで、4年くらいで今の母さんになったって感じかな」

「……大変、だったんですね」

「まぁ、うん。ただその甲斐あって、そんじょそこらの男子高校生より、料理洗濯掃除をこなせる自信はあるよ……他には、そうだな」

 

 俺が他にもできるようになった事を挙げようとすると、

 

 

「──お裁縫、とか」

 

 ポツリと、自然に零れたような声だった。

 

「あぁ、裁縫もだ。転んで破いたりとか、ボタンが取れて、自分で付けようとしたら最初は全然できなくてさ」

「自分の指を縫いそうになったり?」

「そうそう、何回やりかけたか分からないよ。不器用だったから」

「分かります。私も、頭では理解しているのに上手く動けなくて」

「指先が想像に着いていかないんだよね」

「えぇ、分かります。本当に」

「困った話だよ。本当にさ」

 

 思わず、笑ってしまった。

 打てば響くような、そのやり取りの心地良さに。

 横を見ると、北沢さんもほんの少しだけ口角が上がっていて。

 俺は初めて、自分に向けられた彼女の笑顔を見た気がした。

 

「大変、でしたね」

「あぁ。お互い大変だね」

 

 俺の返答に、北沢さんは察したようだった。

 彼女が俺の事情を知ったように、俺が陸の事情を知っていたことに。

 

「知っていたんですね」

「初めて陸とあった時に、うわべだけ」

「……きちんと、お話すべきでしょうか?」

 

 それはつまり、そう言うことだろう。

 北沢さんはとても誠実で、かつ律儀な人だ。

 俺の話を聞いたからには、自分のことも話すのが筋だと考えているに違いない。

 でも、わざわざ確認したということは、出来ることなら口にしたくないはずだ。

 

「いいよ、俺が勝手に話しただけなんだし」

「ですが──」

「北沢さんは、今を頑張ってる人だから」

 

 納得していない様子の北沢さんに、俺は思いの丈を伝えた。伝えなければと思った。

 

「俺はもう『頑張った』人なんだ。だから、こうして他人にお節介を焼いたり、頑張っていた時の話ができる」

 

 けど、そう言って俺は本音ってやつを口にする。

 

 

「北沢さんは今を『頑張ってる』人だから、無理に話して聞かせる必要は、ないと思うんだ」

 

 俺の言葉に、北沢さんはどう返したら良いのかと迷っているようだった。

 しかし彼女が答えを出す暇を、待ってやくれない奴がいる。

 プールから戻った陸が、北沢さんの袖を握っていた。

 

「おねえちゃん、もう平気なの?」

「り、りっくん。平気って、なにが?」

「家でてから、おねえちゃん変だったから」

「──あっ、」

 

 陸の瞳が、心配そうに姉の目を覗き込む。

 それ見て、見返して、北沢さんはこう言った。

 

「うん、もう平気だよ。心配してくれて、ありがとうりっくん」

「よかったぁ、よしにぃもありがとう!!」

「いやぁ、おねーさんと楽しくお喋りしてただけだよ」

 

 すると弟を慈しむ目から一転、ジトっとした目線で、

 

「……楽しくかは、置いておくとして。気を遣って頂いたようですね、ありがとうございます」

「あ、あはは、いや……ほんと、お構いなく……」

「──はぁ、冗談ですよ。でも、お話できてよかったとは思ってます」

 

 なるほど、では赤裸々に語ったのは無駄ではなかったらしい。

 そんなことを思っていると、北沢さんは姿勢を正して、

 

「それで、ですね黒山さん。遅れてしまって申し訳ないのですが、実は折り入ってお願いしたいことがあるんです」

「あ、うん。凄い改まってるけど……聞くよ」

「ありがとうございます。このチケットを、黒山さんに受け取って欲しくて」

 

 彼女が取り出したのは、今から大体2ヶ月後。11月の中頃に行われる、どこぞの劇場のライブチケットであった。

 765プロライブ劇場。

 チケットにはそう書いてある。

 765プロ……どっかで聞いたような、聞いてないような……

 

「あ、ありがとう。ちなみに理由を聞いても?」

「そうですね。毎回ご家族用にと、出演するメンバーはチケットを2枚貰えるんです」

「う、うん?」

「今回も、母は予定が合わなくて……弟も一人では来られませんし、もし良ければなんですが、黒山さんにご同行頂ければと」

「ごめん、ちょっと待って」

 

 待て待て待て、今の話を整理すると……整理するとだ、まるで北沢さんがそのライブに出演するような。

 

「北沢さん、ライブ出るの?」

「えぇ、そうですけど」

「なんで?」

「何でって……もしかして黒山先生から聞いてないんですか?」

「いや、なんにも……」

 

 頭を抑える北沢さんに、俺は猛烈な既視感を覚えた。というか、母さんに振り回される俺だった。

 そして、俺は北沢一家に出会って以来の衝撃に見舞われる事となる。

 北沢さんは、いかにもな完成された笑顔を作って、

 

 

「私、アイドルなんです」

 

 マジですか北沢さん。

 

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