北沢少年と俺   作:パンド

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765プロライブ劇場と俺

 

 

 

 ──今日はいったい、日記になんて書き遺そう。

 

 

 765プロライブ劇場と、表のどデカイ看板には描かれていた。

 いや、訪れる前に散々検索をかけたので、ここが何という名前で、何をする場所かは知っている。

 ここは前述の通り765プロライブ劇場という名前で、765プロダクションに所属するアイドル達がライブという名の興行に励む場所だ。

 それは知っている。

 ただ、あのバカでかい看板を見ることで、本当に来たのだなという実感が、今更ながらに湧いてきたのである。

 

「すっごいね、よしにぃ。人がたくさん」

「そだな陸、たくさんだなぁ」

 

 いや、ホント沢山居るなぁ。と、俺は4ヶ月前に出会った小さな友人、北沢陸に笑いかける。

 エントランスホールと思われる、赤い絨毯の敷き詰められた場所。

 それなりの広さがあるはずのホールは、今現在老若男女でごった返していた。

 きちんと列になってはいるものの、その列自体が折り返しを繰り返しているため、まるで巨大なシャクトリムシの様だった。

 万が一にも、まぁこれだけ混んでいるので千が一にもとしておこう。陸とはぐれたりすることのないように、俺はしっかりと彼の手を握っていた。

 それこそ万が一のことがあれば、北沢さんは俺を許さないだろうし、なにより俺が俺を許せなくなる。

 大袈裟に聞こえるかもしれないが、未知の場所に保護者として行くからには、それくらいの心構えは持って然るべきなのだ。

 

 

 俺はこれから母さんも北沢母さんも、北沢さんも居ない状態で、つまり二人っきりで、陸に姉のパフォーマンスを見せるという使命を果たすのだから。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 友人の姉(歳下)に、自分はアイドルだと打ち明けられた時の正しい反応を、俺はまだ知らない。多分この先も知らない。そんなことは広辞苑にも載っていない。

 初対面で名乗ってもらえれば、そうなんですか美人さんですもんねで流せたかも知れないが……あれだ、少しは話せる間柄になってから打ち明けられると、妙に気恥ずかしいのだ。

 とりあえず詳細はまた。ということで、俺は有無を言わせずチケットを握らされた。

 

 そんな衝撃の告白の、その翌日。

 ショックから立ち直った俺は朝目覚めると、無言で母さんの布団を引っぺがし説明を求めた。

 

「ああ、何てことするの由人!! 子供による親の虐待なんて……使えそうねコレ」

「逞しいなオイ!! いやそうじゃない、それはどうでもよくてさ」

「どうでもいいなんてっ、そんな子に育てた覚えはないのに!!」

「やかましい半分くらいは自力で育ったわ!!」

 

 こんな朝早くから声を張らせないでと最後にツッコミ、本題に入る。

 

「それで、北沢姉のことなんだけど」

「あ、うん。志保ちゃんのこと? 良い子だよねぇ。中学生が家族の幸せのためアイドル界に飛び込むなんて、事実は小説よりも奇なりだね」

「なんてこった、そんな事情が……」

「北沢さんも志保ちゃんのことを語らせたら中々よー。それでね、陸くんをライブに連れて来てほしいって」

「そこまで知っててなぜ黙っていたぁ!!」

 

 すると、母さんはけろっとした顔で、

 

「なぜって、ネタバレしたらサプライズにならないでしょう?」

「いらなかったそんなサプライズ……っ!!」

「でもさ、連れてってあげるんでしょ由人」

「それは、まぁ。断る理由もないし」

 

 それが北沢家たっての願いであるなら、力になりたいと思う。

 しかし、しかしだ。俺はアイドルのライブというものを、画面越しにですら見たことのないど素人である。

 そんな俺が果たして彼女らの期待に添えるのか、陸になんの不自由もなくライブを楽しんでもらえるのか、正直なところ自信がない。

 ……そういえば、母さんの小説にアイドルを生業とする妖怪の話があったな。

 

「ちなみに母さん、アイドルのライブって見たことある?」

「見るもなにも、765プロさんのライブには一時期通わせて貰ってたのよ? まだ劇場ができる前だけどね、社長さんには色々とお話をして頂いたわ」

 

 おお、なら一安心だ。

 母さんが居れば、ライブの楽しみ方ってやつを教えてくれるだろうし、一抹の不安もなくなる。

 そう思って安堵した俺に、母さんはあっけらかんと、

 

「でも私、その日は取材の約束があるの。詳しくは話せないけど、2ヶ月後のアポを取るのにメチャ苦労したとだけ言っておくね」

 

 たとえ何があっても約束は取り消さねぇぞと、母さんの顔には書いてあった。

 

「分かったよ。でもせめて、ライブに行くに当たっての準備とか、その辺は教えてほしい」

「え、嫌だけど」

「はぁ? なんで、またそんな……」

 

 特に意味のない意地悪を。そう言おうとして、俺は口を噤んだ。

 母さんが、珍しく真面目な表情をして見せたからだ。

 

「あのね、ライブってのは演る側にとっても、観る側にとっても、一回きりの物なの」

 

 だから、だからこそ。母さんは教えておこうとしたのか。

 

「だから、まずは体で当たって砕けなさい!!」

「いや砕くなよ、陸もいるんだよ、巻き添えだよ!!」

「だーから大丈夫だって、行けば分かる!! 皆んな良い人達だよ。演る側も、観る側もね」

 

 際限なく根拠なく、自信に溢れたその顔に、俺は黙って頷くしかなかった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 2ヶ月なんて天井のシミを数えていればあっという間だ。

 

 北沢さんはライブの練習で忙しく、あの日以来会っていない。その間も何度か陸と水族館へ行きはしたものの、陸にはあまり仕事の話をしていないらしく、とりあえず家では元気だという報せだけが俺の耳に届いていた。

 便りがないのは良い便りというが、普通に良い便りが来ていたので良しとしよう。

 

「じゃあ陸、少しおねーさんと電話するから」

「うん、まってる」

 

 指定されていた時刻通りに、俺は携帯電話を取り出し指定されていた番号を打ち込んだ。

 北沢志保、北沢さんの携帯番号をだ。

 それは都会に来てから買い与えられ、長らく母さんとの連絡のみに使用されてきた外見はおろか中身も薄っぺらい俺の携帯に、二番目に登録された電話番号である。

 登録したのは2ヶ月前のあの日だが、実際にかけるのは今回が初めてだ。

 しかし、なんだな。女の子に電話するのって案外緊張するんだな、面と向かって会話するのとはまた違った緊張だ。

 数回のコールが鳴ったのちに、そろそろ聞き馴染みのあると言っても許されるのではと思う声が聞こえてくる。

 

「もしもし、黒山さんですか?」

「はい黒山です。こんにちは北沢さん」

「はい、こんにちは。今どちらですか?」

「ちょうどエントランスホールに入ったところで、こっからどうすればいいかな。すっごい人だ」

「では列には並ばず、一般のお客さんが入場し終えてから、スタッフの方にチケットを見せてください。関係者席に案内してもらえるはずです」

 

 関係者席かぁ、聞いてはいたけれど自分がアイドルの関係者だと思うと、中々どうして不思議な感覚である。

 いや、正確には関係者の付き添い、なのだが。一般席だと最前列でもない限り何も見えなくなるであろう陸も、その席なら問題なく姉の勇姿を見届けられるはずだ。

 

「了解、陸とも話しておきたいかな?」

「……いえ、止めておきます。あまり口に出したくありませんけど、緊張してしまいそうで」

 

 なるほど、そういう事もあるのか。

 身内に見られると思うと、言葉にはならない類の緊張感が生じるのやもしれない。

 

「すみません、もう時間なので。弟によろしくお伝えください」

「わかった。じゃあ北沢さん、楽しみにしてるよ」

「──ありがとうございます。黒山さんのご期待にも添えるよう、頑張ります」

 

 俺は通話の切れた携帯をしまい込み、陸の手を引いて列の邪魔にならない位置へと陣取った。

 会話中から入場整理が始まっていたようで、どんどん短くなるシャクトリムシを眺めながら、

 

「おねーさんが、陸のためにも頑張るってさ」

「うん、僕もすっごく応援する!!」

「俺もだ。頑張ろうな、お互い」

 

 多少の意訳は入ったが、まぁだいたいこんな感じのニュアンスだった。

 あれだけ賑わっていた人達も、いざ開場すると驚くほどスムーズに捌けていく。

 そして最後には、列整理をしていたスタッフさん達と、俺と陸と、数名の男女が残された。

 この人達も、いわゆる関係者なのだろう。

 すでに顔見知りなのか、彼らは仲の良さそうに話しながら時間が来るのを待っていた。

 いずれも俺より1〜2世代歳上に見えるので、きっと親や祖父母、または業界関係の人達なのだろう。

 少しだけ、ほんの少しだけど、この人達とのライブ鑑賞に馴染めるのか、そんな不安がよぎった。

 

 いや、こんなことを俺が考えるのはやめにしよう。

 さて、この後はスタッフさんにチケットを渡して──

 

 

「ごめんなさい。少し、いいですか?」

 

 背後からの声に、俺はゆっくりと振り向いた。

 声の主は、青い髪の女性だ。

 歳は俺の母さんと同じくらいで、非常に失礼ではあるのだが、第一印象としては。

 なんだか、幸薄い顔をされているなと、そう思った。

 

「えと、どうかされましたか?」

 

 俺が問いかけると、これまた失礼で恐縮の限りだが、女性は幸薄そうに微笑み、

 

「貴方たちくらいの子がいるの、珍しいことだなと思いまして。初めてお会いする方ですし──なんだか、困っているように見えましたから」

 

 だから、つい声を。

 そう言われて、思いがけず動揺した。

 そんな素振りを見せたつもりはなかったし、顔に出した覚えもなかったからだ。

 別に表情を隠すのが得意だとか、年がら年中ポーカーフェイスを決めているわけでもないが、初対面の人の不安を察するなんて相当な気がする。

 すると次の言葉を上手く紡げない俺に、女性は芯のある声で、こう名乗った。

 

 

「名乗りもせずに、失礼しました。私、如月千種と申します」

 

 

 

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