自分の感じている自分と
他人から見た自分が違うと知った時、
少女は狼狽した。
ただ普通であること、少女の想像をはるかに凌ぐほどそれは困難であった。
そのせいか、いつしか少女の願いは普通であれることになっていた。
しかし、それはいつも他の無神経な人間に踏みにじられる。
好奇心の的にされ続けるのは、気分のいいものではない。
両親は気を遣い、何度も引っ越しをしてくれた。
それは徒労に過ぎなかったとは言いたくはないが、
結局どこの土地に行っても、人間には変わりがなかった。
もし少女が普通の女性だったら?
少女はこの先も変わらないのだろうか?
考えても仕方のない問いが、頭を巡る。
少女の未来は、両親はおろか自分にすらわからなかった。
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「……暑い!」
残暑の厳しい九月、学校が始まった。
そしてその暑さなど関係なく、
私たちには均等に運動会というイベントが与えられる。
フラグの有無なんて関係のない、強制イベント。
「う~、汗かきたくないよう。」
「仕方ないだろ、僕だって運動嫌いなんだ。」
「ああ、確かに……。」
夏休みが終わる直前、私は彼の家に宿題をしに行った。
その時、運動会も近いことだし
日が暮れ始めたらキャッチボールをすることにした。
もちろん、事前に説明はしていない。
そのときの彼のフォームときたら、傑作だった。
「今思い出しても笑いが……。」
「ましろのその顔はいつみても腹が立つ。」
私が本当の意味で心を許せるのは
私への悪態をついているこの彼で、周りの人たちは
付き合ってるとか、愛だとか恋だとか、
そんな実感の湧かないことばかり言っている。
彼と私の間には純粋で臆病な好奇心と
同情ともいえる感情でつながっている。
一方的に思っているだけだったとしても、
それでもいいと思えてしまうほど、
彼の存在は私にとってはそれほど特別なのだ。
「なんでこう暑いのに練習するかな。
ていうかさ、競技なんだし練習いるの?」
「まあそれは確かに。入退場だけでいいよな。」
「暑いよ。」
「気温が上がると言語能力が反比例するんだな。」
「汗臭くても引かないでね。」
「ああ大丈夫、前から引いてる。」
練習は男女で別れて行うので、
じゃあねと軽い挨拶を交わしてから練習に入った。
「うあ、焼けちゃう~。」
「ましろちゃん日焼け止め塗らないの?」
「うんー、私嫌いなんだよね。」
「色白いから塗らないともったいないよ!」
「やっぱそだよね。今日買いに行くよ。」
なんとも女子らしいこんな会話は、実は苦手だ。
私は化粧もしないし、スキンケアもほぼしない、
最低限の身だしなみを整える程度しかしない。
『焼けちゃう』なんてさっき言ったのももちろん本心だが、
それが嫌だという意味で言ったわけではない。
私のような女が賛辞を受けるより、さっき話しかけてくれた
安野さんの方が褒められるべきと思う。
だからこそ、恋愛には関心しないというか
私には無縁なものだと見える。
正直、私は私のすべてがコンプレックスだ。
肌だって血色が悪く見えて好かないし、
脚だって長くていいことなんて大してない。
目のことは言うまでもない。
でもそれは、『ふつう』の人からしたら
『ふつう』ではないことになり、
いいないいな、と欲しくもない羨望の眼差しを浴びる。
私はそれが大嫌いだ。
欲を言うなら本当は
私だって、こんな風に生まれたかったわけではない。
私だって、恋愛をしてみたい。
私だって、私だって……。
どうしてみんなと違うのか。
どうして私だけ人の視線を浴び続けないといけないのか。
今更考えることもやめたはずのことが、
炎天下のせいか頭をぐるぐると回る。
いつだって他人は自分勝手。
私の気持ちなんて考える人はいない。
ぐるぐると頭を巡り続けるのは、止むことのない
好奇心への嫌悪と私のどうしようもない希望だった。
ぐわんと視界が揺らぎ、有象無象たちの様子が
上下左右がごちゃごちゃになった。
私の頭の中には
大空に打ちあがる大きな色とりどりの花火。
果てしない暗闇に広がるそれは
視野をすべて独占してしまった。
その瞬間、頭に強い衝撃が走ったとともに
私の視界は一瞬で奪われた。
目が覚めたとき、外はもうすっかり暗くなって
虫の鳴き声と空調の音が鈍く響いていた。
エアコンの効きすぎたせいで末端は冷え切ったが、
それでも右手には温かみが宿っていた。
ゆっくりと鈍痛の巡る頭を起こすと、
彼が私の右手を握ってうたた寝していた。
男のくせに、女の子のように頼りない手をしていた。
彼の手から感じる優しさと暖かさを離さないよう、
私は握る手に少し力を込める。
寝息を立てて眠る彼の横顔を眺め、
初めてではない、何度目かの複雑な感情が芽生える。
人々はこれを幸せと言ったのだろうか。
周りの人間が言うよう、私は彼に恋をしているのか。
いつか答えを出さないといけない。
でも今はこの幸せという贅沢を噛みしめていたい。
「おーい、朝だぞー。」
つないだ手を揺さぶると、何事もなかったように目を開け、
「寝ていない。」と寝ぼけた声でそう放った。
その顔と声が面白くて、また意地悪したくなってしまう。
「手なんて繋いじゃって、そんなに心配だったのね。」
「仕方ないだろ。熱中症で倒れた人間を
ほっておくほど僕はひどい人間ではないからな。」
ひひっと笑うと、彼は少しうれしそうだった。
「もうだいぶ暗いじゃん、何時なの?」
「八時半、早く帰らないと叶さんが心配するぞ。」
最近の彼はいつも私を気にかけている。
本当に心を許せるのはやっぱり彼しかいない。
「そだね、じゃあ手つないでかえろっか。」
「……わかった。」
名残惜しくも私たちの過ごしたこの夏は過ぎ、
新しい季節の訪れを感じさせる涼しい風は、
私たちから不快な湿気を取り去っていく。
懸命に駆け抜けた夏は輝く花火となって
私の脳裏に大輪の花を咲かせる。
「また季節変わっちゃうね。気づいたら冬かな。」
「僕らが出会ってまだ半年も経ってないのにね。
こんなに時間が過ぎるのが早いのは初めて。」
私は彼と楽しい時間が過ごせていることが嬉しい。
彼とずっと笑い合えたら本当に幸せだ。
しかし幸せとは、やすやすと与えられないこそ
本当の意味で幸せと呼べるものだ。
だからこそ私はこの先の後悔をまだ知らなかった。