「うう、寒いなぁ。」
残暑もいつの間にか消え去り、
冬の息吹が薄手のブラウス越しに感じられ、
思わず身震いをしてしまった。
季節はすでに11月下旬。
山々もすっかり紅葉する時期となった。
学園祭の準備もいよいよ大詰めとなり、
放課後の学校は賑やかさを保ったままだった。
この学校では、学園祭にかなり力を入れてるようで、
三日間という期間は、あっという間に、
それでいてとんでもない数の人が訪れるそうだ。
一日目に文化発表会、
二日目と三日目に模擬店を催すらしい。
我が校は吹奏楽部、ダンス部や軽音部など、
華々しい文化部も好成績を残しているのだが、
英会話部の英語スピーチや、珠算部など、
数々の賞を受賞するほどらしい。
それ故、文化発表会にもかなりの人が訪れるそう。
私は模擬店で美味しいものさえ食べられればいいのだが。
私たちのクラスは焼きそばを出すことになった。
それは鉄板焼き屋の息子、『焼きのうっツン』こと
宇都宮英治くんきっての希望だった。
彼の鉄板に対するこだわりは、
話し始めると誰も手がつけられないほどだった。
実際、出し物を決める総合学習の時間の彼は、
熱々の鉄板の上で踊るステーキのように、
チャイムという制約が訪れるまで止まらなかった。
(クラスの誰もが呆気にとられていたため、
誰も宇都宮くんの話に割り込めなかった。)
その後、ちらほら他の意見もあがったが、
宇都宮くんの熱気に押される形で、焼きそばに決まった。
会場の設営も終わり、準備することもない私は、
使われてない教室のベランダから海を見ていた。
安達山より向こうに見える海は、
どこから見ても広大で放漫で、優雅だった。
だいぶ離れたこのベランダにも、打ち付ける波の音が
聞こえるような気がした。
「安達山もすっかり赤くなったよな。」
「うんうん、ほんとそうだね。」
「てか、ブラウス一枚で寒くない?」
「んーん、まだ大丈夫。」
私は、何故か嘘をついた。
カーディガンなんて羽織っている彼は、
軽装備な私が寒そうに見えて当然だろう。
私がこの街に越してきて、もう七ヶ月が経った。
目新しかった景色もすっかり慣れて、
それらの色は目まぐるしく変化していった。
夏には青々としていた安達山でさえ、
熟したパプリカのように真っ赤になっていた。
生き生きとした七ヶ月間だった。
「なんかあっという間に秋だなぁ。
このままだと気づいた時には卒業しちゃいそう。」
ざざぁ、と風になびかれ囁く木々たちは、
まるで戻ることのない時間を告げているかのようだった。
「放課後にさ、安達山に行こうよ。」
彼の思いつきの一言で、
私たちは用はないが安達山に行くことになった。
燃える桜の木下で、何を話すわけでもなく
ただ二人で流れる時間を、
私はオレンジジュース、彼はコーヒーとともに
胃へと流し混みながら過ごした。
クラスメイトの恋愛の話、昨日のテレビの話、
最近読んだ本の話、今朝の占いの話など、
他愛もない会話で満たされた私たちの空間には、
知らない間に夕日が訪ねてきていたみたいだった。
「暗くなる前に帰ろうか。お腹空いたし。」
彼がそう切り出すまで気づかなかったほど、
私は時間を忘れていた。
「そうだね、私もお腹空いた。」
二人でしりとりをしながらゆっくりと帰った。
寝る前、布団に入ってから、
こっそり撮った彼の写真をLINEで送った。
『これ今日の写真!インスタ映え〜( ̄∀ ̄)』
ちょっとしてから返信が来て、
『盗撮スキル高すぎ。あと恥ずかしい。』
とだけ綴られていた。
文字にしてみると、彼のぶっきらぼうな態度は、
なおのことぶっきらぼうに見えて可笑しかった。
彼は寝たのか、返信が来なくなり、
私もそろそろ寝ようかと思った。
時刻は午前一時。草木も眠ろうとする時間だった。
体制を変え目を閉じれば、今日一日のこと、
さっきまでのやりとりが頭をめぐる。
一日を振り返ったり、それを楽しいと感じて
少し嬉しくて笑ってる自分がいた。
「なんだよ、気持ち悪。」
笑いながら、自分ではない自分を一蹴して、眠りに落ちた。
学園祭一日目。
文化発表会は想像以上に素晴らしかった。
吹奏楽の演奏に演劇など、どれも目を見張った。
一日目の熱気はそのままに、二日目になった。
昨日以上の盛況ぶりで、東京と間違うほど人で溢れた。
私たちのクラスの『うっツンの焼きそば』も、
おかげさまでこの日分の焼きそばは完売した。
学園祭三日目。
あいにくの悪天候となってしまった。
しかし雨は降らず、ただ鉛色の雲が
重々しく空を漂っているだけだった。
相変わらずの活気に満ち溢れた学校は、
昨日かそれ以上の人が訪れたらしい。
私たちも予定より早く完売したので、
空き時間は他の模擬店を回ったりと、
学園祭をそれらしく楽しむことができた。
模擬店終了のアナウンスが学校中に響いた。
つい何分前かの人混みが嘘のように消し去り、
生徒と先生は久し振りに、広々とした道を歩いて
体育館へと入っていった。
ざわざわ、と未だ興奮覚めやらぬ様子の生徒をよそに、
実行委員会がエンディングを始めた。
それも十数分で終わり、各々のクラスで
ホームルームを行い、解散という形になった。
私たちのクラスは、自販機で飲み物を買い、
クラスで簡易的な打ち上げをすることになった。
「はい。じゃあみんなお疲れ!かんぱーい!!」
委員長のよく通る声で音頭を取り、
それに続いて、かんぱーい、と飲み物を合わせた。
「どう、楽しかった?」
一番に私のとこへ寄ってきて、彼が言った。
「うん。想像してたよりずっと華やかで楽しかった。
宇都宮くんもだいぶご満悦そうだしね。」
「僕なんか来年がもう楽しみになってる。」
「それは気が早すぎでしょ。」
二人で小さく、隅の方で話していたら
「なあ、振替休日で本チャンの打ち上げやらね?」
と、ウェイウェイ勢の浜里が言い出した。
このクラスは本当にノリが良く、
私も彼も、誰一人嫌がる人がいなかった。
また新しく、小さく驚かされた。
「じゃあまたクラスのLINEで決めよっか。」
そうしよ、うんうん、おっけー。
それからまた、皆はそれぞれで話し始めた。
まだ誰も帰ろうとせず、学園祭の余韻に浸っていた。
無論、私もその中の一人で、クラスで何かするのが
こんなに楽しいと思えたのは、初めてのことだった。
線香花火が落ちたような、なんとも言えない寂しさだ。
しかし、そんな緩やかな時間に水を差したのは、
廊下から聞こえてきた、けたたましい足音だった。
どんどん近づいてきて、ドアが開く音とともに消えた。
教室内の誰もが、そちらに向き直る。
息を切らした担任が立っていた。
「逢沢、お母さんが意識不明の状態で
緊急搬送されたらしい。病院行くから、急げ。」
身体の力がするりと抜け、手に持っていた
甘い缶ジュースを床に落としてしまい、
カツン、と乾いた音が人気のない廊下に響いた。
教室内の時間は止まったように凍りつき、
私はこの後、何を考え、何を感じて、
病院で目が覚めるまでの一切を忘れてしまった。
そろそろ二人のお話も大詰めです。
あと4話ほどで完結予定です。
最後までこの二人を見守っていただけたら嬉しいです。