少年の夢に少女は踊る   作:七海ツヨシ

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最近ツイッターで話題の自殺のお話。
非常に悲しいニュースです。
僕自身、思うところも、このお話に
通じる部分もたくさんあるので、
次回の最終回に盛り込ませていただきます。
不快になられる方もいらっしゃるかと存じますが、
一個人の見解として受け止めていただければ幸せです。



2話-5章 Because of

母が退院して数日が経った。

朝起きて、学校の支度をしている最中、

昨日の晩に見た、久しぶりのパパの顔が、

すっきりせず曇っていたことを思い出した。

外はこれ以上にないほど晴れて、

放射冷却の効いた十二月の朝は、

肌を刺すような冷たさだった。

吐く息は白く、木々はその葉を落とし春に備えていた。

冷たく乾いた空気は、

私の足音をより響かせているようだった。

 

「ましろ、おはよう。」

「おお、今日もいい顔してるな。」

「鼻頭赤くなってるぞ、子供かよ。」

彼はティッシュを出して、風邪気味の私の鼻を拭いた。

「おにゅーのマフラーにはノーコメントかよ。」

私は、鼻をズルズル鳴らしながらぼやいた。

「ちゃんと気付いてる。似合ってるよ。」

「待ってたよその言葉!」

彼が褒めてくれるだけで、

私は一日の活力が湧いてくるのだ。

風邪なんて、どこかへ吹っ飛ぶくらいに。

ただ、その力さえ及ばないほど、

今の私が抱える問題は重たかった。

そして、その不安は私の顔に出ていたみたいだ。

 

「ましろ?」

「ん、なあに?」

「なんか嫌なことでもあった?」

 

今は彼の鋭さも憎く感じてしまう。

そう指摘された私の表情も、曇っているのかも。

簡単に口にすれば、彼もまた、

底なし沼に足を突っ込むように、

囚われ続けてしまうかもしれない。

 

「んーや、なんもないよ。」

「……そっか。」

 

それからはいつも通りだった。

何もかもがいつも通りすぎて、私は不安だった。

つい何週間前かに、母が通り魔に襲われ、

一時は昏睡状態にあったばかりなのに。

あんなことがあったのに、世界は変わってなかった。

クラスのみんなは心配してくれたが、

結局各個人は、世界から離別しているのだと思った。

人ひとり死んだとしても、変わらない。

当たり前なのだが、悲しすぎると思った。

だからこそ、心から心配してかけてくれる言葉も、

私には上部の取り繕いにしか聞こえなかった。

 

「ましろ!」

 

彼の声も届かないくらい、

私の気はどこか遠くへと行っていた。

時間はすでに放課後で、

クラスメイトたちがぞろぞろと、教室を出ていた。

何度呼びかけられても応答しない私は、

流石にいつもと違ったみたいだ。

「今日、なんか変だぞ。」と、言われてしまった。

 

とはいえ、彼を無視したわけでもなく、

なにか考え事をしていたわけでもなく、

私の心がなくなってしまっていたのだ。

ホームルームの内容も、まるで覚えていなかった。

 

「んや、ごめんごめん。考え事してて。」

「僕の声が聞こえないくらいなら、

相談するとか他にも方法があるだろ。」

「本当に大丈夫。まだ頑張れるから。」

「……。」

 

帰り道は、いつもより口数が少なかった。

私は、時折訪れる静けさが耐えられず、

無理矢理新しい話題を出そうとするが、

どれもこれも、天気雨のように一瞬で去った。

家までのあっという間なはずの時間は、

鎖のように足にまとわりつき、

家までの足取りは相当に重かった。

 

それが余計に、私の心を苦しめるのだった。

 

家のドアを開けると、良い香りが鼻をくすぐった。

風邪気味でも嗅覚は冴え渡っていて、

ぼけっとしていた私に、空腹を運んできた。

「ただいまー。」

「おかえり。いつもより少し遅いじゃない。」

「うーん、なんか足が重くてね。」

今日もパパはいなかった。

昨日顔を合わせたのが一ヶ月ぶりくらいだった。

いつも仕事ばかりで本当に大変そうだ。

先にお風呂を済ませて、濡れたままの髪を

タオルで拭きながらリビングへと出た。

テーブルに並んだ料理は、

玄関で感じたより、さらに良い香りを放っていた。

食事中は、学校であったことなどの小さな会話と、

カチカチ、と食器の立てる音がよく響いた。

 

「ましろ、駆くんにはもう言ったの?」

母の問いに、私は手を止めた。

それから、小さく首を横に振った。

「あんまり先延ばしすると、お互い辛いわよ。」

そう言う母も、はっきりしない笑顔をしていた。

もどかしい距離感が、私も彼も苦しめていた。

私も、それは重々理解していた。

ただ、口にしなければ現実に起こらない。

なんて、夢を信じずにはいられなかった。

そして、母は偉大だった。

私の心情を推し量ってか、それとも

母も私と同じ苦しみを抱えているのか、

それ以上何かを言うことはなかった。

 

そのあと、私は珍しく勉強をしていた。

しかし心は相変わらず、どこかへ向いて、

私を一つのことに集中させてはくれなかった。

携帯の画面に目を落とす。

いつの間にか、彼とのLINEは終わっていた。

画面を見れば必ずあったその通知が、

自らの過ちをなお深くするのだった。

ため息を一つ、そして、カーテンと窓を同時に開ける。

外には薄っすらと雪が積もり始めていた。

街灯に照らされ、青白く揺らめいて降る雪は、

冬に相応しく冷たく、そして静かだった。

不気味なことに、玄関に続くタイルの道だけは

雪が積もっておらず、外門まで綺麗に色を分けていた。

何を感じ、何を思い立ったのだろうか、

気がつけば私は外へ出る支度をしていた。

今すぐ彼に伝えなきゃ。

 

厚手のダウンジャケットを羽織り、

ニット帽、マフラー、考えつく限りの寒さ対策を施した。

ふわふわの靴下で滑らないよう注意しながら、

早足で廊下を歩き、階段を降りた。

降りた先で、お風呂に入る準備をした母に会った。

すっかり門限は過ぎていた。

私はやってしまった、と思った。

だが、母は全てを察したようで、

「今から私はお風呂に入ります。

門限は二十二時で、もう過ぎてるけど、

私はなーんにも見てませんから。」

そう言い残して、笑顔と一緒に洗面所へ姿を消した。

その優しさに、溢れそうになる涙をこらえ、

大きくお辞儀をして、玄関を開け放った。

夢中で駆け出した私は、肌を刺す寒さも、

肺を縮こませる冷たい空気も関係なかった。

 

彼の家が見えてきた。

何度も通ったこの道が、とても長く感じた。

ようやく着いた時には、肩で呼吸をしていた。

息を整えもせずにインターホンを押した。

たんたんたん、と中から音がして、

開いたドアの向こうは逆光だったが、

そこに立っていたのは間違い無く彼だった。

 

「ん、あ、ましろか。大丈夫か?」

「うん……。」

息絶え絶えな私を、彼は待ってくれた。

ふーっとひとつ、深呼吸をして、

呼吸をきちんと整えて、話す準備をした。

 

「あのさ、明日から冬休みじゃん。

だからさ、そのさ、えーっと……。」

柄にも無く尻込みしてしまった私を、

彼はこの時、どう感じていたのだろうか。

とにかく、自分の知らない自分を見られて、

言いようのない恥ずかしさを感じていた。

私は、待っていてくれる彼の顔を、見れなかった。

それから数秒、私にとっては長い時間、

「あの、クリスマス、一緒に出かけようよ。」

少し震えてしまったが、声を絞り出した。

 

また少し間があって、彼は笑った。

「そんなに今更かしこまることないだろ。」

「んや、なんというかさ、改めて考えるとさ、

男の子誘うって恥ずかしいことだなって思って……。」

「本当に今更すぎるよ。」

「それで、一緒に出かけてくれる……?」

「喜んで。」

 

私は嬉しかった。

喜びで涙が出そうになるのを、

寒さにかこつけてマフラーを少し上げて誤魔化した。

彼はここ数日間の私を埋めてくれた。

空虚な時間を、たったひと言で埋めた。

それは眼前に立つ彼にしか、できなかった。

母でさえ、できなかった。

 

「それが言いたかっただけ。

じゃあもう帰って寝るね。」

「家まで送るよ。」

「あー、うん。まあそうさせてあげよう。」

 

まだ雪は細かく降り続いていた。

街灯に照らされる木々は、むき出しの枝に

薄く雪を積もらせた。

少し風が吹けば、たちまち白雪は地面へ向かい、

そして一瞬で溶けてしまうのだった。

私はここにきて、手袋をつけていないことに気づいた。

走ることに、話すことに夢中で、気づかなかった。

真っ赤になった手を、息を吐いて温めた。

その様子を見ていたのか、彼は私の手を取った。

 

「こっちの方が、あったかい。」

真っ直ぐ前を向いて、彼は硬く喋った。

緊張しているように見えたが、

何を緊張する必要があるか思いつかなかった。

元々こんな喋り方にも思えた。

 

「うん、そだね。」

私も私で、照れて暑くなっているのか、

寒い中走って暑くなっているのかわからなかった。

どちらにせよ、私の顔はきっと赤いはずだ。

 

もう片方の手には、ポケットにあったカイロをくれた。

私のジャケットのポケットに移して、

そこに手を入れると、熱くてすぐに出してしまった。

「ねーえ、ドライアイスセンセーション!」

「手袋なしであんなに走るからだよ。」

彼と話しながら通るこの道は、短かかった。

すぐに家の外門まで着いてしまった。

「じゃあ、おやすみ。」

「おやすみ。」

 

私はカイロを握りしめて、彼を見送った。

街灯の向こうの暗がりに、彼の姿が消え、

私が玄関の方へと向き直ると、

タイルが花嫁のヴェールのように、

微妙に、絶妙に雪を乗せて美しかった。

歩いて足跡をつけるのが惜しいほどに。

勿体無さを感じながら、玄関を開けた。

すると、また母と出くわした。

(出くわした、と言うとちょっと失礼かも)

母は私を見て、というより、

私の手にあるカイロを見て、にっこり笑った。

 

「おかえりなさい。」

 




本編は次回で最終回となります。
読んでくださる方々には本当に感謝しかありません。
私の処女作である、この少年と少女の
顛末を最後までご覧にいただけたら幸いです。
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