少年の夢に少女は踊る   作:七海ツヨシ

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最終章 The last dance

『あなた、ぐちゃぐちゃだね。』

鏡の向こうの影は、たぶん笑った。

 

『実にあなたらしくない。

あなたはいつでも凛としていたのに。」

 

ああ、面倒くさい。

声も聞きたくないんだよ。

 

『いずれあの男の子とは別れるのよ。

あなたがあの子に振り回されることはない。

今まで会ってきた人たちと、何も変わらない。』

 

どうしてあなたが彼の価値を決めるの。

彼と向き合っているのは、私だから。

 

『だったら腹をくくりなさい。

うじうじしているあなたなんていらないわ。』

 

 

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嫌な夢から覚めた、

今日はクリスマスだった。

 

少し遅めの朝食を食べ、

昼過ぎまでの時間を持て余していた。

ひどく長い時間が過ぎたようにも感じた。

着替えを済ませて、髪を整えるために

洗面所に入り、鏡を見た。

はっきりしない顔をしていた。

着慣れない服が、それを際立たせている。

ぼーっとしてると、母が洗面所へと入ってきた。

 

「せっかくいい服着てるんだから、

髪も可愛くして行かなくちゃね。」

母は私の髪をくしでときはじめた。

髪型や化粧などに無頓着な私は、

母の慣れた手つきに身をまかせることにした。

 

「ねえ、ましろ。」

「ん?」

「ましろはさ、太陽が綺麗だねって言う人に

今まで出会ったことある?」

唐突で何を言っているのかよくわからなかった。

そして、とりあえず考えてみたけれどいなかった。

 

「えー、そんな人いないなぁ。」

「そうね、普通はそんな人いないものね。

でも夜空を見上げて、綺麗って人は多いよね。」

「確かに言われてみたらそうだね。」

「太陽だって、たしかにそこに輝いてるのに、

その輝きに注目する人はいないじゃない。

それなのに夜空は綺麗、なんておかしいわよね。」

「太陽は輝きすぎ、ってこともあるかもね。」

「たしかにそうね。

でも私は暗い時に光る星や月よりも、

たった一人で照らす太陽の方がすごいと思うわ。

『表』の『裏』は『反対』じゃなくて、『裏』なのよ。」

「言ってることよくわかんないよ。」

「そのうちわかる時が来るわ。

はい、出来た。行ってらっしゃい。」

パンっと母は、私の背中を押した。

振り返った先にある鏡に映る私は、

いつもより華やいで見えた。

 

街は冬に彩られていた。

ホワイトクリスマスに相応しく

しんしんと静かに雪が降り、

街路樹を白く塗りつぶしていく。

蛍のように点滅を繰り返すイルミネーションを、

私は彼と歩いた。

彼が食べたいと言ったクレープも、

臨海公園から眺めた工場夜景も、

その前に少し並んで買ったコーヒーも、

二人でいっしょに歩いた駅前通りも、

愛すべき、私の一部へと変わっていった。

この日の何から何までを、私は愛した。

 

私たちは歩き疲れてベンチに座っていた。

終電まであと二本しか電車は残ってなく、

駅前の人通りも、まばらになり始めていた。

 

「ねえ、駆くん。

私言わなきゃいけないことがあるんだ。」

 

何時間か前の喧騒を失った広場に、

すっと冷たい風が吹き込んできた。

彼は静かに私の方を向いて、聞く姿勢を整えた。

 

「私ね、引っ越すことになったの。

年明けにはもう新しい場所に行くんだ。

パパが、まだ通り魔が捕まってないから心配だって。」

チカチカと、イルミネーションが光っていた。

それらは幻覚のようにも見えた。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

『そうよ、今のあなた美しいわ。

孤独こそ、あなたの美しさを引き立たせるのよ。』

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「ましろが僕を誘う時に、

あんなに言葉に詰まったのはそれが理由なんだね。

考えたくはなかったけど、やっぱりか。」

存外、彼は冷静だった。

というより、彼はいつも冷静だった。

 

「実は私さ、幼稚園に入るより前の頃は、

感情に合わせて目の色が変化してたらしいの。

悲しかったら青、楽しかったら黄色、

落ち着いてたら緑、怒ったら赤、みたいに。

でも幼稚園に入って、それが原因でいじめられた。

親同士の関係も急に悪くなったの。

それからはずっと赤いままだった。

だからね、私の目が赤いのは、

お母さんや私をいじめた醜い人間への憎悪なの。」

 

血の繋がっていない他人に、

私の小さい頃の話をするのは初めてだった。

言ったとしても、彼以外まともに聴く人は

きっといないだろう。

彼が私を信頼してるとか、いかにも陳腐で

簡単な話ではなく、彼が偏見を持たずに

話を聞いてくれることがわかっているからだ。

 

「だから私の目は、みんなが言うような

綺麗なものなんかじゃないの。

沸騰した血に染まった、私自身の穢れなの。

私は決して綺麗な人間なんかじゃないの。」

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

おい、見てるんだろ、黒い影。

私は私で、あなたとケリをつける。

砕けた氷が、案外綺麗だってとこ、見せてやるよ。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「でも私、あなたと会えて変われた。

この街に引っ越してきて、変われた。

一昨日、自殺のニュースの話したよね。

あなたその時、『どうしてテレビやSNSで

赤の他人が口を挟むんだろう。

辛かったね、とか、よく頑張ったね、

とか、心の中で思うだけでいいのに。

最後に褒めてあげるだけでいいのに。』って言ってた。

それで私、あなたと会えて本当によかったと思った。

あなたほど他人に寄り添える人は、絶対いない。

あなたといて、本当にこの八ヶ月間幸せだった。」

 

私はやっと、自分の気持ちが理解できた。

これが恋なんだ。

これが誰かを好きになるって気持ちなんだ。

でも、気づいた時には遅かった。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

『あなたが私を捨てたとして、

その先に幸せは必ず待っているの?』

 

そんなこと知らない。でも一人じゃない。

誰かと一緒にいる幸せを、教えてもらった。

 

私は手を大きく振りかざした。

目には見えないが、身体が軽くなった気がした。

そのまま手を振り下ろし、影の映る鏡を割った。

 

『本当、砕けた氷も綺麗なものね……。』

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

私たちは終電に乗って帰った。

最寄駅から家までの道のりは、手を繋いで歩いた。

だんだんと家が近づいていく。

 

この手を離して欲しくなかった。

この時が永遠に続けばいいと願った。

 

引っ越しという運命で、繋いだこの手は

引き裂かれようとしていた。

しかし、私にも彼にも、

それをどうにかする方法などなかった。

私が彼に愛を伝えても、

私も彼も、余計に別れが辛くなるだけだ。

火のついた想いに、

無理矢理水をかけなくてはならなかった。

 

だんだんと家が近づいていく。

比例して、私の目にも涙が溜まる。

ついに外門に着いてしまった。

私は握る手に力を込めた。

 

「ねえ、駆くん。

私たち 、次はいつ会えるかな?」

 

「すぐにでも。」

 

彼の顔に悲しみは微塵もなかった。

『表』の『裏』は『裏』なんだとわかった。

 

「またねっ。」

 

強く握った手を離し、玄関に走った。

涙は開いたままの蛇口のように、

絶えず頰を濡らし続けた。

一度も振り返らず、玄関の中に入った。

そこには母が立っていた。

嗚咽が漏れ、動けなかった。

そんな私を、母は黙って包み込んだ。

きっと、自覚のない恋心を、

母はずっと前から気づいていたのだろう。

私は声を上げて泣き崩れた。

 

彼が私を好きでなくてもいい。

ただ側で笑い合えるだけでも、

くだらない話をしながら登校するだけでも、

私が私である意味がそこにある。

 

十六歳の私の初恋は、

あまりにも不器用で青々しく、

涙と共に流れてしまうのだった。

 

 

 

 

細かい砂に足跡をつけ、波打ち際のわからない

海辺を歩いていた。

波音は耳に優しくささやいて、

夜に染まった海面が三日月を引きずり込んでいた。

僕は立ち止まって、その場に座って、

澄んだ空に輝く星に手を伸ばしても、

やっぱり届くことはなかった。

 

「僕が見ていたのは夢だったのかもな。」

 

彼女が僕に背を向け、家へと駆け込む時、

思わず涙がこみ上げてきていた。

誰かとの別れがこれほど寂しく感じるのは、

彼女が、僕の世界に色を塗ったからだった。

それが眩しい時もあれば、彼女自身の儚さを

僕に見せたり、色とりどりに映った。

本当に、僕の方こそ夢のような八ヶ月だった。

 

ただ、僕の中にある彼女への恋心は、

薔薇の下に埋もれてしまうのだった。

言葉にしようと決心はしていたが、

別れの辛さに打ちひしがれた彼女を見て、

その決心は揺らいでしまったのだ。

果たしてそれが良かったのかは、わからない。

残ったのは、言えなかった後悔と、

離れ離れになる寂しさだけだった。

 

小石を手に取り、海へと投げる。

ぴちゃっ、と音を立てて、暗闇に沈む。

人間の恋心は、どんな本を読んでもわからない。

自分が誰かに恋をして、なお実感した。

そして、恋した人との別れ、

それも自らの恋心は伝えきれない。

本の登場人物が涙していた理由が、身に沁みた。

気づけば自分も、涙をこぼしていた。

 

「濡れちまったら寒いだろうが……。」

 

それは人生で初めて、

誰かに想いを馳せて流した涙だった。

 

 

 

カラカラに冷えた空気が僕を刺して、

鳥の声がよく響く、空虚な朝だった。

まだ冬休みが始まったばかりなせいで、

いやでも朝に目が覚めてしまう。

引きずるような眠たさすら感じなかった。

洗面所で鏡を見たら、少し腫れぼったい目をしていた。

いつものように顔を洗い、

何があるわけでもないが朝ごはんを食べた。

むしろ僕の全てがなくなってしまった。

 

 

 

「駆、なんかポストに入ってたんだけど。」

 

新聞を取りに行った母の手にあったのは、

一冊の絵本と輪ゴムで留められた写真だった。

ゴムを外して写真を広げると、

一番上にあった写真の僕は笑っていた。

どの写真の中にいる僕も、そして彼女も

生き生きとして輝いていた。

たった一年も経たないうちに、

これほどの思い出になっていたことに気づいた。

春の旅行、夏の祭り、学園祭、そしてクリスマス。

それら全ての思い出は綺麗すぎた。

思い返しても眩しすぎて見られないほどに。

僕はまた、涙が込み上げていた。

どんなに我慢してもしきれなかった。

 

「いい人に出逢えたんだね、駆。」

「本当だよ。僕には勿体無いくらいだよ。」

 

 

 

彼女は僕に色を与えた。

だから僕は先に進まなければいけなかった。

与えられた色は僕自身で塗り広げるしかない。

彼女が僕にくれた彩は、

もう側にいない彼女では広げられない。

なら、僕が僕の世界を変えるんだ。

彼女が変えてくれた僕の世界を。

たぶん彼女ほど上手くはいかないけど、

それでも僕は、僕が笑って、

そして彼女がいつ隣にいても笑えるような、

そういう世界を作ろうと決めた。

 

 

いつかまた、彼女の側にいられるように。





次回エピローグにて、完結となります。
お気に入りに登録された方、
また適当に呼んでくださった方も
大変ありがとうございました。
できれば感想も欲しいな、なんて。。

是非とももう一作のナイフの方も
読んでいただけると大変嬉しいです!
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