自分が周りの人間と少し違うと知った時、少年は狼狽した。
嘘をつくなだのお宅の子はおかしいだの、痛烈な批判を浴びたのは
自分の見える世界をありのままに伝えた僕ではなく、僕の母だった。
父も母も気にするな、とだけ僕に話した。
しかし少年はのちに母の泣く姿を見てしまう。
考えずとも、その原因は自分であることは明白だった。
その次の朝、いつもと変わらぬ母の姿を見た。
そして登校中、母に悪口をぶちまけていたあの子の母親が、
つりあがった目をさらにつりあがらせ、おはよう、と笑顔を少年に向けた。
嘘が顔ににじんだ気味の悪い笑顔だった。
その日から、少年はあの子にいじめられた。
原因は、考えたくもなかった。
☆
「はじめまして、逢沢ましろです。」
少女は名前までもが可憐だった。
女子も男子も、クラスのものは皆、彼女の赤い目に魅了されていた。
もっとも、人間に興味のない僕を除いてだ。
一時間目終了のチャイムが鳴り、授業が終わりを告げる。
同時に転校生の席には人だかりができた。
「どこから来たの?」
「彼氏いるの?」
「肌綺麗だけどスキンケアとかなにしてるの?」
転校生は見るからに困惑していたが、答える姿勢は持っているように見えた。
けれど、どの質問に答えればいいか分かっていないみたいだった。
目新しい物好きの人間は、地面に落ちた砂糖菓子に群がるアリのように
転校生を取り囲む。
そして相手のことなど顧みず、土足で玄関から侵入しがちだ。
さらに土足のまま、気になる部屋の引き出しを片っ端から開けていく。
ある程度奴ら自身の興味が満たされたなら、そそくさと玄関から
また出て行って、戻ってくることはほとんどない。
アリどもの新しい餌に食いつくさまが見える休み時間より、
嫌いな英語の授業の方が幾分かましに思えた。
そうこう考えているうちに、二時間目の英語の先生がやってきた。
ハローから始まる事務的な挨拶をこなす。
先生は流ちょうな英語で教科書のページを指定し、
真ん中の席の生徒に音読するように指示をした。
あてられたのが僕でないのに安堵し胸をなでおろす。
朗読をしている彼の向こうにいる転校生が、僕を見て微笑んだ気がした。
それは一秒にも満たない一瞬で、彼女が横から前に向き直る動作だった。
僕の隣の席の山田が嬉しそうな顔で僕の方を見た。
「なあ、今逢沢さん俺の方見て笑ってたぞ。」
僕はきっと気のせいだと思った。
それは転校生は僕の方を見ていた、からではない。
むしろ僕のような影の薄い人間のことなど、眼中にないはずだからだ。
それは山田も同じで、目立つからといって見られるとは限らない。
「たまたま見ただけだろ。」
愛想の悪い返事しかできない僕に話しかけるのが悪いんだ。
「いや、俺は信じるぞ。逢沢さんと仲良くなって証明してやるよ。」
恋は人を盲目にする、とは今の山田に似合いすぎている。
山田は昼休みが終わるまで、この出来事をクラスの男子に豪語していた。
騒がしいけど憎めないやつだな、と少しうらやましく思った。
三時間目の授業が始まり、
平家物語を音読している声が遠くに聞こえる。
僕の意識は教科書ではなく、転校生の赤い目にあった。
赤い目と僕が聞いて思い浮かべるのは、魔女である。
魔女と言えば、知恵が豊富で頭脳明晰、それでいて
卑しい存在と言うイメージが持たれがちである。
描かれている本によってはおばあさんだったり、はたまた
とびっきりの美人だったりする。
その昔、西洋で魔女狩りが行われたように、歴史的側面から見ても
魔女という世間一般のイメージはいいものとは言えない。
しかし転校生からは、悪を感じない。
悪い人間からはそれなりに悪いものを感じ取れるが、彼女は
人当たりもよければ所作に美しさすら感じる。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は・・・なんとやら、なんて言葉が似合う。
魔女を彷彿とさせる瞳を持ちながら、優美さを兼ね備えている。
矛盾した特性を持ち合わせる彼女には、そのせいか
いままで会った人間とは違うものを感じた。
それは、直観と言うには雑であるように思えた。
気が付けば、終礼だった。
また退屈な一日を消化した。
僕にとって無駄な一日をひたすら無駄に過ごしただけ。
ただ、他人のことを考えて過ごした一日は初めてだった。
それほどまでに彼女の存在は、僕にとって異質だったのだ。
日が変わり、高校二年生の三日目が始まった。
天気は曇り。まあまあの読書日和だろう。
カツカツ。革靴の音が小気味よく壁に反響する。
校門の近くで誰かが座っているのが見えた。
これまで二年間登校してきたが、校門に人がいるのは初めて見る。
不審人物かと思ったが、どうやら同じ制服のようだ。
僕の住んでいる地域には三つの高校があるが、
僕の行く高校の制服だけ学ラン、セーラー服のためわかりやすい。
だんだん近づくにつれ、その人影は猫と戯れていることが分かった。
僕の足音に気付いたその人は、戯れる手は止めずにこちらを向いた。
「おはよう、えっと・・・清水君、だっけ?」
少し照れたような、それでいて落ち着きと単調さを含んだ
毒っ気のない表情だった。
「お、はよう・・・」
僕の驚きにあっけを取られた表情を見て、
転校生は―
彼女はくすっと笑い、どこかで見た視線を僕に投げかけた。