始めは提案通り、ラーメンを食べに行った。
北海道だというのに、彼女は豚骨ラーメンだった。
そういう僕も味噌ラーメンは小さいものしか頼まなかった。
そのあとは時計台へ行ってみたり、じゃがバターを食べたり、
夜はジンギスカンを食べに行った。
疲れ果てた僕らはその日、すぐに寝てしまった。
次の日は彼女のごり押しで旭川動物園へと行った。
別に動物が嫌いと言うわけではないが、
わざわざ見に行いきたいと思ったことはない。
動物園では生き生きとした動物の様子が見られた。
これまでちゃんと見に行ったことがなかったので
かえって新鮮で楽しかった。
動物園だけだったのに、気が付くと日が傾いていた。
「うわ、もう夕方じゃん。」
「向こうよりも日が落ちるのが早いのかもね。」
「どうしよっか、ご飯食べちゃう?」
「そうだな。明日に備えようか。」
といういきさつで、二度目のラーメンを食べに行くことになった。
食事も終え、別荘へ戻りひと段落しているとき。
彼女がお風呂を満喫している間、話し相手もおらず暇だった。
浴室の方から楽しそうなハミングが聞こえてくる。
流行りの歌だろうか、僕にはわからなかった。
一人になってふと考える。
誰か友達と一緒に、こんな風に楽しく旅行するなんて思っていなかった。
僕と彼女は、それほどまでに、立派に友人と呼べるほど親しかった。
家族以外との旅行も初めてで、それも女の子なんて。
僕の人生は彼女によって変えられてしまうのだろうか。
でも、それもそれで面白かったりするのかも。
考え方まで変わってしまっている。
意外にも気づかぬ間に、
彼女の赤い目に魅せられてしまったのかもしれない。
自分が自分でないようで、少し笑えた。
彼女が風呂から上がり、続いて僕も風呂へと入った。
あとは歯を磨いて寝るだけ、という状態になって
彼女と少し駄弁っていた。
いつもの学校と変わらず、他愛もない時間だった。
しかし、僕にとってはかけがえなかった。
「じゃあ明日も早いようだし、そろそろ寝ようか。」
「ダメだよ、まだ寝ない。
最後の夜なんだし、ちょっとしたゲームをしようよ。」
「明日の朝君を起こすようなことにならないなら。」
「わかった。ちゃんと起きますから。」
そう言うと、彼女はリュックの中からトランプを取り出した。
「これからやるのは従順ゲームと言います。
カードを一枚引いて、数を予想します。
予想した数に近い方の勝ち。簡単だよね。」
「簡単だな。早くやろう、もう眠い。」
手馴れた手つきでカードを混ぜている。
シャッ、シャッ、と一定のリズムで刻まれる音が
僕を微睡へと誘う。
「ちょっと駆くん、寝てるじゃん。」
「いや、寝ていない。」
「まだ始まってもないんだから、勘弁してよね。」
トンっと机にカードを押し当て、こっちをにやっと笑いながら見る。
「じゃ、一枚引いて。」
好きなところからカードを一枚引く。
「そうだな、僕は8かな。」
「よし、私はこれ。
んとねー、クイーンかな。」
彼女も一枚カードを引く。
「よし、じゃあいくよ?せーのっ!」
バンっと音を立てて、二人同時にカードを出す。
彼女のカードはスペードの5で、僕のはジャックだった。
「ちぇ、負けかよ。」
「一発目から運がなかったな。」
「あ、ひとつ言い忘れてたけど、勝った方は負けた方に
好きな質問でもさせたいことでもなんでもできるから。」
「理不尽極まりないな。」
「だからこそ『従順ゲーム』なわけだよ。
さあ、なんでも言ってごらん。」
僕自身、秘密があるわけでもないのだが、直観的にこのゲームで
彼女に負けるわけにはいかないと思った。
「って言われてもなあ―……。」
今勝ったゲームで何をするかより、次のゲームで負けない方が
僕にとっての問題になっていた。
「君は僕に何か隠し事をしている?」
やっつけすぎる質問だな、と言ってから思った。
「なにそれ、やっつけすぎるでしょ。」彼女にもばれていた。
「まあ隠し事はありますね。はい、じゃあ次いくよー。」
今度は彼女が先にカードを引いた。
「そうだね、7かな。」
「じゃあ僕は9だ。」
せーので出した僕のカードはエース、彼女のは8だった。
「わあ、超ニアピンじゃん。」
「うわ、負けちゃったよ……。」
彼女はひどくニヤニヤした顔でいた。
「いざ勝っちゃうと困るもんだねえ。」
うーん、と言いながら困ったようにしている。
待った挙句につまらなかったら何をしてやろうか。
「まあ高校生なんだし、恋バナがいいよね。」
「いや勝手に決めないでくれよ。」
恋だなんてしたことないのに、語るなんて無理だろう。
「駆くんには好きな人はいますかー?」
「いるわけないだろう。」
「ほんとに?高校生にもなっていないのはまずいでしょ。」
「なら君はどうなんだよ。」
「はい次の勝負ねー。」
切り替えが早すぎる。まだまだ夜は長くなりそうだ。
次のゲームは僕の勝ちだった。
「させたいこともなければ質問もないときはどうすんの。」
「ダメです。」
「質問の答えになってないな。」
「なんんでもいいから、思いついたことでいいよ。」
「じゃあ、好きな人はいますか。」
彼女はにひひっと笑った。
「いますよ?」
「えっ。」
「何その反応、いるでしょ普通は。」
「誰だよ。」
「駆くんも他人の色恋沙汰に興味あるみたいだねえ。」
「まあ、なくはないけど……。」
と言ったものの、実際僕は誰かの色恋沙汰に興味があるのではなく
単純に恋心がどういうものなのか、に関心があった。
小説の題材にもよくなっているが、僕にはそのあたりが欠落しているため
いつもミステリーに逃げがちだった。
ただ、これを説明したところで今の彼女は適当に聞き流すだろう。
深夜テンションというものなのだろうか。
「まあここで私が言っているのは、恋愛の好きじゃないけどね。」
「そんなこと言われるとわからなくなる。」
次のゲーム。彼女の勝ち。
「やったね、勝ちだ勝ち~。」
「何でも来いよ……。」
彼女はどこかのとんちの効いたお坊さんのようにこめかみを抑えている。
ちょっとして、彼女は我に返ったように普通になった。
「ねえ、私のことどう思ってる?」
時間が止まったように感じた。
彼女の発した言葉の意味が瞬時に読み取れなかった。
「え、これ質問?」
「あー、うん。そだね。」
珍しく煮え切らない返事だった。
思い付きだったとしたら思い付きにもほどがある。
とはいえ一度真剣に向き合うのも悪くない、とも思った。
「どう思うかって……。」
アバウトな質問だ。
僕がここで安易に答えを出すことはできない。
彼女を傷つけてしまうかもしれないし、それよりも
単純に僕の中で彼女はどんな位置づけだろうか。
はっきりした答えをここで出さなければいけないと思った。
だとしても、僕の中では『友達』でしかなかった。
それはまだ、彼女と出会って短いからであって
彼女の人となりが原因なわけではない。
「仲のいい、友達、かな。」
「うん、そうだね。」
彼女の屈託のない笑顔は嘘ではなかった。
僕にとってその反応は少し意外だったが、
彼女が笑顔ならそれでよかった。
「よっし次ラストにしよっかー。」
最後のゲームも、彼女の勝ちだった。
「もうこの際なんでもいいよ……。」
「じゃあわかりました。今日は同じベッドで寝てください。」
「……は?」
僕の間抜けた顔を見て、彼女はひひっと笑った。
「従順ゲームですから、ルールは守ってくださいね~。」
仕方なしに彼女のベッドに乗り込む。
ぎしっと音を立ててベッドが少し沈んだ。
シングルベッドに高校生二人は少し狭い気がした。
枕に頭を預けると、彼女と目が合う。
気恥ずかしさと睡魔が同時に襲ってくる。
眠そうにしながら、赤面している僕をからかうように笑い、
「じゃ、おやすみ。」と彼女は小さく声を出した。
この日最後に見た彼女の瞳は、何かいつもと違うように見えた。
カーテンの隙間から差す光が彼女の白い肌を照らし、
薄気味悪く、それでいて妖艶に輝かせる。
彼女が寝返りをうつと同時に、甘いシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
寝息を立てて寝る彼女を見ている、
そんな自分を客観的に想像して何とか我に返った。
『私のことどう思ってる?』
この言葉の意味をもう一度考えてみると、答えは出なかった。
理由を考えても浮かぶはずもなかった。
彼女の隠し事って、なんなんだろう。
この学校に来て一番親しいはずの僕に言えないこと。
わからないことを考えてもきりがなかった。
もう一度、彼女の寝顔を見る。
この苦しいような、胸が締め付けられるような感情。
僕が今まで感じたことないこれは、なんなのか。
知らないことを考えてもきりがなかった。
こんな素敵すぎるイベントがリアルでもあれば…