少年の夢に少女は踊る   作:七海ツヨシ

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1話-6章 知新

三日目。

 

よほど気合が入ってるのか、彼女は僕より先に起きていた。

「おお、目覚めたか少年よ。」

目覚めが悪すぎる僕は、小さくあぁ、と呻くだけだった。

「寝起き満載だね。はやく顔洗ってきなよ。」

のそのそと洗面所に向かい、顔を洗って歯磨きを済ませた。

「意外だねえ、朝弱いんだ。」

ひひっと笑う彼女に僕はまだ、まともな返事ができなかった。

「さ、朝ご飯食べたら行くよ。」

とっくに帰りの準備を済ませた彼女はベッドの上に座っていた。

待たせたら後々めんどくさそうだし、急ぐことにしよう。

 

別荘から最寄駅へと向かい、そこから網走駅に揺られていた。

彼女はどうやら、とっておきの場所があるみたいだ。

さっぱり見当もつかないため、僕は彼女のなすがままになっている。

 

「なあ、今日行くところって普通なのか?」

「いい意味で普通じゃないかな。

私的にはこのために北海道まで行くのも悪くないって感じ。」

「なんなんだ。」

「言っちゃったら意味ないじゃん。

あとちょっとだから、我慢してください。」

これ以上聞かれるのも面倒だろうし、黙ることにした。

 

しばらくして、網走駅に到着した。

そのあとバスに乗り継いで、ようやく着いた。

時間はすでに昼ごろになっていた。

同じバスに乗っていた人たちの後に続く。

 

ちょっと進んだ先で彼女が立ち止った。

そしてこちらに振り返り、

「ここで駆くんにはこれをしてもらいます。」

と言ってアイマスクを取り出した。

 

僕はそれですべてを察した。

アイマスクをしっかりとつけた。

 

「もう見えない?これ何本?」

「三本だろ。」

「見えてんじゃん。やり直し。」

 

デコを平手打ちされた。

それからアイマスクの位置を微調整された。

それもかなり念入りにだ。

 

「大丈夫?さすがに見えてないよね?」

「さっきの状態でも見えてなかったよ。」

「嘘だ。指の本数答えたじゃん。」

「勘に決まってるだろ。」

「よし、じゃあ私についてきてくださーい。」

「だから見えないって。」

 

彼女曰く『仕方なく』らしいが、僕の手を引いてくれた。

 

「あ、足元気を付けて、蛇がいる。」

「え、ちょっと、それじゃ動けないだろ。」

「はーい冗談でーす。でも小石があるから気を付けて。」

「それもほんとか信じられなくなる。」

 

その直後、割と大きめの石に蹴躓いた。

「ほら言わんこっちゃない。」

「十中八九君のせいだろ。」

「怪我したらいけないから、しっかりつかまってよね。」

 

しっかりしているのか、適当なのか。

優しいのか、ひどいのか。

改めてよくわからない人だと思った。

 

「ささ、あとちょっとだよ。」

仲睦まじいものとみる老婦人もいれば、

不思議そうに眺める家族もいた、らしい。

奇抜な二人組になっていたことは間違いなさそうだ。

 

彼女に手を引かれること数分、人の声がしなくなった。

当然、僕の周りに人の気配はなく、さっきまでの喧騒が嘘のようだった。

五月なのに冬のように冷えた空気が、視覚を遮られている

僕をからかうように、するりと通り抜けていく。

心地いい風だった。

 

「じゃあ目隠し外すよ~。」

彼女が僕の背後からアイマスクをゆっくりと外していく。

何分ぶりかの外の光が予想以上に眩しく、目をしかめた。

少しずつ目が光に慣れると、視界に広がっていたのは

一面の花畑だった。

 

しかしそれは単に想像し得る花畑ではなく、花の背丈は小さかった。

それがあたりの地面を絨毯のように埋め尽くしている。

 

花というよりも苔のように見えなくもなかった。

ただ、それは色が認識できない僕ならではだろう。

小さい花々は、それぞれが意志を持って生きていた。

降り注ぐ太陽の光が山々と花たちを照らし、

今いる空間を現実のものとは思えないものにしていた。

壮観な景色だった。まるで桃源郷のようで僕は完全に圧倒されていた。

 

「ね、すごいでしょ?」

 

言葉を失っている僕に彼女は笑いかけた。

そしてこの花の名前は芝桜だと教えてくれた。

ここの芝桜は全国的に有名で、この時期は観光客でごったがえすようだ。

芝桜の色はピンクに少し紫を足した色だとも言っていた。

無論、僕にはわかるはずもなかったが、頑張って例えてくれた。

 

結局わからなかったのは、ここだけの秘密。

 

僕らがいるのは、芝桜公園から少し離れた丘の上だった。

公園内は大勢の観光客で溢れていた。

 

「私どうしても人ごみが苦手でさ、

折角のこんな綺麗な景色ならさ、好きなようにしたいじゃん?

だからここにいる限り、この景色は私たちだけのものだよ。」

 

そう言った彼女の髪を、風がいたずらになびかせた。

 

彼女の言った通り、世界の美しさは計り知れなかった。

この小さい国で、これほどまでに鮮やかで、生き生きとした景色が

今目の前に存在する。僕は知らなかったことだ。

色がわからないからって、人と違うからって、

自分を卑下するようなことがどれほど愚かなことか思い知らされた。

 

僕はただ、この世界に存在する美しさから目を背けていただけだった。

それはどんな身近にも存在するし、ちっぽけだったとしても

立派に輝いていることを知った。

 

花畑のように壮大な彼女の優しさに触れたとき、

「生きててよかった……。」

と、生れてはじめて発する言葉が思わず漏れた。

 

頬を伝う涙も気にせず、過ぎていく時間も気にせず、

僕はただ、目の前に広がっているこの楽園を抱いていた。

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