魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
馬鹿でかい高層ビルが建ち並ぶクラナガンへは、執務室がある局からはバイクで30分弱かかる。
風を切る感覚って奴は、案外病み付きになる。
オレは6年ぶりのツーリングに熱が入り、通常より1時間かけてクラナガンへ到着した。
バイクを駐車スペースに停め、街を散策する。
クラナガンの町並みは、6年見ない内に随分変わったものだ。
高層ビルは急激に成長し、何より人が増えた。
それにちらほら見てると、デートスポットに最適なカフェやらブティックやらが一杯ある。
隣に女性がいれば今日の休日は最高だったが、仕方がない。
今日は、男の休日を楽しむとしよう。
オレは早速、ピンク通りへと入っていった。
おっと勘違いするなよ。別にヤラシイ店に入る訳ではない。
つかそんなモンが昼にやっている訳がない。
夜なら、まだ釣られたかも知れないがそれはともかく。
近道なのだ、ここは。
この先を行くと、オレの行きつけの店がある。
まだやっていればいいが。
オレはヤラシイ店が建ち並ぶ通りを抜け、ストリートへと出る。
そこの直ぐ側に、その店はあった。
「あったあった」
“CAPSULE BEAT”
そうデカデカとポップな字の看板が掲げられたその店は、行きつけの楽器屋だ。
オレがガキの頃から、ここには通っている。
オレは店が開いている事を確認し、戸を開ける。
中に入ると、いつものタバコのヤニ臭い匂いが漂ってきた。
店の中には、ギター、ベース、ドラムセット、ピアノ、教本やらが無造作に並び、年期の入った内装と言える。
「腐れニコ中、来てやったぞ」
オレは客一人いない店の中を、ズカズカと入っていく。
すると店の奥から、一人のロン毛野郎が出て来た。
「……よぉ、もう二度と会えないと思ったぜ。元死刑囚」
「それは奇遇だな。オレもだ、グラッツ」
タバコをくわえたそいつはキバミだらけのエプロンを着こなし、厭味な目つきでオレを見る。
この清潔感のカケラもないコイツの名は、グラッツ・ビル。
この楽器屋、CAPSULE BEATの店長だ。
店長と言っても、この店はこのニコチン野郎一人しかいないので、その肩書きも限りなく無意味だが。
グラッツとは、昔の飲み友達だ。
ギターの事について、よく聞きに来た。クロノとも面識がある。
「クロノから聞いたぜ。今、美人の姉ちゃんの補佐やってるってか。死刑囚から大出世じゃねぇか。羨ましいぜ」
「確かに美人には違いないが、羨ましがられるほどの環境でもないぜ」
オレは口を滑らせながら、6年ぶりの店内をしこたまよく見る。
やはり、まるで変わってない。年代物のブツばかりなのに、キッチリ手入れが行き届いている。
「置いてある連中も、まるで売られてねぇな」
オレはその中から一本アコギをチョイスし、近くの椅子に座って弦に触れる。
少し鳴らしてみると、やっぱり6年前から音の質は変わらない。
「そいつはついこないだネックを調整したばっかのやつだ」
「だろうな。しっくりくる」
オレは適当にコードを弾き鳴らし、指を馴らす。
「ところでだ。今日は何の用だ?」
不意にグラッツが煙とともにその台詞を吐いた。
「オレの相棒を取りに来た。まだあるだろうな」
「あ~……アレか……」
「オイ。まさか捨てたとか言うなよ」
「いや、あるにはあるぜ。だがしばらく触れてねぇから湿気でイカれてるかもしれんぞ」
「あるならいいや。出してくれ」
グラッツは返事をし、店の奥へ入っていった。
オレはアコギを戻し、今度はエレキベースを手に取った。
シールドを近くのアンプに差し込み、パワーを入れる。
音が入ったのを確認すると、オレは指で弦を引っかいた。
ボンッと低重音が響き、気分がすっ飛ぶ。
「あ~……久々だしな~」
オレは記憶を頼りに、ツーフィンガーでベースをブッ叩く。
やっぱり、ノリに乗れる。
しばらくすると、奥からグラッツがソフトケース片手に戻ってきた。
「ほれ。お望みのやつだ」
オレはケースを受け取り、チャックを開ける。
中から出て来たのは、黄色い木目のエレキギターだ。
「……久々だな、コイツも」
オレの自慢のレスポールだ。
「一応一年前に手入れはしてあるが、6年間ぶったたいてねぇから目ぇ覚ますかわかんねぇぞ」
「なぁに。コイツ次第さ」
オレはベースに刺してたシールドをレスポールに刺し、ピックアップをセンターに合わせる。
ピックケースからナイロン製のやつを取り、ストラップを肩に通し、立ち上がる。
「…………」
オレは躊躇いなく、レスポールを弾いた。
瞬間、破壊的なサウンドが店内を満たした。
「ッッ……」
オレは我を忘れそうになった。
6年構ってなかったってのに、容赦なしに暴れてくる。
オレは勢いに任せ、ピッキングのタッチを確認した。
やはり、素晴らしい。さすがオレの相棒。
「ははっ、どうやら機嫌いいみたいだな」
「ああ、最高だってよ」
それからオレは小1時間、レスポールを延々と弾きまくった。
グラッツのベースとジャムセッションしたり、二人で弾き語りなどして時間を流していた。
やがて3時近くになり、グラッツがようやく聞く。
「――なぁ、レスポールどうするんだ?」
グラッツは額に流れる汗を拭きながら、ウッドベースを鳴らす。
「ああ、執務室に送ってくれ。部屋で弾く」
「執務官の姉ちゃんにでも聴かせるのか? 妬かせるねぇ」
「いや。元々音楽の趣味が合わんからな、多分うるさいの一点張りだろうな」
前に、フェイトがお気に入りのシンガーの曲を聴かしてもらったが、どうにも良さがわからなかった。
オレにはわからんな、と言ったら妙に寂しい顔をされたのを鮮明に覚えている。
「ガッハッハっ!! うるさい、か。確かにな。お前のギターはやや暴れる味がある」
「へぃへぃ。じゃじゃ馬で悪ぅございました」
いいじゃないか。オレはロックが好きなんだ。
あの身体の芯ごとブルブル震わしてくれる、破壊的なサウンドが堪らない。
「まぁいいや。とにかくここの住所にちゃんとギター送っとけよ」
「おー。任された」
オレはさっき住所を書いた紙を指差しながら、立ち上がった。
「……なぁ、ドア」
「なんだ?」
「……これから死ぬってのは、どういう気分なんだ?」
「…………」
いきなり、何を聞くかと思えば……
「……死ぬなんて、たいした事じゃない」
「……そうか」
寂しそうな声だな。
「……けど、生きなきゃ許さないと言ってくれた奴がいるんだ」
「…………」
「案外コレ言われると、結構くるもんでな。死ぬ気なんざ吹っ飛んだぜ」
オレは髪を掻き乱し、肩越しに振り向く。
「だからオレは、今は生きる気満々だ」
「……そうか、ならいい」
そう言うと、グラッツはテーブルに置いてあった替えの弦をこっちに放り投げた。
「餞別だ。受け取れ」
「ありがたく」
オレは弦をポケットにしまい、店を後にした。
★☆★
しんみりとした雰囲気で店を出た事を、オレは軽く後悔していた。
今度、どんなツラであったらいいのかわからないからだ。
「あ~……めんどくせぇ……」
オレはベンチに座りながら、グラッツから内緒でくすねたタバコに火を付けていた。
執務官は禁煙だと再三言われてきたから、今更吸う気にはなれなかったが、今日は特別だ。
煙を肺に入れ、吐き出す。
6年ぶりというブランクがあるせいか、あまり美味く感じなかった。
オレは一回吸っただけのタバコを床に落とし、火を消した。
何をしようか迷っていると、遠くから聞き慣れないサウンドと歌声が流れてきた。
「?」
オレは気になり、音源に釣られて歩いてみる。
すると、だんだんと音の正体がわかってきた。
アコギのサウンドだ。
またしばらく歩くと、大通りの端でアコギを身体に下げて、弾き語りをやっている青年が見えた。
「ほぅ」
まさか、クラナガンにストリートがあったとは。
オレも昔は小銭稼ぎにやったものだ。
青年の周りには、幾人かの客が立ち聞きしている。
奏でられるサウンドは少々粗っぽさは残るものの、カントリーな曲調が心地良さを提供してくれるいい演奏だ。
うん、ずっと聴いていたい。
しばらく遠くで聴いていると、演奏が終わった。
オレはこのタイミングを見計らって、アコギをしまおうとしている青年に近づいた。
「いい曲だ」
「?」
青年はこちらを向き、首を傾げた。
「中々の演奏だったが、弦が若干ビビってたぜ。それなりに弾いてる音なだけに、少し目立った」
「あ、やっぱりそうですか……ちょっとネックが曲がってるんですよ、コレ」
そう言って青年はしまいかけていたアコギを見せた。
オレはそれを丁寧に受け取り、試しにアルペジオを弾いて見せた。
一つ一つを丁寧に弾いてみせるのが、アルペジオのキモだ。
「うわ、すご……」
青年は感心したように、オレの演奏を食い入るように見る。
「ストロークもいいが、アルペジオも情緒が出ていいぞ」
「はい、聴いてて気分が晴れるようでした」
中々、嬉しい事を言ってくれる。
ストリートのいいところは、直ぐに演奏者同士が打ち解けていける事だ。
「結構弾いてるんですね」
「ああ、10年になるな」
「僕はまだ3年です」
オレは内心たまげていた。3年で出来る安定感ではない。
「ならまだまだ上手くなれるな。プロを目指してるのか?」
「はいっ!!」
青年は爽やかな笑みを浮かべた。オレには一生できそうにない笑顔だ。
「そうか。今度はいつここで?」
「あ、ヒマな時はしょっちゅうここで弾いてます」
それなら、例え鬼の執務官がオレに地獄の仕事を課さない限り、また会う機会があるかもしれない。
「そっか。なら頑張れよ、若者」
「あ、ありがとうございますっ!!」
オレは青年の嬉しそうな笑みを見て満足したところで、踵を返した。
「あ、名前は?」
と、青年が名前を尋ねてきた。
「……ドアだ。ドア・ラファルト」
「ドアさんですね。僕はジャン・エイムスです」
オレは一瞬ケリウスを名乗ろうか迷ったが、止めた。
何故かこの夢見る青年に、偽る気が起きなかったのだ。
「ジャンか。また会おう」
「はいっ!!」
オレは今度こそ、踵を返した。
正直、本名を言ってしまった不安が残った。
しかし、それは図らずも杞憂に終わった。
なぜなら。
「――ガッ……!!?」
「?」
謎の刺突音が耳に障り、オレはふと振り向いた。
「――っ!!!?」
「ジャカジャカ、さっきからウルサイね」
目の前でさっきまで夢見る瞳をしていたジャンの左胸から、血が滴る腕が出ていた。
否、出ていたじゃない。
突き出ていた、だ。
腕は引き抜かれ、胸から大量の血が流れ、ジャンは道路に倒れる。
「……ジャン?」
呆然とするオレは、ふと“そいつ”を見た。
そいつは背後からジャンを刺した腕の血を拭きながら、ため息をついた。
「全く、耳障りでショウガナイよ」
――その時、突然起きた惨状を見た通行人が悲鳴を上げた。