魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
けたたましい爆音アラームが医務室を騒がしくする中、オレはクロノに通信を入れていた。
それを後ろから覗き込むフェイトとなのは。
しばらくコールすると、モニターにテキパキと周囲に指示を下すクロノが映った。
指示をし終えると、クロノはこちらを向く。
「おいバカ兄貴。何の騒ぎだ?」
「エマージェンシーって……まさか敵襲っ!!?」
フェイトが声を荒げると、クロノは早口で言った。
「いや敵襲ではない。むしろ内部だ」
内部? 艦の中って事か?
「――特別留置室から、ジグ・レインとメルク・アロ・ガローンが脱走した」
「ッ!!?」
脱走――ッ!!?
「報告によると、何故か留置室のカギと手錠が外されていたようだ」
「オイオイ、誰だよそんな素敵なイタズラするバカは?」
「そんな……まさか局員の誰かがっ!!?」
なのははが驚愕の声を上げるが、それ以外に何がある?
「……それを調べるのは後だ。それよりも、今は脱走した二人を捕らえるのが先だ」
「ヤツらは今どこに?」
「ああ待ってくれ。今モニターを……どうやら第三区画を移動しているようだ」
「第三区画?」
オレは医務室の壁に掛けられている経路図を見た。
どうやら医務室と第三区画の間には、それなりの距離があるようだ。
だが、走れば間に合わない距離じゃない。
「チッ……面倒な仕事を増やしてくれるな」
「本当だね」
オレとなのはとフェイトは通信を切ろうとした。
「待て、君達どうするつもりだ?」
「オイオイ、通信を入れてきた当の本人がよくそんな事を言えるな」
クロノは苛々したように頭を掻くと、こちらを見る。
「“二人は君達から離れているから心配するな”という意味で通信を入れたんだ。それに君達は怪我人だろ」
「クロノ。オレが珍しく仕事をやる気になっているのに、お前はその腰を折ろうってのか?」
全くだね、と背後の二人が息を合わせて言ってきたので、オレは自分が転んだバナナの皮を投げてやった。
「ああ。全く珍しい事だが、君達はそこのベッドでくつろいでてくれ」
「敵が艦にいるってのに、やすやすとくつろげる訳がないだろう」
「……だが今回はダメだ。僕と監査隊でケリをつけるから、心配するな」
「…………」
「再三言うが、これは命令だ。君達にはそれに従う義務がある」
それだけを言うと、クロノは通信を切った。
背後のフェイトとなのはが何か言いたそうだったが、命令と言われたのが効いたのだろう、不服そうに口を紡いでいた。
「……あのクソ兄貴が」
クロノの力は知っているが、正直あのバケモノ二人では分が悪い。
監査隊の力も期待できない分、余計な犠牲が増えるだけだ。
そんな状況である事は、クロノも承知のハズだ。
それなのに、アイツはオレ達に動くなと命じた。
怪我人とはいえほぼ完治状態のオレ達を動かした方が、確実に捕らえられる確率は高まるハズなのに……
「クロノ……」
「さて、と」
オレは通信機を畳み、ハンガーから白いジャケットを取った。
「……ドア?」
「フェイトとなのははその最高のベッドでくつろいでな」
襟を正し、首の骨を鳴らす。
「ドアはどこに行くの?」
「悪いが、遊園地で女を待たせてるんだ」
「――行くんだね?」
オレの軽い嘘をアッサリ見破ったフェイトは、自分も行かんとばかりに準備をする。
「怪我人はおとなしく寝てろ」
「だから、ドアも怪我人だよっ!!」
「何度も言わせるな。オレはきっちり寝てたおかげでバナナを食うハメになったが、君達二人は暖かいメシを食っててロクに寝てないだろ」
そう言われて、フェイトは一歩引き下がる。
「――フェイトちゃん、ここは任せよう」
「なのは……」
ここでなのはが助け船を出してくれた。
「フェイトちゃんも私もあまり寝てないし、これ以上無茶する訳にはいかないよ」
「……なのはに言われたくないなぁ」
フェイトは微笑みながら、納得したようになのはの肩に手を置いた。
「――うん、わかった」
「いい子だ」
オレは振り向き、ポケットに手を入れる。
「なぁに知っているだろう? オレに毒は効かないんだ」
「…………」
フェイトもなのはも真顔だが、それは不安を押し込める仮面に過ぎない。
「そういえば、二人は料理は得意か?」
「「え?」」
二人は少し悩み、互いに顔を見合わせ、「少しなら……」と遠慮がちに言った。
「そうか。なら部下からの囁かなお願いがある」
オレは肩越しで振り向き、余裕の笑みで言ってやった。
「――とびきり美味いパエリアを作って、待っててくれ」
☆★☆
――前方に局員二人、デバイスを構えている。
「抑えろっ!!!」
局員は魔法を撃つが、通路に立つソイツのバリアによって防がれる。
その直後、ソイツの肩越しから現れたライフルの銃口からニードルが射出された。
ニードルは局員の首筋にヒットし、昏倒させる。
「わ~い、当たった当たった~♪」
「……全ク、少しは静カにシロ」
――通路でのたうちまわる局員を眺めるのは、脱走したジグとメルクだった。
腕の無いジグの肩に、メルクが体を落ち着けている。
「ぐああッ……虫ッ……虫ィィィッ!!!」
局員の一人は地面をはいつくばりながら、見えない何かに脅えるように悲鳴を上げ、もう一人はぴくりとも動かない。
「撃った毒ヲ変えたノカ?」
「うん。面白いからアトランダムに変えてるんだ★」
メルクはジグの肩から飛び降り、苦しんでいる局員に近づくとその首に刺さったニードルを指差した。
「この緑色のニードルが幻覚症状を起こす神経毒で~」
次にメルクはびくともしない局員の首筋のニードルを差した。
「この赤色のニードルが致死性の超猛毒だよ★」
「……酔狂ナ」
メルクは猛毒を撃たれた局員の顔をジーッと見つめ、瞳孔を見る。
「う~ん、ちゃんと死んでるんだけどな~……何であのお兄ちゃんには効かなかったんだろう?」
「サァナ。ヤツ“も”人間じゃなインじャないカ」
「かもね~」
ジグとメルクは先を走り、やがてひとつの分かれ道に辿り着いた。
「――メルクは右へイケ。ソウスレバ甲板に辿りツケルハズダ」
「ジグは?」
「……少し、用事がある」
「ふ~ん」
メルクは興味なさそうに吹いた後、ジグの肩を降りた。
「それじゃ、また後でね♪」
「アア」
メルクは手を振ると、矢の如く通路を進んでいった。
ジグはそれを見送ると、振り向いた。
「――また後デ、カ……無茶をイウ」
小さく呟くと、ジグは走り出した。
★☆★
「……第三区画、か」
オレは通路の経路図を見上げながら呟いた。
さっきからコレに頼りっきりな上に、思うように動けていない。
「だいたい入り組み過ぎなんだよこの艦。立体迷路にしたらどうだ?」
皮肉を込めて言ってやったが、言う相手がいないのは寂しいものだ。
オレは“ある場所”を目指していた。
連中二人が行きそうな場所に、心当たりがあるからだ。
「……こっちか」
オレは経路図を一瞥すると、その通路を突っ走った。
★☆★
「状態はっ!!?」
クロノはS2Uを装備した格好で、通路で待機していたフレイムに状況を聞いた。
「はい、現在第5、6班が脱走者を発見したという報告を受けましたが、それきり応答がありません」
フレイムはキビキビと、しかし悔しそうな口調で伝えた。
「そうか……それなら、網を張ってた方が良さそうだ。各員に深追いはするなと伝えておいてくれ」
「了解しましたっ!!」
指示を受けると、フレイムは通信機を取り出し、広域念話で指示を繰り返した。
クロノは目の前の通路を見通した。
恐らく敵の目的が艦からの脱出ならば、この道を使うハズだ。
甲板に続く扉をロックできればよかったが、それは無理だった。
なぜならブリッジからの報告によると、艦の管理系統に何者かがアクセスして、システムの一部をロックしたらしい。
おかげでロックの解除に手間取り、全く艦の防御システムが働いてくれない。
しかし、これで局員の中にリプロードのスパイがいる事は確実となった。
ある意味不名誉な事だが、立派な情報だとクロノはポジティブに捉える。
ともかく、だ。
敵は必ずこの通路を使う。
なら、ここで捕らえればいい。
ただ気配を出来るだけ気取られないように、役目はクロノとフレイムの二人精鋭で行う。
「……提督自ら、大丈夫ですか?」
フレイムは横に並び、心配そうな表情で聞く。
「何、僕もたまには実戦の空気に触れないとね。それよりフレイム、デバイスを展開しろ」
「は、はいっ!!」
フレイムは慌ててポケットからカードを取り出し、デバイスの名を呼ぶ。
「――ラケルタ、セットアップっ!!」
カードが光り、それは徐々に銃のシルエットを現す。
セットアップが完了すると、拳銃型デバイスのラケルタはフレイムの右手に収まった。
「――準備、完了です」
「そうか、では警戒を」
瞬間、クロノの首に何かがヒットした。
「ッ!!?」
クロノは倒れ、首に触れる。
「提督ッ!!」
「だ、誰だっ!!?」
クロノはありったけの声量で撃ってきた方向に叫んだ。
すると物陰から、ライフルを構えたメルクが姿を現す。
「……あ~あ緑かぁ……運がいいね、黒いお兄ちゃん」
髪色の特徴を言っているのだろう。
メルクはそのままこちらに近づき、クロノに銃口を向ける。
「――でももう一回やったらどうかな?」
メルクはニヤニヤ笑いながら、躊躇いなく引き金を引いた。
ニードルが飛び、クロノの額に向かう。
「――ッ!!?」
しかしそれは、間に踊り出たフレイムによって妨げられた。
ニードルはフレイムの肘にヒットし、クロノに覆いかぶさる。
「フレイムっ!!?」
「あ~あ……まぁいっか」
メルクは飽きた様子でクロノとフレイムの側を通り、引き続きニヤニヤした表情で言い放った。
「――どの道、みんな死んじゃうしね♪」
メルクはライフルを肩に乗っけると、猛スピードでかけていった。
「……ぁぁ……フレイム、無事、か……」
クロノは迫りくる幻覚に堪えながら、何とか意識だけは保とうと足掻く。
「…………」
「……フレイム?」
返事の無いフレイムに、クロノは霞む視界を働かせ、フレイムの肘を見る。
「――フレイム?」
――微動だにしないフレイムに刺さっていたのは、赤いニードルだった。
★☆★
「フゥ……辿り着いたか」
ジグは目の前のビート板千枚分くらいの巨大な扉を目の当たりにし、息をつく。
――ここは、機関室。
様々な重機械で敷き詰められたそこは、いわば艦の心臓部。
ジグはその巨大な扉の前に立ち、体をひと捻りしたあとに蹴りで扉を蹴破った。
ロックは解除してあるが、それも“どうでもいいこと”だ。
ひしゃげた扉を一瞥し、ジグは若干暗い機関室へと足を踏み入れた。
「…………」
中に入ってジグが最初に見えたのは、大層立派な魔導機関でも、コアのようなエネルギー体でもなく……
「――こんな遅クまで働クとハ、仕事熱心ナンダナ」
――双剣を構えた、ドアの姿だった。
「なぁに、今日は特別だよ。何せ家に帰ると楽しみがある」
ドアはストレイジを突き出すと、不敵に笑った。
「――とびっきりの美人二人と、とびっきりのパエリアが待ってるんだからな」