魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
清潔感あふれる病院独特な香りを感じつつ、オレは扉をノックした。
「ジャン。入るぞ」
オレがそう言うと、向こうから小さな声で返事をもらったので、オレは扉を引いた。
病室のベッドの周りには、フレイム以上に仰々しい機器が並び、それら全てがベッドで寝ているジャンに繋がっている。
オレは病室へ入り、傍の椅子に腰掛けた。
「……元気か?」
「見ての通りです」
「……そうか」
オレは自然と口数が減ったように、俯く。
ジャンのジグから負った怪我はかなり重症だったらしく、もう少し対応が遅れていれば死んでいたかもしれなかったらしい。
現在は容態も良好で、胸に空いた穴が塞がるのも時間の問題との事だ。
――だが、それは結果論に過ぎない。
オレは目の前に居たにも関わらず、目の前のジャンを守ってやれなかった。
ただ怒りに奮え、敵を潰しただけ。
そんなのは、所詮自己満足だ。
「……悪かった、な」
「え?」
オレが謝罪を口にすると、ジャンは不思議そうな顔をした。
「な、何であやまるんですかっ!!? ドアさんは、僕を助けてくれたじゃないですかっ!!!」
そう、確かにオレは医療班を呼んだ。
しかしそれはオレの仕事での範囲に過ぎない。
オレは執務官補佐としてではなく、ドア・ラファルトとして謝りたいのだ、
「……いや、いいんだ。ありがとう」
しかし、オレはそれを言わない。
ただ単に話をややこしくしたくないし、何よりジャンは無事だったのだ。
ならば余計な心労はかけたくない。
そのまま元気になり、またギターを弾いてほしい。
「――ギターはこれからも弾くのか?」
「……はい、もちろん。夢ですから」
そうか。
それだけを、聞きたかった。
オレはゆっくりと頷くと、ポケットに手を入れたまま立ち上がった。
「――これ、つまらないもんだが」
「?」
オレはポケットに入れていた物を取り出し、ジャンに渡した。
それは、オレがグラッツから餞別に貰ったギターの弦だ。
ポッケに入れたままジグと戦りあったので、若干血染めになってしまったが……
「――ありがとうございます」
ジャンはそれを大事そうに胸にしまい、礼を述べた。
「なぁに、若干汚れてるが使えるだろ」
オレはそう言葉を残し、病室を去ろうとした。
すると、背後からジャンが声をかけてきた。
「――ド、ドアさん」
「?」
オレは立ち止まる。
「――ま、また僕の演奏、聴いてもらえますかっ!!?」
「…………」
そんなの、言うまでもない言葉だ
「――喜んで」
オレは今までレディにしか言わなかったこの言葉を、初めて野郎相手に使った。
全く、オレにもヤキが回ったもんだ。
オレはジャンが小声で返事をしたのを確認すると、静かに病室を出た。
――結局オレは、ジャンに何を与えられたのだろう?
★☆★
オレはバイクで病院から建物に急ピッチで移動し、直ぐさま執務室に戻ってきた。
執務室の扉を開け、時計を確認する。
よし、大丈夫だ。タイムは13分弱。
無事に帰還を果たしたオレはジャケットを脱ぎながら歩き、ソファに放る。
その時、ふと良い香りがした。
「――?」
その匂いに釣られてテーブルを見てみると、そこには湯気の立ったパエリアが置いてあった。
「……ほほう」
どうやら、オレは忘れかけていたようだ。
あの事件のゴタゴタのおかげで、オレもフェイトとパエリアだの何だの言えた状況ではなかったからだ。
オレはテーブルに着き、備え付けてあったスプーンを手に取る。
知っている人も多いかと思うが、パエリアとは、米と水と山の幸をふんだんに鍋に入れて煮込んだスペインの郷土料理だ。
目の前のパエリアには主に鶏肉とインゲンマメ、パプリカが大量に詰まれ、調味料に頼らない食材本来の香りが鼻をくすぐる。
所々にマカロニが添えられている点は、フェイトのオリジナルだろう。うん、いいセンスだ。
オレはスプーンでパエリアを掬い、口に運ぶ。
数回咀嚼すると、食材の甘味が口いっぱいに広がった。
「――うまいな」
「ふふ、そうでしょ」
ふと背後の扉が開き、制服を着たフェイトが姿を現した。
制服の上にはかわいらしいピンクのエプロンを着てやがる。
「――いいセンスだ」
「ふふ、ありがと。なのはに教えてもらったんだ。作り方」
いや、パエリアではなくエプロンの事を言ったのだが……まぁいい。
「まさか、覚えててくれたとはな」
「――約束だったしね」
それはありがたい。ちょうど、腹も減っていた所だ。
オレは次々にパエリアを口に運び、その旨味を味わった。
「……にしても君が料理できるなんて、意外だったな」
「女の子だからね」
「はは、違いない」
オレも幾度となく女性を見てきたが、料理の腕と女性の価値というのは大抵比例するものだ。
料理が無茶苦茶な女に懲りずに煮え湯を浴びせられたオレだから言うが――料理が上手い女ほど、男は弱い。
「にしてもフェイトには感心する事が多いな」
オレがそういうと、フェイトは“またぁ”といった顔をする。
「そんなの、いろんな人に言ってるんでしょ?」
「そんな事はないさ」
――多分、と付け加えておくべきかどうかは記憶が定かではない。
「それにオレは君の心配もしているんだ。執務官かつS+ランク魔道師、更に料理もできて美人ときた。そんなダイヤモンドを誰が放っておく?」
「う~ん……」
フェイトは考え込むように、顎に手を当てる。
「確かに、告白とかされたりは、する、けど……」
「その中に玉の輿はいたか?」
「そんな選び方はしないよっ!!」
顔を真っ赤にしていきり立つフェイト。
「ほう、ならどんな選び方なんだ?」
「――し、正直わからないよ……だって誰かと付き合うなんて、考えた事もなかったし」
その台詞を聞く限り、どうやらフェイトは恋愛に関してはDランクらしい。
「なんなら、オレがそこら辺手ほどきしてやろうか?」
「――ロクな事教えないでしょ?」
オレはパエリアを完食し、水を流し込む。
「そんな事はないさ。セクハラしてくるオヤジに対する対処法なんかは必要だと思うがな」
「へぇ……その時はどうすればいいの?」
「簡単な話だ。そのオヤジにぶら下がっている粗末なソーセージを蹴り上げてやれ。そうすれば丸くおさまる」
オレが食器をシンクに置いたと同時に、背後から飛んできた辞書が後頭部にクリーンヒットした。
「痛ッ!!?」
「――もうちょっと聞くのにマシな事言ってよっ!!」
顔を熟れたトマトみたいに赤くしながら、第二波となる相棒レスポールが握られる。
フェイトは思いっきり振りかぶり……
「ちょ、それは、まっ」
――刹那、レスポールがオレの額にストライクした。
★☆★
「……終わったのか?」
「はい」
本局、クロノの執務室。
クロノは応接用のテーブルに腰掛けながら、とある資料を見ていた。
その資料の向こうには、一人の局員。
名をケルビン・ジューダラッド。
クロノの監査隊の隊長だ。
つまり、フレイムの直属の上司と言うことになる。
「――つまり、ミッドチルダはフェイクだと?」
「はい。結果にもそう……」
「ふむ……」
クロノが今見ている資料は、ジグに埋め込まれていたチップの解析結果だ
チップから得られた情報は多岐に渡って有益なものが多かった。
特にドアから聞いたように、プロトクルスについての情報の裏付けが取れたのはかなりの前進だ。
――しかし、同時にとんでもない事実も知ることになった。
「――結果は見ての通りです。チップのデータを信用するならば、リプロードの連中はほとんど、ミッドチルダには潜伏していません」
「つまり、ヤツらはクラナガンに質量兵器を密輸していない……」
「はい、そして代わりにこの世界に……」
ケルビンは資料の一ページを広げ、ある項目を指差した。
「――第36管理世界、“エアレイン”――惑星ミトラスの“アプリス王国”」
「リプロードの連中は、この世界に質量兵器を密輸しています。それも、大量に」
「よりによって、こんな面倒な場所にか……」
クロノは苦悶の表情で頭を抱える。
クロノ達の監査隊は、今までクラナガンに質量兵器が密輸されているという情報を前提に調査を進めてきた。
しかし、それは全くの的外れ。
通りで、今まで尻尾が掴めなかった訳だ。
「――情報は理解できた」
「はい」
「そうだな。近日中にアプリスに潜入する部隊の編成を行おう。メンバーは僕達監査隊の精鋭と、はやての所からヴォルケンリッターを数名……」
フェイクにしていたクラナガンにさえ、あのレベルのプロトクルスを送る位だ。
質量兵器密輸の心臓部であるアプリスには、それ以上の戦力があるとみて間違いない。
監査隊のみの戦力では心許ないのが現実だ。
「後、僕の妹と……その補佐を」
「了解しました。部隊に通達しておきます」
ケルビンは立ち上がり、敬礼をした後に執務室を出た。
「――ふぅ」
クロノは疲れを吐き出すようにため息をついた。
恐らく、リプロードの戦力の大半がアプリスにいるだろう。
今回の潜入はヤツらの本拠地にカチコミをかけるようなものだ。
恐らく、一筋縄じゃいかない。
フェイトの身だって、完全な保障など無い。
「――ドア、頼んだぞ」