魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
小汚いシミが点在する内装。
若干窪みの目立つ木目のカウンター。
カントリーな雰囲気を醸し出す、明暗。
そしてところ狭しと並ぶ数多くのアルコール。
そんなバーに、オレとグラッツはウイスキー片手に腰を落ち着けていた。
「……酒はいいな」
「いきなり何を言うんだ?」
「……オレのナイーブな心を優しく撫でてくれる」
そう呟きながら、香りの強いウイスキーを嗜む。
「何かあったのか?」
「ああ、この世の終わりを肌で感じたよ」
「そいつは大変だな。で、何があった」
「パブが開いてなかった」
またしてもウイスキーを傾け、カラリと氷がグラスにぶつかる。
「そんなんでこの世の終わりか……」
「ああ」
「めでたいヤツだ。めでた過ぎてゲロが出る」
カウンターの上のピスタチオを指先で掻き混ぜながら、グラッツは悪そうな笑みを浮かべる。
「……そんなに頭がめでたくなるほど仕事キツイのか?」
「まぁな。何なら代わるか?」
「遠慮しとく」
そりゃそうか、とピスタチオを噛みながら呟いた。
「いや実際、仕事は苦じゃねぇよ」
「ほう」
グラッツは興味ありげに口元を緩ませる。
「ただ、あんまりああいった雰囲気にオレは慣れないんだ」
「――慣れないんじゃなくて、“慣れたくない”んだろ?」
「…………」
「いや、“慣れる訳にはいかない”と言い直そう。違うか?」
「…………」
オレはしばらくピスタチオを浴びるように食らい、口をパサパサさせた。
そうでなきゃ、酒で下手に口が回りそうだったからだ。
「――そろそろいいんじゃないか?」
「何をだ?」
「6年前の事件の事だよ」
グラッツはグラスのウイスキーを飲み干し、バーテンダーに“もう一杯”と言う。
「一体、研究所で何があった?」
「…………」
6年前の事件。
それは、オレが6年間ブタ箱にぶち込まれるきっかけとなった事件だ。
ミッドチルダの辺境にあるブレーメン研究所で、ポスト・ブレーメン博士を含む研究員53名が殺害された。
それの実行犯は、ドア・ラファルト。
つまり、オレだ。
オレは駆け付けた武装局員に身柄を取り押さえられ、そのままの流れで留置、裁判、実刑という結果だ。
――それが、表向きの真実。
実際には、やや異なる部分がある。
まあそれは、ただ単に管理局側にとっての事件のマイナス要素を排除しただけの事。
――オレが53……いや、それ以上の命を奪った事に変わりはない。
「言えば、言い訳になるな」
「いいじゃないか。得意分野だろ?」
「そんな単純なモンじゃないさ」
顔をカウンターに伏せ、寝てしまいたい衝動にかられるが、堪えた。
認識しろ。
オレは、人殺しだ。
あんな暖かい所に、やすやすと居ていいヤツじゃない。
そうでなきゃ、オレは――
「――お前の悪い所は」
グラッツはタバコに火をつけ、煙と共に放った。
「アルコールが入るとすぐに自己嫌悪になっちまう所だな」
そう言うとグラッツは席を立ち、カウンターに札を一枚置く。
「一晩じっくり酔って、じっくり忘れろ。そんで頭カラッポになってから、また考えな」
グラッツはそう言ってオレの頭を叩き、バーテンダーに挨拶した後、店を出た。
「…………」
考えろ、か。
簡単に言ってくれる。
自己嫌悪になるのも、わかってほしい。
だって本当にオレは、“オレ”が嫌いなのだから……
★☆★
ポスト・ブレーメン博士。
享年、63歳。
有名医大を首席で卒業した後、僅か齢23にして学界の権威に並び、数えられる。
医学、生物学、心理学の三分野を専攻し、いずれの分野においても、学界でその名を知らない者はいない程の学者に大成。
特に生物学においては“人工生命”という難題の基礎を作り上げ、その発展を後世に投げかけた。
――皮肉にもその完成された基礎が、“人造魔導師”の雛形として世に花開くのだが。
その後も数々の研究を重ね、今の生物学の支柱を担う立場を得た。
――しかし、そこで事件は起きた。
研究中、ブレーメン博士は何者かに殺害された。
他にも研究員が多数殺害され、研究所の職員はほぼ全滅。
通報を受けた武装局員が突入した所、容疑者と思しき青年、ドア・ラファルトを拘束。
調査により証拠が認められた為、容疑者逮捕という結果に至った……
「――ふぅ」
フェイトはモニターに映る事件のデータを眺めながら、今日何度目かの溜め息をついた。
6年前のこの事件は、執務官の間では大変な噂になった。
何せ、学界の要人の殺害かつ、大量殺人が絡んだ異例の事件だ。
事件簿の新たなモデルケースとなる事は、誰の目からも明らかだ。
裁判の結果は当然死刑――そのせいか顔写真は公表されていない。
しかしフェイトは内心、憤りを隠せないでいた。
何故、ここまでやる必要があるのか……?
動機は定かでは無いが、少なくとも研究に纏わる事だろう。
ならば博士ならまだしも、他の研究員まで殺害する必要は無いはずだ。
――明らかに、人殺しを楽しんでいるとしか思えない。
ドア・ラファルト。
彼こそ、私の中ではジェイル・スカリエッティに並ぶ位の最低の次元犯罪者だ。
しかも質が悪いのは、この死刑囚は既に亡くなっている事だ。
しかも実刑ではなく、事故で。
つまりそれは結果は同じにしても、正当な裁きを受けていない事になる。
――今でもこうして、事件に苦しんでいる人がいるというのに。
フェイトはページを消そうとキーボードを叩いたその時だ。
ひょっこりと小さな影が、フェイトの視界に入る。
「――ふふ」
「何よ」
脱衣所から綺麗なパジャマに着替えたリープがこちらに睨みをきかせていた。
フェイトは一旦リープを落ち着かせる為に、風呂に入る事を薦めたのだ。
リープ自身も汚れていて、服もあちらこちら破けていたというのもある。
というか単純に、“女の子はいつも綺麗でいなくちゃ”的な美意識が働いたの方が近いだろう。
リープは風呂上がりからかやや頬を上気させ、長い青色の髪も艶が見える。
「ちょっとは落ち着いた?」
「――子供扱いしないで」
相変わらずツンとした態度で、リープはソファに腰掛けた。
まぁ、ちょっとは大人になりたい年頃なのだろう。
フェイトはデスクから席を立ち、向かいのソファに座った。
「…………」
「…………」
ニコニコ顔のフェイトに対し、仏頂面のリープ。
そんな沈黙を分けたのは、リープの一言だった。
「――ありがとう」
小さく、それは届いた。
「――どういたしまして」
フェイトはフワッとした笑顔で、それを受け止めた。
やっぱり、素直じゃないけどいい子だ。
そんなリープに、フェイトは微笑ましい気持ちになった。
だからこそ、こんな痛いけな子を悲しませる、ドア・ラファルトが許せない。
こんな事は何度だってあったが、今回は人一倍気持ちが肥大していた。
「ところで、リープはどこから来たの?」
「――アプリス」
「アプリス? あの有名リゾート地の?」
その言葉に、リープは小さく頷いた。
アプリスと言えば、聞けば誰もが知る超有名リゾート国家だ。
美しい海に鮮やかな青空。それらが人の心を魅了して止まないせいか、つねにアプリスには観光客がずらりと並ぶ。シーズンになれば尚更だ。
フェイトも一度は行ってみたいなぁ、とぼんやりとだが思った事がある。
「へぇ~、海が綺麗な場所でしょ?」
「そうね。別の所よりかは」
「砂浜も、宝石みたいにキラキラしてるって」
「砂は宝石じゃないわ」
「食べ物だって、すごく美味しいって……」
「止めた方がいいわよ。カロリー高いし」
「…………」
次から次へと地元の否定をするその口を、フェイトは唖然と見つめていた。
「……でもアプリスって観光地なんでしょ? すごく良いところじゃ……」
リープは肩を下ろし、溜め息と共に言う。
「あのね、18年もずっといる地元な事をそんなに褒めたたえられるほど私は地元ラブじゃないわ。それに年がら年中よそ者がワーキャー騒ぐし、鬱陶しいったらないわ」
「あ……うん」
フェイトは半ば変に納得しかけたが、何か引っ掛かった。
そして、それは直ぐに思考に落ちる。
――18年っ!!?
「リ、リープって……もしかして18歳?」
「? そうね。後二ヶ月で19になるわ」
目が飛び出るくらい、驚いた。
なんせリープの背格好を見るかぎりじゃ、フェイトとなのはが初めて会ったぐらいの年齢を想像する。
少なくとも自分が18の時は、ここまで発育が悪くは……
「ちょっと今、失礼な事考えてたでしょ」
「ふぇっ!!?」
図星を当てられ、つい変な声が出た。
しかし、まさかこのナリで18とは……
世界は広いなぁ、とぼんやりフェイトは思った。
「まぁいいわ……とにかく私はアプリスに住んでるの、わかった?」
「は、はい」
つい畏まって返事をしてしまった。
何か、妙な威厳を持ち合わせている子だ……
そう感じたと直ぐに想像したのは、仁王立ちするアリサの姿だった。
重ねてみても……似てる。
「ところで、フェイトはここで仕事をしているの?」
部屋中を見渡すリープに若干呼び捨てにされた事に気づかぬまま、フェイトは普通に返した。
「うん、普段は補佐と一緒に……今はいないけど……」
「ふ~ん……男?」
瞬間、フェイトは口と鼻の両方から吹いた。
――いきなり何を聞くの、この子はっ!!?
フェイトの反応にニヤニヤしているリープを睨みながら、とりあえず大人の威厳を保ちつつ答えた。
「ま、まぁそうだよ……」
「へ~……最近じゃやっぱり職場恋愛からそういうのが……フムフム」
「ちょっとまってリープ。私そんな事言ってないから」
そんな弁明さえも、リープには届かないようで。
「でも仕事中にそんなアレは……キャ~ッ、やっぱりあるのかな? 大人だもんね、やっぱり」
「……リープ、もう一度お風呂に入ろう」
眉をピクピクさせながら、フェイトはリープの肩を叩いた。
もし私とあんな女たらしの部下とそんな展開になろうものならば、速攻でバッドエンド行きが決定するだろう。
「……とにかく、私とその補佐とで仕事をしてます。それ以上でもそれ以下でもありませんっ!!」
「わ、わかったわよ……」
迫らんばかりに来るフェイトに、リープはとりあえず納得した表情を作った。
「……はぁ、今日は疲れたなぁ」
「お風呂に入ってきたら?」
「――うん、そうするよ」
すっかり主導権が移り、フェイトは何も口を挟む事なく脱衣所へ向かった。
★☆★
「ア~……、頭イテェ……」
すっかり闇に落ちた人通り。
オレはふらつきながら、家路につこうとしていた。
すっかりアルコールにやられた頭を引きずりながら、猫背で歩く。
オレは元々、あまり酒には強くない。
しかし女の前では強がってガンガンいく、というスキルは知らぬ間に身につけていたせいで、無茶してアルコールを浴びる事には慣れている。まぁ今回は一人ぼっちだったが。
建物の中にたどり着き、オレはエレベーターを動かした。
乗り込み、妙な浮遊感を楽しみつつ、目的の階にたどり着く。
執務室の扉を開け、オレは開口一番、ゲロを吐きそうになった。
が、とりあえず堪え、いつも仕事をしている部屋に入る。
「ア~……帰ったぜフェイト。水を頼む」
せり上がって来る嗚咽を必死に堪え、声を出す。
しかし、返事は無い。
「?」
覚束ない視野で部屋を見渡すと。
「あんた……誰?」
「…………」
――なんか、フェイトがちっちゃくなっていた。
「ア~……、だからいつも早く寝ろと言ったんだ。成長ホルモンが足りてないぞ」
「ハァ、何言ってんのアンタ?」
随分と口が悪くなったもんだ。我ながら情けない。
「まぁいい。それより水をくれないか?」
「それくらい、自分でやんなさいよ……てか酒臭っ!!!」
そりゃあそうだ。ウイスキーのアルコールをナメてはいけない。
しかし無愛想になったもんだ。背が縮むと器まで縮むのか?
まぁいい。水ならいくらでもあそこにある。
「わかった。わかったよ」
オレはフラフラとしながら、バスルームへと歩いた。
あそこならば、文字通り湯水の如く水がある。
脱衣所に来ると、何やら水がバシャバシャと流れている音が聞こえた。
「……水を出しっぱなしにするバカは溺れて死ねばいい」
やけくそな台詞を吐きながら、オレはバスルームの扉を引ったくるように開けた。
ムワっと溜まっていた湯気とシャンプーの香りが顔面を直撃し、やや酔いが醒める。
――しかしそんな事を自覚する間もなく、オレの目は“あるもの”に奪われていた。
「――えっ、ちょ……」
オレが目にしたのは、女性らしい丸みを持った白い肢体に、豊満なバスト&ヒップ。
黄色い錦糸のような髪は泡で包まれ、帽子のように乗っかっている。
そんなフェイトの表情は、一様に拍子抜けな感じ。
オレは真顔でそれらを品定めするように眺め、ひとしきり満足した後に言った。
「――水をくれないか? 酔いを覚ます位とびっきり冷たいヤツを」
「きゃああああああああああああああああああああっ!!!!?」
その注文の返答は、とびっきり熱いシャワーだった。
オレは顔面にそれを浴び、次に投げられたスポンジをヘディングすると、そうそうに逃げ出す。
しかしアルコールのせいか足が絡み、みっともなくコケてしまう。
立ち上がろうとしたが、時既に遅し。
「ド~~ア~~……」
まるで地面が唸るように捻り出されたその声音は、オレの心臓を握るのに十分過ぎた。
「いや、コレはアレだ。不可抗力だな。うん、そうだろう。きっとそうだ。何故かって? オレにはそんな気はサラサラ無いからだ。考えてみろ。女に不自由しないイケてるオレが今更君の裸体を眺めないといけない? いや確かに君のプロポーションは素晴らしいが……」
回る舌でマシンガンのようにまくし立てるが、効果はいまひとつのようだ。
背後からの殺気が収まらないと感じ、観念したオレはゆっくりと振り向いた。
「――今度一緒に風呂に入ろう。それでチャラだ」
――刹那、落雷のような轟音と共にオレは意識を手放した。
その雷鳴の一端をソファでくつろぎながら聞いていたリープは、ポツリと呟いた。
「――何だかんだ、結局いいカンジじゃない」