魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
「…………」
焼け付く痛みでオレが目を覚ましたのは、太陽が昇りかけた早朝だった。
身体の節々に感じる痛みをどっぷり噛み締めながら、オレは少しずつ記憶を呼び覚ましていく。
「……ア~……」
納得した。
そういやオレ、ザンバー喰らって気絶したんだっけ?
オレは起き上がり、酷くかいた寝汗をタオルケットで拭く。
――身体が問題無く動くという事は、どうやらそれなりに手加減してくれたらしい。
あんな犯罪紛いな事をされて、よくもまぁ……
オレは内心、そのさりげない優しさに感心しつつ、服を着替えた。
飲みに行ったままの服装だった為、もうドロドロに汚れている。
代わりのシャツに袖を通しながら、オレはすっかり覚めた頭を振った。
「――そういや、あのガキは……?」
ふと口から出た疑問に、オレは再び記憶を呼び起こした。
もし記憶に欠損がなければ、あんなちっこいガキをオレは知らない。
という事は、フェイトのツレか?
――はたまた、フェイトの子供?
「…………」
そんな訳ナイナイ、とオレは手を振った。
着替え終わり、オレは自室を出た。
直ぐに飛び込んできたのは、モニターに向かって仕事をするフェイトの姿だった。
「おはよう、フェイト」
「…………」
何の気無しにオレが声をかけた瞬間、フェイトはそっぽを向きやがった。
「…………」
「…………」
「今日もいい天気だな。海水浴日和だ」
「…………」
「……何か手伝う事はあるか?」
「…………」
どうやら昨日の腹いせにダンマリを決め込むらしい。オレに対しては何のアクションもせず、ただひたすらにキーボードを叩いている。
生意気な。オレに対して、生意気な。
あのさりげない優しさは何処へ飛んだのやら……
オレは溜め息をつきながら、振り向かせる為の一言を囁いた。
「――そういや昨日わかったんだが、君はどうやらワンサイズ小さいブラを使っているようだな」
――刹那、フェイトは口に含んでいたであろうミネラルウォーターを口と鼻の両方から吹き出した。
モニターが濡れ、ポタポタと吹き出た水がデスクに垂れる。
「すまない。今ティッシュは切らしているんだ」
「――なら直ぐに買ってきてっ!!!」
今日初めてフェイトと交わした会話は、命令だった。
オレは「嘘だ」と宣いながら、ソファのティッシュを放ってやる。
大慌てでティッシュを取り、デスクとモニターと自分の顔をあたふたと拭くフェイトの姿を、オレはソファでくつろぎながら眺めていた。
「あ~、もう。服がビショビショだよ……」
「人の制服を黒焦げにしたヤツがよく言うな」
「あ、ごめん……って全部ドアのせいだよっ!!!」
今更気づいたのか、激昂するフェイト。
どうやらまだ昨日のアレをまだ根に持っているらしい。
「……ていうか、何で知ってるの?」
「何がだ?」
「だから、その……私の、ブラ……」
「……ああ」
オレは天井を見詰めながら、自信満々に言った。
「オレは一度見た女の裸は是が非でも目に焼き付けるタイプでな。それと照らし合わせただけだ」
「…………それって、凄くいやらしい目だね」
軽蔑の篭った眼差しが妙に痛い。馴れてるつもりだったのに。
「なぁに、気に入らない女なら半日で忘れるシステムなんだ。逆に素晴らしかったら永久保存フォルダ行きだ。最も、今そのフォルダの中身は空だがな」
「……世界中の女の子に謝った方がいいよ」
「拗ねるなよ。誇ってもいいんだぞ。なんせ初めて永久保存フォルダに重みが乗ったんだからな」
「……もう、調子がいいんだから」
どうやら本当に拗ねたフェイトはこちらに顔が見えないようにモニターに向かい、仕事を再開した。
機嫌を取り直そうとオレもデスクに向かうが、ここでふと思い出した。
「――そういや、昨日ここにちっこいガキがいなかったか?」
「あ、うん。いたよ」
どうやらアルコールで見た幻覚ではないらしい。
「今は私の部屋で寝てるよ」
「へぇ、一体誰なんだ?」
「う~ん……話すと長くなるんだけど……」
前置きを言い、フェイトはあの謎の少女について話し出した。
――少女の名はリープである事。
――ポスト・ブレーメン博士の事。
――そして、あの事件の事。
「…………」
数分間ばかりの説明を聞き終え、オレは心の中で頭を抱えた。
――まさか、朝っぱらからこんな話が飛び出すなんて夢にも思わなかった。
「……あのガキが、ねぇ……」
「うん、だからね。私がリープを保護してあげたいんだ」
そいつは大層立派な台詞だ。
「…………」
しかし、オレはそれを言葉にせず、腹に沈めた。
何か気の利いた台詞を言う余裕なんてのは、今のオレにはない。
「……最悪だな」
「え?」
「いや、何でもない」
「何でもない、じゃない。聞こえたよ。何が最悪だって?」
どうやら気を悪くしたらしい。
オレはクルクルと回る椅子で回りながら、ごまかしの一言を言った。
「なぁに……そのドアとかいう最悪の犯罪者と名前の読みが一緒って事がもう最悪って意味さ」
口で言ってみてわかるが、この台詞。オレにとっては最強の皮肉だ。
ドア・ラファルトを否定する、ドア・ケリウス。
悪い冗談としか思えず、オレはシニカルに笑った。
「そんなの気にするの? ……らしくないよ」
「言ったろ。オレはナイーブなんだ」
「……そんな事、言ってない気がする」
そういえばそうだった。言ったのはグラッツだ。
全く、嫌になるな。
「…………」
オレはミネラルウォーターを口にし、ふとこんな思いが湧いた。
――もしフェイトがオレの正体を知れば、彼女はどうするだろうか?
今までのような関係でいられない、というのは確かだ。
憎悪? いや、違う。
軽蔑? いや、どうだろう?
恐らく、彼女は優しい。
だから、そっと距離を置くだけか……
と、ここまで考えてオレは振り切った。
何を甘い事を考えている? バカか?
そんなに嫌われたくないのか、オレは?
――どうやらオレのハートはこの暖かい空間ですっかり弛緩してしまったようだ。
今一度、心を張り直せ。
オレは……誰かに優しくなんて野郎じゃない。
軽蔑される位が、丁度いい。
「……そういう事情か。わかった」
オレは話の軸を戻し、腰掛けの位置を正した。
「で、何でアイツはわざわざアプリスからこんなとこまで飛んできたんだ?」
「……多分、久々に博士に会いたかった、とか」
まぁそれならわからなくも無い。
それならそれで、尚更リープが不憫でならないだろう。
「今度聞いてみたらどうだ?」
「う~ん……今はそっとしてあげたいな。色々と整理したい事もあるだろうし……」
フェイトは憂いを帯びた表情でリープの寝てる自室のどうだに目線をやる。
「……そうかい」
それきり、オレはキーボードを叩く事に集中した。
★☆★
それからクロノから呼び出しがかかったのは、数時間してからの事だった。
オレとフェイトは大急ぎで仕度をし、クロノの執務室へ飛んだ。
何やら急ぎの用事らしいが、その詳細はうろ覚えであまりわからない。
オレとフェイトがいつも見慣れた執務室の戸を叩いたのは、呼び出されて40分ぐらい経った後だった。
「遅かったじゃないか」
デスクで紅茶を飲んでいるクロノは、やや眉をひそめる。
「そうか? これでも急ピッチで来たんだがな。急ピッチ過ぎてアクセルとブレーキを踏み間違えたレディのおかげでボンネットの修理に手間取ったくらいだ」
意識して嫌な視線をフェイトに向けると、目を合わせたくないのか顔を背ける。
「あ、アレはドアが、変なトコ触るから……」
「オイ誤解を招くような発言は止めてくれ。カーステのボリュームをミスっただけだろ」
突然の爆音でビビったフェイトのあの時のツラは、オレの永久保存フォルダの二枚目になるくらいレアな代物だったが。
そんなやり取りをクロノはやれやれといった表情で見ていた。
「……とにかく、用件を言おう」
「手短にな」
「そんな立場か」
オレは応接用のソファに腰掛け、フェイトの続く。
「……実は、チップの解析結果が出たんだ」
「へぇ」
それは面白い展開だ。
「結果を手短に言えば……リプロードの質量兵器の核となる場所がわかった」
「……その場所は?」
「――アプリスだ。聞いた事はあるだろう?」
「っ!!?」
普通に驚いた。
まさか……偶然か?
フェイトも面食らったような顔をしている。
「それで用件なんだが……そのアプリスに潜入する部隊に参加してほしいんだ」
「潜入する部隊?」
「ああ、そうだ」
あの誰もが知っている楽園、超リゾート国家に……潜入?
「ずいぶんと仰々しい話だな」
「……そうか、君はアプリスがどういう国が知らないんだったな」
そりゃあ、ね。
6年の知識の穴はデカイ。
するとフェイトが耳打ちするように話し始めた
「アプリスはね、管理世界の中でも数少ない例外……管理局の干渉をほとんど受けない国なの」
「干渉を受けない?」
「うん。一応魔法も存在しているし、魔導師もいるんだけど、アプリスは特殊な自治権を持っているの。独自の防衛手段も持っているから、管理局の助けは必要無い。その理念からずっと管理局の手をアプリスに入れる事ができないの」
――なるほど。
つまり管理局の管理から逃れた、完全なる独立国。
故に、管理局の邪魔が入らない。
リプロードの連中にとっては、絶好の隠れみのになる訳だ。
「……それで潜入、と」
「仕方ないんだ。正式に入国すれば連中にバレる危険性もある」
「……潜入もバレたらマズくないか?」
「確かに危ない橋には変わり無いが……これが今できる内の最善の手なんだ」
クロノの様子を見る限り、どうやら苦渋の判断のようだ。
「――協力させて、クロノ」
と、ここでフェイトが口を開いた。
「いいのかい、フェイト?」
「うん。元々乗っていた船だしね」
「……だそうだが、ドア。君はどうする?」
「オイオイ、クロノ。どこの世に上司が危ない船に乗ろうとしているのに、それに続かない部下がいるんだ?」
元々、肚は決まっていた。
リプロードの連中とは、必ずケリをつけてやる。
「そうか……ありがとう」
そう言うとクロノはデスクの上の通信機のモニターをスクリーン台にまで拡大させ、データを映した。
「出発は二日後の朝。出港場所は記載されてる所に。……長旅になるからな」
「なぁに、久々の旅行だと取っておくさ」
「言っておくが、遊びに行くんじゃないからな」
強く念を押される辺り、オレはまだ信用されてないらしい。
「……あと同行するメンバーも確認してくれ」
オレは送られたデータを通信機でスクロールしながら確認していく。
クロノの監査隊の精鋭が数十人……
どうやらなのははいないらしい。
後はオレ達と……
「――ヴォルケンリッター?」
不可解な項目を見つけた。
「ああ、それは特別枠だ」
「特別枠って……」
「はやての所からも来るの?」
フェイトは弾んだような声音で聞く。
「ああ。戦力としては申し分ないハズだ」
「うん、うんっ!!」
オレは傍目でやり取りを見ながら、その記載された二人のヴォルケンリッターの名前を眺めていた。
一人は知っている。
湖の騎士、シャマル。
オレが世話になった医療のスペシャリストだ。
少々おっとりしているが、確かに参謀としては優秀だ。
しかし、もう一人とは面識がない。
だがその名から、厳つそうなイメージだけは汲み取れた。
「――剣の騎士、シグナム」