魔法少女リリカルなのは -Crime seeker-   作:鹿丸

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Ⅵ Panic factor

「――航空状態に異常はないか?」

 

「はい、特には」

 

「予定に遅れは?」

 

「出ていません」

 

「出現予定地域のイレギュラー調査は?」

 

「98%セーフティーです」

 

「よし。予定通りだ」

 

 

クロノは軽く頷き、艦のブリッジで仕事をしているクルーに向けて激励を送る。

 

 

「到着まで後40分弱だ。気を引き締めてくれ」

 

了解っ!! とハキハキとした返事が飛び、クロノは満足そうに頷いた。

 

 

「…………」

 

とりあえず、次元航海に問題はなさそうだ。

 

 

――問題があるとすれば、それは艦隊の中……

 

ドアの事だ。

 

一応熱くなった頭を冷やしてもらう為に自室で休む事を命じたが……

 

 

――まさかアイツに、まだ“あんな部分”が残っていたとは……

 

「…………」

 

正直、模擬戦で負った外傷よりも、心のケアの方が重要だろう。

 

アイツに殺しの記憶を蘇らせるのは、トラウマに回帰させるに等しい事だ。

 

 

そんなアイツを、癒せる人物がいるとすれば……

 

 

「――“君”しか、いないだろうな」

 

クロノはそんな言葉をそっと呟き、嘆息に息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、艦の個室。

 

局の隊舎の個室ほどの広さで、フェイトの執務室ほどではないが色々と用品が置いてある。

 

 

――それらのシングルベッドの上に、オレは身を投げていた。

 

虚ろな眼差しを天井に向けながら、力無く呼吸を繰り返す。

 

「…………」

 

 

――オレは、何をしてるんだろうか?

 

そんな事を思いながら、ふと自分の手の平を視界に持ってくる。

 

血に塗れた、人殺しの手。

 

クロノの言う通りだ。

 

オレはあの時間違いなく、模擬戦を忘れていた。

 

模擬戦というセーフティーな垣根を壊し、“殺し”に持って行こうとした。

 

なんの事はない。

 

 

――オレはただ単純に、戦いに高揚していたのだ。

 

オレと同等、またはそれ以上の実力者と相対し、剣を交じらせた時にだけ得られる脈動する鼓動に似た、あの感覚。

 

互いにぶつかる、剣戟。

 

立ち込める、硝煙。

 

ベタつくような血の匂い。

 

そして、削り合う“命”。

 

 

戦いにおけるそれら全てに、オレは完全に呑まれていた。

 

陶酔してた、とも言えるだろう。

 

オレも、人の事は言えない。

 

いくらクールに、シニカルに、ハードに振る舞おうが、オレも所詮はバトルマニアだ。

 

 

――結局オレは、6年前から何にも変わっちゃいない。

 

 

変わっちゃ、いないんだ。

 

「…………」

 

オレはすっかり緩んだ眉間に触れてみる。

 

その時だった。

 

コンコン、と誰かが部屋をノックした。

 

誰が来たのかを考える前に、オレは口を開いた。

 

 

「……今は、来ないでくれるとありがたい」

 

そう呟いた矢先、扉が開いた。

 

 

全く、オレのリクエストはクールにシカトらしい。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何の用だ、フェイト?」

 

オレはふて腐れたような態度で、ベッド脇に佇むフェイトを一瞥した。

 

「…………」

 

「……ま、招いた訳ではないが座ってくれ」

 

「あ、ありがと……」

 

オレが座るように促すと、フェイトはやや躊躇がちに椅子に腰掛けた。

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

それからは、重い沈黙だった。

 

向こうから来たにも関わらず、フェイトは一向に口を開かない。

 

全く、どうせ来るなら言葉を用意してから来てほしいモノだ。

 

 

――なんて、悪態をつける立場にはいないがな。

 

オレはそんな沈黙が嫌になり、自分から切り出した。

 

 

「――“満ちたりた愛よりも、飢えた愛の方が強い”」

 

「え?」

 

「昔、オレに女遊びを教えてくれた奴が言った台詞だ」

 

この台詞は、今でこそオレが掲げる座右の銘として輝いている。

 

「愛ってのは、遊んでる時は満ちていって、気がつけば器いっぱいに溜まっている。捨てるに捨てられないから、その愛を他人に分けてやろうと惚気話をする。けどまだ満ちている。次にやるのは喧嘩だ。その器いっぱいの愛が、実はカラじゃないかどうか確かめる為にな。けど、それは確かに愛だった。けど、満ちていた。だから、男と女ってのは遊んでると飽きるんだよ。――もう、そこに愛は継ぎ足せないから」

 

これは、自然界では不変の法則だ。と、少なくともオレは思っている。

 

「けどな、男と女が真剣に向き合うと、そこに生まれてくるのは飢餓感なんだよ。今度の愛は満ちていかず、逆に飢えていく。飢えて飢えて、腹が減って仕方ないから、相手を求める。けどどんだけ相手を求めても、貪っても、愛に飢えていく。だから、互いに相手を放せない……」

 

「…………」

 

「――“永遠の愛”、なんてモンがもしこの世にあるなら、オレは“飢えた愛”がそれに1番近いんだと思う」

 

――ここで、オレは気づいた。

 

オレは何が言いたいんだ?

 

ただ沈黙が嫌で、あのバカ野郎の話を持ち出したが……変な方向に行きそうだ。

 

「……けど、それは満たされてるハズだよ」

 

「?」

 

そんな風に思案していると、フェイトがようやく喋りだした。

 

「愛って満たされるとかされないとか、そんなんじゃないと思うな……もっと身近にあって、暖かい……“ただそこにある”だけの存在、なんじゃないかな」

 

「…………」

 

なるほど、ね。

 

……経験皆無のお子様でも、美人が言うと妙に納得してしまうのは魔法だろうか?

 

「……まぁ、いいじゃないか。そんな事は」

 

「え?」

 

オレはベッドから降り、首の骨を鳴らしながら備え付けのクーラーボックスからミネラルウォーターを取り出し、一口含む。

 

「――それより、オレは君の用件を聞いていない」

 

「あ、そうだね……えと……」

 

と、フェイトは小さく咳ばらいし、話し始めた。

 

「ドア……大丈夫かな、て」

 

「何がだ? オレはいたって健康体だぞ」

 

「そうじゃなくて……ちょっと、いつもより元気なさそうだったから」

 

全く、よく見てらっしゃる。

 

……て、誰だってわかるか。

 

どうやらフェイトは、模擬戦でちょっとやらかしたオレが傷ついてないか心配してくれたらしい。

 

「……優しいな、君は」

 

「え?」

 

「いや、何でもない」

 

言葉をごまかす様に、再び水を含む。

 

オレはミネラルウォーターをデスクに置き、ベッドに腰掛けた。

 

「心配しなくても、オレは元気だ」

 

「ホントに?」

 

「ああ」

 

「ホントのホントに?」

 

「子供か、君は」

 

えへへと笑うフェイトを見て、オレも不思議と口元が緩んだ。

 

その緩んだ笑顔を見てると、さっきまで頭にのしかかっていた重い何かがスルリと落ちていく。

 

「…………ハハッ」

 

「ハックションッ!!!」

 

オレが笑いを飛ばした瞬間、どこかから突飛なくしゃみが聞こえた。

 

「…………」

 

「…………」

 

オレとフェイトは顔を合わせ、互いに首を捻る。

 

少なくともオレではない。

 

もちろん、フェイトでもない。

 

――て、ことは?

 

 

「…………」

 

オレはさっきまで自分が寝ていたベッドを敵を見つけたかのように睨みつけた。

 

 

……まさか。

 

 

「…………」

 

 

オレはベッドの足を引っつかみ、軽く持ち上げた。

 

フェイトと一緒に生まれたベッドと床との隙間から、下を覗き込むと……

 

「――何してんだ?」

 

「ありゃりゃ……」

 

 

――ネズミのように身を縮めているリープの姿があった。

 

バツの悪そうにチロリと舌を出し、のそのそとベッドの下から這い出てくる。

 

「リープッ!!?」

 

「こんにちわ、フェイト」

 

「こんにちわ、じゃねぇよコラ」

 

オレはリープの首ねっけを掴み、その軽い体を持ち上げた。

 

「ちょ、離しなさいよっ!! バカ、変態っ!!」

 

「バカはお前だ。いつの間に忍び込みやがった?」

 

「…………」

 

瞬時に口を閉じやがったリープを、オレはベッドにたたき付けた。

 

「ぷぎゅっ!!!」

 

ぷぎゅ、じゃねーよ。

 

「――フェイト、バインドでふん縛っちまえ」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「離してよっ!! もう、バカっ!!!」

 

「フェイト、教えてくれないか? やたらうるさい生意気なガキを黙らせるにはどうしたらいいのか」

 

「……とりあえず、引きずるのをやめようね」

 

そんな会話をしながら、オレはリープの服を掴んで引きずっていた。

 

とりあえずブリッジに行って、この不法侵入者をクロノに突き出さねばならない。

 

ついでに言うならば、ようやく艦隊がアプリスに到着したようだ。

 

一度ミーティングを行いたいと言ってきたので、まぁついでだ。

 

「というか、何でお前は艦に乗り込んだりしたんだ?」

 

「…………」

 

また黙秘かよ。

 

「アプリスから来たお前が、何でわざわざアプリス行きの艦に密航する必要があるんだ、って聞いてるんだ」

 

「……言わなきゃ、ダメ?」

 

なんて生意気にも上目遣いしてきやがったので、オレはジグザグに引きずってやった。

 

「ちょっと止めてっ!!! 痛い、バカ、変態、ノロケ、除き魔っ!!!」

 

うるさい。誰が除き魔だ。

 

ほら、おかげで隣のフェイトが顔を赤くして距離開けちゃっただろうが。

 

そんなこんなで、オレ達はブリッジにたどり着いた。

 

すると自動ドアが開いた瞬間、凄まじい光景が目に飛び込んだ。

 

「うお……」

 

「――凄い」

 

ブリッジのメインモニターに映された景色は、それはそれは絶景だった。

 

――雲一つ無い、パレットに広げたような青空。

 

――宝石のような輝きが眩しい、太陽。

 

 

――そして何より、一面に日光が照る、エメラルドブルーの大海洋。

 

 

そんな景色が、広がっていた。

 

「ここが、アプリスか……」

 

 

「ああ」

 

横からクロノがひょっこりと現れ、モニターに視線をやる。

 

「惑星ミトラスの地表面積の約98%は濁りの無い海洋だ。観光エリアは僅か2%の人工島のみ」

 

「なるほど。こんな見惚れる景色がそこら辺にある場所なら、確かに住みたいね」

 

「本当に、凄く綺麗……」

 

目をキラキラさせながら景色に見とれるフェイトが、それを証明していた。

 

確かに光化学スモッグが1mmも無い空は、賭値無しに憧れる。

 

「……所で」

 

「?」

 

クロノは目を掻きながら、オレの手元を指差した。

 

「君の左手にいる、その子は?」

 

「――このガキ、実は……」

 

 

オレがリープをクロノに突き出そうとした……

 

 

その瞬間だった。

 

 

「提督っ!!!」

 

ブリッジを管理していたクルーの一人が、モニターを指差した。

 

「どうした?」

 

「ぜ、前方に、謎の人影が……」

 

「?」

 

クロノを含め、オレ達はモニターに目線をやった。

 

するとモニターに移る海と空の地平線の中央に、確かに人影があった。

 

「魔導師か?」

 

「いや、それが……魔力反応がありません」

 

「何?」

 

てぇ事は、アイツは魔法とは別の何かで浮いているって訳か。

 

にしても、不気味だな。

 

「モニターを拡大してくれ」

 

「は、はい」

 

クルーが操作し、モニター上の人影が大きく映る。

 

拡大されたそいつの姿は、黒いローブで全身を包まれていて、顔は勿論、体格ですらあやふやだ。

 

「……まさか、再生団《リプロード》か?」

 

「マジかよ」

 

可能性はある。

 

アイツら、いきなり先制を……

 

いや、それ以前に……

 

何で、今回のこの作戦がバレてるんだ?

 

やはり、管理局内部にスパイが?

 

「――私が確認してくる」

 

すると、フェイトが様子見に名乗りを挙げた。

 

「いいのか?」

 

「うん。ドアもシグナムも、さっきの模擬戦で疲れてると思うし」

 

「それはありがたいが……」

 

だがもしヤツが再生団《リプロード》の一員で、かつプロトクルスだったら……

 

様子見のつもりで出れば、確実に痛い目を見る。

 

しかし、フェイトならそんな愚は犯さないだろう。

 

「……なら、油断はするなよ」

 

「わかってるよ」

 

フェイトは振り向き、ブリッジを駆け足で出た。

 

「…………」

 

オレは再び、モニターに目をやった。

 

 

「……どう見る?」

 

「不気味、の一言だな」

 

黒いローブを纏った、魔力を持たない存在。

 

なのに、飛行が可能。

 

もしヤツがプロトクルスなら、あの8本腕のジグよりも強敵である可能性が高い。

 

「……スピードの土俵なら、まず負けないだろうが」

 

「だが、それ以上に……」

 

 

ヤツの得体が知れない。

 

そんな不気味な雰囲気を、感じざるを得なかった。

 

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