魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
澄み切った空を切り取ったかの様な景色に、私は数秒見とれた。
けど気を引き締め直し、ハッチから飛ぶ。
空に体を投げ出し、スカイダイビングしてる最中にバリアジャケットを展開した。
「バルディッシュッ!!!」
「――Yes sir」
インパルスフォームとバルディッシュを身を装着し、体で空を切る。
「――こちらフェイト。聞こえる?」
『こちらクロノ。確認した』
どうやら唯一の不安要素だったミトラスの大気でも、念話は通じるようだ。
「今から目標と接触します」
『ああ、くれぐれも注意してくれ』
了解、と返した後通信を切り、私はクラナガンとは違う広々とした空を滑空した。
目標は、すぐに見つかった。
黒いローブを来たその人は動きを見せず、ただユラユラと佇んでいるだけ。
私はバルディッシュをハーケンフォームで構え、息を吸い、声を上げた。
「――時空管理局、フェイト・T・ハラオウンですっ!!」
「…………」
「どうか、ご同行お願いできませんかっ!?」
「…………」
しばらくの間、目の前のその人は無反応だった。
「――あの~」
「…………ドォ」
「ッ!!?」
刹那、黒いローブがこちらを向いた。
「……ドォーー……ドォーー……」
謎の雄叫びを上げながら、こちらに近づいて来る。
私は自然と距離を取り、背中に冷や汗をかいた感覚を覚えた。
(何なの、いったい?)
明らかに、普通じゃない。
フェイトも執務官ゆえ、それなりに場数は踏んでいるつもりだ。
実際に相対した次元犯罪者の数も、そこら辺の武装隊と比べても桁違いだと自負はしている。
その中には強い魔導師や、質量兵器に頼る一般人。
力量に関わらず、常人、狂人、悪人、異端者……
様々な力や意志を持った犯罪者達をたくさん見てきた。
――しかし、目の前の“ソレ”は、そのどれらにも当て嵌まらない。
力も、意志も、その正体も……
「…………くっ……」
コレは本当に魔導師なのか?
いや、それ以前に……
――目の前にいるのは、本当に人間か?
そんな泥のような迷いが頭に差し込み、バルディッシュを握る手に汗が滲む。
――刹那。
「ドォーーッ!!!」
「ッ!!!?」
ヤツの全身から、漆黒の濃粒子が吹き出てきた。
それらはシミのように広がり、清閑な青空を闇色に染めていく。
正に、闇に支配された空。
フェイトはその不気味な光景に、必要以上に距離を取った。
(何なの、アレ……)
今までに見たことの無い類いの現象。
故に、アレが攻撃なのかすら、判断できない。
そんな不可解なモノに、触れる訳にもいかない。
しかし。
「ドォーーッ!!!」
唸りのような掛け声と共に、その漆黒の粒子は触手のような形を成し、フェイトに迫った。
「ッ!!?」
フェイトは速度をかけ、空を駆け回る。
触手は数を増やしていき、凄まじいスピードでフェイトを捕らえようとする。
「この……ッ」
体を捻り、直進する触手を躱す。
飛沫のような粒子はそれぞれが意志を持ったように動き、また更に形を成していく。
まるで、蚊の群れが動いているかのようだ。
(このまま逃げてても、キリがないっ!!)
フェイトは身を翻し、バルディッシュを振りかぶる。
「――ハーケンセイバーッ!!!」
金色の鎌形魔力刃を回転させながら飛ばし、迫る触手を切り裂いていく。
しかし形が崩れただけで、また直ぐに粒子は群れを成す。
「くっ……」
単純な魔法攻撃は効かない。
あの粒子そのものを消滅させる魔法じゃないと――
フェイトはまた閃光のように空を翔け、ヤツから上のポジションを取った。
こうなった、術者ごと――
フェイトは自身の周りに雷を帯びたフォトンスフィアを展開させた。
それも、通常の数倍近い量の。
「――フォトンランサーッ!!!」
掛け声と共に、そのスフィア達は真っ直ぐに迫る粒子に向かい、雨のような攻撃を与えた。
怒涛の連撃に粒子は散り、形を成す暇もない。
――攻撃が終わると、漆黒の粒子達はさ迷う蝿の様に辺りをユラユラと漂っていた。
「ハァ……ハァ……」
フォトンはバルディッシュを握り直し、その様子を静観していた。
しかし、変化は直ぐに訪れる。
「――ッ!!?」
粒子達はまた統制を取り戻したかのように動き出し、触手を成していく。
「くっ……まだ……っ!!」
斬撃も、射撃も無効化する粒子。
こんな魔法、見た事がない。
――いや、これは本当に魔法なのか?
そう思考を巡らせていた、その時だった。
――周囲を、闇が包んだ。
「ッ……しまっ」
悪態を言い切る前に、漆黒の粒子がフォトンの身体を包み込む。
油断した。
あれだけ、ドアに油断するなと言われたのに。
必死に振り乱すが、粒子はまるで力を持ったかのように身体を押さえ込んでくる。
「……う、動けない……ッ」
どれだけ力を込めても、身動き一つ許されない。
すると、フェイトの目の前に黒いローブが現れた。
「……ドォ――」
「――あなたは、何者……なの?」
喉から絞るように、フェイトが聞く。
――しかし、目の前のソイツは一切反応しない。
「何が……目的、なの?」
「…………」
回らない舌を回すフェイトだが、その過程で妙な違和感を覚えた。
まるで、人と話している感じではないのだ。
その印象に、背筋が凍る思いだった。
――無限の闇に包まれたような、究極の無。
何もない宇宙にいきなり放り出されたような感覚に、フェイトは全身が震えた。
攻撃を受けた訳ではない。
寧ろ、まだダメージはない。
ただ、拘束されただけ。
なのに、この胸を圧してくる恐怖は何なのだろう?
こんな事は、初めてだった。
――その時だった。
“――……ケテ……”
声が、聞こえた。
「――?」
まるで、脳に直接問いかけてくるような、幼い声。
“――……スケテ……”
フェイトはその声の主を探そうと周りを見渡すが、誰もいない。
いるのは、目の前にいる得体の知れない敵だけ。
しかしフェイトは、そんな得体の知れないヤツを、恐怖ではなく確認の意で見つめた。
すると。
“――タスケテ”
「ッ!!!?」
聞こえた。
ハッキリと、聞こえた。
助けて、と。
「……まさか、君?」
フェイトは拍子抜けしたような声で、そう聞いた。
「…………」
しかし、ヤツは答えない。
答えてくれない。
また、その刹那だった。
「オイ」
今度は、聞き慣れた声だった。
そして、後ろから抱きしめられるように掴まれ、闇から掬われるように視界が晴れた。
「キャッ……」
風を切る感覚を身に感じ、ふと肩に手を置かれる。
「大丈夫か?」
「……ドア」
そこにいたのは、勿論ドア。
声を聞いた時から、わかっていた。
フェイトはホッとしたように表情を緩ませ、ドアから離れる。
「その様子じゃ、大丈夫そうだな」
「――うん、ありがと」
不思議と、声が弾んだ。
「……で、何なんだアイツは?」
フェイトはドアと一緒に、闇を纏うヤツを見た。
「わからない……でも攻撃は何やってもすり抜けちゃう……」
「それは見てた。それより、あの黒いモヤモヤしたヤツは?」
「あ、アレも攻撃は効かないよ。でもダメージは無いかな」
「――そうか」
ドアは満足げに頷き、デバイスを展開させた。
両剣を握り、構える。
「そんだけわかれば、十分だ」
瞬間、ドアは飛んだ。
「ドアッ!!」
ドアはヤツの方へ向かっていき、ストレイジを粒子に向けて振り抜いた。
しかし当然のように、粒子は形を崩しただけ。
また直ぐに再生する。
しかし、ドアはそれに目も止めなかった。
目の前に憚る粒子を、ただ黙々と斬り裂く。
「……そうか」
ドアの狙いは、粒子を攻略する事じゃない。
むしろ、そんなものはどうでもいい。
ダメージが無い攻撃等、関わるに値しない。
それよりも、“本体”なのだ。
「らぁっ!!」
ドアは壁のように塞がる闇を、ぶった斬る。
そして、ヤツの前に踊り出た。
「……一刀」
“本体”を叩く事が、何よりも重要なのだ。
互いに目が会う。
そしてドアは、構えた。
「――白斬《しらぎく》ッ!!!」
一瞬にしてウィルネスを縦に振り抜き、ヤツを一刀両断した。
――白斬《しらぎく》。
ドアの剣技の中で、最速の居合技。
一線がヤツの身体を縦に沿って入り、時間差でヤツはパカッと真っ二つに割れた。
――しかし、そこから吹き出たのは血ではなく……
「……ッ!!?」
「キャッ!!!」
――夥しい量の、粒子だった。
「ちっ……」
ドアは舌打ちしながら、防御の姿勢を取る。
まだまだ吹き出る粒子は空中で一カ所に固まり、浮遊しながら形を象っていく。
そして全てが吹き出た事には、その粒子はまた元の形に戻っていた。
「……なんつー身体してるんだよ」
ヤツは……再生したのだ。
「真っ二つにされて生きてるか、普通?」
ドアはヤツを睨み、出方を伺う。
「けどまぁ、コレでハッキリしたな」
ドアはデバイスを待機状態に戻し、急いで踵を返した。
「……ドア?」
「帰るぞ」
「えっ!!?」
「クロノが今瞬間転移をスタンバってる。あんなバケモン相手にしてられっかよ」
それは、確かに一理ある、とフェイトは思った。
あんな無敵に近い敵を相手にしてては、日が暮れる。
だが、放っておくには余りにも危険過ぎる。
「で、でも……」
「いいから」
ドアはフェイトの手を引き、待機している艦隊へ向かった。
「う、うん……」
フェイトは頷き、一度だけヤツを肩越しで見た。
「…………」
どうやら追ってくる様子は無いようだ。
もしかしたら、こちらから仕掛けたからこそ、向こうも襲ってきたのかもしれない。
それに……あの“声”
“助けて”という、幼い声。
あれがどうにも引っ掛かっていた。
あの得体の知れない敵と、その助けを求める声……
わからない事だらけだ。
そんな悩みを胸に抱えたまま、フェイトは艦隊へと帰還した。
☆★☆
「……計画は今どの段階だ?」
『は……既に最終段階まで……』
「ディープドームに仕掛けたアレは?」
『既に整っております』
「そうか……ならそのままのペースで確実に事にあたれ」
『――了解しました』
ガチャ、と回線が切断され、フーレは通信機を仕舞う。
ここは、とある喫茶店。
アプリス内の領土に位置する、オーシャンビューを一望できるオープンカフェだ。
フーレはそこのテーブルでアイスコーヒーを嗜みながら、通信機をいじくる。
「……計画も、後少しか。そうなればこの国も、もう……」
そう呟いた、直後だった。
通信機が鳴り出したのは。
フーレは回線を開き、通話ボタンを押した。
「……こちらフーレ・オルトス。どうした?」
『――僕だ、フーレ』
「ッ!!?」
フーレは手元のアイスコーヒーを落としそうになった。
「――ゼクロスっ!!!」
『仕事は頑張っているかい?』
通信機から聞こえてくるその声は若く、淡々とした調子だ。
「それよりお前……今いったいどこだ? 仕事をサボって何をしている?」
『何って……今アジトにいるよ』
その言葉にフーレは声の調子を外した。
「何っ!!? お前、アプリスに侵入してくる管理局の連中を片付けてたんじゃないのかっ!!?」
『何で僕がそんな“つまらない事”をしなくちゃならないんだい? 時間のムダだよ』
ゼクロスは呆れたように言う。
『ゴメンだけど、今回の仕事にはもう飽きたよ』
「な、何っ!!?」
『毎日毎日質量兵器の番は退屈さ。だからアプリスの仕事は君に任せるよ。それじゃ、また今度』
それを最後に向こうは切ろうとしたが、追伸が入った。
『……あ、お土産に“南国まんじゅう”お願いね』
今度こそ通信が切られ、フーレは唖然とした表情をしていた。
そして我に返ると、フーレは通信機を引っつかみ、その場で軽く握り潰した。
メキメキと金属が曲がり、破片が飛び散る。
「……なんでウチの連中はこう……」
怒りに震えるフーレを宥める者は、ここにはいない。
とりあえずひとしきり怒りをグチャグチャの通信機に向けた後、フーレはアイスコーヒーを飲み干した。