魔法少女リリカルなのは -Crime seeker- 作:鹿丸
あの不気味な、闇野郎。
ソイツから逃げる為に、オレ達は艦隊の緊急用システムである空間転移を使って、アプリス付近の海上まで一気に移動した。
幸いオレとフェイトにダメージは無かったが、もしヤツに殺傷能力があったのなら、コレでは済まなかっただろう。
転移した先でオレ達は、少々情報の整理を行った。
まずアプリスに潜入する際の注意。
まず不用意に現地の人と関わらない事が大原則だ。
そしてもし万が一、再生団《リプロード》の構成員を見つけたなら、直ぐに近くの局員に連絡し、確保する事。まぁ各自の判断でオッケーだろう。
だがオレは、既に連中にはオレ達が潜入している事はバレている、と思っている。
アプリスに来て早々にあんな不気味かつ得体の知れない敵に遭遇。
アレは間違いなく、“プロトクルス”だ。
少なくとも、オレはそう睨んでいる。
そして、“ヤツ”の事……
戦っている間もクロノにヤツをサーチしてもらっていたが、確証のあるデータは得られなかった。
――つまりヤツは、今まで管理局の誰しもが相手をしたことの無いアンノウンという事になる。
ヤツが“プロトクルス”であると睨んでいる根拠はそこだ。
それらの注意を再確認しつつ、オレ達は艦隊から小型船に乗り換え、アプリスへとたどり着いた。
“ようこそ、空の楽園アプリスへ”というバカデカイ立て看板に迎えられ、オレ達はアプリスの国境へと入っていった。
偽の身分証明書を向こうの管轄に提示し、アプリスでの仮住民票を発行。
コレでオレ達は、一時的にアプリスの住民になれた訳だ。
まぁ向こうからは観光に来た団体客にしか見えないだろう。
――それからオレ達は事前に予約しておいたホテルに到着し、各客室で待機していた。
「…………」
客室に入ってのオレの第一印象は、まさしく“楽園”。
南国を象った壁紙に、爽やかな空気。
明らかにマイナスイオンの量が違う。
呼吸するにも新鮮さを感じられ、オレは即座にフカフカそうなベッドにダイブした。
モフッと音が聞こえる位の柔らかさに、オレは早速眠りに付きそうだった。
「……ア~……素晴らしい」
まさしく、楽園だ。
まさかホテルの部屋だけで、ここまでのサービスがあるとは……
他にも部屋には最新のクーラーボックスに一人ではもったいない位のバスルーム。
スムージーをいつでも飲めるジューサーに、棚には大量のフルーツが完備されている。
更には電話一本で極上マッサージや五つ星ルームサービスなど、まさにいたりつくせり。
――これでスウィートクラスの二つ下のランクの部屋なのだから、アプリスは怖い。
まさに、サービスに特化した企業大国だ。
勿論、アプリスの素晴らしさはこんなものではない。
ホテルのサービスなど、末端の末端の末端だ。
「フ~……」
こんな素晴らしい所、隣に女がいれば言うこと無しだったが、生憎世の中はそこまでの贅沢は許してくれないようだ。
オレがフカフカの羽毛ベッドをゴロゴロと楽しんでいると、ポケットの通信機がベルを鳴らした。
無視したいのは山々だが、部屋に直接来られるよりかはマシだ。
「……何だ?」
『――楽しんでいる所悪いが、打ち合わせの続きをやるぞ』
クロノの野郎だ。ファッキン。
「さっきやっただろ。嫌というほどな」
『あれは注意事項の確認だ。今からは任務の細かい概要を伝えたい』
「今言ってくれないか? ベッドの上の方が聞き取りやすい」
『僕もそうしたいのは山々だが、それではいつ君が眠りに落ちるかわからないんでね』
確かに、的を射ている。
「……わかった。クソ、わかったよ」
『わかったなら早く来てくれ。53階の53D27という部屋だ』
通信が切れ、オレは投げやりに舌打ちをした。
「……せめてマッサージを受けてから連絡して欲しかったものだ、ファッキン」
☆★☆
それからオレは仕事を嫌がる身体を引きずって、来たくも無いクロノの客室の扉をノックした。
「ヘイ、来てやったぞ」
オレは返答を待たずに扉を開ける。
心なしか部屋がオレの客室より広いと感じるのは、オレの心が狭いからだろうか?
「来たか。待っていたぞ」
待たれても、全くうれしくは無いが。
部屋にはクロノは勿論、フェイトとシグナムが腰を落ち着けている。
そして、もう一人……
「初めまして、ケルビン・ジューダラッドです」
「……ああ、よろしく」
真面目そうな優男の差し出された手を、オレは淡々と握る。
「彼は僕の監査隊の隊長なんだ」
「はい、よろしくお願いします。ケリウスさん」
丁寧にお辞儀をするケルビンを、オレは妙に冷めた感じで見ていた。
監査隊の隊長?
こんな優男が?
人は見かけにはよらない、とは言うが……
「……ま、それはいいが……」
オレは眉を震わせながら、フェイトの傍らで我が物顔をしといる“ソイツ”を睨みつけた。
「ここに不法侵入者がいるってのは、どういう悪ふざけだクロノ?」
――オレの目線に気づいたリープは、首を傾げながらこちらを見る。
「……え、私?」
「当たり前だ、ネズミ女」
「だ、誰がネズミ女よっ!!!」
髪を振り乱し、いきり立つリープ。
その様子にクロノは軽くため息をつきた。
「――彼女はアプリス出身なんだろ? なら我々よりも現地には詳しいハズだ」
「任務に協力してくれれば、黙ってついて来た事には目をつむってくれるってね」
そう自慢げに言うリープに、ドアは管理局という組織のユルさを感じた。
「――それじゃあ、始めるぞ」
オレは壁に寄り掛かりながら、クロノが打ち合わせの合図に手を鳴らす様子を見ていた。
「今回アプリスで主な目的は二つ。一つは質量兵器の密輸の証拠を掴む事……そしてもう一つは再生団《リプロード》のメンバーの確保だ」
クロノはケルビンに目配せし、彼は脇のカバンから一つの資料を取り出した。
「……これはアプリスにおける主要都市の内情を示したものです」
テーブルに広げられた資料には、アプリスの地図と一緒に人口密度やら所得割合やらのグラフがゴチャゴチャと書かれていた。
「かい摘まんでいいますと、ヤツらが質量兵器を保管していると思われる場所は二つ……一つはアプリス南部にあるスラム街の“アウラタウン”」
「アウラタウン?」
「簡単に言えば、ホームレスのたまり場よ」
ホームレス? アプリスに?
「ほら、このアウラタウンだけ異様に所得割合が低いでしょ」
リープが指差す場所のグラフは、確かに割合で言えば他より伸びが無い。
「空の楽園~なんて言われてても国である以上、アラは必ず出てくる。むしろ余所からお金が入ってくる分、経済格差もシャレになっていないわ。その経済ヒエラルキの最下層にいる人達が集まるのが、このアウラタウンって訳」
「……よくわかった」
つまり経済的にも貧困している場所に、アプリスの自治は行き届かない。
つまり、犯罪しやすい場所って訳だ。
「それで、もう一つの場所が……」
ケルビンは地図のとある場所を指差した。
「――ここ、ディープドームです」
「ディープドーム?」
「……アンタ、物を知らなさ過ぎよ、それ」
リープのバカにしたような口調に、ややカチンと来た。
「まず大まかに言うとね、アプリスは基本的に三つのエリアに別れるの」
リープはテーブルの上に置いてあったペンを掴み、資料の白紙部分にサラサラと書いていく。
「まず一つはアプリスの天空に位置する、“天空王宮”」
天空王宮と書き、サッと下線を引く。
「ここはアプリスの王族が住む天空の島……私達が今いる場所の3000メートル位上にあるわ」
次にリープは天空王宮と書いた所の下に、“安住地”と記す。
「その下……つまり私達の今いるこの島が第二のエリア、“安住地”よ。ここは基本アプリスの国民全てが住むエリアで、主にホテルや住宅街が並ぶわ。アウラタウンもこのエリアにある」
そしてリープは“安住地”と書かれた場所から下に向けて線を繋ぎ、大きめの字で“ディープドーム”と書いた。
「そして私達の下にある三つ目のエリア……そこが“ディープドーム”よ」
「……ちょっとまて」
オレは髪の毛を掻きながら、白紙に書かれたディープドームの字を指で叩いた。
「天空王宮や安住地はよくわかる……だが私達の下って、下は深海だぜ? ディープドームってのは竜宮城かオイ?」
「……ま、竜宮城って表現もあながち間違ってはいないわね」
どういう事だ?
竜宮城?
「ディープドームはね……海にあるのよ。それこそ、竜宮城みたいにね」
「オイ、冗談はよせよ。オレ達にウラシマになれってのか?」
「話は最後まで聞いてよね」
しかし、いくら何でも……
「ディープドームは安住地から地下300メートル近い海の底に作られた、言わば深海のドーム。海の底にバカデカい半球体ガラスを置いた、て言った方が想像しやすいかしら」
……確かに。
「中は基本的に娯楽施設よ。カジノやスパやバー。レストランにレジャータウン。そんな遊び場をギュウギュウに詰め込んだような場所よ」
「つっても深海だぞ。どうやって行き来するんだよ?」
「ドームの上部に、安住地と繋がっている直通のエレベーターがあるのよ。150基ぐらいあって、どれもゾウが乗ってもびくともしない造りになってるわ」
安住地とディープドームを繋いだ線を指で叩きながら、リープは続けた。
「つまりアプリスは空陸海にそれぞれエリアがあって、効率的なリゾートを作ってるって訳よ」
――何だか、絵本を現実にしたような国だな。アプリスってのは。
天空の城に、竜宮城。
おとぎの国も顔負けだな。
「……よくわかったよ」
つまりレジャーのたまり場であるディープドームに、誰も質量兵器があるなんて思わない、と言った所か。
「――リープさんの言った通り、ディープドームは海にあります」
ここでケルビンが、話を元の軸に戻す。
「我々はこの二つの場所を重点的に捜査し、質量兵器の尻尾を掴みます」
「……という訳で、まず最初に捜査する場所は――」
クロノは地図の、とある場所を指差した。
「――アウラタウンだ」