『魔法使い』だよ。
刹那の前に居る、鬼に斧を突きつけた少年はそう言った。
目深に被ったフードの所為で表情は読み取れないが、自身の倍以上の体躯の鬼を前にして余裕が感じられる。
「魔法使いか…それなら、儂らの敵やな?」
値踏みするように鬼が呟くと地面がぼんやりと光り、一体、また一体と鬼が地面から現れてくる。
彼を使役する術者が新たに召喚したのだろう。
光りが治まる頃には、少年達の周りは30体あまりの鬼に再び囲まれていた。
それと同時に、鬼が一斉に男達に襲いかかる。
そこに先ほどの余裕は見らず、全力で男達を倒す、という明確な敵意が込められていた。
「…頼んだ」
「あぁ」
鬼達が襲いかかってくる中会話とも言えない短いやり取りを行うと、男達は自分たちの役割を実行に移した。
少年は手にしていた斧を消すと、刹那の前に跪き、それを護るように煙草を咥えた男が前に立つ。
男は変わらず脚絆のポケットに手を入れたまま、自分たちに襲いかかる鬼を見据える。
その瞬間だった。
パァンッ
空気を叩く音と同時に、眼の前に居た数体の鬼の頭部が破裂した。
それを皮切りに、蹂躙が始まる。
空気を叩く音が聞こえ、鬼の頭部が、上半身が、腕が破裂し、辺りに血飛沫が飛び散る。
「…」
その光景に、刹那は絶句する。
男が何かを行っているのは解る。だが、それが視認出来ないのだ。
なにより、その男の後ろ姿。
それが、自分の見知った人物と重なってしまっていた。
「大丈夫か?」
「!?」
突如掛けられた言葉に反射的に視線を写すと、眼前に先ほど斧を持っていた少年が此方を見ている。
「え、えぇ…なんとか…っ」
「…」
少年の言葉に返事を返し刹那は身体を起こそうとするも、疲弊しきった身体が言う事を聞いてくれる筈も無く、藻掻くだけだった。
その姿を見ていた少年は、外套の中へ手を入れて小袋から一輪の花を取り出すと、それを地面に置き右手を重ねる。
すると、どうだろうか。少年を起点に翠の波紋が広がっていく。
少年の姿に思わず見とれていた刹那だが、身体に違和感を感じた。
(なんだ…身体が軽く…それに、痛みも…)
鉛のように伸し掛っていた疲労感や、戦いによる傷の痛みが少しずつ和らいでいく。
腕や脚の傷が次第に癒えていき、波紋が消える頃には刹那は自力で身体を起こせるまでに体力が戻っていた。
「これは…」
「回復魔法だ…といっても、十分に回復出来ていないからジッとしていろ」
上体を起こして身体を確認する刹那を尻目に、少年は男の下へ歩いていく。
身体を動かせるとは言え、満足に回復出来ていない刹那は、少年の後ろ姿を見ている事しか出来なかった。
少年が男の隣に立つ時には、全てが終わりかけていた。
先ほど呼び出された30体あまりの鬼達は男一人の手によって全て還された後で、残るは一際体躯の大きな鬼一体しか残っていなかった。
「…俺が戻ってくるまでもなかったか?」
「いや、アイツが中々に頑丈でな。戻ってきてくれて助かった」
少年が男に声を掛けると、男は短くなった煙草を踏みつぶしながら返事を返した。
男はあぁ言っているが、少年は男の本気を知っている。
彼が本気を出せば、目の前の鬼一体など一撃で終わらせる事が出来るだろう。
だが、それを行えば
だからこそ、男は本気を出す訳にもいかないのだ。
少年は、改めて眼前の鬼を見る。
男との戦いで得物だった金棒は半ばから砕け、筋肉で覆われた身体には無数の打撲痕が出来ている。
「クソ…貴様、ホンマに何者なんや?儂らを一人で圧倒するなんて、並の魔法使いやったら出来んぞ」
「さてね。俺が誰か知りたいなら…殺して確認するんだな」
予想以上の相手だったのだろう。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ言葉を絞り出す鬼に余裕の表情で返事を返すと、男は再び鬼へと駆け出し、再び空気を叩く音が何度も発せられる。
男が行っている事はポケットから手を抜き、拳を放つ。ただそれだけだ。
それは宛ら剣術の居合い、西部劇で言う
ただ、それを視認出来ない速度で…それも、連続で行っていた。
対して、少年はその場で半身を後方にずらすと、腰だめに手を構える。
何かを掴むように広げられた少年の両手の間に、青白い輝きが生まれ、同時に冷気が立ちこめる。
少年が視線だけで合図を送ると、男は拳の弾幕を止めて横へ飛ぶ。
それと同時に少年が右手を下から上へ振り抜くと、地面を這うように冷気が迸る。
弾幕の防御に徹していた鬼は突然の攻撃に反応が遅れ、少年の放った冷気の一閃を右足に受けた。
冷気をまともに受けた鬼の右足は氷に覆われ、地面に縫い付けられる。
更に、畳み掛けるように少年が右手を掲げると、空気中の水分が凝固して氷の造化を形作り、鬼目掛け殺到する。
「凄い…」
男達の戦いを見ていた刹那は、ポツリと小さく呟いた。
此れまで、刹那は多くの警備を熟してきた。
時には魔法使いと共に学園に侵入してきた妖魔を相手にした事もある。
だが、男達のように最小限の言葉や目配せだけで連携を行って居る者を見たのは初めてに等しかった。
それだけ、男達の間に信頼関係が築かれているのだろう。
その姿に見惚れている間にも、鬼は氷の弾幕による氷片に覆われていき、終いには氷玉のオブジェと化した。
氷漬けとなった鬼へと歩み寄りながら、少年は外套の中へ手を入れて一つの欠片を取り出した。
巨雷族の腕と呼ばれるそれを握りしめ、魔力を流し込むと、少年の右腕に異変が起きる。
右腕が次第に土気色に変わり、翠の紋様が刻まれ二周り程も肥大したのだ。
「これで…終わりだ」
物言わぬ氷像を見据えながら呟くと、少年は紫電迸る右腕を振り下ろした。
「助けて頂き、ありがとうございました」
全てが終わった後、漸く歩けるまでに体力を回復した刹那は少年達に頭を下げていた。
だが、それと同時に申し訳なさも感じている。
自分を助けてくれた恩義はある。だが、少年達は学園の人間ではない。
侵入者を捉える事が仕事である刹那は、彼らを捉えるしか無いのだ。
その葛藤に悩んでいた時…それは起きた。
「君たちか…この学園に侵入してきた魔法使いって言うのは」
刹那の耳に聞こえたのは、同業者であり、自分の師でもある男の声と空気を叩く音。
声が聞こえた場所を振り返ると、彼は其処に立っていた。
タカミチ・T・高畑。
麻帆良学園女子中等部の教員であり、刹那の担任教師
そして…この学園の魔法使いのNo.2
彼は、鷹のように鋭い眼で少年達を睨んでいた。
「僕の生徒を救ってくれた事には礼を言う…でも、侵入者を放っておく訳にはいかないんだ」
そう言うと、高畑はスーツのポケットに手を入れたまま此方へ歩いてくる。
少年が身構えようとするも、隣に立っていた男が少年を制し、高畑の前に立つ。
距離は僅か3メートル。
互いに睨み合ったまま、二人は動く気配がない。
次の瞬間、空気を叩く音が一際大きく響いた。
大気が振るえ、拳圧による風が吹きすさぶ。
男は表情を崩さないが…高畑と刹那は違った。
高畑は驚愕
刹那は確信。
二人の表情は違えども、考えている事は同じだ。
自分たちの前に立つ男は、
「…成長したな、
男は高畑を見据えたまま呟くと、フードで隠れていた顔を露にする。
その顔に、高畑は眼を見開いた。
「そんな…」
高畑の唇が、声が震える。
何故ならば、高畑の前には嘗て死んだ筈の師匠
ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが立っていた。