Fate/Prototype 薔薇のオルタナティブ   作:因幡トール

1 / 2
 赤薔薇とは情熱。
 青薔薇とは奇跡。
 辺獄ならざる地の底にて、出逢うはずのない二人が出逢う時。
 形無き原典の変貌(オルタナティブ)が綴られる───


前編 Beast Meets Beast

 昔々あるところに、一人の皇帝がいました。

 

 赤薔薇の似合う青年でした。

 万能の天才を名乗る自信家でした。

 そして、市民を深く深く愛する君主でした。

 

 玉座を得たのは己が実力ではなく、権力を欲した母の姦計によるものでしたが、だからこそ彼は良き為政者になろうと努めました。

 母ではなく民の為に。身内ではなく他人の為に。名高い貴人ではなく名も無き市民の為に。

 何故なら彼は、醜いモノより美しいモノが好きだったから。

 

“より楽しい生活を!”

 皇帝は人気者でもありました。減税。祭典。災害復興。気前よく金銭をばら撒く政策に市民は大喜び。楽しんでくれて嬉しいと、彼は笑みを浮かべました。

 

“より美しい芸術を!”

 皇帝は芸術家でもありました。工芸。建築。作曲。服飾。あらゆる創作に手を出した、その果てが黄金劇場(ドムス・アウレア)。後世にまで影響を与える程の傑作だと、彼は胸を張りました。

 

“より正しい国政を!”

 皇帝は政治家でもありました。母親。家族。恩師。貴族。元老院と対立してでも改革を推し進め、私服を肥やす輩を謀略を以て粛清。これは決して間違いなんかじゃないと、彼は涙を堪えました。

 

 すべては愛しい市民の為に。燃え盛る炎の如き情熱を以て、私の世界(モノ)の全てをあげよう。皇帝は本気で、本心からそのように思っていました。

 傲慢にも。哀れにも。

 

 だから、あれは裏切りではなく当然の末路。

 反乱を起こされ玉座を追われた皇帝を、市民は助けることなく見捨てました。

 

“何故? どうして? どうして(オレ)が?”

 自問しつつも、心のどこかでは理解して(わかって)はいました。結局のところ、彼の愛は一方通行でしかなかったのです。

 惜しみなく与え、惜しみなく奪う。共感されることのない、怪物的とすら言える愛情表現。

 飽きられたのか、呆れ果てたのか。最後まで愛することはできても、最後まで愛されることはできなかった。

 だから、助けてくれなかった市民に恨みは無く。胸中にあるのは、ただ……。

“ああ──私は、孤独(ひとり)で死ぬのか”

 誰よりも人間を愛しながら、誰からも愛されなかった皇帝。永遠ならざる華やかな繁栄を善しとした彼は、こうして、惨めな自殺を遂げました………。

 

   ■ ■ ■

 

 死した後、彼の魂は英霊として世界に召し上げられました。

 英霊。境界記録帯(ゴーストライナー)。抑止の輪より来たる、人類史の守護者。

 ただし、正当な英雄としてではなく反英雄として。善性の尊さを知らしめる為の、押し付けられた悪役として。

「まあ、いいか。(オレ)が万能の天才である事に変わりはないし」

 アンニュイながらも皇帝は、己が在り方を受け入れました。たとえ誰からも招かれなかったとしても。

 ある宗教観において大悪とされる彼を運用しようと思う物好きなど存在しません。在り方の美しくない、醜い魔術師などそもそも彼の方からお断りです。

 彼が応じるとすれば、それは死に瀕してなお戦う事を諦めない路傍の弱者の叫びか。あるいは世界(ローマ)存亡の危機か。

 

 だから、聖杯戦争に参加するなど、彼にしては珍しいことでした。らしくない、と言える程に。一体何故?

 わざわざ触媒を用意してまで自分を召喚しようとする魔術師に興味があったのは確かです。己が最強最高である事を証明してみたいという欲があったのも確かです。

 でも、本当に注目していたのは優勝賞品(せいはい)の方。万能の釜。願望機。模倣聖杯●●●号。

「あれ? なんか、覚えがあるような……?」

 自分に近しい何かを感じ取った皇帝は真実を見定めるべく、使い魔(サーヴァント)として降り立ちました。

 

 舞台は東京。総人口数百万を誇る、世紀末の極東都市。

 最古の英雄王をはじめとした、人類史に名高き英雄達が集う、絢爛華麗な大戦争。

 その頂点に立つのは、最優にして第一位のクラス・剣士(セイバー)のサーヴァント。

 聖剣使いアーサー・ペンドラゴン。

 それを召喚したのはただの小娘に過ぎないと侮った契約者(マスター)の指示に従い、皇帝は戦いを挑み、そして敗れました。

 たとえ、マスターの性能に差があったとしても。異界と呼ぶに相応しい程の陣地を作成したとしても。万能の才を以て影の英霊(アサシン)を召喚したとしても。

 星の聖剣──かつて同じローマの皇帝を歴史から追放してみせた黄金の輝きの前には、何の意味もありませんでした。

 

 恐れ慄いたマスターをアサシンに託し、皇帝は撤退します。

 生きている限りまだ完全には負けていない。態勢を整えなくては。相性の良い土地で回復に専念せねば。

 身を潜める場所を探し求め、真夜中の東京を彷徨い歩きます。

 導かれるように。招き寄せられるように。大聖杯が眠る地の底へと。

 

「これは………そうか。そういう事か」

 広大な地下空間を埋め尽くす、真っ黒な泥。肉。呪いの塊。

 死と絶望と恐怖とを養分として、聖なる杯を殻として、今か今かと誕生を待ち望む巨大な卵。

 一目見て、皇帝はその正体を理解しました。

 

 これはローマ帝国(われら)を皮肉るモノだ。世界人類(われら)を貶めるモノだ。

 徒波(あだなみ)の彼方より顕れるとされる、罪深きモノだ。

 災厄の獣(マスターテリオン)都市を喰らうもの(ソドムズビースト)。より単純(シンプル)に言えば()()()とも称される。

 守護者たる英霊の宿敵。人類が人類である為に滅ぼさねばならない悪を、何者かが聖杯戦争を利用して育もうとしている!

 

 これこそが皇帝を引き付けたモノ。宗教家達が揶揄したカタチ。即ち皇帝とは(ケダモノ)が如き怪物だと。

 頭痛が彼を苛みます。頭が割れんばかりの痛みが、生前(かつて)の彼を弾劾するかのように責め立てます。

 同時に枯渇したはずの魔力が急速に回復し始めたのも、糾弾が真実である証なのでしょうか。

 

「業腹だが、ここでしばらく休もうか。それにしても誰がこれを───ッ!」

 気配を感知。戦意を感知。

 疲弊しきった身体に鞭打って、皇帝は臨戦態勢に移行します。

 現れたのはサーヴァント。既に七騎全てが召喚された聖杯戦争において有り得ないはずの存在が、なんと六騎も! しかもその悉くが(ビースト)に侵され黒化!

 いかに万能の天才といえど、今は満身創痍。多勢に無勢。勝ち目は万に一つもありません。

 再度撤退すべきか。マスター達と合流し真実を伝えるべきか。

 ()()()()、彼はそう考えたでしょう。()()()()同一存在も、きっと同じだったはずです。

 

 しかし───彼は見てしまいました。聞いてしまいました。

 黒き六騎が守るように囲んでいた者の姿を。その人間()()()()()が発した声を。

 

「───あら? もうここがわかったの? 早いのね。今次の術の英霊(キャスター)かしら」

 

 それは、青薔薇の似合う乙女でした。

 少女の形をした全能でした。

 そして、一人の王子様に強く強く恋をする女の子でした。

 

 月の女神(ディアーナ)すら羨むであろう愛らしさ。

 柔らかな髪が陽光を受ければ、さぞキラキラと輝くのでしょう。

 翠色のドレスは、まるで異郷の妖精のよう。

 白磁の肌も蒼い瞳も桜色の唇も、全てが永久不変の美しさを備えた、御伽噺のお姫様。

 ───心臓を貫くように刻まれた赤い刀傷さえなければ、疑うことなくそう思えたのですが。 

 

 皇帝がまず感じたのは、憐憫。

“ああ───この娘は決して、救われない。救いようがない”

 

 愛しい人を想って、瞳を潤ませ頬を染め、その名を謳って一人舞う。なんて可憐なことでしょう。

 心をくれた、ただ一人の願いを叶えるために、世界の全てを捧げる。なんて美麗なことでしょう。

 

 けれど、少女の本質はヒトならざる根源の渦。

 ただ一人だけが愛しいとは即ち、それ以外の全てがどうでもいいということ。

 きっと、全人類を生贄にせねば王子様の願いは叶わないと知れば、ためらうことなく実行するでしょう。いや、そもそも価値を感じてすらいないのだから、むしろ喜んでそうするのでしょう。

 現に少女は大聖杯(ここ)に鎮座しています。人間の悉くを殺す獣の母になろうとしています。

 彼女こそがバビロン。あらゆる妖婦と地の憎むべきものとの母。

 

 その在り方は、まるで、まるで、生前(かつて)の自分と似通っていて───

 つまり、その結末は既に定まっていて───

 

「わたし、愛歌。沙条愛歌っていうの」

 自動的に攻撃を加えようとした黒き六騎を制して、少女が問います。

「あなた、誰?」

 全能の少女にしては珍しい、他者への興味関心。それも、王子様に向けるソレとも家族や人間そして英霊(その他大勢の有象無象)に向けるソレとも異なる視線を向けて。

 あるいは、ここでの返答次第では興味が失せてしまうかもしれません。そうなったらどうなることか。

 

(オレ)は……」

 皇帝は悩みました。どう応えるか、ではなく、この少女をどうすればいいのか、と。

 

 彼女を一体誰が、受け入れ許すというのでしょう。恋慕の念を向けられた男ですら拒むに決まっています。

 少女の(ユメ)は叶わず。ただ正義の味方に討たれるのみ。

 それが当然の結末。当然の末路。自業自得としか言いようがありません。

 

 けれどそれは、彼も同じことでした。

 己が愛の為に、無関係な誰かに犠牲を強いる。それが皇帝の、ローマ帝国の在り様。

 愛する相手が、市民全てか、王子様一人か。違いはただそれだけ。

 最終的に愛した相手すら食い潰すが故に討たれるという末路も同じ。

 彼だけが、少女を弾劾できません。彼だけが、その権利を持ちません。何せ同じ穴の狢ですから。

 

 少女を否定するのか、肯定するのか。憎むべきか、憐れむべきか。

 そうして───ここに運命は決まりました。

 

「ああ、よく訊いた! ならばしかと刻むが良い!」

 この罪深き少女を放ってはおけない。

「我が名はネロ。第六位のキャスターとして現界した、ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスだ!」

 ならばせめて、最期まで見守ろう。傍にいよう。この娘を孤独(ひとり)で死なせちゃいけない。

 それが、この救いようのない魂に対する、最後の慈悲になるはずだと信じて。

 

 ───たとえそれが、愛すべき全人類に対しての裏切りに他ならないのだとしても。




 『Fate/Prototype』
 言わずと知れた『Fate/stay night』の原型とされる物語。
 アーサー王は現実の伝承通り男性として。マスターは黒魔術を主に扱う女子高生として。前提そのものが異なる別世界を舞台に繰り広げられる、世紀末の聖杯戦争。
 その八年前を描いた『蒼銀のフラグメンツ』では、主人公の姉にしてセイバーの前マスター・沙条愛歌が、いかに強く、いかに愛らしく、そしていかに恐ろしいのかを余すところ無く描かれました。
 恋しい王子様の為に世界を滅ぼさんとする獣の王女の前に現れるのは、強い絆で結ばれた主従。その結末は実のところ、語るまでもないのでしょう。

 ところで『Prototype』に登場するサーヴァント──アサシン・キャスター・バーサーカーは『stay night』の彼らと同じとのことですが……実際のところはどうなのでしょう? 仮に完成した『Prototype』が世に出るとしたら、また何か新しい相違点があるかもしれません。
 例えばキャスターが───騎士王(アーサー)が男性であるように、花の魔術師(マーリン)が女性であるように、薔薇の皇帝(ネロ・クラウディウス)が男性だとしたら?

 とはいえ『Fate/Prototype』は未だその全貌を世に表していない物語。全てを知らない二次創作者が全てを語るなど不可能でしょう。
 なので今作は『蒼銀のフラグメンツ』に倣って断片的に、前・中・後の三部構成でお届けする予定です。
 楽しんでいただけたら幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。