Fate/Prototype 薔薇のオルタナティブ 作:因幡トール
大団円を迎える前。
火花散る舞台の裏に、確かにあった凪の日々。
たとえそれが、はたから見れば醜悪だったとしても───
───沙条愛歌は夢を見る。
西暦一九九九年、二月某日。
卵の如くして獣を擁する、大いなる杯を庇護しながら。
八年前と同じくして、
理由も八年前と同じ。ただ、夢が見たいから。
そのためだけに愛歌は、休息を必要としないはずの脳機能を調整して、自ら望んで眠りを得る。
けれど、目的は違う。
前回が単なる気まぐれから、普通の人間と同じように変化と驚きに満ちた夢を見たいと思ったのに対して。
今回は明確な目的意識の下、調べたいと思った事柄を調べるために夢を見る。
能力を制限された状況の中で未知の冒険を楽しむのではなく、全能の視点からピントを合わせ調査する。
その対象は、ただ一騎のサーヴァント。
単なる偶然か、あるいは何かの巡り合わせか、己が秘密の
彼の属する陣営に危害を加えない代わりに、彼らからの助力を受け入れる、と。
全能でありながら愛歌には、そうしてしまった理由が解らない。いや、全能だからこそ、自分という人間を十全には理解できない。
解らないから、原因は相手にあるのではと考えてしまう。
自分にそのような真似をさせた彼は、はたして如何なるサーヴァントなのか?
その疑問に対する解答を得るために、愛歌の自我と意識は二度目の旅を始めた。
人間には決して耐えられない旅。時間と空間、
孤高の竜は居なかった。既にどこかへと旅立ったのだろう。
最果ての光は変わりなかった。動くことなく世界の表裏を繋ぎ止めている。
青く輝く瞳は見なかった。どうやら上手くやりすごせたようだ。
───そうして、愛歌は海を見た。
遠い遠い、異なる世界の異なる未来。
異星文明の
それは、最弱が最強に至る物語。
ただ生きたいと願っただけの、名前の無い誰かが紡いだ
───ここでそのマスターに注目していれば、愛歌の中で何かが変わったのかもしれない。
名前の無い誰か。力無き者の克己。その道程は彼女に近しい“誰か”のソレに似ていたから……。
されど
目的の通り、そのマスターと契約したサーヴァントの方を注視する。
彼と同じ真名を有する英霊。彼と同じ花が似合う皇帝。
彼を詳しく知るために、サンプルとしてつぶさに観察される
クラスの差異は問題ではない。
剣で戦おうと魔術で戦おうと、同じ情熱の炎が如き神秘を扱うのならば、その本質は変わらない。
性別の違いすら問題ではない。
肉体と精神に性差があろうと、同一存在であるならば、その本質に違いは存在しない。
その華やかさ。その美しさ。彼と同じモノを宿した彼女の振る舞いを、じっと見つめていれば……。
けれど、嗚呼、やはり───
彼のことが解らない。
彼は何故、沙条愛歌と手を組んだのだろうか?
恐れるでもなく、崇めるでもなく。
見たことの無い感情を宿した、あの瞳は、一体───
■ ■ ■
東京都内某所。地下大空洞。
男が一人、鎚を振るう。
鉄を鍛える音が、呪われた地に響き渡る。
背の高い青年だ。程よく鍛えられた、均整の取れた美しい肉体。紅く豪奢なドレスが如き外套を羽織っている。
髪は黄金。瞳は
男を構成する要素の全てが、
何故このような場所にヒトがいるのか。
ここは大聖杯──聖杯戦争という魔術儀式の根幹を担う、超抜級の魔術炉心が秘蔵された地だ。参加した魔術師は大聖杯と小聖杯、二つの器を求めて相争う。そこに余人が立ち入る隙は無い。
しかも、それは既に悪しきカタチへと変貌している。いや、あるいは初めからそういう目的だったのかもしれない。
六六六の数字を背負う獣が眠る空間を満たすのは、死と暗黒の魔力。触れる者全てを穢し、狂わせ、死に追いやる極限の呪い。
生きとし生けるヒト、その悉くが生存を許されない深淵が、そこに具現化していた。
ならば彼は、ヒトではないとでも? 深淵にありながら命を脅かされることなく在り続ける彼は、その実、生きてはいないと?
───そう、彼こそが英霊。サーヴァント。契約した
その真名を、ネロ・クラウディウスという。
儀式を主導する聖堂教会の人間から見れば、二重の意味で最大級の冒涜と憤るか。
あるいは──これもまた主の愛の逆説的存在証明と喜ぶか。
鈍い金属音が響き渡る。
キャスターは無心のまま、鉄を鍛え続ける。
正確には隕鉄──彼のマスターが召喚の際に触媒として用意した、大剣らしき古びた金属だ。
それはキャスターが生前に手掛けた数多の芸術の一つ、魔術師シモンが星の涙と称えた霊石から作り上げた剣だ。
仮に彼が
なので、大聖杯から漏れ出た莫大な魔力に満ちた空間内で宝具を限定展開。工芸品を作り上げるのに特化した“白銀工房”で剣を鍛え直し再生させることにした。
全ては聖剣使いとの再戦のため。
最優のサーヴァントとして高ランクの対魔力スキルを有するセイバーと、武術ならぬ魔術に特化したキャスターとでは、圧倒的なまでの戦力差があるが、しかし。
あの聖剣が
そう信じてキャスターは、至高の剣の再生作業に没頭する。
死に満ちた暗黒の中に建立された、真紅と黄金と白銀に彩られた陣地の内で。
「………うぅん。上手くいかんなぁ」
鉄を鍛える音が止む。手を降ろし、悩ましげに剣を見つめる。
身の丈ほどはあろう真紅の大剣だ。刀身の
数刻にもわたる一心不乱の、忘我の如き境地。図らずもそれは、五世紀にて騎士王と相対した皇帝が振るった“最優の名剣”に近いカタチへの新生を齎した。
しかし、ため息が、一つ。
残念ながら、手先に迷いなく会心の出来、とはならなかった。実戦に耐え得る姿形にまでは再生できたものの、大剣は依然として輝きを取り戻してはいない。
生前においては
「いやいや。あまり悪く考えるのも良くないな。これで案外、良い勝負ができるかもしれないし……」
キャスターはかぶりを振り、そして。
「ちょっと、試してみるか」
“白銀工房”閉鎖。ただ一つの光輝が消え失せ、完璧な暗黒が地を満たす。
───暗黒、それ即ち無貌の肉海。
泥が蠢き、沸騰するかの如く泡立ち、今か今かと誕生を待ち望む肉の塊。悪の苗床。獣の揺籃。
目にするだけで人間は狂い死ぬだろう。触れれば英霊ですらタダではすむまい。
否。人間だからこそ、英霊だからこそ、この獣を前にすれば抗うことなどできやしない。
その事実は産まれ落ちる前の卵であろうと変わらない。
変わらない、はずなのだが───
「起きろ、
暗黒へと、キャスターは呼びかける。気負うことなく、自然体のまま。
まるで躾に慣れた飼い主のように、気軽に。
「お前が未だ不完全なのはわかっているよ。脱落したサーヴァントだってせいぜい一騎か二騎くらいか。ろくに魂を食えず空腹だから、まだ何もしたくないのもわかる」
「けど、ちょっとくらいは動けるだろ? 新しい武器ができたんだ。少し試し斬りさせろ」
見識ある者が見れば、気が狂ったのかと憐れむだろう。人間の悉くを殺すモノに対して、己こそが上位であるかのように振る舞うなどとは。
無知ゆえか? 蛮勇ゆえか? それとも既に、暗黒に呑まれ正気を失くしてしまったか?
否。どれも違う。
キャスターは以前として正気を保っている。正常な精神のまま、常のままに振る舞っている。
襲われることはないだろう、などと高を括っている訳ではない。
ただ確信があるのだ。己こそが、この獣を御せる
「なんだ不貞寝か? それとも怒ってるのか? 昨日の事ならもう謝ったろう。パラケルススと一緒に試作した魔術兵器の的にしたのは、まあ悪かったと思っているよ。些かやり過ぎたな、あれは」
肉海が小刻みに震える。
先程までとは様子が違う。普段の運動を胎動とするなら、これは怯えの表れと呼ぶべきか。
本来ならばありえない事態。暴食の具現、災厄の獣たるモノが、まるで
「だから……起きろって、言ってるだろッ!」
らちが明かず、語気を強める。
ぐずる子どもをピシャリと叱りつけるような剣幕が、肉海の震えに拍車をかける。
未だ脳髄を備えていないはずの無貌が思考をばたつかせ、適切な対応を示そうと黒き粘塊を慌ただしく蠢かす。
未だ“唇”を有さぬが故に言語として表現するのは不可能だが、強いてその震えを表現するならこうなるか。
──ごめんなさい。ごめんなさい■■■。今すぐなんとかします。なんとかしますから、そんなに大きな声で怒鳴らないで──
そうして、うめき声に似た咆哮と共に、肉海より滴が一つ、落とされる。
───それは、獅子だった。
人面の、
幻想種の頂点たる神獣の一つにして、
その名、
母なる全能が神王を根本から黒く造り直したのと同じように、子なる
その姿に、かつての神聖は最早ない。もとより人面獅子の怪異なるものであったが、その面持ちにはある種の静謐と、確かな知性があった。
しかし、これは違う。外観こそ同じだが、その構成要素は今なお脈動する黒き肉塊──
理性もなく、王命もなく、ただただ破壊衝動のままに生命を貪る悍ましきモノ。
形容するならば、そう、グロテスクと言うべきか。
「相も変わらず醜いな。本物はきっと美しかっただろうに。どうして
対するキャスターは、余裕。涼やかな笑みさえ浮かべて、剣を構える。
その途端、刀身に赤き雷火が灯った。
持ち主の気分を剣が汲んだかのように、赫炎が吹き、赤雷が散る。
それはヴェスヴィオスの火山の如くか。或いは、ローマを焼いた大火の如くか。
ともかく、キャスターは真紅の炎を以て戦いに臨むのだ。情熱溢れる薔薇の皇帝と自己を定義するが故に。
「まあ、これはこれで悪くないのかもしれないけどな」
最後に軽口を一つ。
その、直後。
『■■■■■■■■■──ッ!』
先に仕掛けたのは獅身獣の方だった。
絶叫と共に繰り出されるは死の爪、そして死の顎。物理法則を置き去りにする程の速さで、
誕生した際には数十メートルほどあった間合いを音も無く一瞬で詰め、死が、迫る。
それを、キャスターは、躱す。
紙一重のタイミング。獅身獣の攻撃が肌に触れる寸前のところで素早く身体を捻り、遅れてやって来る
死の爪を、回避。
死の顎を、回避。
踊るように、舞うように美しく。それでいて速く、疾く、独楽のように。目にも留まらぬ高速で、最小限の動作のみで、獅身獣の乱撃を躱し続ける。
キャスターは無傷のまま。傷を負うは───獅身獣のみ。
見るがいい。キャスターが攻撃を躱す度に、次の攻撃が迫るまでの刹那の間に、獅身獣は刀傷を負う。流血はない。ただ抉られるのみ。
ヒット・アンド・アウェイ。回避の為の斬撃、いや斬撃の為の回避か。
赤き雷火を纏いし大剣を一瞬で振るい、胴に、四肢に、決して浅くはない一撃を与え続ける。
赤色の軌跡が幾重にも重なり、虚空に描かれる。
これが本物の、神王たるファラオが統べる真なる神獣であったならば、こうはなるまい。
謎解きを以て英雄を試した伝説の通り、獅身獣は智慧ある獣である。敵手を見定め、隙を伺い、
当然、迫る大剣を躱しつつ瞬時に作戦を変更することもできたはず。
しかし、是なる獅身獣は神獣にあらず。知性無き黒き肉塊に過ぎない。大悪に由来する破壊衝動のままに、闇雲に爪と顎を繰り出し続けるのみ。
結果として、時が経つ程に損傷が増していく。巨体であるが故に今はまだ致命の域に到ってはいないが、それも時間の問題だ。
神王より賜りし不死性も無い。最早バラバラに解体されるのを待つのみ。
二十を超える死を掻い潜り、それと同数の反撃を返して、今度は顔面に叩きつけるべく、キャスターが剣を構え直した、その時。
『■■■■ッ!』
──黒き泥が、炸裂する。
聞く者全てを凍り付かせるであろう、恐慌そのものが具現化した絶叫。それと共に、獅身獣を構成する肉塊を液状化した物質が、人面に備わりし顎から、数多の流血なき傷口から、キャスターへと向けて放出される。
英霊を汚し世界を侵す、末世の敵対者は
その戦法はさながら
これぞ本体たる肉海が導き出した苦肉の策。
「遅い」
──赤き炎が、噴出する。
大剣から、だけではない。炎と嵐を喪失した獅身獣に見せつけるかのように、キャスターの全身から放出される。
キャスターの裡より情熱そのものが炎となって、燃え上がる。灼き尽くす。炸裂した黒泥もろとも、目前の標的たる獅身獣を、真正面から焼却せんとする──!
魔力放出。炎の災厄と縁深き暴君としての逸話がスキルとして昇華。
原初のルーンが齎すそれには遠く及ばないものの、これはさながら
これぞ皇帝特権。ネロ・クラウディウスは万能の天才であるが故に不可能は無く。
高熱の火炎は膨大な魔力を消費して放射されるが、なに、それすらも皇帝特権は補ってみせる。
『■■■■──ッ!?』
燃える。燃える。
炸裂した分の泥は既に、残らず全て蒸発して。
顔面からモロにくらう形で、火炎が獅身獣の全身へと燃え広がる。
絶叫が響く。威嚇や攻撃の為ではない。自己の損耗と消滅に対する恐怖。痛覚は無くとも感情はあったのか。
それともこれは、目論見が外れて泣き喚く幼子の如き癇癪か。
「喚くな」
三度、剣を構え直す。
かつて相対した
巨獣殺しの構えとは、違う。
神代ならざる世に生きたキャスターがそれを知る由も無し。だが、最早
「天幕よ、落ちろ──」
跳躍。突進。弾丸の如く。
「──
斬撃。一閃。ギロチンの如く。
断末魔の叫びが響く間もなく、赤き雷火の刃によって、黒き獅身獣は両断された……。
お待たせして大変申し訳ありません。どうにか年を越す前に投稿できました……。
ですが見ての通り、これは中編の前編。戦闘シーンを追加してみたら思いのほか長くなってしまったので、中編は二つに分割することにしました。キャスターのパラメータ等もそちらに記載します。
この続きは、また後日───