禍物怪奇譚   作:九戸政景

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政実「どうも、初めましての方は初めまして、他作品を読んで頂いてる方はいつもありがとうございます。作者の片倉政実です。本日よりこちらの作品の投稿もさせて頂きます。今作品も皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張って参りますので、どうぞよろしくお願いします」
祐「どうも、この作品の主人公の暁祐です。それにしても……また風変わりな作品を投稿し始めたもんだな」
政実「あはは、まあそうかもね。この作品も色々と調べる事は多くなりそうだし、他にも投稿している作品はあるけど、他のに影響が出ないようにしながら精一杯頑張っていくつもりだよ」
祐「ん、了解。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「だね」
政実・祐「それでは、第1話をどうぞ」


第1章 唐紅の人形
第1話 新生活と日本人形


「……ついにこの日が来たな……」

 3月も後半に入り、気候も徐々に暖かくなってきた頃、俺――暁祐(あかつきたすく)は引っ越し業者達があくせく働く中、これから住む事になるアパート――『月見荘(つきみそう)』を見上げながらそう独り言ちた。実家を出て一人暮らしをしながら大学に通うため、渋る両親を説得したり住む場所を探したり、とここまでだいぶ苦労をしたが、その成果が実っている瞬間を目の前にすると、やはり心から嬉しさが沸き立ってくるような気がする。

 ……それにしても、大学からこのアパートまでの距離もそんなに無いし、本当に良いところを見つけられたよな……。

 『月見荘』は築40年の木造アパートなのだが、2LDKで家賃が2.5万円の上、四月から通う『煌星大学(きらほしだいがく)』から徒歩10分圏内という学生にとっては良い条件で貸し出しているのを見つけ、俺はすぐに連絡を取った。そして内見などもしっかりと行った上でここに決め、俺は今日から入居する事となった。

「……これで、俺も一人暮らしデビューかぁ……。色々楽しみな反面、苦労する事もあるだろうけど、頑張っていかないとな……!」

 暖かな陽の光を浴びながら拳をギュッと握りつつそう決意を新たにしていると、俺に向かって大家さんが歩いてくるのが見えたため、俺はすぐに大家さんに挨拶をした。

「大家さん、こんにちは。今日からよろしくお願いします」

「……うん、こちらこそよろしく」

 俺の挨拶に大家さん――月野(つきの)ミヤさんは静かな声で答えてくれた。ミヤさんは御年80歳らしいのだが、とても80歳とは思えない程、背筋もしっかりとしている上、毎朝のウォーキングを日課にしているらしい。そして白髪混じりの髪を一つに纏め、顔にはシワが一つも無い上、日課のおかげかぱっと見60代にも見える程に若々しい雰囲気を醸し出している人なのだが、鋭い目付きや素っ気ない態度などのせいで初めて会った人からは、決まって気難しそうな印象を受けられるのだという。

 確かに最初はそう思ったけど、ちゃんと話してみた結果、とても良い人なのは分かってるし、とりあえずミヤさんとは仲良くなっていけそうだな。

 ミヤさんの事を見ながらそう思っていると、ミヤさんは俺の事をジッと見ながら少し真剣な様子で話し掛けてきた。

「……暁君、アンタが住むのは確か202号室だったよね?」

「あ……はい、そうです」

「そうか……まあ、がんばりな。あそこだけは、今まで人の入れ替わりが激しかったけど、()()()()()大丈夫だろうからさ」

「は、はい……ありがとうございます……?」

 頑張るって……あの部屋だけの何か特別な謂われなんてあったっけか……?

 ミヤさんの言葉に俺は心の中で疑問の声を上げた。物件紹介の時や内見の時に聞いたのだが、どうやら月見荘はいわゆる『出る』物件らしく、これまでも様々な現象が起きたり色々な物を見たという報告が相次いだようで、住人もミヤさんと俺を含めた三人だけらしく、この家賃もそういった条件を加味した上で付いた物なのだという。もっとも、俺自身はそういった物が怖いわけでは無いので、出たところで全く怖くないし、それが原因でここから出ていくなんて事は一切無いつもりだ。

 ……でも、ミヤさんが直々に言いに来るって事は、俺の部屋だけ何か別のが出るって事なのかな……?

 そんな疑問が頭の中を過ぎったため、俺はとりあえずその事についてミヤさんに訊いてみる事にした。

「大家さん、もしかして俺の部屋だけ何か別のが出るんですか?」

「……何故そう思ったんだい?」

「あ、いえ……大家さんが自ら激励をして下さったのとさっきのあそこだけ入れ替わりが激しいという言葉が気になったので……」

「……ああ、なるほどねぇ……」

 するとミヤさんは突然ニヤーッと笑ったかと思うと、楽しそうな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「話を聞くところによるとね、あそこには女の幽霊が出るらしいよ……」

「女性の霊……ですか?」

「そうさ。赤い着物を着た長い黒髪の女の霊だって話なんだけどね……とても恨めしそうな顔でこっちを見てくるんだってさ……」

「恨めしそうな顔って……一体どうして……?」

「さあ……アタシは見た事が無いから何とも言えないねえ……」

「そ、そうですか……」

 赤い着物を着た長い黒髪の女性の幽霊……か。別に幽霊が怖くは無いけど、そんなのが出るとなると、少し対策を講じた方が良いのかな……?

 うーんと唸りながらその事について考えていると、ミヤさんは楽しそうな笑みを浮かべたまま踵を返し、そのままアパートへ向かって歩き始めながらなんて事無い様子で口を開いた。

「まあ、その幽霊が危害を加えてきたなんて話は聞かないし、たとえ出たとしてもさっき言ったようにアンタなら大丈夫だろうから、心配しなくても良いよ」

「は、はあ……」

 そんな俺の声を背にしながらミヤさんはそのまま歩いていき、その場には俺だけが残された。

 ふう、まさか入居初日にここの幽霊話で盛り上がる事になるとはな……。それにしても――。

「『俺なら大丈夫』ってどういう意味なんだろう……?」

 特に霊感があるわけでも無いし、そういった事への心得があるわけでも無いのに、俺なら大丈夫だって言えたのは一体何でなんだろう……?

 ミヤさんの言葉の意味が全く分からず、俺はしばらく考え込んでいたが、引っ越し業者達の活気溢れる声でふと我に返り、頭を軽く横に振りながら気持ちを切り替えた。

「……まあ、今考えてもしょうがなさそうだし、とりあえず俺も作業に移る事にするか」

 そして頭の中から幽霊の事やミヤさんの言葉の事をすっかり追い払い、俺はこれから自分の部屋になる202号室へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

「……ふう、何とか終わったなぁ……」

 午後7時頃、じんわりとした疲れを感じながらそう独り言ちた。ミヤさんの他にいる住人が留守だったため、引っ越しの挨拶が出来ていないのを除けば、後は心配する事も無いため、結構のんびりとした気持ちでいた。

「……さて、問題はこれだけど……」

 周囲にある引っ越し業者に運んでもらった布団や箪笥といった大きな家具の他、まだ荷解きが済んでいない雑多な物が入った段ボールを見ながら小さな声で独り言ちたが、今の体の疲れ方では全くやる気が起きなかったため、俺はふいっと視線を逸らした。しかし結局、そちらの方に再び視線が向いてしまったため、俺はため息交じりにポツリと独り言ちた。

「……まあ、結局のところ、明日になったらやらなきゃいけないか。どうせ大学が始まるまでには、どうやってでもこの部屋の片付けはしないといけないんだし」

 多くの荷物を前に少々気は乗らないものの、やらなければいけない事は変わらないので、俺はふうと息をつきながら明日の片付けについての簡単な計画を立て始めた。そしてふと部屋の隅に視線が向いた時、俺はそこにあった物に首を傾げた。

「あれ……? あんなの……俺持ってないよな?」

 部屋の隅に置いてあった物、それはガラスのケースに入った綺麗な唐紅色(とうべにいろ)の着物を着た日本人形だった。その人形は綺麗に整った色白の顔に長い黒髪という一般的な物だったが、何故か目を離せなくなるほどの魅力を漂わせているような気がした。

「前の住人の忘れ物……かな? まあ、明日になったら大家さんに聞いてみる事にして、今日の所は箪笥の上にでも飾って――」

 その時、俺は人形の姿に何故か既視感を覚え、それと同時に午前中のミヤさんの話を思いだした。

「……赤い着物を着た長い黒髪の女……この人形の姿ってそれにピッタリ当てはまるけど、何か関係があるのかな……?」

 件の幽霊と謎の人形の姿がピタリと一致する。その事実に俺は少しだけ首を傾げたが、いくら考えてもそれらしい答えは出て来なかった。そして次第にその事がどうでも良いような気すらし始めたため、俺はその事について考えるのを止め、人形が入ったガラスケースへと近づき、そのまま静かに持ち上げて箪笥の上へと置いた。

「……考えても分からない事を今考え続けてもしょうがないし、明日大家さんに訊いてからまた考える事にしよう」

 頷きながらそう独り言ちた後、俺は夕食の準備をするため、荷物が入った段ボール箱の中から調理道具を取り出し、そのまま夕食の準備へと取り掛かった。

 

 

 

 

 夜9時頃、夕食の片付けを終えた後、俺は机に向かって日課である日記をつけていた。そして日記をつけ終え、日記帳を閉じた瞬間、疲れや時間のせいからか口から小さな欠伸が漏れた。

「ふあ……明日は片付けをしないといけないし、そろそろ寝るか……」

 体を上へグーッと伸ばしながらそう独り言ちた後、椅子から立ち上がり部屋の電灯を消してから布団へ入った。そして眼鏡を外してからそのまま静かに目を閉じ、眠り始めようとしたその時――。

『……なさい』

 ふと、そんな声が聞こえた気がしたため、俺は目を開けながらゆっくり体を起こした。

「……何だろう? 今、誰かの声が聞こえた気がしたけど……?」

 この部屋にいるのは俺一人だけであり、もう一つの部屋である洋室にも誰もいないため、俺以外の声が聞こえるはずは無い。なのに、声がしたという事は――。

「……まさか、本当に幽霊が出たって言うのか……?」

 ミヤさんの話に出てきた長い黒髪の女性の霊、それが出た可能性はあるが、幽霊だからなのか部屋の中をいくら見回しても他には誰もいなかった。

 やっぱり誰もいない、よな……?

「……あははっ、隣の部屋から音が漏れてきたのかな……?」

 その可能性が浮上し、俺は安心感から安堵の笑みを浮かべた。

 そうだよ、出るとしても入居初日から出る幽霊なんてそうそう――。

『……ようやく起きたわね』

 その声が近くから聞こえた瞬間、浮かべていた笑みは消え、この声が隣から漏れ聞こえた物では無いと嫌でも理解する事になった。

 ……嘘だろ? 本当に幽霊が出たって言うのか……?

 そしてその声の主の正体を探るべく、静かに湧き上がってくる恐怖に耐えながら周囲を見回していたその時、俺は『ある物』の存在を思い出し、それがある方――箪笥の上へと視線を向けた。

「……この声、あの人形が出しているのか……?」

 視線の先にある物――ガラスケースの中の日本人形を見ながらそう独り言ちた時、誰も触れていないはずの人形の右手の指がピクリと動いたかと思うと、今度は左手がスーッとガラスケースヘと伸び、人差し指で内側からガラスケースをコンコンコンと(つつ)き始めた。

「いやいやいや……! 声の次は人形自体が動き出すとか洒落にならないぞ……!?」

 目の前で起きている明らかな心霊現象に俺が焦りを感じ、どうしたら良いのか分からなくなっていたその時、人形がガラスケースを突く音が微かに強くなり、それと同時に人形の表情に苛立ちの色が浮かんでいるように見えた。

 ……もしかして、自分で開けられないのか……?

 映画や物語に登場する幽霊などの超常的な存在は、霊力やら妖力やらで物を動かしたり人に危害を加えてきたりするが、この人形はどうやらそこまでの力が無いらしく、俺に開けてもらおうと必死になってガラスケースを突いているようだった。

「……何だろう、段々可哀想に見えてきた……」

 さっきまで恐怖を覚えていた存在が必死になってガラスケースを突く様子を見て、日本人形が次第に可哀想に思えたため、俺は話だけでも聞いてやるべく、眼鏡を掛けてから箪笥へと近付いた。そしてガラスケースに手を掛け、人形が突くのを止めた事を確認してからゆっくりとガラスの部分を持ち上げた。だがこの時、俺は『自分でガラスケースを開けられないはずの奴が俺の近くで声を発する事が出来た』事に気付き、人形の代わりに開けてやるのを思い留まれば、また違う人生を歩んでいたのかもしれない。しかし今となってはもう遅い。何故なら――。

『……やれやれ、ようやく開けたわね……』

 人形から呆れの色が浮かんだ声が聞こえた瞬間、人形はその場にパタリと倒れ込み、それと同時に背後から誰かの気配を感じたからだ。そして俺が再び恐怖を感じながら恐る恐る背後を向くと、そこにいたのは人形やミヤさんの話に出てくる幽霊と同じ姿をした中学生くらいの女の子だった。

「……え、女の子……? な、何で……!?」

 その突然の出来事に俺が声を震わせながら立ち(すく)んでいると、女の子はとても冷たい視線を俺に向けながら静かに口を開いた。

「何故、ね……。そんなの貴方が1番よく知ってるんじゃないかしら? 私がわざとガラスケースを突いてみせたら、それに油断してガラスケースを開けてしまう人なんだもの」

 女の子――幽霊はクスリと笑いながら言ったが、幽霊が持つ目に見えない力が渦巻いてるのかその周囲から妙な気配のような物を感じた。

 わざとって事は……まさか!?

「自分でも開けられるのにわざと俺に開けさせたって言うのか……!?」

「ご名答。そんな些事(さじ)にわざわざ霊力を使うのは勿体なかったから、『哀れな人形』を演じて貴方に開けてもらったのよ」

「そ、そんな……!」

「まあ……感謝はしてるわよ? そのおかげでこうやって楽に外へ出られたんだもの」

 幽霊は上品な笑みを浮かべながらそう言った後、俺の事を凛とした様子で見つめながら言葉を続けた。

「因みに、貴方は私の事を幽霊か何かだと思っているんでしょうけど、正確には違うわ」

「幽霊じゃない……?それじゃあ君は、一体何なんだ……!?」

 すると、幽霊は少しだけ哀しそうな表情を浮かべながらそれに答えた。

「……私はあの人形に宿っていた想いが、持ち主の死によって発生した霊魂や霊力と合わさった事で生前の姿や命を得た存在。言ってみれば霊魂と付喪神(つくもがみ)の境にいる存在みたいなモノね」

「霊魂と付喪神の境にいる存在……」

 霊魂は簡単に言うなら、『死』によってその人を動かしていた魂が出てきた物であり、付喪神は時を経た『物』の中に精霊や魂が入り込む事で意思を持って動き出したモノ。けれど、この女の子は『物』――日本人形の中に元々宿っていた想いが、霊魂や霊力と合わさった事で生前の姿や命を得たというそれらとはまた別の存在。つまり、霊対策も付喪神対策も通用しないという事になるのだろう。

 はあ……となると、本当にどうしたら良いんだよ……?

 この謎の存在の対処について、俺が途方に暮れかけていたその時、とある事をふと思い出したと同時にそれが妙に気になり始めた。

 ……そういえば、自分の事について説明をしてくれた時、少し哀しそうな表情だったな……。待てよ……もしかして、ここに何かこの状況を打開するヒントがあるのかもしれないぞ……!

 どうしようもなかったこの状況をどうにか出来るかもしれない。そう思えた瞬間、絶望的だと思っていた気持ちが上向きになるのを感じ、俺はその気持ちのままで女の子へと話し掛けた。

「えっと……一つ訊いても良いかな?」

「……何かしら?」

「自分の事について話す前、君が少し哀しそうな様子だったのがちょっと気になってね。良ければその理由を教えてもらいたいんだけど……どうかな?」

「……そうね。それは別に構わな――」

 俺の問い掛けに女の子が答えようとしたその時、女の子は急に何かを考えるような仕草をし始めた。そして名案が浮かんだとでも言うかのようにニヤリと笑うと、さっきまでの哀しそうな様子から一転して、とても楽しそうな様子で言葉を続けた。

「……ねえ、今の状況ってどういう状況かは分かるわよね?」

「え、どういう状況って……俺が君というよく分からない存在に襲われている状況……だよね?」

「そう。つまりそれは、私が貴方の事を殺したところでおかしくない状況という事に――」

「いやいやいや……! おかしいから! さっきまで全く俺の事を殺そうみたいな感じじゃなかっただろ!?」

 必死になりながら女の子にそう問い掛けると、女の子はとても妖しい雰囲気を漂わせながらコクリと頷いた。

「そうね。でも、気が変わったのよ」

「気が変わったって……まさか、さっきの質問が原因で……!?」

「……そんなところかしらね。でも安心してくれて良いわよ? 何故なら――」

 女の子は楽しそうな様子で右手の人差し指をピンと立てると、まるで友達を遊びに誘うような調子で言葉を続けた。

「私のお願いを聞いてくれると約束するなら、貴方の事を殺すのは止める事にするから」

「は!? いきなり何を言って――」

「別にそれが嫌なら良いのよ? 明るい朝日を拝めるのが、貴方自身じゃなく貴方の死体になるだけだから、私は別に困らないもの」

「う……」

 女の子のその真剣な目を見た瞬間、俺はこれ以上抗っても仕方ないと感じ、半ば諦め気味に口を開いた。

「……分かった。それで、君のお願い事っていうのは、何なんだ?」

「……私の願い、それは……私の失われた記憶を取り戻す事。だから貴方には、それの手助けをしてもらいたいのよ」

「君の失われた記憶……?」

「ええ。さっきも貴方に説明する事が出来たように、私は自分がどういったモノであるかは分かるの。けれど、生前の私がどういう名前でどういう生活をしていたかはすっぽりと抜け落ちているのよ」

「……要するに、記憶喪失みたいな物……なのか?」

「……そうなるわね。だから、私は生前の私がどういう存在だったのかを知りたいの。死んでしまった以上、元の私に戻れないのは仕方ないけれど、どんな存在だったのかを知らないまま過ごすというのはもう嫌だから……」

「…………」

 さっきまでとは違うその様子から、女の子が心の底から自分の事を知りたがっているのは痛いほど分かったものの、俺は女の子に対してどう言葉を掛けてやれば良いのかが分からなかったため、そのまま黙っていながらも自分がこれからどう行動すれば良いのかについて考える事にした。

 ……正直、ヒントになる物は殆ど無いと言っても良いよな。本当なら話し方や格好などから色々と考えていくべきだけど、この子の話し方に特徴があるわけじゃないし、格好に違和感を覚えたりはしない。さて……本当にどうしたもんかな……?

 軽く腕を組みながら何か良い案が無いか考えてみたものの、やはりヒントになる物が少ないせいか、女の子の記憶を取り戻す為の案は中々浮かばず、その内に女の子は哀しそうな表情を浮かべたまま静かに項垂れた。そしてその様子を見た瞬間、俺はさっきまで女の子に対して感じていた憤りや不信感、恐怖といった感情が彼方へと消えていったのを感じ、そんな自分に対して俺は呆れながら小さく苦笑いを浮かべた。

 ……やれやれ、さっきまでこの子に騙されたり脅されたりしたっていうのに、何で俺って奴はそんな簡単にこの子の事が心配になるんだろうな……。まあでも――。

「……事情や理由がどうであれ、協力すると言ったからには、最後までやり遂げるのが男って奴だよな」

 そうポツリと独り言ちた後、俺は項垂れている女の子に対してニコリと笑いながら優しく声を掛けた。

「安心しろ。俺が必ず君の記憶を取り戻してみせるからさ」

「……そうは言うけれど、どうやって私の記憶を取り戻すつもりなのよ……?」

「そうだな……方法はまだ決まってないし、有力な手がかりもまだ無いから、どうやってという質問にはまだ答えられない。けれど、色々な方法を試し続けていれば、いずれは答えにたどり着けると思う。だから――」

 俺は女の子の目の前に右手をスッと差し出した後、ニカッと笑いながら言葉を続けた。

「一緒に頑張ってみないか? こうなった以上、俺も最後まで付き合うからさ」

「貴方……」

 女の子は少し驚いた様子で俺の差し出した手をしばらく見つめていたが、静かにその手を取ると、少し安心した様子でクスリと笑った。

「……私に色々酷い目に遭わされておいてそんな風に言えるなんて……貴方、相当なお人好しなのね」

「……そうかもな」

 女の子の言葉にフッと笑いながら答えていた時、俺はふとある事が気になった。

 そういえば……この部屋には俺の前にも何人も人が住んでいたはず。なのに、どうしてこの子はその人達に助けを求めなかったんだ……?

「なあ、一つ良いか?」

「何かしら?」

「俺の前にも何人もの人がここに住んでいたはずだけど、どうしてその人達に助けを求めなかったんだ?」

「……求める気にならなかったのよ。貴方以外の人達は、声や物音を聞いただけで震え上がっていたから、頼りにならなそうだったもの」

「なるほど……」

 つまり、結局この子が原因でこの部屋だけが人の入れ替わりが激しくなり、俺がここに住む事になった、と……。やれやれ……入居初日からスゴくハチャメチャな事になったもんだな……。

 ふうと息をつきながらそんな事を思った後、物事が無事に終わりそうだと感じたからか、小さな欠伸が口から出てきた。

 ふあ……そういえば、さっきまで寝ようとしてたんだったな……。この子の事を今からでも助けてあげたいのはやまやまだけど、とりあえず寝ておかないとスタミナ切れで調査どころじゃ無くなりそうだし、ここはこのまま寝させてもらうかな……。

 眠気によって少しずつボンヤリとし始めた頭でそう考えた後、俺は女の子に話し掛けた。

「……とりあえず、調査は明日からで良いよな……?」

「ええ、もちろんよ。しっかりと睡眠を取らないと、貴方が倒れる可能性があるもの」

「うん……ありがとう」

「……それじゃあ、またあし――」

 そう言いながら女の子が姿を消そうとしたその時、俺はふとある事を思いつき、頭をシャキッとさせながら女の子を呼び止めた。

「あ……ちょっと待ってもらっても良いか?」

「……何かしら。貴方だって早く眠りたいんじゃ……?」

「そうだけど。君の名前や君のような存在について名前をつけておこうと思ってさ」

「……名前?」

「そう。いつまでも君とかって呼ぶわけにもいかないからな。せっかくだし、ここらで仮の名前でもつけておけば、色々と楽になるだろ?」

「……それもそうね。それで、貴方は私や私みたいな存在に対してどんな名前を付けてくれるのかしら?」

「そうだな……」

 女の子の問い掛けに答えながら何か名付けのヒントになる物はないかと思い、女の子の姿をもう一度良く見始めた。すると、さっきまで気付かなかったが、女の子の髪に髪留めのような物が付いているのが見え、俺はそれに注目した。そしてその瞬間、俺は女の子にピッタリそうな名前を思いつき、思わずガッツポーズをしていた。

「……よし、コレならぴったりなはずだ」

「あら……意外と早く決まったのね」

「まあな。さて……まず君の名前だけど、君が髪に付けている椿(つばき)の形の髪留めやその赤い着物からそのまま『椿』って呼ぼうと思う」

「『椿』……まあ、悪くないわね」

「それは良かった。それで存在の方なんだけど――」

 俺が再び女の子――椿の姿からヒントを得ようとしたその時、椿が不意に挙手をした。

「……ちょっと良いかしら?」

「ん、どうした?」

「存在名なんだけど、せっかくだから私が付けても良いかしら?」

「それは良いけど、何か良い名前があるのか?」

 そう訊くと、椿は上品な笑みを浮かべながらコクンと頷き、そのまま静かに自分の案を話し始めた。

「私達は『霊魂や霊力』が『物に宿る想い』と合わさった存在。だから、そこから取って『禍物(まがもの)』とかが良いんじゃないかと思うんだけど、貴方はどう思う?」

「『禍物』か……確かに意味合いとしては合ってるかもしれないけど、椿は本当にそれで良いのか?」

「ええ。私はまだマシだけど、中には本当に禍禍しいモノだっているかもしれないもの。そう考えたら、この名前の方が妥当な気がするのよ」

「……そっか。それなら、これから君の事は椿、君みたい存在の事は『禍物』と呼ぶ事にするよ」

「ええ。ところで、貴方の名前をまだ聞いていなかったのだけど……?」

「あ……そうだったな」

 突然の出来事の連続ですっかり自己紹介をするのを忘れていた事に気付き、俺は軽く苦笑いを浮かべた。そして握手のための手を再び椿に対して差し出しながら俺は自己紹介をした。

「俺は暁祐、これからよろしくな、椿」

「ええ。こちらこそよろしく、祐」

「うん」

 椿の言葉に答えながら握手を交わした後、俺の口から再び小さな欠伸が出てきたため、俺は椿の横を静かに通って布団の方へと戻った。

 さて……今度こそ寝るとするか。

 そう思いながら布団に入り、眼鏡を外した後、俺は椿に声を掛けた。

「それじゃあお休み、椿」

「ええ、お休み。改めて明日からよろしく頼むわね、祐」

「……ああ」

 そして静かに目を閉じた瞬間、様々な疲れのせいなのか、俺の意識は静かに暗闇の中へと溶けていった。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
祐「今回は簡単な状況説明をした回になったな」
政実「そうだね。因みにこの作品は、1章につき3話程度の構成で進めていく予定になってるよ」
祐「そっか。因みに次回の投稿予定は、いつ頃になるんだ?」
政実「それはまだ未定かな。他のとの兼ね合いもあるからね」
祐「了解。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
祐「ああ」
政実・祐「それでは、また次回」
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