禍物怪奇譚   作:九戸政景

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政実「どうも、いつか城巡りをしてみたい片倉政実です」
祐「どうも、暁祐です。城巡りか……確かにそういうのって一度はしてみたくなるかな。写真や映像で見るのとは、また違った迫力や魅力もあるだろうし、その当時の雰囲気みたいなのも味わえそうだからな」
政実「そうだね。まあ……時間と資金は必要になるけど、いつかはそういう事もしてみたいと思ってるよ」
祐「そっか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・祐「それでは、第3話をどうぞ」


第3話 唐紅の椿姫

 城跡公園を出発してから十数分後、俺達は昏上(くれかみ)さんから教えてもらった『椿原市立市民図書館』へと辿り着き、椿(つばき)の記憶の手掛かりになる物を探すために中へと入った。椿自身に生前の記憶が無い以上、この場所で記憶の手掛かりが確実に見つかるとは言えない。けれど、椿がこの地域と何らかの関係があれば、この図書館にそれなりの情報はあるはずだ。だから、ここで見つけるつもりで精一杯頑張ってみよう。

 改めてやる気を起こした後、俺は入り口付近に置かれていた館内の地図に目を通した。この図書館はどうやら二階建てらしく、一階には図書館で行われるイベントなどのお知らせが張られた掲示板や一般の人が勉強をするのにも使える学習室などがあり、二階には様々な種類の本や視聴覚スペースなどがあるようだった。

 さて、まずはどうやって調べようかな……この地域の事を調べるなら、郷土資料や新聞を見ていけば良いと思うけど、椿の立ち振る舞いや雰囲気的に生前の椿はかなり昔に生きていたような気がするし、やっぱりここは郷土資料から調べてみた方が――。

 入り口付近に置かれていた館内の地図を見ながら調べ方について考えていたその時、「……あら、これは……?」と椿が何かを見ながら不思議そうに首を傾げた。

「椿、何か見つけたのか?」

「いえ……ちょっと気になる物があって……」

「気になる物……?」

「ほら、ここよ」

 椿が指し示したのは二階の地図であり、そこに書かれていたのはパソコンコーナーという文字だった。

「パソコンコーナーか……特に珍しい物でも無いと思うけど……?」

「あら、そうなの? 私はパソコンなんて物は、見た事も聞いた事も無かったから、どんな物なのかって思っていたけど……」

「見た事も聞いた事も無い……か。つまり、今までの入居者の中でそれらしい物を持ってる人は一人もいなかったんだな」

「まあ、そうなるかしらね。皆、貴方が持ってるような携帯電話とかテレビとかは持っていたけど、パソコンっていう物は持ってなかった気がする」

「……そっか。それじゃあまずはパソコンコーナーから行ってみるか。見た事も聞いた事も無いなら、多分興味はあるだろうし」

 微笑みながらそう言うと、椿は少し驚いた様子を見せた。

「……確かに興味が無い事も無いけど、そっちよりも本とか新聞とかで調べた方が良いんじゃ……」

「ああ、それは大丈夫。ここに置かれてるパソコンは、調べ物用として置かれている物だからさ」

「へえ……つまり、今回のような調べ物には打ってつけの物というわけね」

「まあ、そういう事だな。よし、それじゃあ早速行くか」

「ええ」

 そして俺達は、二階へ繋がる大きな階段を上り、そのまま二階のフロアへと入ると、すぐにパソコンコーナーへ向かった。すると、運が良い事にパソコンコーナーには他の人の姿も無く、俺は心の中でガッツポーズをしながら一台のパソコンの前に座った。

「さて……早速調べていくか」

「ええ。けど、こんな四角い箱で調べ物が出来るとはね……」

「まあ、知らなかったら不思議な感じではあるかもな」

 興味深そうな表情でパソコンを見つめる椿の姿にクスリと笑った後、俺はパソコンを立ち上げてインターネットへと繋いだ。そして、思いついたキーワードを幾つか入れて検索を掛けると、すぐに幾つかのサイトが引っ掛かった。

「街の民話のサイトに街の歴史のサイト……他にも色々と出てきたな」

「そうみたいだけど……どれから調べるの?」

「そうだな……」

 パソコンの画面を前に俺はどうしたものかと考え込んだ。実は椿が生きていたと思われるのがいつ頃なのかは、ここまで一緒に行動してきた中で何となく予想はついていた。けれど、あともう一つだけピースが足りない感じがどうにも拭えなかった。

 たぶん、それさえ見つかれば生前の椿に近付けるはず……でも、そのピースって一体何なんだ……?

 それらしい物を頭の中で必死になって考えながら他のサイトも探すためにマウスを使って次々と画面をスクロールしていたその時、()()()()が目に留まり、俺はマウスを動かす手を止めた。

「……『三光の庭園』……?」

 そんな言葉が出てきたのは、城跡公園の歴史を載せたサイトが現れた時だったのだが、俺はその言葉がどうにも気になり、そのままそのサイトを開いた。すると、画面にはまだ城が建っていた頃の光景を再現したイラストや年表などが映し出された。

「『椿原城』……あそこにはこんな感じの城が建っていたんだな」

「……みたいね。でも、こんなに大きなお城がどうして無くなってしまったのかしら……?」

「さてな……どうやらこの城が建っていたのは戦国時代の頃みたいだし、何かの戦に巻き込まれた可能性もあるんじゃないのかな……」

 椿の疑問に自分なりの回答をすると、椿は「……そう」とどことなく寂しげに答え、そのまま口を噤んでしまった。俺はその反応から()()()()()を得た後、そのサイトをゆっくりと見ていった。椿原城、この城は戦国時代頃に建っていた城であり、この地域――『椿原』を治めていた『椿原一族』が代々城主を務めていた。椿原の一族は、民達から無理に税を取り立てたり、嫌がる物に兵役を強要したりしなかった事から、その地域の民達からとても慕われいた。そして最後の城主となった『椿原光明(つばきはらみつあき)』は、平和を重んじていた椿原一族の中でも特に平和を愛し、それと同時に家族や民達も愛していた。そんな椿原光明の趣味は花を育てる事であり、その中でも自分の姓にも入っていて、治めていた地の特産だった椿の花を好み、城の片隅に三色の椿だけが植えられた庭園を作り上げる程だった。その庭園には、小さな溜池などの他に木枠などを用いて作られた椿のアーチ型トンネルや三色の椿によるモザイクアートなどのその頃はとても珍しい物もあり、民達や周辺の大名達からは太陽の光に照らされた椿が綺麗に輝く様子から『三光の庭園』と呼ばれていたのだという。城主の光明は幼い頃から病気がちだったが、気立ての良い美しい妻や民達から『椿姫』と呼ばれる歩度の美貌を持った愛らしい我が子、自分を慕ってくれる民達や毎年綺麗な花が咲き誇る『三光の庭園』に囲まれ、とても幸せな毎日を過ごしていた。しかし、そんな日々はある日突然壊される事になった。

「…………」

 サイトに載っていた歴史をこの辺りまで読み終えた後、ふと椿の方へ視線を向けると、椿はパソコンの画面をジッと見ていた。しかし、その目には明らかに怯えの色が浮かんでおり、目を逸らしたいけれど、逸らすわけにはいかないと自分に言い聞かせているようにも見えた。その椿の様子に少しだけ哀しみを覚えた後、再びパソコンの画面に視線を戻し、俺は静かに続きを読み始めた。

 ある日、城主光明は重い病に罹った。城の者はすぐに遠方から医者を呼び寄せたが、城主の病は中々治らず、椿原の地に住む者は皆が心配をしていた。それから数日が経ったある日、その日は朝から強い風が吹いており、城主光明はこの事を何か良からぬ事の前触れではないかと考えていたという。そしてその夜、光明の予感が当たってしまう事となった。なんと椿原城に突如火の手が上がったのだ。その火はすぐに強くなると、瞬く間に椿原城を飲み込んでいき、天をも焦がさんばかりの大火へと変貌し、周辺の物まで焼き尽くしていった。そして、その火災によって城主光明を含めた椿原城に住む者や城の近くに家を持っていた者は亡くなり、椿原の一族は滅亡してしまったのだという。

 サイトを読み終えた後、俺は無言でインターネットを閉じ、席から立ち上がりながら隣で曇った顔で黙り込んでいる椿に声をかけた。

「……そろそろ行くか、椿」

「……行くってどこへよ……?」

「……お前が行かないと行けない場所へ、だよ」

 その瞬間、椿はハッとしたように俺の顔を見たが、その表情はすぐに哀しそうな物へと変わった。

 今から行く場所は、椿にとってとても辛い場所なのは間違いない。けれど、今行かなければ椿の記憶は()()()取り戻せない事にもなりかねない。だから椿には悪いが、あそこへと行かないといけないんだ。

 その思いを胸に抱きながら椿の答えを待っていると、「……分かったわ」と椿は小さな声で答えた。そして俺は、それに対して無言で頷いた後、椿と一緒にある場所へ行くために図書館を後にした。

 

 

 

 

 十数分後、俺達は本の少し前までいた場所である椿原城跡公園へと着いた。調べ物で少し時間を使っていたせいか、空は少しだけオレンジ色に染まっており、城跡公園にも俺達の他に人がいる気配は無かった。そして、そんな公園内を一言も話さずに並んで歩き、城の本丸があったところで俺達は足を止めた。数百年も前にこの地の民から慕われていた城主が住んでいた椿原城は、今はとても大きな広場へと姿を変えていたが、その時の穏やかな雰囲気が何となく伝わってくるような気がした。

「……ここがさっきパソコンで見た椿原城の本丸があったところだな」

「……そうね。それで、わざわざここまで来たのは、何か意味があっての事なのよね?」

「ああ、もちろん。ここに今来なかったら、お前の記憶を取り戻す機会を永遠に失うところだったからな」

「……そんな事無いんじゃないかしら? 来る必要はあったとしても、別にそれが今に限った事では――」

「いや、今じゃなきゃダメなんだ。そうじゃないと、お前は前に進む事が出来ないからな」

「……どういう意味かしら?」

 霊気を纏いながら冷たい声で椿が問い掛けてくる中、俺はその二つのプレッシャーに耐えながら椿へ視線を移し、椿の目を真っ正面から見返した。そして一度深呼吸をした後、ある一つの質問を投げかけた。

「椿、記憶は()()()()戻ってるんだ?」

「……何なのよ、その質問。記憶なんてこれっぽっちも戻ってないわ。そもそも記憶が戻っていたなら、真っ先に貴方に言うはずでしょう?」

「いや、言わないだろうな」

「……何故? ここまで付き合ってもらっていて言わないなんて事あり得ないでしょ?」

「……言いたくても言えないからだよ。まさか、椿原城が燃えてしまったのが、自分のせいだなんて言うわけにはいかないからな。そうだろ? 椿原城城主椿原光明の愛娘、『椿姫』こと椿原紅華(つばきはらくれは)

 その言葉を聞いた瞬間、椿は弾かれたように俺の方に視線を向けると、とても驚いた表情を浮かべながら震える声で問い掛けてきた。

「……どうして分かったのよ……? 確かに私にも怪しいところはあったかもしれないけど、断言できるだけの何かは無かったはずよ……!?」

「……そうだな。椿の言う通り、今日一日の椿の言動は一見怪しくないように見えるな」

「そうでしょう? なのに、どうして……」

「けど、小さなヒントを一つずつ組み合わせていった結果、俺は椿が『椿姫』なんじゃないかという結論に辿り着けたんだよ」

「小さなヒント……?」

「ああ」

 椿からの問い掛けに頷きながら答えた後、俺はこれまでに見つけてきた手掛かりと言える物を一つずつ思い出しながらそれをゆっくりと話し始めた。

「まず一つ目、一つ目は今朝の椿の朝食時の行動だ」

「朝食時の行動って……アレは私が食事が出来るかを見るための実験だったわけでしょ? それなのに、どうしてそれが生前の私を特定するためのヒントになるのよ?」

「うん、それなんだけどな……実は椿の食べ方がヒントになってたんだよ」

「私の食べ方……?」

「ああ。今朝のメニューは本当に簡単に用意した物だったから、そんなに変わった食べ方をする物なんて一つも無かった。じゃあ、何で食べ方がヒントだと俺が思ったのかと思うだろうけど、椿の食べ方って見ていてとても上品だなと感じるような食べ方だったんだよ」

「上品な食べ方って……あんなのは当然でしょ? だって、食事というのは楽しくする物ではあるけど、決して誰かを不快にさせる物では無いもの」

「そうだな。そして椿は、そういう食べ方を自然に行っていた。まるで、()()()そうしてきたかのようにごく自然にな」

 その瞬間、椿はビクリと体を震わせ、「……そういう事ね」と小さな声で独り言ちながら軽く俯いた。実は記憶喪失にも幾つかの種類があるらしく、特定の期間の記憶を忘れてしまう物から自分の名前すら忘れてしまう物まで様々なのだという。そして椿も少なくとも今朝までは記憶喪失になっていたわけだが、どうやら椿の場合は過去の自分が繰り返し行ってきた事の記憶だけは残っていたらしく、自分の名前などが思い出せない中でもそういった行動を自然にしてしまっていたのだった。

 椿の言う通り、食事というのは楽しくする物だから、最低限のマナーは守るべきだと思う。けれど、椿の食べ方はごく一般的な家庭で教わっている物と言うよりは、育ちの良さを感じさせるようなどこか上品な物だと感じたから、俺はこれをヒントの一つとして加える事にしたわけだけど、一般的な家庭でもそういう風に教えてるところもあるかもしれないし、一概にはそう言えないのかもしれないな。

 俯く椿の姿を見ながらそんな事を考えていたその時、「……確かにその点は認めるわ」と言いながら椿は顔を上げると、どこか挑戦的な目を俺に向けた。

「けど、それだけじゃ私を『椿姫』だと証明する事は出来ても、城が燃えたのが私の仕業だという理由までは説明出来ないわよ。そもそも、私には城を燃やす理由なんてどこにも無いし、城が燃えたのは戦のせいだった可能性もあるじゃない」

「いや、それはないよ。他の場所ならそれはあり得たけど、この地域に限ってはその可能性は無い」

「何故? 図書館で城が燃えた理由を訊いた時、戦に巻き込まれたからかもって言ったのは、貴方じゃない」

「確かに言ったな。けど、その予想はあのサイトを見た事や椿と一緒に街中を廻った時の事を思い出して変わったんだ」

「…………」

「椿原の一族は、民から無理に徴税したり兵役を強制したりしなかった。そして、椿原の一族は平和を愛しており、民達が他の地域の戦に巻き込まないように心を砕いていた。だから、この地域には戦で亡くなった霊を慰めるための慰霊碑みたいなのは一つも無かった。もし、この地域で何らかの戦が起き、それで亡くなった人がいるのなら、民達を大切に思っていた椿原の一族はそういう碑を建てるはずだからな」

「……なるほどね。それじゃあ、何故私が城を燃やしたと思ったのよ? そんなに平和な場所ならば、私がそんな事をする必要なんて無いでしょ?」

「そうだろうな。城主光明やその妻、そして民達が椿を愛していたように椿も椿原の地に住む人達を愛していたから。だからこそ椿は後悔をしていたんだよ。()()()城を燃やし、自らその平和な毎日を壊してしまった事を」

「誤って城を燃やした……? そんな事があり得るの?」

「ああ。まあ、今ならそんなにあり得る事では無いけど、戦国時代だったあの頃なら無くは無いし、椿原城にはそうなってもおかしくない()()()があった。城を直接燃やさなくても城が焼け落ちるだけの強い炎を燃やす事が出来るある物がな」

 そして、俺がそれがあったであろう方へ視線を向けると、椿はとても小さな声でポツリと呟いた。

「……『三光の庭園』よね」

「ああ。病気がちだった城主光明が、自ら世話をする程に大好きだった椿だけが多く植えられた庭園だ。実際はどれくらいの広さだったかは分からなかったけど、庭園と呼ばれていた事から、恐らくかなり広かったんだと思う。そして、そこに植えられていた多くの椿の花を火種として炎が燃えだし、それが城に燃え移った事で椿原城は焼失した。『三光の庭園』は城の片隅にあったと書いてあったけど、城主光明が自ら世話をする事も考えるなら、城の入り口付近に作っていてもおかしくは無いからな」

「そうでしょうね。自分が好き好んでやっている事なのに、それで体を壊していたら元も子もないもの。でも、城主だってその事くらいは考えて『三光の庭園』から椿原城まではそれなりに距離を離していたはずよ。それなのに、庭園から上がった炎が城に燃え移るなんて想像できないんだけど……」

「まあ、普通だったら難しいだろう。けど、強い風が吹いていたその日ならあり得なくは無いぜ?」

「強い風……?」

「ああ。炎は大気中の酸素を使って燃える物だけど、その炎よりも強い風をぶつけると炎は消えてしまう。しかし、それが風で消えないようなとても大きな炎だった場合、更に燃え広がる事になるんだよ。そして、その時も同じように吹いてきた風によって椿を火種にした炎は更に強くなり、それは城へと燃え移った。その結果、炎は城を次々と焼き尽くし、椿原城と『三光の庭園』は焼失する事になった。

 椿……いや、『椿姫』。これが俺が導き出した結論だ」

 話を終えると、椿は一言も発さずに俺がさっきまで向いていた方へ顔を向けると、とても哀しそうな表情を浮かべながら静かに頷いた。

「……ええ、全部貴方の予想通りよ。あの日、私のせいで椿原城や『三光の庭園』は焼失し、私を含めて多くの人達が焼け死んだ。もっとも、私の場合は自業自得だけれどね」

「自業自得って……そんな事は無いんじゃないのか。だって、椿がやりたかった事は別に悪い事なんかじゃ――」

「いえ、私がもう少し考えて行動をしていれば、あんな事にはならなかったわ。もう少し考えて行動をすれば……皆が亡くなるなんて事は無かったはずなのよ……!」

 目に涙を溜めながら強い口調で言うその姿から、椿が本当に後悔をしている事は明らかだった。そして椿は、悔しそうにポロポロと涙をこぼすと、涙交じりの声で静かに話し始めた。

「……お父様はいつも風邪を引いたり、熱を出したりする程、体が弱い人だったけど、常に私達家族や椿原の地に住む人達の事を考えていた。だから、私はそんなお父様が大好きで、いつも誇りに思っていた。こんな素晴らしい人の娘として生まれてきた事を幸運に思っていた。けど、あの日の数日前にお父様は立つ事が出来ない程の大きな病気を患ってしまった。お父様はとても苦しそうにしていたし、それを見ていたお母様や城の人達はとても哀しそうにしていたから、私も同じように心が沈んでいた。けれど、いつまでもそうしているわけにもいかないと思い、私は自分が出来そうな事を必死になって考えた。そして、その果てに思いついたのが、『三光の庭園』の椿の花をお父様に見てもらい、少しでも元気になってもらう事だった。でも、立つ事が出来ない程に弱っているお父様を『三光の庭園』まで連れて行くのは流石に無理だったし、それが原因で更に病状が悪化する可能性もあった。そこで、私は一人で『三光の庭園』に赴き、椿の絵を描くか花を一輪だけ摘むかしてどうにかお父様に元気になってもらおうと考え、すぐに実行に移した。もっとも、その時にはもう夜になっていたから、絵を描くのは諦めていたけれどね。そして、見張りの人の目を盗んで城からこっそり抜け出した後、小さな松明に近くの燭台から火を灯し、私はそのまま『三光の庭園』ヘと向かった。その時もかなり風は強かったけれど、私の頭の中はお父様に元気になってもらう事しか無かったから、私はそれは気にせずに歩いていったわ。そして『三光の庭園』に着いた後、火をあまり近付けすぎないようにしながら椿の花を照らし、どの花が良いかを選び始めた。けれどその瞬間、音が鳴るほどのとても強い風が吹き、その風圧で私は思わず手に持った松明を離してしまった。そしてしまったと思う間もなく、松明は近くで咲いていた椿の花の上に落ちると、椿の花は次々と燃えていき、私は一瞬にして炎に囲まれる事になったのよ……」

「…………」

「その瞬間、私は酷く後悔したわ。どうしてこんな風の強い夜に出て来ようとしたのか。どうして他の方法を考えられなかったのか。そんな事ばかりが頭の中をグルグルと回り、逃げようという気持ちは全然湧いてこなかった。逃げる事よりもなんていう事をしてしまったのだろうという気持ちの方が明らかに強かったから。そして、後悔の念に苛まれながら次第に強くなる炎に体を焼かれる中、椿原城の方へ視線を向けると、お父様達がいる椿原城は強風に煽られた炎で燃え始めていた。それを見た時、私は炎の熱と煙で意識が朦朧(もうろう)とする中でお父様達の顔を思い浮かべながらポツリと呟いたわ。

『……本当にごめんなさい』とね。そして、燃え盛る椿原城を見続けている内に私は意識を失い、そのまま息を引き取った。

 ……これが私の記憶の全てよ」

 椿は今にも泣き出しそうな顔で話を終えると、そのまま静かに俯いた。その姿から、椿が自分の行動を心から悔いている事、そして城主光明を始めとした椿原の地に住む人々が心から大好きだった事が明らかだった。

 少し考え無しだったかもしれないけど、自分が良かれと思ってやった事で、多くの人の命を奪ってしまったなら、やっぱりショックは大きいよな。その上、その人達は自分にとって大事な人達だったわけだし、椿の中にある苦悩や後悔は、俺にはとても計り知れない物なんだろうな……。

 夕日に照らされながらただ俯く椿の姿を見ながら静かにそう思っていた時、「……でも」と椿はゆっくりと顔を上げながら言うと、静かに俺の方を振り返りながら話を続けた。

「そんな大罪を犯した私が、まさか『あの子』を依り代にして禍物という形でこの世に生まれ変わる事になるなんて思ってもみなかったけどね」

「あの子って……あの日本人形の事か?」

「ええ、そうよ。あの子は、お父様が病に臥せる数ヶ月前にこの椿の髪留めと一緒に私に下さった物で、椿原に住む腕の良い人形師に特別に作ってもらった物らしいわ」

「なるほどな……道理であの人形が椿にそっくりだったわけだ」

「そうね。兄弟姉妹のいなかった私にとっては、あの子がその代わりみたいな物だったし、この髪飾りと一緒にいつまでも大事にするつもりだった。だから、私の霊魂はあの子に入り込み、こうして禍物に成ったのかもしれないわね」

 椿はどこか懐かしそうな表情を浮かべていたが、その表情はすぐに哀しそうな物へと戻った。

「でも……あんな事態を引き起こしておいて、自分だけがこうして禍物という形で生まれ変わるなんて……。これは罪を背負ったまま一人でいつまでも生きていけという私への罰なのかしらね」

「……いや、それは違うと思うぞ」

「……え?」

「確かに、椿がやってしまった事は、良かれと思ってやった事とは言え、あまり良くないやり方だったと思う。朝になってから行動すれば、松明を使う事無く椿の考えを実行できたはずだからな。でも、椿は病に苦しむお父さんの事を思ってそういう事をしようとした。その想いだけは、絶対に間違っていないと俺は思う」

「貴方……」

「禍物として生まれ変わったのは、たぶんもう一度チャンスを与えられたからなんじゃないかな。今度はやり方を間違えずに誰かのために、紅椿の花言葉みたいな『謙虚な美徳』を重んじながら精いっぱい頑張ってみなさいみたいなさ。まあ……実際はどうなのか分からないけど、俺はそう考えた方が良いと思ってる。自分の罪に対して科された罰っていう考え方よりは、ずっと前向きな感じだからな」

 ニコリと笑いながらそう言うと、椿は俺の言葉に驚いた様子で口をポカーンと開けていたが、やがてどこか呆れたような表情を浮かべながらクスリと笑った。

「……まったく、貴方って本当に面白いわね。禍物として生まれ変わったのは、もう一度チャンスを与えられたから、なんて考え方は普通出て来ないわよ?」

「あはは、そうかもな。でも、さっきも言ったようにそう考えた方が前向きで楽しいだろ?」

「……そうかもね。もし、本当に私にもう一度チャンスが与えられたというなら、私は貴女が今言ったように今度こそ誰かのために頑張ってみせるわ。このまま暗くなっているのは私らしくないし、そんな姿はお父様達も望んでないはずだものね」

 ニコッと笑いながら言うその顔から、椿の中にあった苦しみや哀しみが少しでも無くなった事が分かり、俺が心からホッとしていたその時、椿は「まあ、でも……」と言いながらゆっくりと顔を近付けてきた。

「つ、椿……?」

「今の私がまずやるべき事は、貴方のサポートかしらね? 私と出会った事で、貴方はこれからも禍物や人とは違う何かと出会う事もあるでしょうし、助けてもらったり励ましてもらったりした分は返していかないといけないもの。もっとも、恩返しの方法について何か希望があるなら、どんな事でも叶えるつもりだけど?」

「い、いや……特には無いかな」

「……ふふ、そう。でも、貴方のサポートをするという言葉は、取り下げるつもりは無いわ。貴方に感謝をしているという気持ちに嘘は無いからね。だから……これからもよろしくお願いね、祐」

「……ああ、こちらこそよろしくな、椿」

 そして、夕焼け空の下で俺達は微笑み合いながら固く握手を交わした。引っ越しから始まった椿という禍物とのこの不思議な出会い。何故、あの人形があそこまで綺麗に残り、禍物として俺の元に来たのかはまったく分からない。けれど、こうして巡り会った以上、椿達は最後まで大事にしないといけないな。何故ならこの子達には、椿本人だけじゃなく、城主光明達の想いもしっかりと込められているのだから。

 椿の手から伝わる温かさを感じながら俺はそう誓い、これからの椿の禍物としての人生が楽しさや嬉しさに満ちた物になるように祈った。

 

 

 

 

 その日の夜、椿と一緒に夕飯の買い物を済ませて月見荘に帰ると、「おや、今帰りだったのかい」と声を掛けられ、俺達はそちらに視線を向けた。すると、大家のミヤさんが俺の部屋がある二階からこちらを見ており、俺はニコリと笑いながらそれに答えた。

「はい、そうです」

「そうかい。その様子は……ふん、どうやら()()()椿()()の件はしっかりと解決したみたいだね」

「はい、なんとか――」

 その瞬間、ミヤさんの言葉に疑問を覚え、「……え?」と驚きながら声を上げると、椿はミヤさんの顔をジッと見つめながら少し強い口調で話し掛けた。

「……やっぱり、私の事が()()()いたのね?」

「もちろんさ。そして、アンタが何者かも分かってるし、どんな人生を送ってきたかも知っている。まあ、アンタがその子を頼るとは思ってなかったがね」

「……そう。それなら、私がここへ来た理由も知っているのよね?」

「ああ、もちろんだとも。だがその前に……」

 ミヤさんはあまりに突然の事に呆気にとられている俺の方を向くと、やれやれといった様子で首を横に振った。

「……アンタ、ちゃんと話にはついてこれてるのかい?」

「え……ええと、まあ……はい、一応は……」

「……それなら良い。ここまでで置いて行かれるようなら、これから先が不安で仕方ないからね」

「あ、あはは……それで、椿――あの人形がここにあったのは、一体どうしてなんですか? 椿の記憶では、椿原城に残ったままだったはずなんですけど……」

「ふん……霊魂が籠もった物体がそう簡単に無くなったりするもんかい。まあ、あの人形には妙な『(まじな)い』も掛けられていたようだから、そのおかげもあるようだけどね」

「呪い……ですか?」

「ああ、あの人形とその持ち主を様々な(のろ)いなどから護る呪いが掛かっていた。恐らく、人形師はそういった物にも精通していた者だったんだろうよ」

「なるほど……」

「そして、あの人形は焼け跡から掘り出された後、長い年月を経て様々な者の元を巡り、ある男の手に渡った。その男は、困っている者を放っておけない性格で、それが人間では無いモノでもその男は進んで助けようとし、たとえそれが原因で命の危機に陥ってもその男はけしてソイツらを恨まなかった。そして、そんな性格だったから、ソイツの周りには色々な奴が集まり、ソイツは毎日を楽しそうに過ごしていた」

「そんな人がいたんですね……」

「だが、ソイツも霊感があるだけの人間だったから、歳を取るに連れて次第に体も衰え始め、自分の死期すら悟り始めた。そんな時だったよ、ソイツがアタシの所を訪れてあの人形を託しに来たのはね。ソイツはその人形をどこかの店で見つけ、中に霊魂が籠もっているのを感じ取ると、変な奴に手に入れられては困ると思ったようで、すぐにそれを購入したそうだ。しかし、中に籠もっている霊魂が中々目覚めなかった事から、自分が生きている間は目覚めないと感じ、アタシのとこに頼みに来たのさ。人形の中で眠る霊魂が目覚めた時、誰かが傍にいた方が安心するだろうと思ってね。そして、頼みに来た1ヶ月後にアイツはポックリと亡くなっちまった。まったく……最後の最後まで誰かの世話を焼こうとするとは、アイツも本当に馬鹿な男だよ」

 呆れたように言うミヤさんだったが、懐かしそうに微笑んでいた事から、ミヤさんにとってその人がとても大切な人であり、その人が最後まで自分の信念を貫き通していた事が嬉しさを感じていた事がハッキリと分かった。そしてミヤさんは、再び俺の方へ視線を向けると、俺の目をジッと見つめながら真剣な声で話し掛けてきた。

「暁君、アンタが今日の内にその子の事をどうにかしようとしたのは、記憶が戻った直後じゃないとその子が記憶が戻った事をしばらくの間隠し通そうとすると思ったから。そうだろう?」

「はい。図書館に行く前に城跡公園のベンチに座りながら話した時の弱気な態度や図書館のパソコンで調べ物をしながら会話をした時の様子から、完全では無いにしろ記憶は戻っていると感じたので、それならそれを隠される前にどうにかしようと思ったんです。椿はとても優しいですけど、誰かを頼るよりも一人で何でも抱え込んでしまう性格のようでしたしね」

「……そうかい。ほんの二日間しか一緒にいないのに、そこまで感じ取れてしまうとは……血は争えないというのはこういう事なのかねぇ」

「血は争えないって……まさか、さっきの話に出て来た人って……」

「ああ、そうさ。アンタの祖父さん、暁護(あかつきまもる)だよ。そして……今までは眠っていたようだが、この出会いでアンタの霊感も目覚めたようだし、これで完全にその子の事は任せても良さそうだね」

「え、ええ……それはもちろんです」

「……分かった。ふあ……それじゃあアタシはそろそろ寝るとするよ。()()()をなるようになってからは、どうにも夜に眠くなって仕方ないからね……」

「あ、はい……分かりました。お休みなさい、ミヤさん……」

「お休みなさい、お婆さん」

 ミヤさんはその言葉に頷くと、しっかりとした足取りで階段を下りていき、そのまま自分の部屋へと帰っていった。

「……なんだか、最後の最後でとんでもない事をさらっと言ってた気がするけど、たぶんツッコんじゃいけないんだよな……?」

「恐らくね。それにしても……貴方にお世話になったと思ったら、まさか貴方のお祖父様にもお世話になっていたとはね」

「本当だよな」

 そんな事を笑いながら話していた時、俺は昨日から頭の中に残っていた疑問が不意に解けたような気がし、「……なるほど」と独り言ちた。

 ミヤさんが俺なら202号室でも大丈夫だと言っていたのは、そういう事だったんだな……。

「……ミヤさん、ありがとうございます」

 ミヤさんへのお礼の言葉をポツリと呟いた後、俺は傍らに立つ不思議だけどとても心優しい同居人へと声を掛けた。

「よし……それじゃあ俺達も帰るか」

「……ええ」

 椿が上品そうな笑みを浮かべながら答えた後、自分達の部屋へ向けて月光が照らす中を再び歩き始めた。




政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
祐「これで第1章は終わりだけど、これからもこんな風に様々な禍物と出会い、ソイツに関する何かを解決するまでを3話程度の構成で書いていく形になるのか?」
政実「うん、そんな感じ。ただ、話の進行次第ではそれより多くなる事もあるだろうけどね」
祐「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」 祐「ああ」
政実・祐「それでは、また次回」
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