何かから逃げるように旅をする旅人と機械少女の話

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短い文章ですので10分以内にサクッと読みたい時にお勧めします。


或る旅人の手記

風が砂っぽい。この時期のこの街は砂嵐に見舞われることが多いらしい。

旅の途中にふらっと立ち寄ったこの街だが、なかなか良いものだ。料理は油が強い事を除けばとても美味しい上、宿が安い。いたるところから煙が上がっているのを見ると工業の栄えた街のようで。確か名前は「歯の街」と言っただろうか。愛銃に合う弾を探しているとすぐ見つかった。珍しい弾なのに入って五分で見つかるとは思わなかった。ガンショップのマスターにこの街の概略を聞くと元は軍需産業で一獲千金を目論む集団が作った街で、今でもその名残で武器に関しての消耗品が安く豊富に売っているんだそうで。私の銃は暗殺者が使っていたブレードのついた拳銃で七十年ほど前の物だから弾の調達が大変なのだ。しかし身一つの旅、大量に買い込むと動けなくなるからせいぜいリボルバー四つ分が限度だ。旅の途中に立ち寄らなければならないと思うと縛られた感じがして少し癪に触るがまあいい。銃をそんなに使わなければいい話だ。     壊の月四の日

 

この街の伝統的な音楽であろう音楽で目が覚めた。勘定を済ませ外に出ると、お祭りをしているのかあちこちから陽気な笛の音が聞こえて来た。街の住人に何の祭りかと聞くと、この街で崇められている工業の神を祀る祭りだと言う。神事にしては賑やかすぎる気がするが、これはこれで楽しい神もいるはずだからいいか。そこから祭りの騒ぎに加わり、夜になって、ある酒場で街の名物であるスチールウォッカを飲んでいると、店主に名を聞かれた。「この街にはね、ある秘密があるんだよ。」と意味深な発言をされたが、なんのことかわからなかったから気にせず今日は寝ることにする。

壊の月五の日

 

今日はこの街を発つことにした。宿を出て、食料を買い込み、次の目的地を考えていると、馬車に乗った行商人が現れ、「次に行くなら聖歌の街がいいよ!あそこには何だってあるからね!」とやけに高揚した口調で言われた。たまにはこういうのも良かろうと思い、その誘いに乗った。吉と出るか凶と出るかは分からないが。

壊の月六の日

 

うかつだった。甘い誘いに乗った自分を悔やみ、追っ手から逃げながらあの行商人を恨んだ。やはり面構えのいい奴を信用してはけない。まさか奴が人身売買の仲介人だったとは。奴から逃げる途中、身を隠すにはちょうど良さそうな農村があった。そこに逃げ込み、一晩身を隠すことにした。

        壊の月十二の日

 

一夜明け、村の住民に礼を言って村を出た。もう追っ手は来ていないようだった。無我夢中に逃げていたから場所が分からなかったが、少し歩くと煙がもくもくと立ち込める巨大な都市に出た。どうやら行商人の言っていた「聖歌の街」に出たようだ。大都市だけあってあらゆるものが巨大でにぎやかな街だが、あの行商人のようなろくでなしがくるような場所だから、用心に越したことは無い。今夜はここで泊まるとして少しこの都市を回ってみようと思う。

 

やはり、大都市では貧富の差が激しすぎるようだ。表の通りは華やかな衣装に身を包み、酒やデートを楽しむ金持ちどもが色とりどりの街灯に照らされているが、少し奥の路地に入っていくと風景はがらりと変わる。道のわきを埋め尽くす物乞い、みすぼらしい姿をした売春婦、麻薬を売り歩くすり切れた服を着た少年・・まさにスラム街といえるような哀れなありさまだった。この都市の光と闇を見たような気がした。

        壊の月十三の日

 

今日はこの街で買い物をしようと思った。というのもあの行商人が「何でも揃う」と言っていたからだ。ああいう仕事をしている奴は街の情勢や仕事環境に大抵詳しい。これくらいしか信用は出来ないわけだが、今回は乗ってみようと思う。外に出るとにぎやかな朝市が開催されていた。が、少し様子がおかしい。普通こういう市場は新鮮な食材とかが売っているものだろう。なぜ潤滑油や燃料、機械のパーツしか売っていないのだ。疑問に思いながら看板を見ると「義体化率六十パーセント以上限定」と書かれていた。よく見ると、ここでの買い物客は皆半分機械の人間たちだ。油をそのまま飲んでいるところを見ると、消化器系や筋肉系を機械に置き換えたのだろう。そう思いながら生身の人間用の市場を探し、食事を済ませた。どうも買い物出来そうな雰囲気ではないと思い、裏通りへ入ってみた。そこでナニがあったかは言わないが。

       壊の月二十五の日

 

この都市では、皆が一輪の風変わりな乗り物に乗っている。曰く「モノバイク」というらしいが、あんなものに乗って身の危険を感じないのだろうか。それだけならばまだよいのだが、モノバイクは、使用者と何本もの線でつながれている。どおりで義体化がかなり進んだ人物しか乗っていないはずだ。私も昔の仕事の関係で様々な土地に飛んだが、こんな乗り物は見たことが無い。この街の酒場の主に聞いても、ラグがどうとかフレーム問題がどうとか言って何を言っているのかさっぱりだったから、おそらく私には扱えないのだろう。まあ扱えなくても問題ないのだが。

         虚の月二の日

 

この都市の情勢も知れたし、食料や弾の調達もできた。もうこの都市に用はない。出ていくことにしよう。      虚の月三の日

 

「見つけた。やっと追いついたー。酒場のマスターにこの旅人さんを追いかけて共に行動しろって言われて追いかけてきたけど、あの人足速いんだよなー。まあ追いつけたんだからまあいいか。」

 

次に訪れたのは国境線付近のさびれた村だ。最も、どうやらもう誰も住んでいないようだが。村に残る硝煙の臭いや、あちこちに残る血痕を見るに、何かの集団に略奪と殺害を繰り返されたのだろう。しかもここ三日間くらいの間に。見たところ、酒場だけはまだ機能しているようだ。泊まれる場所もあるし、地下の食料庫にワインやパン、肉の塩漬けやジャガイモが置いてあった。村の人々の冥福を祈りながらそれらを懐に抱え部屋に戻ってみると、インディゴの髪をした少女がいた。目や脚の形を見るにおそらくアンドロイドだろう。メルと名乗るそのアンドロイドは、ある人の命令で私を追いかけてきたという。その者から私と共に行動しろといわれたことも聞いた。弱ったが、一人旅で全く寂しくなかったかと言われれば、そういうわけではない。これもまた一興、行動を共にすることにした。

        虚の月十七の日

このメルとやらと旅をして一月が経った。見たところ思ったのは、こいつは天真爛漫でコミュニケーション力は高いが、戦闘などの類はからっきしなようだ。元居た海の国を出て、今は森の国に入った。ここは森の木々に守られ、比較的安全なようだ。しばらくはここで体を休めるとしよう。

         罪の月六の日

 

この国は面白い。歯の街とはまた違った音楽と踊りの埋め尽くす愉快な街だ。小人たちはぴょこぴょこと跳ね、水の精たちは池のほとりでおしゃべりをしている。静かな音楽が流れていること以外は静寂に包まれたこの国だが、なんと住みやすいことか。旅を止めて、ここに住もう。そう思った。

        罪の月十五の日

 

うっかりと仲間に手紙を送るのを忘れていた。あのさびれた村で手に入れたこの機械の鳥の性能も知りたいし、試験がてら手紙を持たせて飛ばしてみた。二日三日経ったら返事をもって帰ってきたところを見ると性能はかなり高いようだ。返事を見ると、あちらはあちらで元気にやっているようだ。こちらはこちらでゆっくりさせてもらおう。    罪の月二十六の日

 

私の安寧は崩された。あの人間の屑どもは、私をまだあきらめていなかった。平和だった森は火の海と化し、音楽は途絶え、悲鳴と断末魔がとどろき続け、耳をふさいでもなお、号哭は頭の中で鳴り続いた。ここはもうだめなのか、私のせいで、私のせいで、私のせいd

 

「おやっさん!みつけましたぜ!」

追っ手の声だ。逃げなくては。幸いまだ弾は残っている。メルを呼び、共に走る。隣接する海の国へ逃げるしかない。急ごう。

 

逃げ切れたと思う。海の国のど真ん中でそう思った。「何とか逃げ切れt」・・私を刃が貫いた。誰のものか見当もつかない赤い刃。それが抜かれ、血が噴き出す音が聞こえたとき、私は意識を失った。

 

 

 

「あーあ、死んじゃった。天真爛漫なキャラ保つのって結構しんどいのよねー。さてと、後はこの手記を拝借して戻りますか。じゃーね。旅人・・いや、『裏切者』さん。」

 



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