実家が神社のため、掃き清めるという割と神聖な意味で名付けられた人、篠ノ之箒は人生を悩んでいた。一夏が幼馴染なのに振り向いてくれないし。気が付いたら一夏の隣に何か女いるし。奴に胸で勝ってるのに何故だし。母は最近色物味スープのレシピに凝ってるし。姉は無職だし。
「や、箒」
実家の近所をぶらついていた箒の前に、偶然にも一夏&鈴音と遭遇した。一夏の住居も近所なのでそういうこともある。問題は二人が一緒にアイスクリームをパクついて歩いていたところにある。誰がどう見てもカップルの典型的スタイルだった。これを見てしまった時の箒の状態を表すなら、彼女の脳細胞と子宮が物凄い勢いで死んでいった。錯覚である。
その一夏は口周りにクリームがくっついていた。喋りながら食うからそうなる。
彼の口に付いたクリームを、鈴音が指で掬い取り、一夏の口に運んだ。
「ほら」
「あ、ごめん」
鈴音が一夏の口を着けた自分の指をしゃぶって綺麗にした。そんなイチャつきぶりを見せられた箒は心が決壊した。普段なら箒もここまでならない。だがこれは、箒の心に付け込んだ宇宙人によるトラップだった。彼女の負の心を溜め込み、エネルギーとして利用したのだ。
そして箒は子どものように顔を歪めて咆える。
「オォォオオオオオ!」
後に鈴ちゃんをして「泣いてる○ャック・ハ○マーを実写にしたらあんな感じ?」と言わしめた箒の慟哭である。変顔を見て何で? と揃って首を傾げる一夏と鈴に自覚はない。残酷な話である。
しかしそれどころではなく、箒の周囲から生物の細胞らしき何かが溢れ、取り囲んで物凄い勢いで増殖した。ここでいい加減二人も怪獣案件だ、て気付いた。まぁ手遅れである。
しかして形成された怪獣……というより100mを優に超す真っ赤で巨大な竹刀が宙に浮いていた。そんなジャイアント竹刀は明後日の方にデタラメな軌道を取って飛び去って行った。理性的に行動しているとはおよそ思えない。
「あーこりゃどっかの宇宙人に仕込まれたワケだな」
「とっとと怪獣から箒ちゃん引き剥がすわよ」
ある意味慣れというか職業病というか、二人は冷静にこれからの行動を判断した。
なので即裏路地に入り、お互いの腕を相方とクロスさせる。
『合大(マブフラッシュクロス)!』
住宅地に出現した巨大な全裸の鈴ちゃんは、いつもながらその裸体を全く恥じることなく、マッハ……程でなくその半分の速度で追いかけていった。真下を通過した小学生男子の性癖に実によろしくない。
怪獣に追いついてみれば、先に迎撃していたIS部隊は全滅した後だった。一振りだった様子だ。IS学園は通常運行である。
ビル群に囲まれて対峙する真っ赤な竹刀と鈴音。竹刀の鍔(つば)辺りが割れ、口と歯が見えた。マッコウクジラみたいな奴と言えなくもない。
相手は全長100m超、対するこちらは40m。馬鹿々々しい程の全長差である。
IS学園は識別名「紅椿」と呼称したらしいが、鈴ちゃんワンサマの知るところではない。
竹刀が突貫、というより亜音速の突きを繰り出した。避ける間もなく鈴音は自身の倍ある竹刀の突きを腹に食らい、食らい付かれたまま後方に突き飛ばされた。ビルに激突し、背中と尻がめり込む。
だが鈴音は刃をがっしりと掴み、地面に叩き付けた。地面の損壊? 知りません。
高速で上空へと逃れる竹刀。鈴音が鈴ちゃんアローを3本ぶん投げたが、どれもジグザグに飛ばれて結局スカった。
今度は竹刀が曲がるビームをスコールの如く地面へとぶち撒けてきた。咄嗟に一夏が口から光のシールドを吐き出し、自分たちの身を守る。周囲は穴だらけである。ついでにガスに引火して火災まで発生した。幸いなのは周囲の人間は既に避難が完了していることだ。
「空飛べないと不利だこれ!」
「だったら気合で飛んだらぁ!」
「せめて念じるって言おうぜ!」
シールドの傘の下で、二人は空飛ぶ姿をイメージした。
『どりゃぁあああ!』
大きく前かがみした姿勢でその腰から、巨大な二対の黒い翼が空に向かって出現した。
「鈴ちゃんウイング!」
頭上のシールドが粉々に砕かれるのと同時に、鈴音は垂直に飛び上がった。ビームの雨を高速で悉く避け、上空にいる竹刀の中心をアッパーでぶん殴る。
それでは済まさず、拳をめり込ませながら豪速で垂直上昇し、遂に両者は成層圏を抜けて宇宙へと躍り出た。
その場で前転した鈴ちゃんが、見事に踵落としを決めた。その勢いで今度は急降下し、赤熱化しようとも空気が爆発して爆音を轟かせようとも平然としながら、元いた地点と離れた場所へと竹刀を叩き付けた。街並みは結構な大惨事である。
一方、IS学園の広大な管制室では、その様子を逐一モニターし解析していた。あまりのあんまりな様相に、一同が息を呑みつつしっかり仕事はしていた。強大なモニターに映された怪獣バトルを眺めていた簪が何となしに呟く。
「彼のあのブレスレットさえ解析できれば我々も戦力を増やせるのですけどねぇ……」
いつの間にか隣にラウラが立っていた。藍越学園の制服姿で、腕を組みつつ自身もモニターを眺め、簪だけでなく周囲に言い聞かせるように淡々と反論する。
「やめとけやめとけ。あれは精神体の憑り付いた単なる自己暗示のキーであって、変身自体は彼らの肉体能力によるものだ」
がっつり否定されるのも癪なので、ムッとしつつ簪も反論する。
「ならばあの二人を解析できれば……」
「霊長類は本来あそこまで進化するのが宇宙の常識だ」
簪に最後まで言わせず、ラウラはモニターから目を離さず、同様の調子で語った。というより言い聞かせた。
「だがお前たちは身内同士で殺し合い、外宇宙への進出をサボってきたお陰で、ダラダラと無為に時間を浪費して進化も停滞し、結果彼らのような突然変異種が現れるに至った」
「……耳が痛いお言葉ですね」
隣にいた楯無が、とりあえずは肯定してみせた。笑顔でいる彼女だが目は笑っていない。
「彼らは意志の力一つで容易に進化の垣根を飛び越えてきた。そして更に進化しつつある。よく見ておけ、あれは本来ならお前たちが至れるはずだった高みだ」
モニターには、吶喊とビームを瞬間移動で悉く回避しつつ敵をボコボコに殴り付ける鈴ちゃんの姿が逐一映されている。怪獣は血塗れで全身が歪みまくっていた。もはや一方的な虐殺であろう。
「今や他の宇宙の霊長類にとって、地球人とは彼らのみを指す言葉になった。お前たちは取り残されたその他大勢の旧生物でしかない。彼らを解剖するとかやって無下に扱うと……宇宙レベルで痛い目を見るぞ?」
「ご忠告どうも。考慮いたしましょう」
楯無は笑顔を崩さないまでも、冷や汗を流していた。思ったより人類に余裕はなかった。
しかして満身創痍と化したボロボロの巨大竹刀に対し、鈴音が腕を突き出し大技を繰り出した。つまりはフィニッシュである。
『鈴ちゃん暗黒粒子渦(アクシオンボルテックス)!』
体内を循環する暗黒物質を拳から渦状に放出し、敵を削り切る。もはや怪獣には絶命する以外道はなかった。
こうしてきっちりと解決に至った。肝心の箒であるが、暗黒物質によって怪獣の細胞を削り取り消滅させたことによって無事サルベージされた。暗黒物質と言っておけば何でも便利にできると思っていますか? 思っています。
眠っている箒を背負った一夏と隣の鈴音は、瓦礫の中を堂々と歩いて帰っていく。現場を包囲しているIS学園は先の戦闘にドン引きしつつも、帰りの車を寄越して彼らを自宅へと送っていった。仕事はちゃんとやる人たちである。
一方、藍越学園の隅、人目に付かない場所では、虚と本音が佇んでいた。足元には箒に細胞を打ち込んだ宇宙人女教師がヒクついている。
「こちらエージェント虚、目標を確保。至急迎えを寄越してください」
宇宙人だから頑丈だろうと本音にボコボコに撃たれた結果ではあるが、まぁ生きているから問題なかろう。
ちなみにこのビクンビクンしている山田真耶先生、この学園の教師と入れ替わった偽物である。本物の山田先生は自宅で拘束されているところをIS学園に発見され保護された。全裸で。
これからこの宇宙人を使って宇宙の謎やあれやこれやを解き明かしていく所存である。人類の未来は明るいのか暗いのかさっぱり判らない。
某所にて、真昼間にも拘らず薄暗い一室で、若い女性が椅子に胡坐を掻いて一心不乱にPCに向かって作業をしている。ジャージ姿でボサ髪を整えもせずにへら笑いを浮かべているこの女性、名を篠ノ之束という。箒の姉である。
「んー……。いっくんとほーきちゃんをモデルに学園ラブコメにSFにと、そして束さんは裏で操る黒幕、と。タイトルは、よし、インフィニット・スト……」
「おい」
熱心に小説を書いていると、突然画面から女の手が伸びてきて束の襟首を掴んだ。
腕に続き、更に頭と胸がせり上がって来る。メイド服を着て、ウサミミ型のメカメカしいカチューシャを頭に着けている。睨み付けた顔は、よく見ると束そっくりだった。
「同じ束さんの癖してお前何て役回りだよ」
「え? 不労所得者だけど? 未来の」
「……」
未来は判らない。
・鈴ちゃん
元ネタでは黒い翼&一部黒塗れ&ハイヒールだった。
・アクシオン
暗黒物質の候補とされる物質の一つ。言ったもの勝ち。
・真耶
一応一夏らの担任であるがまぁ今更どうでもいいことだろう。