OVER LORD<流星の剣>   作:不破美柚

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ようやく十頁になります。

お待ちくださった皆様、かなり間が空いてしまいすいません。
そしてこのLETSPARTYはまだまだ続きます。
今回でLETSPARTYは終われるかなとか思っていたら全然そんなことはありませんでした。
膨らんでしょうがないです。

誤字脱字、拙い表現ですがどうかお読みくださいませ。


十頁~LETSPARTY!~

 十頁~LETSPARTY!~

   温かいmono

 

 

 

 

 

 

 ナザリックで行われる式典まであと二日に迫った朝。

 アリシアはその日もいつもと変わらずにユーイチとの鍛錬を行っていた。

 

(ぁ、ダメ──)

 

 お互いの一閃が朝靄を切り裂き宙に火花を散らす。

 その様子は仮にこの場に最近アリシアと鍛錬をするようになったモモンガや漆黒の剣の面々がいれば「五分」と称しただろう。どちらに天秤が傾くかわからない手に汗を握るような真剣勝負に思える。

 だがアリシアは三合打ち合い己の敗北を察した。

 

 (あと四つ。返せな──)

 

 

 トン。

 

 

 最後の刃は一閃というには軽すぎる音をたててアリシアの胴に添えられた。

 並みの冒険者であれば一太刀で終わらせる刃の応酬の末に敗れたアリシアはため息をついた。

 

 「──ぃ。ふぅ。……やっぱり。返せなかった」

 「入りはよかったな。だが二手目で遊び過ぎだ」

 「遊んだんじゃない。ああすればもっと自由に……幅が広がると思って」

 「自分の呼吸で入ったんだ。押し切ってしまえ」

 「……それでこの前負けたんだけど?」

 「まぁ、ここの違いだな」

 

 指を二本立てて腕を叩いて見せる師匠の姿に少々憮然としつつもアリシアは頷く。

 自分と師匠の間には隔絶した差があることはわかっているのだ。

 だがそれでも負けっぱなしなのは自分が許せない。

 

 「ところで昨晩の件だが……」

 「! ど、どう?」

 

 アリシアはユーイチの言葉に頭の中で先程の反省点を洗いだすのをやめて飛び上がるように迫る。

 内心から「らしくなーい」と暢気な声が聞こえてくるが無視する。昨晩持ち込まれた問題に自分では打つ手なしと思うからこそユーイチに頼んでいたのだ。これは最後の防波堤である。これを越えると受け入れるしかないそういう基準である。

 アリシアはユーイチが自分の望み通り断ってくれると願いつつ見上げたが、すこし呆れたように首を振る様子を見てショックを受けた。

 

 「だ、ダメ……?」

 「ああ。ダメだ」

 「どうして……!」

 「お前が嫌がってるわけじゃないからだ」

 

 ぐわしっと乱暴に頭を撫でられる。

 両手でそれをどけようにも奇妙なことにどけられない。

 内心では撫でられることを喜んでいることが腹がたつが言ってしまえば腹が立つのはそこだけだ。

 アリシアはユーイチの言葉をしっかり理解していた。

 

 「アインズ殿の提案は断るようなものではない。いいじゃないか。ナザリックの方々と仲良くすることはお前の希望でもあっただろうに」

 「それは、そうだけど……」

 

 それはそうなのだが……仲良くしすぎるのにも問題はある。

 それを伝えようと撫でている手を握るとじっとユーイチを見上げる。

 いつもと変わらない眼差しが少しでも変わってくれることを願って。

 

 「……。それこそだ。真摯に対応した方がいいだろう?」

 

 伝わった。けれども変わらない。

 それもいつものことだと思いつつも悔しさを感じるのを抑えることはできない。

 不満を瞳に宿してジトっと眺めると対象的に優しい視線で返される。その優しさの意味がわからずアリシアが目をパチクリさせた瞬間、強烈なデコピンがアリシアを襲った。

 アリシアに掴まれていた手がするりと抜けだしてアリシアの額をはじいた。

 

 「──っ」

 

  ──っ。

 

 痛みという点ではこれ以上ないほど痛覚を刺激するユーイチのデコピンに内心の自分ごとうずくまってアリシアは痛みに耐える。自然と涙が少し溢れた。

 

 「悪意を受け取るよりも好意を受け取るほうが難しいと知れ。先に上がるぞ」

 

 ユーイチは逃げるように朝食だと呼びに来たウィーシャを抱き上げて食卓に入っていく。

 少し恥ずかしそうにしてユーイチとアリシアの間で視線をうろうろさせているウィーシャにはわかるまい。自分がアリシアからの反撃を恐れたユーイチによって盾にされているということを。

 

 「ぁ、アリシア様っ。ご飯ですよ……?」

 「う、ん。すぐ、行くね」

 

 額を抑えつつも何とかいろんなものを我慢して笑顔でウィーシャに応えたアリシアは「絶対にやり返す……」と心に決めたのであった。

 その日の朝食の席ではデコピンを狙うアリシアからウィーシャやファリアを盾にして逃げるユーイチという攻防が影ながら行われることになる。

 

 

 

 

 

 そんな影の攻防が行われている金瞳の猫亭に歩みを進める二つの人影があった。

 

 「ここです。イレイン」

 「ご案内感謝いたします。ナーベ様」

 

 それはエ・ランテルに冒険者ナーベとして潜入しているナーベラル・ガンマと昨日までナザリックで式典の準備をしていたイレインである。

 ナーベラルはともかくなぜイレインがここにいるのか。それはイレインに唆された料理長の嘆願をアインズが認めたからである。

 嘆願とはイレインをアリシアの元に預けて好みの食事を確認させるというものだった。

 アインズを除……かなくともナザリック内でもっともアリシアへの好感度が高く、アリシアといい関係を築いているイレインであれば適任とも言える役割ではある。

 当初アインズはそんなまどろっこしい、スパイのような真似をしなくてもと却下するつもりでいたのだが、周囲の反応に流されるままに認めるしかなくなっていた。

 

 

 

 「──という理由があったとも理解することができず役割を果たせなかったこの身になにとぞッ」

 

 (そんな意図はなかったって!)

 

 「何を言っているのかしら。料理長。アインズ様がご用意してくださた機会を台無しにしておきながら再度の機会を求めるなんて……不敬にもほどがあるわよ。よくおめおめとアインズ様の眼前に立てたわね」

 

 (アルベドォ!?)

 

 

 

 そもそもアインズは料理教室の日にアリシアに感謝を伝えようとサプライズで宴席を用意するつもりだったのだ。だがデミウルゴスやアルベドに宴席の話を通した結果、式典レベルにまで跳ね上がってしまい「友人に感謝を伝える。そう噂に聞く誕生日パーティーのようなものかな。ふふ」と考えていたアインズの計画は頓挫してしまった。

 ナザリックの誇る二人の知恵者を前に流されたようにアインズはナザリックの主人としてふさわしい態度を求められるがゆえにどうにも料理長の願いを断ることができず、アリシアに許可を取ったらという条件で認めたのだが、断り切れなかったアリシアからユーイチへとつながった末に認められてしまったのだ。

 そうしてイレインは最大限の装備で身を固めさせられ送り出された。

 その装備は緊急時の防御撤退に特化したものでナーベラルの物よりもランクが上であった。

 ナザリックのNPC達はアインズにとっては友人の子供であり本来であればナザリックの外へ出したくはない。ましてや戦闘能力のない一般メイドはなおさらである。

 それを理由に断ろうともしたのだが「アインズ様の友人としてシャルティアと渡り合ったアリシア様の元に送り出す以上、そのような心配は必要ないのでは?」とアルベドに言われてしまえば返す言葉が続かなかった。

 結果、一般メイドとしてはおかしな装備でイレインはエ・ランテルにやってきたのだ。

 

 「アイン、ごほん。モモン様のご指示ですから。当然のことをしたまでです。では打ち合わせ通りに。貴女も役目を果たして下さい」

 

 一般メイドの中でもイレインとは仲がいいナーベラルは後輩の面倒を見るつもりで丁寧にうち合わせしていた。もし何らかの失敗をしてしまった場合あとでイレインに一言言われるとわかっているのでそれは嫌だった。

 

 「もちろんでございます。……ところで、ナーベ様」

 「何か?」

 「はい。……あの人間の娘はアリシア様とどういったご関係でしょう?」

 

 事前に説明していた人間の娘に対して再度の説明を要求されナーベラルはその美しい髪を少し揺らした。普段のイレインからは逸脱した問いのように思えたからだ。

 

 「? あの人間ですか。アリシア様が妹のように接していると聞いています。モモン様から関係を悪化させるような行為は許さないと命じられていると思いますが、人の街で暮らす以上不快であろうと手出しは許されません。いいですね?」

 

 ひょっとして主人の友人と人間風情が楽しげに話しているのが苛立ったのだろうか。

 それなら釘を指しておかねばなるまいとナーベラルは気をつけるように念を押した。自分だって思うところがあるのに我慢しているのだから。

 

 「ええ。はい。わかりました。妹……妹……」

 「……大丈夫なの? イレイン」

 「ええ。大丈夫。ナーベラル」

 「そう。貴女が言うなら信じるわ。行くわよ」

 

 ぶつぶつと何やら呟く様子は本格的に普段の様子からかけ離れており、ナザリックの中で話すように素で呼びかけてしまったナーベラルに同じように素でイレインは返した。

 その声に騙されたナーベラルはやはり普段アインズに注意を受け続けてる者だった。

 イレインはナーベラルと違って呼び方を間違ったりはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

 アリシアにはその場に誰がいるのか分かっていた。

 当然同じようにわかっているだろうユーイチと激しい争いを水面下で行いつつも確かに気配を感じる。もはや慣れた薄い存在感が二つ、門を越えてきた。

 

 「朝食のお時間に失礼します。お客様です」

 「あら? こんな時間から?」

 

 家族の朝食の時間は新しく雇った従業員たちが客対応をしている。

 やってきたのはアリシアがうるさい四人組とくくってるうちの一人だ。名前をシーンという。

 商人の一人娘で父と二人旅だったところを野盗に攫われ慰み者にされていた。

 年頃はファリアと同じ頃だという。黒くて短い髪はどこか中性的な雰囲気を醸し出している。

 

 「はい。それが冒険者のナーベ様がアリシア様に御用件あるとのことです」

 「まぁ、ナーベ様がアリシア様に」

 

 ファリアとシーンの視線がアリシアに向くとアリシアは頷いて席を立つ。

 こうして落ちついてる時はシーンは大人しいのだが口論になるときはかなり言葉使いが荒い。 

 その荒さが、口論の原因がユーイチへの好意の高さを表しているようでアリシアとしてはあまり好きになれなかった。

 

 「ごちそうさまでした。ユーイチ、行ってくる。ゆっくり食べてて」

 「ああ。後で何の用件だったか教えてくれ」

 「うん」

 

 最後までデコピンすることはなくまたの機会になってしまったのは無念だがナーベラルとイレインが来た以上覚悟を決めねばならない。

 

 (言わないと。私はユーイチのことが好きだって)

 

 イレインが自分のことをそういう意味で好きだとわかったのはウィーシャを風呂場で洗ったことがファリアとユーイチにばれて事情聴取を受けた時だった。その時点でアリシアの性知識に同性愛というのは含まれておらず、ナザリックの風呂場での出来事もマッサージか何かというとらえ方だった。だが、ユーイチやファリアから、そしてモモンガから話を聞いて同性愛、百合という文化、趣向があり、イレインがそういう目で自分を見ているとわかった。

 このことにアリシアはひどく戸惑った。同性から言い寄られる、求められるのは初めての経験だったからだ。異性から告白される、求められることは既に経験があり、その度にユーイチが好きと言い続けてきた。だが、同性はどう対処したらいいのだろうか。百合というものが自分に何を求めてくるのか分からない。確かに感じる自分への好意をよくも分からずに斬り捨ててもいいのだろうか。

 悩んでしまったがゆえに料理を学びにナザリックに行った際には作業に熱中することでイレインとあまり話さないようにしたほどだ。

 だがそれが正しかったのかと自らに問えば首を横にふらなければならない。

 ユーイチに言われた通りなのである。嫌ではないのだ。ただ戸惑い、どうしていいかわからないから逃げようとしている。それはイレインに対して真摯な態度とは言えない。

 どうしていいかわからない。それは変わらない。だが逃げずに自分ができる限り真摯にイレインに向かい合いたかった。

 

 (よしっ。しっかり、私)

 

 内心では「女同士だからいいんじゃない?」と自分と同じでよくわかってない癖に自分が囁いてくるが無視する。頬を軽く叩いて気合いをいれ、アリシアは店のカウンターまでやってきた。

 予想通りそこにはいつもの冒険者姿のナーベラルと旅装に身を包んだメイド……とでもいうべき装いでイレインが待っている。お互いの姿を確認し、ナーベラルとアリシアが声を出そうとした時、予想だにしない一言が二人の身動きを封じた。

 

 

 

 「アリシアお姉様!」

 

 

 

 アリシアがカウンター前にやって来た瞬間、イレインはそう叫ぶとアリシアに駆けよりその首元に手を伸ばし抱きついた。

 アリシアもナーベラルもお互いに目を見開いて驚いた。アリシアは驚くと表情が固まるので無表情になっただけだがナーベラルは空いた口がふさがらない。口をパクパクしては何と言葉を紡げばいいのか分からなくなっている。

 

 (イレ、イン……。打ち合わせは何処に行ったのですか?!)

 

 まったく打ち合わせになかったイレインの行動にアドリブがきかせられない。

 

 「ぉ、姉さま?」

 「はい。お姉様。お久しぶりです」

 

 

 驚きの中からかろうじて漏れ出したアリシアの疑問の声にイレインは普段の人形のような表情とはまるで違い、花が咲いたように微笑んだ。

 どういうことかとアリシアの視線がナーベラルに向けられるがナーベラルも訳が分からない。

 イレインはプレアデスの姉妹であるルプスレギナとは違う。仕事中に無意味にふざけたりはしない。

 であればこの言動にも何か意図があるのではないか。

 アインズの供としてナザリックを離れる時間が多いゆえに最近のイレインを知らなかったことと、アインズから考えることの大切さを説かれ続けていたためナーベラルは必死にイレインの意図を把握しようとした。

 

 (どういうこと……お姉様……妹? 入口前での会話……妹として接触を? このことはアリシア様やユーイチの方には知られているの?)

 

 なぜ。

 なぜなの?

 必死に考えるが目の前で再会を喜んでいるイレインの意図がわからない。

 妹として接触して何の利益がナザリックにあるというのだ。

 とはいえわからないでは済まされない。

 

 (イレインから説明がなかったのはアインズ様のお供を許された私であればこのくらいはわかるということ……それがわからないのは……まずい)

 

 もし意図と違う行動をしてしまえば冷めた眼差しでぼそりと言われることだろう。がっかりしたような声音で。

 お互いに仲がいいからこそ当然できると思われていることを出来ないのは恥ずかしい。

 そして今回は先輩風を吹かせるつもりでいたナーベラルとしてはここで理解できない態度を晒すわけにはいけない。

 そういった追い詰められて急速に回る思考の中でナーベラルはついに答えを見つけ出した。

 

 「おはようございます。アリシア」

 「お、おはよう……ナーベ。あの、こ、これは……?」

 「ええ。都市外での依頼で貴女の妹を名乗るメイドを保護いたしましたので確認のために護送してきたのです。モモンさ──んは諸々の手続きを済まされています」

 「ぇ、あ、ぇ?」

 「で? イレイン、といいましたね? このアリシアは貴女の姉でちがいないのですか?」

 「はい。ナーベ様。ありがとうございます。私のお姉様はこの方で間違いありません。ご案内感謝いたします」

 

 

 (よし。これでよかったようね)

 

 

 ナーベラルがたどり着いたのはイレインに任せてしまえである。

 あえてあいまいに。事情を知っているのはイレインだとしてしまえばいい。

 そうすればすべて最後は事情を把握しているイレインに任せられる。

 

 (ふ。我ながら咄嗟によく流せたわ。これもアインズ様の教えのおかげ…・・・と思うのは不敬ね。アインズ様であればイレインに丸投げなどなされないわ。精進しなくては)

 

 アインズがくしゃみできる体であれば盛大にしていそうな考えをナーベラルが抱いていると軽い足音を立てて食卓からウィーシャが顔をのぞかせた。

 

 「あのぅ。アリシア様? ユーイチ様から様子を見てきてほしいと言われたのですが……そちらのお客様は……?」

 

 従業員からアリシアの妹が来たという報告を受けたユーイチからどんな様子か見てきてほしいと言われたウィーシャはアリシアに抱きつくメイドの姿に戸惑いをあらわにしていた。

 

 「えっと、ね、ウィーシャ、この子は……」

 「お初にお目にかかります。私はアリシアお姉様の妹のイレインと申します」

 

 アリシアから離れるとウィーシャに対してイレインは礼儀正しくお時儀をする。

 先程までとの変わり身の早さにアリシアやナーベラルは全くついていけない。

 

 「ほ、本当にアリシア様の、い、妹様なのですか……?」

 

 どこかおかしいアリシアの様子を見るとにわかには信じられず問いただしたウィーシャに対してイレインは揺るがない人形のような表情で言い返した。

 

 「はい。当然です。今まで私のお姉様がお世話になりました」

 

 そして人形のような表情をすぐに捨て去りアリシアに抱きつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 押しつけるように立ち去ったナーベラルを見送った後、当然のようにイレインによる事情説明が入った。

 

 「というわけですので、アリシアお姉様は私のお姉様なのです」

 

 ウィーシャに向かいあうように座ってイレインは求められた通りの説明をした。

 それを聞いてウィーシャは先程のアリシアの戸惑った様子に納得していた。

 

 「つまり、実の妹様ではない、ということですよね?」

 

 イレインの説明はこうだ。

 アリシアとユーイチにかつて自分は助けられ、その際に両親を失った自分の面倒を二人に見てもらっていた。特にアリシアは妹のように可愛がってくれて、別れる際に姉と呼ぶことを許してもらったのだと。

 そうであればアリシアの戸惑った様子も納得がいく、久しぶりの再会とまさかここで会うとは思わずに驚いていたんだろう。

 

 「血のつながりはなくとも、私がお姉様の妹であることにかわりはありません。ですので実の妹とおもっていただきたいです」

 

 隣に座るアリシアの腕をつかんで離さない様子は姉に甘える妹の図として正しいように見えた。

 確かに姉妹に見えるほどお互いに美しい金の髪であり、顔の作りも人形のように整っている。

 決定的に違うのは瞳の色だけだ。アリシアは髪と同じ金色であり、イレインは血に濡れたような赤い瞳だ。

 だがウィーシャにはその違いですらどこか似通って見える。

 

 「ゆ、ユーイチ様、今のお話は本当なんでしょうか?」

 

 見上げればイレインと同じように赤い瞳が自分を見下ろしている。

 そうアリシアとの違いであるその瞳の色もユーイチとの共通点に見えてしまいウィーシャにはイレインが二人と実際に血のつながりがあるのではないかとすら思えてしまった。

 

 (例えば……お二人の子供とか。年齢がおかしいけど、そんな雰囲気あるよね)

 

 ユーイチとアリシアの間に産まれた子供が自分だと言われたら信じてしまいそうなくらいだ。二人とイレインの類似点にウィーシャはなぜだか落ちつかなかった。

 

 「そうだな。確かにアリシアの故郷を旅してた頃、世話をしていた子が何人かいたな」

 「じゃあ、この方の言われることは……」

 「だが俺はその辺アリシアに任せていたからな。このイレインがあの時世話をした子かはわからん。覚えていない。どうだ。アリシア」

 

 

 びっくっ。

 

 

 話をふられてアリシアは身震いした。

 

 「えっと……」

 「その子はお前が世話した子なのか?」

 

 ユーイチの確認するような声に自然とアリシアはイレインを見た。

 見つめてくるアリシアをイレインは見つめ返している。片時も離したくないように腕を抱き、交わった視線を外すことはしない。

 その様子になぜだかウィーシャは苛立ちを覚えた。

 あんなふうに抱きついているイレインもそうだが、そうさせているアリシアにもだ。

 

 (なんでだろう。何だかこう……あ、この感じ知ってる)

 

 ファリアが父と結婚した際に感じた物……父を取られたように感じて嫉妬していた時の気持ちを思い出してウィーシャは急に羞恥を覚えた。

 

 「この子は……イレインは──」

 

 ウィーシャが勝手に羞恥を覚えている間にアリシアは少し考え、そして答えをだした。

 

 「うん。ユーイチ。この子はあの時の子。……大きくなったね。イレイン。綺麗になった」

 

 もう私よりも美人さんだ。

 そう続けて微笑むアリシアとそのアリシアに今度は腕どころではなく完全に抱きついているイレインをウィーシャは何とも言えない気持で見ていた。

 

 「お姉様……お久しぶりです、お姉様。イレインはお会いできてこれ以上ないほどに嬉しいです」

 「うん。私も嬉しいよ。……ところでイレイン。どうしてここに?」

 

 抱きついてくるイレインを引き離しつつアリシアはなぜイレインがここにいるのか問いただした。

 ウィーシャが聞いたアリシアの故郷はなんと海という大きな湖を越えるらしい。

 そんな遠いところからイレインは何をしに来たのだろうか。

 

 「はい。実はお姉様やユーイチ様とお別れして以来メイドとして教育をうけていたのですが、一年前に卒業いたしました」

 「そうなんだ……?」

 「はい。そうなのです。卒業者はお仕えしたい御方か就職先を見つけてそちらに行くことが通例なのです。私はやはりお姉様にお仕えしたいと思い、こうして追ってまいりました」

 「え、アリシア様のメイドとして働きたくて……追ってきたのですか!?」

 

 海を越えるのはそれは大変なことらしい。

 ウィーシャはアリシアから苦労話を聞いていたのでイレインの行動力に驚いた。

 それはもう忠義や執念という言葉で説明がつくものなのだろうか。

 

 「渡ってきてもアリシア様が見つかる保証はどこにもないのに……」

 「それが? お姉様にご説明中ですので横から口を挟まないでくださいませんか?」

 「む」

 

 明らかに棘のあるイレインの声音にウィーシャはカチンときた。

 まだ出会って一時間もたっていないが明らかにこのメイドは自分に対して敵意を抱いているとわかり始めていた。そして同じように自分もこの自称アリシア様の妹に対して敵愾心ともいうべき想いが芽生えてきた。

 

 「そ、そういう言い方は、ないんじゃないかと思いますが! だいたいさっきからアリシア様にくっつき過ぎです。久しぶりの再会だからお分かりになられないんでしょうけど、アリシア様はお困りです!」

 

 立ち上がったウィーシャはアリシアの手を引いて自分の後ろにまるで守るように移動させる。

 イレインが自然とたちあがってくるが断固ブロックする。

 するとイレインの人形のように整った無表情がどこか怒りの色を見せはじめる。

 

 「どきなさい。お姉様のお側にいる妹は私であるべきです」

 「それは! アリシア様が決めることです! それに……わ、私の方があなたよりも表情豊かで社交性があります。抱き心地がいいと一緒に寝たら褒められるくらいにアリシア様と私は仲良しですから!」

 「えっと……二人とも?」

 

 お互いに譲れない物があるとはっきり分かった今、ウィーシャとイレインの間には対決という方法しかない。困ったように頬を掻くアリシアの声も届かず、事情を概ね把握して微笑むファリアやじっと眺めるユーイチの姿はもちろん視界に入っていない。

 

 「一緒に…………寝た?」

 「そーです。私は三日に一度はアリシア様と同じベッドで眠るほど仲がいいんです」

 「……それが、何だというのですか」

 「いいえ? 何ということのほどでもありませんよ。私にとってはそれが当たり前ですから。あなたはそうじゃないみたいですけど!」

 

 わなわなと体を震わせるイレインを見て勝利を確信するウィーシャ。

 だがイレインはその程度で負けを認めることはしない。

 

 「なるほど……。では、私は三日に二度、お姉様と同じベッドで眠ります」

 「な!? な、なにを言っているんですか!?」

 「何か? あぁ、なるほど。三日に一度しかベッドに呼んでもらえない程度の貴女では想像もできないことでしたか。私であれば毎晩のようにお姉様に呼ばれてみせましょう」

 「もらえない程度ですって……だいたい、毎晩とか言ってるくせに、一日私にとられている計算じゃないですか!」

 「何を言っているんですか? 呼ばれない一日はお姉様が御一人で眠られるに決まっているではないですか。御一人の時間も当然必要です。……貴女に私が劣るとでも?」

 「むーーっ」

 

 額をつき合わせるくらいに接近して睨みあう姿はいくら当人たちが真剣でも見ている側からすれば微笑ましい。ファリアとユーイチはその二人の様子を眺めるだけで止める気は一切ない。そのためどうしてもアリシアが割って入るのだが…。

 

 

 「あの……二人とも? 私は」

 「「アリシア様・お姉様は黙っていてください!」」

 「は、はい……」

 

 自分のとり合いをしている二人が自分に冷たい。

 内心の自分に爆笑されながらアリシアは目の前の可愛らしい攻防をしばらく眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合でモンスター討伐の依頼の報告を済ませてからアインズは<黄金の輝き亭>にとってある部屋へと引き上げていた。

 ナザリック地下大墳墓の資金に手をつけられないアインズにとって気を抜けば瞬く間に財布の中身をからにしてしまうこの最高級の宿屋に泊ることは頭を痛める問題であったが冒険者モモンの風評のためにもやめられずにいた。

 

 (はぁ。ほんと。俺もユウさんのように宿代をタダにしてくれる亭主とどこかで知り合えないかなぁ。美人さんじゃなくていいからさ。この意味のない柔らかい布団に食べられもしない高級料理のせいで膨れ上がる宿代をどうにかならないかなぁ……)

 

 主人として。そして親の目線でナザリックの者を見ているがゆえに必要なものは万全に用意したい。

 セバスの活動資金に守護者たちへの給金計画、そしてこれからかかる様々な活動への準備金。それを考えれば法外な値段をとられる高級宿に泊るくらいならいっそのことアリシアやユーイチと同じ宿屋に泊るという手も考えた。現にアインズと同じように印象を大事にする商人たちの中にはアダマンダイト級冒険者とのつながりを求めて、という理由でそうしている者が数多くいる。アインズも同じようにすればいいのだ。

 

 (とはいえ、あそこはアリシアさんやユウさんの家のようなもんだしなぁ。友人の家に転がり込んで家賃を節約とかしたくないって。俺もいい歳の大人なんだから。それにあの美人の亭主さんとユウさんはそういう関係らしいし? 万が一でも目撃とかしたら気不味いじゃないか)

 

 アリシアから若干愚痴のように語られた金瞳の猫亭の人間関係は大変羨ましい。

 仮にアインズの友人の中で最もそういった憧れを持っているペロロンチーノがユーイチの立場であったなら迷わず「親子丼! いただきまーす!」と手を合わせているだろう。そしてアリシアにも手を出しているに違いない。そんな友人ほどではないし、アンデッドの体になってそんな欲求も感じなくなりはしたが、アインズにも興味や憧れというものはある。少し嫉妬してしまうのは仕方のないことであった。

 

 「アインズ様」

 

 報酬で膨らんだ財布を片手にそんなことを考えているとイレインを送り届けていたナーベラルが部屋に戻ってきた。何度注意しても間違える言い方にもはやため息もでてこない。

 

 「モモンだ。無事に送り届けてきたようだな。御苦労」

 「失礼いたしました。モモンさ──ん。はい。アリシア様のところに送り届けてまいりました」

 

 注意すれば不自然ながらこうして一生懸命に直そうとしているのだからそれほど強くしかりつけることでもない。少し不器用な娘を見ているようなものだとアリンズは自分に言い聞かせた。

 

 「なにぶん急な話だ。実際に目にしたアリシアさんやユーイチ殿の反応はどのように見えた。ナーベよ」

 「はっ。それが……アリシア様はどこか事態が呑み込めていないご様子でした」

 「事前に連絡していたはずだ。一体何があった?」

 

 アリシアには<伝言>で昨夜のうちに伝えてある。ナーベラルが少し困惑したように語るようなことはなにもないはずだ。

 アインズが問い詰めるとナーベラルは自分が目撃したことをそのまま報告した。

 

 「なに? イレインがアリシアさんの妹?」

 「はい。そのように話していたのですが恥ずかしながら私ではなぜそうなっているのか理解できなかったのです。よろしければモモン様にご解説していただきたいのです。どうか至らぬこの身に御身のお考えをお聞かせ願えませんでしょうか」

 

 (いや、俺だって知らないぞ。そんなことは。働き手を探しているメイドとして側に行くんじゃなかったのか?)

 

 予定外のことに説明を求めるナーベラルは正しい。

 だがアインズにとっても予定外のことである以上、説明できるはずもない。

 二人だけの密室で少しの間アインズにとっては嫌な空気が流れた。気のせいかどこかナーベラルの視線に冷めた物はないだろうか?

 そんな空気を気にしないように振る舞いつつもアインズは内心冷や汗をかいた。

 

 「……ナーベよ何度も言うようだが自らの力で考えなければならない。私は人形の主人ではないのだ。自ら考える頭。そして考えたことを実行に移せる体を育てねばならない」

 「はい」

 「だが、今回のことは急なことでもある。特別に……そうだな、アルベドに確認をとることを許そう。そして私に頼らずどうしてその考えに至ったのかを聞きとり今後の参考にするがいい」

 

 いつものように自分で考えることというところに落ちつけようとしたアインズだったが粛々と頷くナーベラルの姿に罪悪感が強くなった。

 無能な上司が新人にパワハラをしている図ではないか? 

 自らの発言や態度は自分が部下の立場であれば無能な上司だと思えて仕方がないものだろう。

 説明もせずに自分で考えろという癖に自分の命令には従えというのだ。

 何というダメ上司だろうか。

 そんな思いを抱くがゆえにアインズは何とかナーベラルに説明できるようにと他力本願な解決策を出した。

 自分でわからないのであればわかるやつに説明させれればいいのだ。デミウルゴスはナザリックを空けているだろうがアルベドはいる。アルベドであればイレインの謎の行動もしっかり説明してくれるだろう。あとはそれに頷くだけでいいのだ。

 

 (こうやってやり過ごすすべばかり学んでいる気がするが……できるやつに任せるのも上司の務めだ。ダメ上司がしゃしゃり出ていい結果になったことはほとんどないからな)

 

 そんなアインズの心の内にもちろん気がつかないナーベラルは真面目な表情をより引き締めて顔を伏せた。

 至らぬ自分への配慮に感じ入り、我が身の未熟を恥じたからだ。

 

 「不肖なるこの身になんと勿体ないお言葉。感謝の言葉もございません」

 「よい。私はお前たちの成長を楽しみにしている。ナーベ……いや、ナーベラルよ。ナザリックの外へ供に連れ出したのはお前の成長を願ってのことでもあると知れ。一歩一歩、確実に歩むがいい」

 「はっ」

 「よし。では早速ナザリックに戻るぞ。折角の機会だ。私もアルベドがどうお前に説明するか見てみるとしよう」

 

 アインズが伏せたナーベラルに何も考えずに手を伸ばす。

 差し出された手を前にナーベラルはどう反応していいかわからず再び顔を伏せた。

 

 「お、お許しを。アインズ様。不肖のこの身では御身の手を取ることは恐れ多く……」

 「ん? ……ナーベラルよ。私が差し出した手を取れないか?」

 「め、滅相もございません! ですが、このような扱いはアルベド様や……アリシア様にこそふさわしいのではないでしょうか」

 「アルベドに限らずナザリックの者は皆、私の愛しい子らだ。そしてアリシアさんは私の大切な友人である。皆、私が手を取りたい愛しい者たちだ。もちろんナーベラル。お前もな。さぁ、手を」

 「アインズ様。……はい。このナーベラル・ガンマ喜んで手を取らせていただきます」

 (……手を差し出しただけでこれだものなぁ。敬意は嬉しいがまどろっこしい)

 

 感激の面持ちで自分を見上げるナーベラルから視線を外しつつどうにかしてこの大袈裟な反応を省略できないだろうかと取り組むべき課題として心に書き込むアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 こじんまりとした浴室で一人アリシアは熱っぽい吐息を吐いた。

 それはどこかため息交じりのようでもありどこかしら疲れを感じさせる。

 

 

 ──お疲れ様。こういう時は裏にいて助かるわぁ……ふぅ。

 

 

 自分と同じようにタオルを頭にのっけて一息ついている自分にたいして言いたいことが沸々と湧き上がるが言いはしない。言わずとも自分は自分である。お互いに理解していることだ。

 

 

 ──どうするの~。あの子達、今も扉の向こうでやり合ってるようだけど?

 

 

 どうするもこうするもない。

 どうしろというのか。

 今も二人が脱衣所の前で額をつき合せている気配が伝わってくる。ウィーシャとイレインの対立は深まる一方に見えた。

 自分を取り合っているのはわかるのだがどうにも熱くなりすぎていて回りが見えていないのが困る。

 そして自分が困ってるのを楽しんでいるユーイチやファリアはずるい。

 孤立無援。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

 はふ……。

 

 ため息交じりの吐息で水面が少し揺らぐ。

 精神的な疲れがこの温かな湯船に溶けてくれればいいのにと二人の気配を捕えるのをやめる。

 今はただ何も考えずに目を閉じていたかった。

 

 

 ──そんなこと言ってもそうも言っていられないでしょう? ほら二人が脱衣所まで来てるわよ。

 

 

 自分がダメな時は内心の自分がしっかりしている。

 いつもと逆な時こそ自分は普段の自分のようにぐーたらしてもいいのではないか?

 

 

 ──なら私と裏表変わりなさいよ。ウィーシャもイレインも可愛がってあげれば解決するわよ。あんなことやこんなことを。

 

 

 ダメだ。この頭がハッピーバレンタインめ。

 故郷のある地方のとある国で流行っていた罵倒の言葉を自分に投げかける。

 この言葉を教えてくれた友人には自分が言われてしまったが、やはりこのダメな自分にこそこの言葉はふさわしいのだ。

 いつぞやのように湯船からあがるとてちてちと音を立てて脱衣所への扉をゆっくりと開く。するとそこには服を競うように脱いでいる二人の姿がある。

 

 「……二人とも、どうしたの?」

 

 この浴室はナザリックのものとは比較にならない。

 三人ではとてもせまい。二人が限界だ。

 当然自分が入ってることは二人とも知っている。とすればさしずめどっちが背中を流すか競い合ったのだろうか。

 

 「アリシア様! このメイドが! 邪魔をしてくるんです!!」

 

 ウィーシャが怒ったように言い放つが負けじとどこか突っぱねるようにイレインも言い返す。

 

 「お姉様。この従業員がお姉様のお背中を流そうとする私を邪魔するのです。まったく……でしゃばりなのですから」

 「なにがでしゃばりですかっ。もともとわ・た・しが! アリシア様と一緒にお風呂に入ってたんですからね!」

 「それは御苦労な事です。ですが下がりなさい。お姉様の妹であり、専属のメイドである私が来たからには貴女は不要です」

 「何が妹ですか! この自称妹!」

 「なっ。自称とは何ですか! この減らず口しか持たない従業員が!」

 「……」

 

 やはり思った通りだ。

 目の前で半裸で言いあう可愛らしい妹達? の姿にアリシアは一日中続いているこの争いにいい加減うんざりしてきた。できることならこのまま扉を閉めて見なかったことにしたいとすら思う。

 

 

 ──でも、それじゃ解決しないからねぇ。ほら……お姉ちゃん? しっかりしなさいな。

 

 

 妹たちの喧嘩を仲裁するのも姉の仕事だと自分が押しつけてくるがこのダメダメな自分に主導権を渡してしまうとなにをしでかすかわかりたくもない。だとすれば姉の立場である自分がやはり仲裁に入るしかないのだろう。

 ユーイチやファリアが何も言わないのはやはり二人の間を取り持つのは自分だと思ってるからに違いあるまい。言わばそういった姉としての側面でも信頼され始めているということだ。

 成長しているというところを随所に見せていかねばならない。

 アリシアは期待に応えるべくブレスレットの中に収納してあるピヨピヨハンマーを取りだす。

 これは子供の遊び道具として開発された可愛らしい音のなる柔らかいハンマーだ。

 ダメージは一切与えないがその代わり怯む効果がある。冒険者にはまったく効果のないものだが二人には有効だろう。

 言い合いに夢中になっているせいでこちらの動きに気がついてない二人に向けて振りあげたハンマーを振りおろす。 

 

 

 ピヨ! ピヨ!

 

 

 「あいたっ」

 「きゃっ」

 

 (うん。可愛い)

 

 久しぶりに使った得物の変わらない可愛らしさに満足しつつアリシアはそれに負けないくらい可愛らしい反応を返した二人を見下ろした。

 どちらも驚いたように頭を抑えてアリシアを見上げている。

 

 「二人とも。喧嘩はしない」

 

 有無を言わさぬとすこし目を細めて言うと二人が慌てて頭を下げる。

 冷静になれば二人とも礼儀正しく賢い子なのだ。

 

 「すいません。アリシア様。ご迷惑をおかけしました」

 「申しわけありません。お姉様。どうかお許しくださいませ」

 「ん。……でも、許してあげない」

 

 頭を下げていた二人が驚いたように同時に顔をあげてくる。

 そんな様子に絶対に仲良くなれると確信を抱きつつ、微笑んでしまいそうにゆるみそうな頬を硬く、怒ってますと言わんばかりにわざとらしくする。

 

 「ぇ、あの、あ、アリシア様……?」

 「二人とも喧嘩ばかり。私は、すごく疲れた」

 「ぁ、あの。お、お姉様……?」

 「明日もおなじように二人が喧嘩するのに巻き込まれたら疲れちゃう。だから許してあげない」

 

 そう言って開いていた扉をぴしゃりとしめてそのまま湯船に戻る。

 ふーっと一息ついた頃には扉の外から二人の謝罪の言葉が聞こえてくるが無視する。

 すこし目をさまして欲しいし、そして私を取りあうのならせめて私の言葉を聞いてほしいと私が思ってることに気がついてもらおう。

 

 

 ──二人とも可哀想なくらい慌ててるけどいつまで放置しておくの?

 

 

 んー。もう一度体があったまったらかな?

 

 

 ──あはは。二人ともかわいそうー。でもそんな二人も可愛いからいいわねぇ。

 

 

 ピヨ!

 

 

 ──むきゃ!?

 

 

 ダメな自分をハンマーで叩きつつもうしばらくの間アリシアは湯船につかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 アリシアが目を閉じて湯船にその身をゆだねている間。

 怒られた二人は慌てた様子を隠せなかった。

 ピシャリと閉められた扉へと言葉をかけてもアリシアからの返事はない。

 イレインはもちろんのことウィーシャにとってもこんなことは初めてであった。

 下着姿で扉の前で佇むしかできない。

 最初はお互いに「貴女のせいで」と睨みあったがすぐにそのことをお互いに恥じていた。

 

 (このメイド……イレインはアリシア様がお世話した、うー、妹を名乗ってもいいと言われるくらいアリシア様の身近にいる人だもんね)

 

 (この従業員……ウィーシャでしたか。事前の情報でお姉様が妹のように可愛がっているとわかっていたのに……)

 

 

 ((それに嫉妬して騒ぐなんて……私ったらなんてことを))

 

 

 まったく同じように反省しながら二人は自然と目があった。

 睨みあいではなく、敵意なしで見つめ合うのはこれが初めてであった。

 最初に口を開いたのはウィーシャだった。

 

 「……ごめんなさい。イレイン、さん」

 「……なぜ、謝るのですか」

 「だって、私がその、貴女に嫉妬したから……それで張り合っちゃって、こんなことに……」

 「それなら謝らないでください。その件に関しては私の方こそ謝罪しなければなりません。……アリシアお姉様が妹のように大切にしている貴女に私の方こそ、嫉妬していたのです。私が対抗しなければこのような事にはならなかったはずです」

 

 ここに至ってようやくウィーシャとイレインは対決ではなく和解の道を歩めた。

 二人とも妹のポジションを取られるのは嫌だったが、それ以前にアリシアに嫌われてはどうしようもない。

 そして聡い二人は失った信頼を取り戻すためには協力する必要があるとわかっていた。

 

 「どうしましょう……このままアリシア様に距離を置かれちゃったら」

 

 ウィーシャの言葉にイレインはぞっと背筋に冷たいものがはしった。

 

 「冷静に……なりましょう。きっとお姉様が求められているのは私たちの反省であるはずです。お優しいお姉様が、そんな、距離を置かれるなんて……」

 

 嫌な想像が脳裏に閃き自然と拳に力が入る。

 人形のように整った顔が青ざめている。その様子はとても冷静になれていない。

 ナザリックでの料理教室で自分のことをアリシアが避けていたのをイレインはもちろんわかっていた。

 だからこそ料理長を唆して側にいられるようにしたのだ。

 この想いを枯らしてしまっては創造主であられる至高の御方に合わせる顔がない。

 命じられた求められるままにこの身はあるのだ。今は遠い創造主の言葉に従える自分は何と幸せ者だろうか。

 今のナザリックではパンドラズ・アクター以外自らの創造主の命に従うことはできない。

 一度創造主の命じた言葉に従う甘美な快感を知ってしまったイレインにはどうしてもそれを手放すことはできなかった。

 そんなイレインの様子に気がつかないほどにウィーシャにも余裕はない。

 あの事件以来、甘えてばかりの自分にアリシアは疲れてしまったのではないだろうか? 

 

 「もともと……アリシア様は旅がお好きで……私が無理に引き止めて」

 

 口の橋から洩れるようなつぶやきはウィーシャの悩みの一つでもある。

 母やユーイチ、そしてアリシア自身からも聞かされていることだがアリシアは旅が好きだ。新しいものに触れることを何よりも喜びにしている。

 だから故郷を出て、海を渡り、ここまでやってきたのだ。

 そんなアリシアがここに長くとどまってくれている理由は自分にあるとウィーシャは気がついていた。

 傷ついた自分に責任を感じて側にいてくれている。

 そんなアリシアに甘え続けていた自分という荷物を下ろしたくなったのではないだろうか。

 イレインとウィーシャは二人して青ざめて立ちすくむ。

 そんな様子をアリシアが直視していたら我慢できずに抱きしめていただろう。

 思考が硬直して同じところをぐるぐると回り始めた頃、ようやく扉が開き、タオルを巻いたアリシアが脱衣所にでてくる。

 

 「……二人とも。反省した?」

 

 どこか硬いアリシアの言葉に二人は頷いた。

 

 「は、い。お姉様」

 「っぁ……、ん、は、ぃ」

 

 イレインのかろうじて出せたような返事に自分も声を出さなければとウィーシャは口を開こうとするがどうしても涙声になってしまいそうで一言返すので精いっぱいだった。

 もういっぱいいっぱいの二人を前にしてアリシアのほうは自分を抑えるのに苦労していた。

 予想以上の二人の沈鬱で悲しみにいまにも崩れ落ちそうな雰囲気に慌てて謝ってしまいそうな自分をなんとか押しとどめていた。

 ここで甘やかしてしまうから……だから私はお姉さん失格なのだ。

 かつての数々の失敗が頭をよぎる。

 

 

 故郷の村で子守りをしていた時のこと。

 旅の中で面倒をみていた弟分たちのこと。

 そしてウィーシャやイレインのこと。

 

 

 自分のどこか甘やかしてしまう心が姉としてはダメなのだ。

 時には鋼の精神で厳しく叱らねばならない。

 

 

 ──でも、この二人。もういっぱいいっぱいよ?

 

 

 珍しく不安そうな、心の底から心配している声をだす自分に心が揺らぎそうになる。

 だがダメだ。今回はウィーシャとイレインが悪い。

 

 「ん。もう、喧嘩はダメだよ? 仲良く……してくれる?」

 

 もはや言葉もなく頷く二人は普段より一回りも二回りも小さく、子供のように見えた。

 こんな子たちに私は何をしているんだろうか。

 

 

 ──私は、なにを……ぁれ?

 

 

 「うん。じゃあ、二人とも一緒にお風呂に入ろうか。私が背中を洗ってあげる」

 

 

 ──え? あ、え?

 

 

 急に裏返った自分に気がつくのが遅れてアリシアはポカンとした声を表の自分に届けるしかない。

 二人を両手で抱きしめながら表になった自分は舌をだした。

 しょうがないじゃない。無理して大人ぶる私は私じゃないし。この子たちを抱きしめられない私は私じゃないんだから。

 無理してんじゃないのと今度は逆にハンマーで叩かれてしまい思わず怯む。

 裏に回ってしまったアリシアは狭い中三人でお風呂に入る様子を意気消沈したように眺めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 十頁~LETSPARTY!~

   温かいmono 終




以上十頁でした。

いかがでしたでしょうか?
一部いろいろと書き方を試してみたりしているのですが気がつかれたりしているのでしょうか?

多重人格というよりは並列思考なアリシアの表現もずっと悩んでいます。
心のーとか影のとか、裏とか、内心とか。
いろいろ変えてしっくりくるものを探している感じです。

次回でLETSPARTY本番まで行ってそこからリザードマンと魔樹までいけたらなぁと思います。

またお読みくださったら大変嬉しく思います。

ここまでお読みくださって誠にありがとうございます。

アリシアとの戦いがみたいキャラはいますか?

  • アインズ(モモンガ・鈴木悟)
  • アルベド
  • シャルティア
  • コキュートス
  • アウラ
  • マーレ
  • デミウルゴス
  • 戦闘メイド(末の妹含む)
  • 蒼の薔薇
  • ガゼフ・ブレイン・クライム
  • 帝国四騎士
  • 武王
  • 番外席次
  • オリキャラ

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