ガリアと隣国ゲルマニアの国境付近に位置するアルデラ地方、そこに沿うように埋め尽くされた森林地帯、通称を黒い森と言う。
その近隣に位置するエギンハイムという小さな村から通達されたのが今回の依頼。
黒い森の一角を占拠しているという人間とは違う生き物、背中に翼を生やす翼人と呼ばれる集団を討伐するというのが今回、タバサに下された任務の内容であった。
名称通りの翼を用いて自由に空を舞い、貴族の扱う系統魔法すら敵わない先住の魔法を行使する者たち。
それが1人だけでなく何人もの集団を形成しているのだから、何の闘う力も無い村人が束になったところで勝てる筈も無い。
村民の生活秩序を脅かす者として危険視されているそんな集団をタバサは1人で討伐しなくてはいけないのだ。
「しかし、この依頼はどうも気になるな」
『と、言うと?』
羊皮紙を眺めるジークに霊体化してついていくジャンヌがくびをかしげる。と、アストルフォが口を開いた。
「住み着くにはそれだけ時間がかかるんだよ。翼人がどんな技術を持つにしろ、流石に子供が一日で産まれるわけでもないだろうし………なのに村人は森に住み着いた時点ではなく住み慣れた頃に依頼した。多分だけど、元々は翼人が先に住んでたかうまーく共生してたんじゃないかな?」
が、村人か翼人か、どちらかが増えすぎて共生出来なくなったか……。
「あるいは欲を張った人間が翼人の巣にしてる木を狙ったとか、騎士達に殺させてその死体を売ろうとしてるとか、かな……」
「そういうのは、あまり考えたくないな……」
アストルフォの言葉にジークが顔をしかめる。
人は邪悪でないとジークは思っている。だが、間違えないとは思っていない。時に間違え、誤り、それでも正しい道を見つけられると信じている。
が、それが人が悪をなさない理由にはならないと理解もしている。
「あ、見えてきた………ん?」
「もう始まってる………」
村が見えてくると翼を持った者達と地面を走る者達が戦っていた。あれが村人と翼人なのだろう。タバサは一足早く飛び降り二つ名の由来である吹雪を放った。
「俺達も行くぞ!アストルフォ、悪いが……」
「傷つけないように、でしょ?解ってるよ」
アストルフォはヒポグリフを霊体化すると槍を取り出す。
「てぇい!」
「ふっ!」
ジークはアストルフォの剣を複製し、文字通り人外の膂力で振るわれた剣と馬上槍は暴風を生み出し空を飛んでいた翼人達を揺する。
「くっ!?何者だ!」
「構うな、敵だ!枯れし葉は契約に基づき水に代わる力を得て刃と化す」
翼人が呪文を唱えると落ち葉が浮かび上がり刃のように鋭くなり襲いかかってくる。
「させません!」
が、ジャンヌが旗を振るうと葉の刃はあっさり弾かれる。
「枝よ、伸びし枝よ我が敵を捕らえよ………!」
「…………」
動物のように伸びてくる枝に対してジークは雷を放ち枝を焼き払う。が、翼人達は引く様子はない。
「どうするの、マスター?」
「向こうが満足するまで付き合おう………」
と、ジークが言うとアストルフォとジャンヌが仕方ないというように肩をすくめる。
「仕方ないなー。じゃ、行こ───」
「やめて! あなたたち! 森との契約をそんなことに使わないで!」
「ん?」
アストルフォ達は声の主へと視線を向ける。そこには、亜麻色の髪が美しい翼人が、空からゆっくりと降りてくるところであった。純白の翼を広げ天から舞い降りる、そのさまは、背中の翼もあって天使と錯覚しそうだ。
「アイーシャさま!」
アイーシャと呼ばれた美しい翼人を見た他の翼人たちに、動揺が走る。どうやら翼人の中でもそこそこの立場にある者のようだ。ひょっとしたら女王なのかもしれない。
「…………」
ジークは剣を納めようとするがタバサは呪文を唱え始める。ジークが止めようとするがその前にタバサに向かって飛びかかる少年がいた。
「お願いです!お願いです!どうか杖を収めてください!」
緑色の胴衣に身を包んだやせっぽちの少年が、杖を握るタバサの右腕を両手で握り締めていた。
タバサが魔法の邪魔をされている内に、アイーシャは大仰な身振りで仲間たちに手招きする。
「ひいて!人間と争ってはいけません!」
その言葉に戸惑いながらも大人しく引き下がる翼人達。やはり彼女は翼人達の中でも立場のある人物のようだ。そのアイーシャと見つめ合う少年。アイーシャは悲しそうな顔をして去っていった。
「ははぁん、成る程ねぇ………少なくとも相思相愛になるだけの時間はあったのか」
アストルフォは一人納得したように頷く。
「……!啓示がありました。今回の件をうまく片づけるには、彼等の協力が必要です」
ジャンヌもまた彼等を見ていた。
「…………」
タバサはそんなジーク達を見る。翼人達は追い払ったが、殺す気はなかった。自分が殺そうとすれば、邪魔をするのだろうか?
一人でやってきたのは何時もの事だが………
───これより我が剣は貴方の剣だ。あの人や、俺の友のように一級の使い魔になれるとは言い切れないが、よろしく頼むマスター───
「……………」
所詮は口約束だ。今までだって、自分より強いと思える相手とも戦ったことはある。自分には、どうしても任務を成功させなければならない理由がある。
ギュッと杖を握る手に力を込めるタバサ。そろそろ腕に飛びついてきた男に退いて欲しい。と、その時──
「すまない、タバサから手を離してくれないか?」
「あ、あなた達は国の騎士様ですね?お願いします、彼女達にもう何もしないでください!しないというまで、離しません!」
「ヨシア、この罰当たりが!騎士さまの腕から手を離せ!おまけに魔法の邪魔をするとはどういうことだ!」
と、タバサの腕にしがみついていた男ががっしりした体つきの男に殴り飛ばされた。
「タバサ、怪我はないか?腕は、赤くなってないか?」
「…………うん」
ジークの言葉に握られた腕を確認するタバサ。樵の村にしてはひょろい男だったし、見た目通り力は大して無いようだ。と、その時男を殴りつけた男が話しかけてきた。
「俺はサムといいます。もしや騎士様で、良いんですよね?」
「ガリア花壇騎士。タバサ」
「みんな!騎士さまだ!お城から花壇騎士さまがいらしてくれたぞ!領主さまはちゃんとお城にかけあってくれたんだ!」
サムの言葉に村人の間から歓声が沸いた。
「じゃあ騎士さま。あの鳥モドキどもを早くやっつけてくださいな」
「待ってくれ。その前に聞きたいことが───」
と、ジークが言い掛けたときキュルルゥという音が聞こえた。音の発生源はタバサの腹。
「空腹」
タバサはポツリと呟いた。
タバサ達は村へと案内された。村長の屋敷の一番いい部屋に通され、目の前にありったけのご馳走が並べられた。
「騎士さま、よく来てくださいました。翼人たちが森の木を切るのを邪魔してきて、村の一同ほとほと困り果てていたのです。このままじゃあ冬を越せないだろう、と。領主さまに翼人退治を頼んでも、なしのつぶてで。でも、騎士さまが来てくれたならもう、安心です。本当に来てくれて助かりました。ありがとうございます」
「冬を越せないのにウチのタバサとルーラーが食いしん坊でごめんね」
ペコペコ頭を下げる村長とサムと言う青年はアストルフォの悪意無い言葉に固まる。
「あ、えっと………すいません遠慮するべきでしたか?」
食べる手を止めばつの悪そうな顔をするジャンヌ。タバサも途中で手を止めていた。
「いえいえそんな!食糧にはまだまだ余裕があるのでお気になさらず!」
「良かった。全然足りなかったところ」
「待ってくださいタバサさん。遠慮してるのかもしれません、やはりここまでにしておきましょう」
ジャンヌの言葉に不満そうなタバサだが大人しくフォークを置いた。しかしジャンヌの細い身体にもそうだが、タバサもこの小さな身体の何処にあれだけの量が収まっているとのだろうか?
「おら!早く来いヨシア!」
と、食事が終わったタイミングを見計らったのかサムが先ほど殴った少年を連れてきた。縄で縛られ地面に転がされるヨシア。
「さっきは俺の弟が大変失礼なことを……煮るなり、焼くなり、好きにしてください」
タバサは首を横に振った。ほっとした顔でサムがヨシアの縄をほどく。
「優しい騎士さまに感謝しな!本当なら殺されても文句は言えないんだぞ………なんだその顔は!?何が不満なんだ!」
助かったというのに苦々しい顔をしたヨシアにサムが叫ぶ。そして、何かに気づいたように忌々しげな顔をする。
「お前、まさかまだあの翼人と……」
「ヨシア、あの翼人の娘とまだ……」
「村の恥だよ……」
「おにーさんあのアイーシャっていう翼人のおねーさんと恋仲なんだね」
村人達がヒソヒソ話す中アストルフォは余りに堂々と言ってのけた。理性が蒸発してるだけあり遠慮というモノが無い。
「種族の垣根を越えた愛ですか。素敵ですね……」
アストルフォの言葉に素晴らしいことを聞いたというように聖母のような微笑みを浮かべるジャンヌ。タバサは黙々と料理に備えられていたハシバミ草を食べていた。
「ヨシア!あんな鳥擬き、さっさと忘れちまえ!」
「違う!鳥擬きなんかじゃない、彼女は──!」
「彼奴等のせいで木が切れねぇ!このままじゃ俺は飢え死にだ!」
「騎士様に嘘を報告して良いのか!?本当は贅沢したいから切る必要のない木を切って、先に住んでた彼等を追い出そうとしてるんじゃないか!」
と、村人とヨシアが言い合いを始める。ヨシアの主張に嘘はないのか、彼の叫びに対する返答は拳だった。が、その拳はジークに止められる。
「家族なんだろう?俺には、親も兄弟も居ないからわからないが、家族同士で傷つけ合うのはきっと悲しいことだと思う」
「う………」
ジークの言葉に苦々しい顔をして拳を緩めるサム。ジークが手を離すと大人しく手を下げた。
「あの、彼が言ったことは事実なのですか?」
「そ、それは……その………」
「………事実なのですね」
まっすぐ見つめられ言葉に詰まる者達を見て、ジャンヌは悲しそうに顔を伏せた。ジャンヌ程の美少女が、しかも神秘的な雰囲気を纏った美少女がそんな顔すれば村人達の良心をガリガリ削る。元々自覚はあったのだ。
翼人は人間じゃないという免罪符と、このままでは冬を越せないと言う嘘を信じ込むことによって罪悪感を放り捨てていたがこうなっては騙しきれない。
「そ、それが何だってんだ!俺らは金を出して依頼した、ならアンタらはその依頼をこなせば良いんだ!」
誰かが叫ぶと直ぐに便乗し始める村人達。ヨシアはグッと拳を強く握りしめていた。
「人間も翼人も、手を取り合えるのに……何で種族が違うってだけでお互いをみようとしないんだ………」
「……………手を取り合う、か」
ヨシアの言葉にジークはポツリと呟いた。