魔法学院の正門から馬車が入る。整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。シャン、と小気味の良い音が鳴る。
王女の馬車の扉が開くと男子生徒や男子職員、一部の女子が決して一挙手一投足見逃すまいと僅かに身を乗り出し瞬きをやめる。
出て来たのは初老の男性。枢機卿のマザリーニだ。皆詰まらなそうに鼻を鳴らす。マザリーニは気にせず馬車の中に向かって手を差し出すとその手を取って今度こそこの国の王女が現れる。
白いドレスを纏った美しい女性。おお、と周囲から声が漏れる。
「ふぅん?あれがトリステインのお姫様?なんだ、私の方が美人じゃない。ねぇ?」
「人の顔の美醜については、悪いがあまり詳しくない。ただ、好みで言えば俺は彼女に関して何も知らないから、人となりが好ましい君の方が魅力的だとは思う」
「………ダーリンはどう思う?」
「?俺は何か気に障るような事を言ってしまったか?申し訳ない」
下心を全く感じさせぬ言葉に流石のキュルケも恥ずかしくなったのか顔を逸らし、その態度に気分を害したのかとジークがのぞき込んでくる。
「うー、ジークを相手にしてるとたまに子供相手に誘惑するような罪悪感に襲われるのよねぇ」
「俺は君よりだいぶ年上だが……む?」
と、不意にジークはアンリエッタを見つめる。どこか鋭さを帯びた目に、しかし王女は気づくことなく進んでいく。
「どうしたのマスター?やっぱりタイプだった?」
「ジーク君はああいった方が好みなのですか?」
「………いや、彼女──おそらくサーヴァントを連れている」
「「え!?」」
と、ジークの言葉に目を見開く二人は慌ててアンリエッタを見る。しかし二人には特に気配のようなものは感じられない。
「本当ですか?私にはとても……」
「ああ。俺の中の聖杯が反応しているとでも言うか………一瞬だけだが、魔力の流れを感じたんだ」
「聖杯が?」
チラリとアンリエッタを見るジャンヌ。やはり何も感じない。となると、クラスはアサシンだろうか?
「………ふん」
「どうした、才人」
と、不意に才人が不機嫌そうに鼻を鳴らしジークが振り返る。どうしたのかと視線を追えば見事な羽帽子をかぶった凛々しい貴族。才人は彼を睨みつけている。
「………知り合いなのか?」
才人は異世界から来たはずだが、この世界に知り合いなど居るのだろうか?不思議がるジークの服の裾をタバサが掴みルイズとキュルケを指さす。2人は頬を赤らめ羽帽子の貴族を見つめている。
「嫉妬……」
「嫉妬?成る程……」
才人はどちらかが好きなのか、と納得するジーク。ルイズとキュルケ、どちらに嫉妬しているのかは解らないが口に出すのは野暮と言うものだろう。
その夜、ルイズの部屋に客人が現れた。アンリエッタ王女だ。どうも彼女とルイズは昔馴染みらしい。公爵家とは王家の血筋だ。その上で年も近いとなれば珍しいことではない。
昔の思い出を語り合ったアンリエッタは不意に才人の存在に気づき僅かに目を見開く。
「ルイズ、彼は?こんな時間に同じ部屋なんて、恋人かしら?」
「はい?恋人?あの生き物が?」
「生き物って言うな」
「姫様!あれはただの使い魔です!恋人なんて、冗談じゃないわ!」
アンリエッタの言葉を思い切り否定するルイズ。
「使い魔?そう、貴方も……」
「姫様?」
「ああ、いえ。何でもないわ……え?」
何処か共感するような目をしたアンリエッタは直ぐに誤魔化し、突然扉を向く。
「誰です!?夜遅く、女子の部屋を覗き見するなど、出て来なさい!」
「ひ、姫様……?」
『────!』
突然叫び杖を抜くアンリエッタにルイズが動揺する中、扉の向こうからガタリと音が聞こえてくる。
「ジャック、逃がしてはなりません!」
「へ?──ぐへぇ!」
と、扉を勢いよく開き部屋の中に飛び込んできたのは、ギーシュだった。その上には白髪の少女が跨がっており、黒いナイフをギーシュの首筋に当てる。
冷たい刃の感触に顔を青くするギーシュを一瞥した後、少女はアンリエッタを見る。
「おか──マスター、どうする。解体する?」
「ほう、あれがアサシン、か。何というかすんごい格好じゃな」
オスマンは鏡に映った光景を見て笑い、対面するマザリーニははぁ、と重いため息を吐いた。
「隠業、殺傷能力、戦闘能力は文句ないのですがな。いささか精神が幼すぎる。グラモンの子息が近づいた時点で対処をしてくれれば良かったのですがな」
「まあ姫殿下を母と慕っているなら、確実に誉められる答えを聞きたかったのじゃろう」
その結果覗き見をどうするか尋ね、アンリエッタが過剰に反応し、逃げ出そうとしたギーシュを蹴り飛ばしたのが今の現状。さっさと気絶させてしまえば良かったものを。
「殺さないだけ御の字と思うしかなさそうですな」
「意外と危険な子なんじゃね、あの子」
「危険ですとも。まあ、こうして怒り心頭の貴方を前にした後となれば、彼女も見た目相応可愛い存在だと勘違いしそうですがね」
「ほほ。何じゃ、怒りを向けられる覚えでもあるのか?」
狸爺め、と内心舌打ちしそうになるマザリーニ。彼には今回アンリエッタが行おうとした行為を話した。生徒を戦地に行かせるのだ、当然彼が怒りを感じぬはずもなく、この場から走り出し逃げ出してしまいたいほどの威圧感が放たれている。ああ、胃が痛い。
「儂とて理解しておる。この国を誰よりも思う君じゃが、姫殿下には快く思われていないご様子」
「姫殿下にも、ですがな」
「揚げ足取るなっちゅーの。まあ、快く思われない故に君が人を送ると言っても彼女は信用せんじゃろう。したとしても、あの手紙の内容を君に知られるのは避けようとする筈じゃ」
「恋文………ではなく、亡命を受け入れるなどと言う寝言を書いていることでしょうな」
「絶対手紙の回収だけさせて姫殿下の手紙は燃やすじゃろ君。まあ、それに気づいている姫殿下は当然信用できる者を送ろうとする」
その結果、真っ先に自身の古馴染みが出てくる辺り、周囲の現状を把握しているのかいないのか。まあ、十中八九把握していないだろう。だからこそマザリーニの知らぬ内に『敵』に送ってしまう可能性もある。
「そうなればアルビオンが落ちた後真っ先にここが狙われる。嘗ての教え子も、今の教え子達も徴兵され、どれだけ死ぬか解らぬ。なれば1人……いや、もはや2人の犠牲ですむのならそれですませる」
「──などと納得する貴方ではないでしょう」
「うむ。しかし理解はしておるよ。気に入らんけど……これだって所詮先延ばしに過ぎんだろうさ」
「ええ。どのみち、いずれは徴兵されることとなるでしょう」
「不意打ちされる可能性が僅かに減るだけましと言うもの。そんな現状じゃ……全く長生きなどするものではない。お主もまだ若いとはいえ気を付けよ」
「はは。私が若造と?そんなことを言ってくださるのは貴方ぐらいでしょう………」
マザリーニは土産として持ってきた最高級ワインのコルクを抜くと、オスマンが杖を振り、二つのワイングラスを運んでくれる。そこに酒をつぎ、手に取り飲み込む。酒臭い息を吐き出し頭を抱える。
「現状どれだけ敵がいるか、私自身も把握しかねます。確実な味方はおりますがね」
「死体の処理をお願いできる、か?」
「虐めてくださるな。あくまで、死んだ時の話。必ず守るように命じてあります」
「ま、その辺りは信用しておるよ。君はその辺り誠実じゃ。でなければ今頃灰か肥料か肉塊にしておる」
「………笑えませんな」
「で、その懐に入れているものは何じゃ?そちらも用事であろう?」
と、オスマンの言葉にマザリーニはL字型の鉄の塊を机の上に二つ置く。さらに鉄の板を組み合わせたものの中に円錐形の鉄の塊が入った物と、その円錐形の鉄の塊単品。
「ふむ、銃に似ておるな」
「銃ですよ。まあ殆どのものは『場違いの工芸品』と呼んでいますが………『炎蛇』殿ならこれの複製も可能ではないか、そう思いましてな。私の信頼できる腕のいい錬金術師では、この穴に弾をはめ込む方は造れたのですが、片方は弾の補充がやっとでして」
「………戦争に使うのかね?」
「いえ、影に渡しております……」
ジロリと睨みつけてくるオスマンにマザリーニがそう返す。影、とはつまりマザリーニ個人的に雇った秘密裏に動かせる傭兵か……。
「悪いが彼には別の仕事を頼む予定じゃ。それは預かって、帰ってきたら渡しておこう」
「?帰ってきたら、貴方があの男を学園から離すのですか?」
「イヴが目覚めたからのぉ。多少は余裕もできた。彼ならばいざという時彼女達を守るだろうし、手紙も灰すら残さず焼き尽くすであろうよ」
「イヴ?ああ、例の使い魔ですか……動いたのですか?」
「うむ」
「………貴方が言っていた聖杯大戦、でしたかな?姫殿下の下にはアサシンがおります」
「君はこの世界でも似たようなことが起こる、と?」
「可能性としては」
「「……………」」
2人は黙り込み、再び酒をあおる。
「あい解った。此方でも調べておこう。夢として見ただけとはいえ、君より詳しいからな」
「私は、要領を得ない説明ですからな。助かります」