竜の使い魔   作:超高校級の切望

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雪風は任務に向かい女王は雪風を笑う

 聖杯。それは万物の願いを叶える願望器。

 特に大聖杯と呼ばれるそれは、小聖杯とは比べモノにならない力を宿し──というより小聖杯は大聖杯の欠片とも言える──全人類の不死化さえ行える代物だ。

 もっとも、平行世界では人の願いを恣意的にねじ曲げ悪意を持って叶える大聖杯が存在するが……。

 ジークの世界のそれは人々の人間性を歪めることを前提に、人類に不死を与えようとした。

 不死、それはいずれ人が手にすべきモノであったが、とある英霊によって強制的に持たされようとしていた。

 ジークはその際大聖杯の残った力を使い己を幻想種へと変え、神秘が失われつつある世界から去った獣達の楽園に向かったのだ。そこなら不死にする人間も居らず、大聖杯は機能を一時的に停止していた。

 とはいえ人が来れぬ場所であっても聖杯を求める者が何らかの手段で呼びだそうとする可能性もあり、そうなれば再び人を不死にしようとするだろう。故にジークは人が不死になる何万年という月日、大聖杯を抱え眠り続けた。

 

「そう言えば、召喚されるその時もジーク君は大聖杯を抱えていたはず………てっきりあの楽園に置いて行かれたのかと」

「黙っていてすまない。もう少し早く説明するべきだった」

「いえ……それより、大丈夫なんですか?」

 

 と、ジャンヌが心配するのは大聖杯にかけられた願い。人の不死化だ。

 急速な進化は歪みが生じる。故にジャンヌはあの男の願いを否定したのだ。しかし聖杯は意思など無くただ願望を叶えるだけの装置。もしや再び、と思ったがジークは笑う。

 

「安心してくれ。天草四郎時貞の願いは、あの世界に於いての願い。此方には影響はない……」

「なら良かった………」

 

 ホッと安堵の吐息を吐くジャンヌ。話についていけないタバサ首を傾げていた。

 

「聖杯って………?」

「どんな願いでも叶える願望器だ。俺はその所有者としての権限はあるが……」

 

 と、ジークはそこで言葉を区切り胸に手を当てる。

 

「……しかし咄嗟に内部に収納したからか、機能不全を起こしている」

「どんな感じなの?」

「魔術の補助に使える程度だ。使い慣れた剣の投影と、錬金術の強化だな……」

 

 昼の戦闘に使った剣は投影魔術。手に馴染んでいたからこそ、ジークでも再現が出来た。そして本来ジークが得意とする錬金術。本来は解析と破壊のみしか使えないジークも、聖杯のバックアップを使い錬金術の応用で才人の怪我を治すことも出来た。

 

「それは………」

「ん?」

「それは……心を壊された人を治す事までなら出来る?」

 

 タバサの言葉にジークは顎に手を当て考える。

 

「すまない、心の問題は俺にはどうすることも出来ない」

「………そう」

 

 希望は抱いたが期待はしていなかったのだろう、特に落ち込んだ様子もないタバサ。ジークのすまなそうな顔に気にしないでと返す。と、その時だった。窓をトントンと叩く音が聞こえた。見ればそこには一匹の梟が留まっている。

 

「…………」

 

 タバサが窓を開け、梟の足に括り付けられていた筒から紙を取り出すと梟は夜空に向かって飛んでいった。

 

「それは?」

「任務。危険……どうする?」

「俺はタバサに付いて行くよ。俺はタバサの使い魔なのだから」

 

 紙に書かれていた内容を読んだタバサはジークの瞳を見て尋ねる。その質問に、ジークは即答した。

 

「僕もジークが行くなら行くー!」

「私も、友人が危険な場所に向かうのを黙って見ているなんて出来ません」

「………ありがとう」

 

 三人とも付いてきてくれるらしい。本当は誰も巻き込みたくはないが、しかし誰かに頼れるというのは冷え切ったタバサの心を温めるには十分だった。

 

「じゃあそうと決まればヒポ君を呼ぶね!タバサと僕とジークが乗って、ルーラーは霊体化して付いてきてよ。今は出来るんだよね?」

「出来ますが………必要あるんですか?」

「ヒポ君は大きいけど四人を乗せるとなると………まあルーラーがマスターと一緒に乗りたい気持ちは分かるけど今回は我慢してよ」

「むぅ………」

 

 

 

「………速い」

 

 タバサはヒポグリフの背に乗りながら思わずと言った風に呟く。

 この世界に於いて、確かにヒポグリフはグリフォンより速いがこのヒポグリフは一般的なヒポグリフの更に上、世界最速の飛行能力を持つとされている風竜よりも速いかもしれない。

 

「あったりまえ!ヒポ君はまだまだ本気すら出してないよ!」

 

 タバサは素直に驚いた。まだ速くなると言うのか、この幻獣は。ハルケギニアに於いて追いつけるものなど居ないのではないか?そう思っている間に、あっと言う間に目的の城が見えてきた。

 

 

 

 ガリアの王都リュティスは、隣国トリステインの国境から、おおよそ千リーグ離れた内陸部に位置している、人口三十万人を誇るハルケギニア最大の都市であった。

 その東の端には、ガリア王家の人々が暮らす巨大で壮麗な宮殿、ヴェルサルテイルが位置している。この国の王ジョゼフ一世は、その中心、グラン・トロワと呼ばれる王家の一族の髪の色にちなんで、青色のレンガで組まれた建物で政治の杖を振るっている。

 そのグラン・トロワから離れた、プチ・トロワと呼ばれる薄桃色の小宮殿がタバサたちの目的地だった。

 その小宮殿の一室でタバサと良く似た青い髪の少女が居た。

 

「ふーん。今回の任務は翼人の討伐か……ま、あのチビには荷が重いだろうね!」

 

 ゲラゲラと下品に笑うのはこの国の王、ジョゼフ一世の娘。つまりこの国の王女であるイザベラだ。

 

「マスター。王家がそのような言葉遣いではいけませんよ」

 

 と、王女の自室に男の声が聞こえてくる。しかし男の姿はない。というか王女の部屋に男が居るなどそれだけで問題になる。ジョゼフ派に対立するシャルル派の連中が黙っていないだろう。

 

「してマスター、翼人とは?」

「ああ、羽の生えた亜人だよ。エルフ程じゃないけど精霊魔法を使う厄介な相手だね。しかも、今回ははぐれじゃなくて群れだ」

「ああ、ハーピーみたいなものですか。しかし、群……?失礼ですがマスター、調査はしたのですか?」

「調査?別にどっちが先に住んでようと、ここはガリア……人間の国だ。国民は人間の味方、気にするだけ無駄さ」

「………煩わしいものですね」

 

 男の声にイザベラはふん、と鼻を鳴らす。声の主自身、()()()()()()から亜人の味方をするのだろうが、今は自分の使い魔なのだ、もう少し忠実にならないものか………。

 

「そう言えば今日くる人形娘、使い魔の召喚に失敗したみたいでねぇ」

「失敗?」

「ああ、何でも人間を呼び出しちまったらしい。傑作だね、あれだけ魔法の才能を鼻にかけておいて簡単な魔法(コモン・マジック)にすら失敗するなんて!」

「どうでしょう?私とて本性は亜人ですが、人の姿を取ることが出来ますよ?」

「うっ!じゃ、じゃあ何かい?あの人形娘も私と同じような使い魔を召喚したって言うのかい……?」

「そればかりは、見てみないと解りませんね………」

「……………」

「それと、侍女達の噂話を聞きました。今回は、下らぬ嫌がらせなどしないように…」

 

 男の声にばつの悪そうな顔するイザベラ。どうやら下らぬ嫌がらせとやらを実行しようとしていたらしい。

 

 

 

 

「おお、あそこかー!」

「流石大国。トリステインの王都とは広さが違うな……」

 

 上空からリュティスを見下ろしながら感心するアストルフォ。国土が広ければそれだけ統治も難しくなる。が、ここに来るまで通過した村々は貧富の差はあれど中々発展していた。もちろんそれは辺境では別なのかもしれないが、王都を見るかぎりこの国の王は国を発展させている。

 

「ウチの馬鹿とは正反対のまじめ君なのか、それともウチの馬鹿と同じ気持ちのいい馬鹿なのか………ま、今はどっちでもいいかー」


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