矛の残照 徒華の盾   作:生野の猫梅酒

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お久しぶりです。白銀の墟 玄の月が楽しみなので更新です。


第十二章 蓬莱

 虚海を渡り東の果てへと抜けた先には、夢幻(ゆめまぼろし)の如き蓬莱(ほうらい)が存在する……そのような伝説はどうやら遥か昔から存在したようだ。

 曰く、蓬莱の家屋は全てが金銀玉といった財宝で出来ている。誰もが飢えを知らず幸福に満たされ、どんな苦しみだって存在しない至高の世界なのだとか。天仙や妖魔が老いず死なないのはこの蓬莱に湧く泉の水を飲んでいるからだとも。

 

 つまりは夢にまでみた理想郷、極楽浄土こそ蓬莱なのだと十二国の民は信じている訳だ。たまに無謀な人間が虚海へと舟で乗り出すこともあるらしいが、残念ながら誰一人として蓬莱到達どころか帰ってきた者さえいない。悲しいが理想郷は手が届かないから理想郷足り得るとでもいうべきか。

 

 でも、何事にも例外は存在する。

 一例を挙げれば”蝕”があるか。蓬莱と十二国が虚海で交わる現象により、稀に蓬莱側から人がやって来ることがある。これを海客と呼び表し、来た国によっては山客などとも呼称した。確か芳の国に伝わる仏教などは”崑崙(こんろん)”からやって来た山客の教えと聞いた。

 そして天仙、麒麟、妖魔の類もまた”蝕”に乗じて蓬莱へ赴くことが出来る。王が虚海を渡ればもれなく大惨事が発生するし、そも私のような胎果でもなければ蓬莱で姿を保てない。気軽に往来するには制約ばかりなのだが、決して蓬莱へ行くことも不可能ではなかった。

 

 なので、たまに私が蓬莱──要するに倭国へ渡るぶんには一つの不都合も存在しない。

 

「……来るたび来るたび、この国は大きく変わってるものね」

 

 目立ちやすい特徴的な白髪を隠すようにして外套を目深に被り、腰元の鈴を鳴らしながら石畳の道を行く。”はいから”と呼ぶらしい服装を身に付けた男女とすれ違い、大通りを馬の引いた神輿が騒々しく走り去るのを横目にした。あれは確か馬車といったか、十二国の世界では雁や奏くらいにしか無いらしい高級品が当然のように街中を走っていた。

 だけど何よりすごいのは、もう日も落ちて長いというのに街並みはとても明るいということだろう。なんでも”ガス灯”なる便利な灯りが開発されたらしく、単に蝋燭を灯すよりも遥かに長時間、しかも広範囲を照らすことができるのだとか。私の生きた時代にはとても考えられないような便利道具だ。

 

「これが今の蓬莱、今の倭国か……数百年ぶりだけど、今度はまた異国情緒あふれる姿になった感じね」

 

 そう、ここは十二国の世界において蓬莱と呼ばれる国の中心地。文明開化の音が聞こえた明治の時代の只中で。夢にまでみたような金銀玉の家屋なんて欠片もなく、どころか飢えもあれば苦しみもある現実の延長線な世界。

 人も、服も、文化も、倭国という名前すら変わった本当の生まれ故郷はしかし、どうしても私に懐かしい空気を感じさせて仕方なかったのである。

 私が産まれ、竜胆という名を授かり、そして王を憎むきっかけとなった土地。思う所は多分にあるし今でも忘れてるとは言い難い。そうでなければいつまで経っても”死にたくない”という一念だけで生にしがみついてはないだろう。

 

 こんなところで死にたくない、生き抜いて見返してやる──惨めに足掻いた過去から、思えば遠くへ来たものだ。

 因縁と懐かしさと。星の見えない夜空を見上げてまた一つ溜息を吐く。

 暖かい灯りとは裏腹に、吐いた息は白かった。戴ほどではないけれど、こちらの冬も寒い。

 

『台輔、これからどうされるおつもりで?』

 

 影から封香(ほうか)が訊ねてくる。

 今はもう慣れてしまったけれど、彼女は何度窘めても私を台輔と呼ぶから、やっぱりその度に古傷が少し疼いた。

 

「どうもこうもしないわ。もう少しだけ捜索して、駄目ならなにかお土産でも持って帰りましょう。今の蓬山公も喜んでくれることでしょうし、それを見た女仙たちも楽しみが増えるだろうから」

 

 麒麟とも妖魔ともつかないこの身で女仙たちにも世話になってるから、その礼も兼ねて面白いものを買っていくのは悪くないように思えた。

 現在の蓬山公はもう二十年近く蓬山に留まっている供麒(きょうき)だ。何度か会った印象では(あかがね)の鬣も見事な麒麟で、同族の中でもなお慈悲深い性格だったのを覚えている。きっと将来は彼に似た優しい王を選ぶのだろう、選んでしまうのだろう、なんてことを漠然と考えたこともあったか。

 

 まあそれはともかくだ。久々の帰郷もただの観光目的だけじゃない。一応は大真面目な理由もあったりする。

 ちょうどよく自分の使令が一体戻ってきたのを感じた。もはや長年の付き合いとなる窮奇(きゅうき)の妖魔だ。

 

「それで求堅(きゅうけん)、景麟の気配は見つかったかしら?」

『いいえ、未だ見つかっておりません。こちらに流されてから既に数年、あるいはもう──』

「ま、そうかもしれないわね……まったく、かわいそうに」

 

 思い返せば蓬山を西から東へ蝕が駆けていったのは、もう六年も前のことになるのか。

 

 当時捨身木に成っていたのは慶国の麒麟の卵果で、既に供麒が蓬山に居たのもあってか珍しく蓬山に二人の麒麟が存在するはずだった。生国に下った麒麟が死んでしまったのだから悲しむのは当然として、お世話できる麒麟がたくさん居るのは女仙たちにとってこの上ない名誉で幸せである。だから景王崩御の報せに対してしばらく追悼を捧げた後は、蓬山全体がそれこそお祭り騒ぎのように浮かれていたのが印象的だ。

 

 個人的には悲しみつつも喜ぶという態度に複雑な想いだったが、敢えて水を差す必要もないと考えて口を噤んでいた。

 

 その状況が一変したのが六年前、突如として発生した蝕によって景麟──母親代わりの女怪は麒麟より先に生まれ、性別も知っている──の卵果が流さてしまったことだ。もうすぐ生まれるはずだった新たな麒麟は別の世界へと消えてしまい、心待ちにされていた誕生は一転して悲劇へとなり果てた。

 一般に、と言えるほど例が多い訳でもないが、蝕で流された麒麟の寿命はもって数年とされている。これは麒麟が穢れに弱いせいで、たとえ悪意がなくとも獣の肉や油、血に触れてしまえば弱ってしまうことに起因する。だから早死にするし、戦争でも起ころうものなら血に酔った末、呆気なく死ぬ。

 

 なのでかつてのみすぼらしい竜胆(わたし)が生き残れたのは幸運以外の何物でもなく、まして主上を弑すという矛盾の禁忌を犯した直後に穢れで死ななかったのは本当に奇跡だ。意地汚いまでの生への執着が可能にした必然、などとは流石に言うまい。

 そんな訳だから、蓬莱に流された麒麟が生存できる確率はこの上なく低い。大抵は流されたきり発見も出来ずに麒麟は死に、女怪も後を追うようにして息絶え、次いで新たな卵果が捨身木に成る。それで終わりだ。

 

「だけど、”それで終わり”と切り捨てるなんてあまりにも悲しいもの。終わりがどれだけ悲惨であろうと、始まってもいない内に死んでしまうのは不憫にすぎるわ」

『お優しいことで。そうしてまた他者の行く末を気にしては心に影を落としていく訳ですか。自分の生に拘るならば、余計な慈悲など重石にしかならないでしょうに』

「……黙りなさい、単殊(たんしゅ)。言って良い事と悪い事の区別くらい、あなたなら分かるでしょう?」

 

 私は別に優しくなんてない。中途半端に矛盾を起こした愚か者だ。

 何事にも無感心なまま無為に時を過ごせばいずれ心が腐ってしまうから、ただ防衛手段の一環として行動しているだけ。

 血に塗れた私に麒麟(かつて)を思わせる慈悲がある? それこそ笑止千万だった。

 

『これは失敬』

 

 こちらの怒りを感じたか、くつくつと皮肉気に笑い使令がさらに影へと帰還した。

 どうやら慇懃無礼なこの妖魔も景麟を見つけることは能わずといったところか。

 

 幸いにして景麟の女怪はまだ生きている。だから逆説的に景麟もまだ何処かで生きているのは間違いないのだ。

 故にこそ、私は再び蓬莱へと戻ってきた。たとえ首尾よく彼女を見つけたとしても、いずれ麒麟は王を選定し、王のために生き、そして王のために死ぬ未来が待っているだけ。虚しい以上の言葉が見つからないが、それでも生きていれば可能性は存在するのだ。

 

 ──この私のように、矛盾と狂気に塗れてなお生存を掴み取る可能性が。

 

 だからこうして捜索している次第なのだが……正直に言って成果はあまり芳しくない。手がかりは未だ掴めず、どうしたものかと頭を抱えながら散策している真っ最中である。一応、麒麟ですらない私でも微かになら気配を感じ取れるのは昔に実証済みである。よって近くに居ながら気が付かないなんて事はあり得ないのだが、さて。

 

「もしかして──」

崑崙(こんろん)の方に飛ばされたのかもしれねぇな。だとしたらおれ達にはとてもじゃないがお手上げだ」

 

 言いかけた言葉を引き継がれ、思わず足を止めた。ちりん、鈴の音が一つ鳴る。いつの間にか少年が隣に並んでいた。

 黒髪黒目、けれど仕立てが良い服装の意匠は明らかに()()()()()()()()()()だ。明らかに浮いた雰囲気を持ちながら、上手く雑踏の中で気配を紛らわす姿に蓬莱での場慣れを感じる。そんな彼は両手を頭の上に回して”お手上げ”といった様子で肩を竦めていた。

 

「久しぶりだな、竜胆のねえちゃん。何年振りだ?」

「軽く百五十年は経ってるでしょうね。相変わらず好き勝手に生きてるようで何よりよ」

「そりゃ、そういうのがおれの性分なもんでね」

 

 屈託のない笑みを浮かべたのは延麒、六太。雁国宰輔にして胎果の麒麟だった。

 本来ならばこのような土地であう相手ではない。けれど彼に限って言えば例外もいいところだ。

 

「また王宮を抜け出してきてこんなところを歩いてるとは思わなかったけどね。もう少し立場に相応しい慎みでも覚えたらどうなの?」

「おいおい、それを言ったら『麒麟だって辛くなったら逃げ出す権利がある』なんて言ったのはそっちじゃないか。おれはただその言葉通りに生きてるだけだよ」

「ああ言えばこう言う……はいはい、私が悪かったわ」

 

 彼は私と違って今も昔も麒麟であるし、そう簡単に国を離れるなど普通はあり得ない。だが彼とその主は随分と型破りで破天荒な性格をしており、自国をこっそり抜け出しては各地に視察の名目で遊びに行くこと多数だとか。わざわざ黄海という危険地帯すら突破して百華洞(すみか)へ遊びに来た六太が言うのだから間違いない。

 しかし、六太の場合はさらに性質の悪いことに蓬莱にまで遊びに行けてしまう。本来ならば蓬莱(こちら)へやって来た十二国の存在は姿形を保てないのだが、胎果として生まれた者は再び胎殻(たいかく)を被ることで適応できる。麒麟であるはずのこの少年が今は黒髪なのはそういう理由だ。別に黒麒麟だから、なんていう理由じゃない。

 

 どうして私の髪は蓬莱でも白いままなのだろう、などと天に恨み言を吐くのはもう飽きた。

 

「にしても、随分とこっちも様変わりしたもんだな。驚いちまったよ、まったく」

「本当にね。今じゃ大きな鉄の箱がなんとお湯の力で動くとか。確か蒸気機関車とか言ったかしら」

「ああ、あれにはおれも目を剥いたぜ。あんな巨大なのが動いて、しかも人を乗せてるんだからな。時代の変化ってのはすげーもんだぜ。尚隆の奴が見たら腰抜かすんじゃねぇのか?」

 

 二人して顔を見合わせ苦笑してしまう。お互い生まれた時代は今より遥か昔だからか、こうして変革していく故郷を目の当たりにすると文字通りに年寄りみたいな感想が出てきてしょうがない。まあ、事実として年寄りなので何も異論はないのだが。

 彼とはこうしてたまに蓬莱で出くわしたりしては、それなりに会話したり一緒に見て回ったりする仲だった。その度に変化に驚かされたり、戦争は嫌だなんて愚痴を零したりしたものだが、今回はまた議題が違う。柵に腰かけている麒麟の目的も同じなのはもう知っている。

 

「それで、本当に崑崙だとしたらどうするの? 探しにでも行ってみる?」

「そうしたいのは山々なんだけどな……さっきも言ったろ、向こうはちょいと手に余る。おれたちだけじゃどうしたって間に合わねぇよ」

 

 忸怩たる様子で六太が吐き捨てた。私は黙って聞くしかできない。

 残念ながら手が足りないのは事実だった。蓬莱ならばまだしも、その数倍の広さを誇る崑崙はとてもじゃないが探しきれない。暇な私はともかく立場のある六太ではどうしようもないだろう。国から抜け出していられるにも限度はあった。

 

「なぁ、頼むよ竜胆のねえちゃん。あんたなら使令(てあし)は多いし時間だってある、割に合わないかもしれないけど、どうか景麟を蓬山に連れ戻してやってはくれないか?」

「……会ったこともないのに、随分と入れ込んでるわね」

 

 自分のことを棚に上げてつい訊ねてしまう。

 六太は苦い顔をした。

 

「分かり切ったこと聞かないでくれよ。おれたち麒麟はそうやって他者を勝手に憐れんでしまう生き物だし、どれだけ意に沿わなかろうと王を選ばないと何も始まらないって本能が知ってるんだ。どれだけないない尽くしだとしても始まる前から終わってしまう生涯なんて虚しいにも程がある。それは理解してくれるだろ?」

「そうね、理解しているわ。ごめんなさい、意地悪を言ったわね」

 

 わざとらしく自虐的な物言いだ。でも麒麟とは本当にそういう救えない生物だからどうしようもない。

 たとえ面識がなくたってひどい目に遭っている誰かを可哀そうと憐れんでしまうし、その感情に絡めとられて動けない。だというのに、どんな行動をしようと結局は天の意志に左右される器でしかないのだ。

 結論、麒麟とは損な生き物でしかない。私と六太はこの点について意見の一致を見ている。なのに胎果として流されたが最後、自分の正体すら知らぬまま早死にするなど理不尽にも程があった。

 

「私もやれるだけ探してはみるけど、あまり期待しないでちょうだいね。これだけ探しても見つからないとなれば、余程の秘境にでも生まれついたか、それとも弱ってるか……とても良い方には考えられないもの」

「恩に着る。そろそろおれも雁に戻らないと、またあいつらにどれだけ説教されるか分からないからな。いや、同族のためなら説教の一つ二つどうってことないけどよ……」

 

 そこで六太の顔が雲った。

 ……まったく、どうしてそこで悲しそうな顔をするのか。こんな私にだって分かってしまう、彼が真実大切にしているものがいったい”誰”なのか。口ではどう言い繕おうともやっぱりそうなのだ。

 

「あなたの国と、民と、なにより王様が心配なのでしょう? 私と似ているようで、やっぱり性根は真面目なのね」

 

 どうにもならない胸中の感情を持て余し、安心感とも失望感ともつかない声が出た。

 

「悪いな、あの莫迦は放っとくとすぐに変なことに首つっこみたがるからさ。どっかで下働きでもさせられてないか確認しないと、帰ったとき官吏にも合わす顔がない」

 

 困ったように笑うが、不器用な照れ隠し以外の何物でもなかった。

 

 似ているようでまったく似ていない。私も彼も王という存在を散々に扱き下ろして否定するけど、王を嫌って憎んで最後は禁忌すら破った私に対して、彼はどうであれ最後まで王を信じて死ぬことが出来るのだ。

 だから彼は絶対に私のようにはならない。もし自らが失道して、私が王を殺してしまおうかと囁いても、絶対に首を縦には振らないから。むしろいざという時は我が身すら顧みずに庇うだろう、あの氾麒がそうしたように。

 

 竜胆(わたし)六太(あなた)は違う、そんな当たり前の事実が深い溝となって横たわる。

 王嫌いの麒麟は珍しい。ましてや”王はいつか国を滅ぼす者である”なんて持論を語る麒麟は彼くらいなものだろう。だからもしかしたら、最低最悪の所業に手を染めた私に共感してくれるかもしれないと淡い期待を抱いたこともあって──どうしようもない勘違いだったと思い知らされた。

 

「まあいいわ、それなら早く雁に帰っておきなさい。景麟の捜索は私がどうにかしてみるから」

「頼んだぜ。尚隆が莫迦やってなきゃおれもすぐ戻ってくるからさ」

「そう言って、どうせ主従そろって政務机に縛り付けられるのが目に見えるけどね。あまり期待しないでおくわ」

 

 ひらひらと手を振って軽く応えておく。雁の官吏は有能だがお説教が長いとよく六太は零していた。見つかったが最後、簡単には蓬莱に戻ってこれないことだろう。

 そういえば、ここで久々に六太に出会ったのも何かの縁だ。お節介かもしれないが言うだけのことは言っておこう。

  

「ああ、それともう一つ。早く更夜に会ってあげなさい。いつまでも入れ違いのままじゃ、いずれ天に取られてしまうかも」

「わ、分かってるっての! ただ上手いことすれ違うっつーか、探しても見つからないんだよな……あいつ、まだ雁に戻って来る気はあるのかな」

「それを聞くのは私の役目じゃないわ。あなたが胸を張って国を自慢できるようになった後で問うべきことでしょう?」

 

 共通の知人である駁更夜に関しては六太と本人の問題だ。だけど今の更夜は何やら”犬狼真君”と呼称されており、引き籠りがちで姿をみせない百華仙君よりよほど黄海の守護者として知れ渡っているらしい。ただし天は意地が悪いから素直に喜んでいいかは疑問が残る。故にこそ雁に連れ戻したいなら早い方が良いのだ。

 

「そうだよな……余計な気まで使わせて悪かった。んじゃ、おれはいったん向こうに戻るから、改めて景麟のことは任せたぜ」

「任されました。でも、こんな私にあまり──」

 

 言いかけて、風が小さく吹いた。外套がたなびき腰元の鈴が小さく鳴った。月の力を借り、ほんの小さな蝕が発生したのだ。

 気が付けばもう六太はいなかった。どこまでも気儘で自由な麒麟である。

 冷たい空を見上げてぽつりと呟いた。

 

「期待するのもどうかと思うけどね……だってほら」

 

 王を選ばず普通に生きて普通に死んでしまえる方が、たとえ早死にしようが天意に左右されず幸せなのかもしれないと。

 先ほどまでとは正反対の意見を胸に仕舞い込み、蓬莱の街の夜を行く。

 

「そんな生き方、私は遠慮願いたいけども。本当はどっちの方が良いのかしらね」

 

 呟きは喧騒の中にかき消えて。

 だけども蓬莱の街並みはどこまで行っても明るかった。

 

 ◇

 

 ──結局、景麟を見つけることは叶わなかった。

 

 誓って手を抜いた訳じゃない。蓬莱どころか崑崙まで足を伸ばしてもみた。しかしそれらも無為に終わり、一年も過ぎた頃に蓬山に居た女怪が息絶えたようだ。同時に新たな胎果が捨身木に成り、これにて蝕に流された麒麟の一件は完全に決着を迎えた。

 自分の子供ともいうべき麒麟が、顔すら知らない間に死んでしまった悲しみはいかなるものなのか。私には想像もつかないが、けれど何も為せずに死ぬことの悔しさならば想像がつく。

 きっと無念だったろう。自分の存在意義すら果たせないまま、最後は本人の意志などお構いなしに息絶えるのだから。私ならば絶対に耐えられない、どころか耐えれなかったから今の私が存在する。

 

 ただ、一つだけ思うのだ。

 何も知らずに生きて死んだ景麟は果たしてどんな気持ちで短い生の終わりを受け入れたのか。

 まだ死にたくないと叫んだのか、穏やかに死を迎えることが出来てしまったのか。”始まる前から終わるなんて悲しい”という言葉すら私と六太の押し付けと言えばその通り。

 

 その心を知る者はもう誰もいない。死はどこまでも残酷で、平等で、あるいは救いになってしまうかもしれなくて。

 だからこそ私は、死ぬことが何よりも怖いのだ。




次回は珠晶を出せるかなと思いつつ、10月と11月が待ち遠しい日々です。
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