トチエメとハーロックが若いお話し。
ガンフロでシヌノラに「あんたたちデキてるの?」って疑われるトチローとハーロックは良いよねぇ、と。

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酒場にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒場の喧騒にまぎれて、目深にフードをかぶった女がひとり、静かにグラスを傾けていた。

 夜闇の色のフードの下に隠されていた眼が、ふと上がった。その視線の先に、硬質な靴音と共に背の高い男がひとり現れる。躊躇いなく椅子の背に手をかけた男のために、女はわずかにフードを上げた。月の光のような金糸がいくすじかこぼれる。ハーロック、と女のくちびるが吐息ほどに男の名をつぶやいた。

 

「やぁ、君ひとりか」

「ええ…」

「トチローが、この近くの星に来ていたはずだが。会わなかったか?」

「会いました、昨日。食事をして、すこし話をして、それから……逃げられました」

 

 男は椅子を引いて、女の向かい側に腰をおろした。

 女のグラスと同じ色のバーボンが男の手の中で揺れる。この店でいちばん高価で強い酒だった。

 

「あいつが?」

「ええ、トチローが。私から、逃げたのです」

 

 ふぅ、とくちびるを淡い溜息に湿らせ、女はテーブルの上で細い指を組む。

 

「トチローには……誰か心を交わした相手でもいるのですか?」

「なんだって、あいつがそんなことを?」

「いいえ。トチローが夢中になって話すのは、宇宙と船と銃と、それから貴方のことばかり」

 

 窓からすべりこんだ風が、ふわりと女のフードを舞い上げる。

深緑の眼差しは深く伏せられ、そろった睫毛が影を落とす。誰もがその美しさに息を止め、その眩さを直視したことを恥じ入って目をそらす。そんな女だった。その真白い頬に刻まれた傷でさえ、女の美しさを微塵も損ねることはできなかった。その美貌に血と鉄と死のにおいをまとって、女は悪魔のように畏怖をふりまき、戦場の女神のように戦士の血をざわめかせる。その美しい女が、今は深い憂いにとらわれている。さみしげに細い首を傾げている。

 

「君がそんな顔をするようになるとはなあ。わが友は大した男だったようだ」

「大宇宙の魔女とも呼ばれる私が、と笑いますか。私は、あのひとのことがわからなくなってしまった……あのひとは何を考えているのでしょう。わかっていると、わかりあっていると、そう思っていたのは幻想だったのかしら。あのひとの心には、いったい誰がいるのでしょうか。ハーロック、知っているのならば教えてください……それは、貴方なのですか」

 

 女の思いつめた顔を見つめ、男は複雑な表情を数瞬その面にただよわせた後で、視線をそらした。その口もとに、隠しきれない笑みを見つけて女は形の良い眉をひそめた。

 

「ハーロック、私は冗談でこんなことを口にはしませんよ」

「わかっている。いや、悪かった……ずいぶん昔にも、似たような言葉を言われたことがあった気がしてな。同じ答えを、君にも返すよ」

 

 男はあらためて女を見つめ、その美しい顔に、どこか遠い面影を見いだして目を細めた。

 

「そうじゃない、エメラルダス。 俺とあいつは、そんなんじゃないさ」

「そう……そうですか」

 

 女は両手にグラスを包み込み、その揺らめく琥珀色から答えを拾い上げられないかと、思案するような眼差しを落とした。途方に暮れた少女にも見える、そんな女の仕草を、男はまぶしさともいたわしさともつかない、だが穏やかな色あいを帯びた目を向けた。

 

「俺の知っているトチローの秘密をひとつ、教えようか」

「秘密、ですか・・・?」

「ああ。酔ったはずみであいつがしゃべったことがある。どこの星だったか忘れたが、ちょうどこんな酒場だった。あいつはまたしょうこりもなく女につれなくされて、やけになって飲んだくれていた。酒と名がつくのなら、どんな安酒でもかまわなかった、そんな昔のことさ」

 

 

 

 

 

 

「あんな女にわかるもんか! 男の胸の中に燃えている火がどんなものか、けっしてわかるものか! 男はなぁ、顔じゃあないんだぞ!」と呂律のまわらぬ言葉を酒精といっしょに吐き出したトチローは、急に語勢を弱めた。

「すると、だ、ハーロック……女も顔じゃあないのだよ」

 そうテーブルの上に落とすようにつぶやいた。

「あぁ、そうだな」

 あっさりとした相槌を返す友の声に、トチローは赤らんだ顔を上げた。

 

「おまえは、そうやって言うがな……俺は、俺だって、見目が悪かろうと心のきれいなやさしい女がいると知ってるんだ。聡明で知的好奇心にあふれてて、俺を芯から理解してくれる女がいるとしたら、もしかしたらその女は容姿に劣っているのかもしれん。あぁ、そうさ、きっとそういう女こそ、苦い酒に涙する俺を理解して憐みと共感を与えてくれるんだろう。だが、だがな、それでも俺はきれいな女が好きなのだ。どうしようもなく、美しい女に見惚れて心惹かれてしまうのだ。勘違いするなよ、ハーロック。たとえ醜い女だろうと、俺はその女の醜さゆえに厭うのではないぞ。俺は、俺自身の醜さに堪えられないのだ。鏡に映すように俺の醜悪さをつきつけられて、それを受け入れられるほど強くないのだ、俺は……俺は、おれは……あさましい……俺の見た目をばかにして、冷たく嘲笑う女たちと、なにも変わらない」

 握りしめた拳が、ドンとテーブルを叩いた。その手がやがて力なくほどけ、縋るようにグラスを掴む。そのグラスの向こうに、親友の端正な顔を睨みつけて、トチローはしゃべり続ける。

 

「だが、おまえはちがう。ハーロック、おまえはその女の心と生きざまに惹かれたら、容姿がどうであろうと、その女に惚れるんだろう。恋をして、愛を囁いて、抱きしめるんだろう。おまえはそういう男だ。俺は知っているぞ。……俺を友と、そう言ったように、おまえは……」

 

 ハーロックは肯定も否定もせずに、トチローの手からグラスを取り上げた。氷の溶けきった薄い酒を飲み干し、ひとすじの酔いも滲ませない眼差しを親友に落とす。

 

「それで、トチロー。 俺がそういう男だとして、おまえはそれが嬉しいのか。それとも、憎たらしいのか?」

 

 トチローは笑った。酩酊に溶けて泣きそうな顔で笑った。

 ささくれたテーブルに頬をあずけて、ズレた眼鏡もそのままに、くぐもった声で言う。

 

「さぁてなぁ……だが、おそろしくなる。俺には理解できない、俺の心にはないものを、おまえが持っていることを思い出すと、な。おまえが女だったら、俺はいつか堪え切れずに逃げ出してしまうのではないかと、思ったりするのだ……」

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、エメラルダス。クイーン・エメラルダスのただひとりのキャプテン。あいつが逃げ出したとしたって、君ならば追ってゆけるはずじゃないか。 あいつが君をおそれながら、それでも震える手を伸ばすとき、君はその手をとってやらないのか?」

 

 女は真紅の裏地をひるがえし、野生の獣のような俊敏さで立ち上がった。しおれていた花が、一瞬で咲き開くようなまばゆい変化を男は見上げた。優美な手でテーブルの上に数枚の硬貨を置いて、女ははじめて微笑を見せた。

 

「また会いましょう、ハーロック」

「ああ、また星の海で」

 

 放たれた矢のように酒場を出て行った女を見送って、男はすっかり空になったグラスをふたつ、カツンと合わせた。

 

 

 


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