「——
いつもよりふかふかのベッドで起きる。
鞄の中のベッドより柔軟すぎて体が痛くなりそうだが一日目は快適な朝だった。ちなみにキングサイズのベッドが一つだったので三人で川の字で寝た。
今日は間桐邸に行く予定があるため、午前から動くことになる。普段から午前はだらだらして、午後から部屋に出るような生活をしている
「——おはよう……ニトちゃん」
奥歯が見えるくらい欠伸をしている。
聖杯戦争だというのに呑気なものだ。
「そのパジャマ似合ってるな」
昨夜は三人でトランプをして遊んだ。順位は下から私、邪竜娘、
序盤は邪竜娘の独占の勝率だったが、中盤は盛り返した私だったがそれを見た邪竜娘が露骨にイカサマ魔術を使い始めてからはそれをいかに出し抜けて勝てるかに変わり、汎用魔術では
基本ロイヤルストレートフラッシュのポーカーや、七秒で終わる七並べなんてもうやりたくない。
「
そこで最後は罰ゲームをかけて三番勝負をした。結果は私0、邪竜娘1、
その罰ゲームこそ
「うさうさ波とか出しそう」
オレンジ色を主体とし、胸に''兎''とワッペンがされている。数年前に流行ったアニメの主人公の道着らしい。
「なんですかそれ、出しませんよ……あと私のは天空神ですからね」
私も時々、鏡の前で「あれ、ちょっとうさ耳に見える……」と思うときがある。
「まだ天空神のうさ耳は付けないのか?」
「寝るときは外してますから。変な折り目が付くと機能しませんし」
礼装とは絶妙なバランスの中で保ったものだ。さすがに折り目がついた程度で効果が消えるわけではないが、天空神への信仰心から成り立っているため、その折り目によって先端が空を向いていない状態になるのが不味いのだ。
「……可愛いな」
「——わぁ。もう、いきなり撫でないでくださいっ」
「普段、礼装付きなのに見慣れてると珍しくてな」
「だからと云って淑女の頭を軽々しく触らないでください」
「次からは重々しく触るとするよ」
「なんですかそれ……」
思わず撫でられた部分を両手で重ねてしまう。
撫でられた記憶など生前にも無い。
高貴な血筋であった私は存在自体が天に近いとし、触れることすら憚られるような生活だった。両親とは幼少より離れて育ち、仲が良かったのはお付きの年老いた侍女くらいだった。
「準備するか」
「はい」
邪竜娘はすでに起きて隣で朝のニュースを見ていた。
「虫除けスプレー、不死避けスプレー、悪神避けスプレー……完璧だな」
会社かなにかだろうか。
「杖もあるし財布も持った、よし行くか」
「ハンカチとティッシュもですよ」
「お前は親かなにかか」
「
エジプシャンジョークである。
テレビ部屋に移動して邪竜娘に声をかける。
「結界を張ってるから、誰も来ないと思うがなにかあったらすぐ呼ぶんだぞ」
「わかってるわよ……ん」
邪竜娘が手のひらを差し出している。
「ん……あぁ、寂しいんだな」
「——違うわよ! お金よお・か・ね!お菓子と課金とゲーム買いに行こうと思ってるからちょーだい」
「そ、そうか……いくらだ……」
「んー、その中の半分でいいわよ」
「わかった……」
どことなく悲しそうな相を浮かべながら
「ありがと。気をつけなさいよ」
①
「——あんな風に甘やかしてばかりじゃダメですよ」
外は昨日より小振りな雨が降っている。
半壊した傘は捨て、ホテルの一階で傘を買ってから間桐邸に向かっている。
「いや、わかってるんだが……あいつにとってはあれが楽しいことだったりするからな」
「それでも限度があるんじゃないですか?」
「限度なく楽しむのが、一番いいことだと考えてるからダメだとは思っていない!」
「しょうもない胸を張らないでください」
はぁ、とため息を吐く。
それと同時になんとなくわかってしまう。サーヴァントとは寿命や死因を踏まえてもすでに一生を終えた存在。終わったと知りながら、心の中で当時の高鳴りを記憶しているのだ。
だから、いくら見知らぬ現代だとしてもいつか飽きがくる。
「ふむ、幸運だったのかもしれませんね」
「なにが?」
「
「いささか財布と見られてるのは否めないけどな……」
「——安心してください! 私が受肉すればきっちりさせますので!」
「頼もしい、安心だな——」
時間にして一刻、間桐邸が見える坂下へと着く。
やはり、というべきか忌々しい気配は感じられず無人の邸が存在していた。本当にいないのか、それとも気配遮断をしているのかは読み取れない。
「——宝具級の隠蔽道具を保持していない限り、サーヴァントの気配はありません」
「マキリは寄生型の蟲を使う。本人はいなくとも蟲が残っている可能性があるから注意するんだ」
「あの蟲、ですね。私たちの半径ニメートルに三重結界を張っておきます、くれぐれも離れないように」
「わかった、頼んだぞ」
小さな動きも察知するもの。敵意、害意を知らせるもの。一定以下の外部からの魔力を遮断するもの。半径ニメートルに留めることで、純度を高め確実性を持たす。
例の教会ほどではないが、大きな鉄の門扉を開け放つ。錆び軋む音が鳴り響くと館の上から烏が飛んだ。
『……趣味がいいとは思えませんね』
『外道の法で五〇〇生きているんだ、感性がおかしくなるのもしかたない』
五〇〇年の妄執、
『一階は特に無し、か。先に二階に行くぞ』
一階にはリビングと思わしき部屋、キッチンなど普通の住居が広がっている。
赤い絨毯が敷かれた階段を登る。
『奇妙だな……』
『と、云いますと?』
『ここの家には少なくとも三人が住んでいたんだろう? 普通の家庭であればこの規模で十分だ。間桐邸はアインツベルンに及ばずとも由緒ある魔術一族。
二階部屋最後の部屋に入る。
扉に掛けられていただろうネームプレートはまるで削られたように読めなくなっている。
「女の部屋か……」
薄桃の掛け布団と枕脇に人形が飾られ、小さなテディベアは耳に赤いリボンが付けられていた。
そして、なぜか布団の匂いを嗅いでいた。
「なにしてるんですか……」
「いや、温かければまだ近くにいるかもしれないと思ってな」
『いるわけないじゃないですかっ!』
思はず、咄嗟に念話で叫んでしまう。
なんだか最近、少しずつ
「——ニトちゃん、それ」
本棚にあった適当な本を手にとっていると
「——穂群原学園」
「あのセイバーのマスターも確か……」
「ええ。玄関先に置かれた鞄に穂群原学園とローマ字で刺繍されたのをこの目で見ています」
「名前は?」
「——"間桐桜"……娘でしょうか」
「桜……?」
「覚えがあるのですか? この国にも同じ花があると記憶していますが」
「昔会った魔術師の一人に、その名前の娘がいてな。ただその子供は
「間桐じゃない、ですか。同姓同名か、はたまた——」
「養子に出されたか。魔術社会では当主は一人の子供に専念して己の魔術回路を受け継がせる、というのが基本だ。この国の一般家庭で養子は珍しいが、魔術社会では珍しくないからな。それに間桐が受け入れるほどとなれば……」
「その才能、もしくは持っていた
「マスターの可能性もある。それにマキリが虚数魔術ではないのは確定しているから、その女が虚数魔術の使い手の可能性は高い」
「まだ学生の少女ですか……」
「思うところがあるのか?」
「いえ……その、私が生きていた頃より魔術師は下品になったと思いまして……」
私が生きていた時代は、
正直、私には理解はできても受け入れることは到底不可能だ。
万人に不必要な
「——全くもってその通りだ」
「
かつて、魔術は過程ではなく手段だと云っていた。
「——お喋りはここまでみたいだな」
「——ええ、入ってきましたね」
館前に感じる強力な気配。間違いなくサーヴァントが一体いる。
「どうしますか?」
「セイバー組なら話を聞こう。それ以外ならば相手が攻撃態勢に入り次第戦闘に入る」
「ですがこの気配はおそらく——セイバーではありません」
あの騎士から感じられた神聖な雰囲気を捉えることができない。それならば別のサーヴァント、邪な気配がしないことから正統な。
「マスターは俺が相手をする。ニトちゃんは敵を近付けないように対処してくれ」
※まだ後書きが書けてません><
一週間前に書く予定だったのですが忘れてました。次話までには書き出しておきます。m(__)m