『——新都周辺で起きた''ガス漏れ事件''。市は都市ガスが漏れた疑いがあると専門家立ち合いのもと捜査を進め、配管等に穴がないか調査しています。また、原因が判明するまでの対処法として、ガス特有の匂いがすれば屋内の場合は火元を断ち、すぐに屋外に退出し緊急機関に通報を——』
無機質なアナウンサーの声が居間に響く。やけに静かに感じる部屋にはセイバーのマスター、衛宮士郎、セイバー。アーチャーのマスター、遠坂凛、アーチャーの四人が集まっていた。凛が士郎の家に滞在するようになってから騒がしい生活が続いていたが、今は全員の顔が神妙である。
セイバーが飲んでいるお茶と、次のニュースに入ったアナウンサーの声が嫌に耳に入る。
『次のニュースです。今月2日から起きた''冬木通り魔''事件に依然進展はなく、警察は周辺宅に聞き込みをしていますが犯人の目星は未だついていないということです。遺族からは「はやく捕まえて欲しい」との声が上がり、警察は不審な人物が写っていないか監視カメラを調べ——』
「……冬木もずいぶん物騒になったわね」
柱に背を持たれ座っていた凛が云った。
「最初は私という魔術師の足がかりにしようと思ったんだけど、初めから出鼻をくじかれて」
思い出すのは隣で同じように佇むアーチャーとの初邂逅。まさか館の時計全てが一時間早まっていたことに誰が気付こうか。召喚の陣を敷いたときにはすでに遅く、悔いるよりも前に隣部屋の天井に穴を開けてアーチャーが落ちてきたのだ。
「学校でランサーと戦って、どういうわけか士郎を生き返らせた。で、結局何やかんや私が狙ってたセイバーを士郎が召喚したと」
「悪かったな。私のような半端者が君のサーヴァントで」
「別に気にしてないわ。どんなサーヴァントが現れても私は勝つつもりだったもの。命令を聞かないサーヴァントが現れれば命令を聞くよう教育するし、実力の低いサーヴァントが現れれば今以上に全力でサポートする。
結果的にあんたみたいなだいたい何でもできるサーヴァントを呼んで正解よ」
むしろラッキーだわ、と凛は加えた。
誰にも聞かせない、まるで独白のような言葉に士郎もセイバーとの出会いを思い出していた。
始まりは夜の校舎。剣戟の音に誘われて気付けば自分は死んでいた。なぜ生き返ったのかも分からず、白昼夢に会った気分で家に帰った。するとまた殺されかけ、彼が逃げ込んだのは蔵の中。死棘が迫る中、唐突にあたりが輝き出し、彼は運命に出会ったのだ。
「あと少し。頑張るわよ、士郎」
①
見慣れた冬木の街は、初めて
商店街を抜け、閑静な住宅街へ差し掛かる。見覚えのある日本家屋に着くと呼び鈴を鳴らした。
「いらっしゃい、でいいのか?アサシンに、アサシンのマスター」
「久しぶりだな、セイバーのマスター」
「お久しぶりです」
軽く挨拶を交わして中に入らせてもらう。
「アーチャーのマスターは来てるのか?」
「遠坂は前からここに住んでるんだ。俺が不甲斐ないばかりで、魔術の指導もしてもらってる」
「柳洞寺の一件でそれがさらに厳しくなっただろう」
「うっ、よくわかったな。あんたに借金したこともばれてこってり絞られたよ……」
「割り引かないぞ」
背中越しに上がった肩は、このあと相談しようとしていたことをよく物語っていた。
内廊下と外廊下を経由し、居間にやってきた。障子を引くと部屋にはいつか見た三人が集まっており、セイバーは軽く頭を下げた。
「やっと来たわね」
この中でも魔術世界に造詣の深いアーチャーのマスターが最初の舵を切った。
今回集まったのは他でもない、マキリの杯について。あの老翁をどうにかせねば通常に聖杯戦争を運ぶことはできず、また聖杯の行方も知れない。そのため、一度不可侵を敷いて聖杯の有無を確かめてからまた始めると言ったものだが状況はこちらが把握しているより芳しくなかった。
「小聖杯——イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが捕らわれたか」
二人によると、やはり間桐桜が虚数魔術の使い手であることは正しかった。詳しくは説明されていないが、遠坂家には元来二人の愛娘がいた。普通の一家であれば二人は平等に愛を受けて育まれるはずが魔術家系ではそういかず、一子相伝の風習のまま同じ御三家の間桐へ養子に出された。アーチャーのマスターは知らなかったようだが、間桐の館に訪れたときに見た地下室は彼女のための修練場であったそうだ。聖杯戦争が始まってすぐ、間桐桜がライダーのマスターであると判明。それを知ったセイバーのマスターは間桐桜に不戦条約を結ぼうとするが、義兄——間桐慎二によって間桐桜が人質に取られてしまう。アーチャーとそのマスターの助力もあって、なんとか窮地から脱したようだがその一件から少しずつ間桐桜はセイバーのマスターから距離を置き始めた。違和感を感じたセイバーのマスターだが、そういうこともあって引け目を感じ深く追求しなかったようだ。
「桜はたぶん、虚数魔術を暴走させられてる。ただでさえ正体不明な魔術属性を間桐なんか性根から腐った奴に利用されたら、聖杯に辿り着くまでに私たちがやられるわ。
聖杯は柳洞寺の地下にある。上空から奇襲をかけることもできないから、取れる行動は正面突破だけ」
古地図だろうか、色の褪せた地図を座卓に広げた。
「柳洞寺の麓には10年前の大災害で空いた穴があるの。一般人が立ち入らないようにそこは封じられてたんだけど、そこは今人除けの魔術で仕切られてる」
「それであの影が……」
近くに本体があったからこそ、あそこ一帯を覆うような影が襲って来た。さらに
虚数魔術について話しているとアーチャーが口を開いた。
「あの虚数魔術は影を主体に触れた空間を抉り取る。おそらくだが、直接触れたものだけではなく私たちの影をも喰うだろう。影は肉体があっての影だ。影が喰われれば、私たちの肉体も奴の口の中だ」
私たちは影を踏まれても痛みを感じることはない。アーチャー云いたいのは、つまりそういうことだろう。
「それだけじゃない。俺の使い魔があそこに竜牙兵を見た。ただの骨兵ならまだしも、大量の竜牙兵になると君たちの手に余る。地下洞窟に密集されるとなればサーヴァントでも一掃するのには時間がかかる。宝具を放てば楽だが、それは虚数魔術に頼みたい」
「——待ってくれ!あんた、桜ごと吹っ飛ばせって云うのか!?」
「既に無垢の民に被害が出ています。あなたがやるべきことは今、早急にこの事態を収めること。間桐桜が操られていようが解決するのがこの戦争に参加している責務では?」
「でも——いや、ダメだ。そんなことは絶対にさせない——!」
「——フ」
「
「なんでもないよ……そのための宝具だろう?あの影を乗り越えて君が助けたい間桐桜の下に行くには、どのみち彼女たちの助けが必要になる。あれを生半可な気持ちで乗り越えようとしないほうが良い、影といえどれっきとした悪意だ」
「……」
「セイバーに渡した霊薬はまだ残っているのか?」
「あ、ああ。大切なものだからって云って、奥にしまってる」
「出し惜しみは厳禁だ。セイバーも、俺が云うことじゃないが必要あればすぐに宝具を切ってくれ。君が敵になるのは、うちのニトちゃんでは敵わない」
「またですか
私に反応もせず
「竜牙兵はニトちゃんの使い魔で抑える。虚数魔術と交じった悪意も神殿を展開したら弱まるだろう。それでも影自体が退くわけじゃない。そこから先は君たちでやるんだ」
竜牙兵は基本的に作り手の命令を忠実に聞くだけだ。『侵入者を排除する』という短調の命令下ならば私の使い魔でも十分だ。メジェド様ないし、身体が小さい黄金スカラベならば優勢的に戦うことができる。
「あなたはどうするのよ、アサシンのマスター」
「俺は聖杯の中にあるものを処分する。神霊レベルの悪意が溢れてくれば、この冬木どころか、国単位で混乱が起こる」
「……セイバーから話は聞いていたけど、そんなにやばいものなの?」
「まあ、ここにいる面子があれの本体を消滅させるとなれば霊格が高いセイバーが、自身の霊基も犠牲にして宝具を打たなければならないな」
「宝具って……彼女の正体を知ってるの?」
「
「……っ」
「人外の臓器を移植し、並外れた力を得た存在を何人か知っている。
たとえば、『ニーベルングの指環』の英雄——ジークフリート。彼は悪竜ファーブニルを討ち倒したことにより、その身に血を浴び不死となった。結果ヒイラギの葉が付着していたことにより背中に弱点ができ、殺されることとなったが死ぬまで竜の如き力を持っていたのは真実だ。
そして、君の心臓は竜種が持つ特有の拍動と似ている。一つ動けば周囲を圧するような、小さな幻想種を脅かす最強種のものだ。竜の成り代わりなのであれば、そうであっても何ら不思議じゃない。だが、なぜ心臓のみが竜種なのか?それは、竜種の根源が齎す魔力製出器官を求めてのことだろう。マスターが素人であった、準魔法級の竜種の心臓を聖杯が再現しきれなかった。
「それは——っ」
「なにより、俺は幻想種のもとに赴き続け、その拍動を持つ竜種は一体しか会ったことがない。
君の心臓は、
——『ウェールズの赤き竜』ア=ドライグ=ゴッホのものだろう?
アーサー・ペンドラゴン——いや、女名にすればアルトリア・ペンドラゴンかな」
「アーサーってまさか……!」
「セイバーが、アーサー王!?」
名高い騎士王がまさかこんな少女だったとは……。先で驚いているマスター二人より表情は出さないが、私も驚いている。国が求めるのは基本的に
だが、ブリテンはその
だからこそ、
「男装することで、国をまとめたのですね」
最後まで正体を偽ることでブリテンの終わりを迎えた。ゆえに、現代もアーサー王はアーサーとして伝わっているのだ。
「
自身の正体が見破られたことにセイバーは唖然とする。
宝具を見たわけでもない——。
彼女の話を聞いたわけでもない——。
サーヴァントの夢を見たわけでもない——。
「おそらく君の宝具は聞きしに勝る聖剣——エクスカリバー。その光があれば、悪意を含む影も抑えられるはずだ」
——エクスカリバー。
アーサーがアーサー王になるより前に授かった、湖の乙女が紡いだ神造兵器。一振りで地脈を流し、世を平定させるために星が生み出した至高の剣。
「君がセイバーのクラスで、真にマスターの剣であると証明するならば掲げると良い、その名を——」
意地悪な人だ。
生き物を見ることに長けている
「いつ決行するのですか、アーチャーのマスター?」
「うぇ、わ、私?」
「そちらのほうが戦力は大きいのです。ならばそちらが最高のポテンシャルを発揮してくれる日が望ましい」
「そ、そうよね…………たしか、次の満月は明後日か……」
満月は最も魔力が活性する日である。
②
帰りしな、目の前を歩く
「……ニトちゃん?」
「あの——」
・主人公
セイバーの正体知ってた。
・クリちゃん
あぁ、なにしてんのかなぁ。なにしてんのかなぁ。
・邪竜娘
ホテルでゲームしてる。本格的に関わってくるのはステイナイトが終わってからである。
溜めて書くと後書きを書くのが大変だなぁ。