うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。   作:神の筍

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ファラお尻の夜

 

 

 

 浮ついた身体に違和感を持つ。

 泳ぐように腕を掻くがいつまで経っても陽射しは現れない。

 

 寒い、寒い、寒いと声に出そうとするが誰にも届かない。

 

 意識が朦朧としてきた。

 

 ——ああ、これは……

 

 私への贖罪なのだ。

 神が私に与えた、罪滅ぼし。

 

 生きて埋めた、私に対する罰。

 

 それでも——、

 それでも————叶うならば。

 

 誰か私の手を取ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい水を掻いた手に暖かさを感じた。

 

 

 

 

 

「——頭からうさ耳が生えている。新しい幻想種かな?」

 

 

 

 

 

 ——あなたは、誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が輝いている。

 今夜はあのときのように欠けた月ではなく、満ちたりた月だ。

 背中に芯が通ったような感覚と、月光から与えられる万能感。マスター(同盟者)からは潤沢な魔力が流れ続け私に多幸感を齎してくれる。余るほどの魔力は私をより生前に近付け、冬の夜の刺々しさを肌に伝えてきた。清んだ空気が鼻を抜け肺に貯められる。息を吐けば白い煙とともに邪念が振り払われ、成すべきことへの薪となる。

 

「杖は持った……コートも着た……靴紐大丈夫……」

 

 今夜すべての決着がつく——にもかかわらずマスター(同盟者)は遠足に向かう前の児童のようにコートのポケットに手を入れている。不必要な、いつか適当に突っ込んだ紙を握っていればくしゃりと潰してゴミ箱に放った。

 まあ、いつものことなのでいちいち云うまい。どうせ云ったところでバツの悪そうな表情と、適当な言い訳が帰ってくるだけなのだから。

 かく云う私も、なんというか……これから死線を潜ろうとする心情ではない。今夜はまだ通過点で、これから始まる膨大ななにかの始まりにすら感じる。それはおそらくまだ決まってもいない聖杯戦争後のことで、私は甘くも先のことを考えてしまっている。奥底にしまうように頭を振るう。頭ではわかっている、これから向かうはまごうことなく死がある場所。気を抜けば、死ぬ。

 

「箒に乗っていこうか」

 

 無駄な消費を減らすべきなのかマスター(同盟者)は鞄の中から箒を取り出す。乾いた枝の張った箒はこれぞ魔女の乗り物であると主張する。

 ホテルから歩いた路地で箒に座る。生前はキャスターの真似事をしていたがこればかりは思いつくことがなかった。製作した魔術道具といえば持っている杖と、精々日常に役に立つもの。宝具である冥鏡宝典(アンプゥ・ネブ・タ・ジェセル)はもともと宝物殿に眠っていた古の祭具であり、私自ら製作したものではない。多少の改良は加えたが、微量の神性さを感じたことから神々がきまぐれに地上に落とした物であろう。

 箒に乗っている間、マスター(同盟者)の肩を切って風が吹いていることに気付いた。風除け魔術は使わないのか、どうせ雰囲気が出るとか心地良いとかそういう理由。自然なままを愛するマスター(同盟者)は必要以上に改良を加えることはしない。

 目を瞑ったり、月を見ながら風の音を聞いているとそれに混じって鼻歌が聞こえてきた。特別音楽が好きではないため、どこの歌か知らないが穏やかな曲調だ。それこそ今聞いていた風のようで、こちらは草原を揺らす風が似合いそうだ。

 

 あ……

 

 と、声は漏らさない。

 目立ってリズミカルなわけじゃないが、それでも耳に残るこのリズム。そうだ、思い出した。

 

 これは——夢で見たマスター(同盟者)の、傍にいた女性(・・)が歌っていた曲だ。

 

 言語は理解できなかった(・・・・・・・・)。私が、言語は理解できなかった。起きれば醒めてしまう夢の、名残のように響く歌。発音しようとも発音できなかった(・・・・・・・・)、彼女が歌っていた曲。

 

 幻想が溢れ、輝いた世界——。

 

 覚えがない。

 見覚えがない。

 聞き覚えがない。

 鞄の中(・・・)の世界ではない。

 夢の中で見た世界は、すべてあの世界のことだと思っていた。マスター(同盟者)の固有結界で仕切られた先はこの世界を生きる者、マスター(同盟者)を除きただ一人理解不能、証明できない——星の内海

 

 なぜマスター(同盟者)は幻想種を保護しようとしたのか——。

 なぜマスター(同盟者)は生き物を慈愛のような目で見つめるのか——。

 なぜマスター(同盟者)は星の内海を自由に行き来できるような様子を見せるのか——。

 

 星の思惑を超えた権能は神々によって与えられる。三次元の世界を抜けた上位世界におわせられる神々は常に私たちを眺めているが、神代が終わって以降直接こちらに降りることは不可能となった。向こうの世界とこちらの世界を繋いでいた楔と鎖が千切れたことにより遥か遠くへ行ってしまったのだ。そのため、神々は自身の御使いを通して、まるで現代のテレビを見る感覚でこちらを傍観している。

 星の内海に入った以上、幻想種は自力で出ることはできない。それとは逆に、星の内海へ入ることは外に生きる者にとって不可能だ。ましてや人間など、幻想に生きていない者は知ることすらない。過去に訪れた人型がいるならば、それは心臓などを幻想種のものに変えた存在だろう。だが一つ、例外がある。星から遣わされた——精霊/星霊ならば内海に続く道を開けることができる。星の内部で結晶、精製された神造兵器を人に与えるとき、アーサー王伝説に現れるような精霊が人に渡すのだ。

 考えは戻るが、

 

 マスター(同盟者)は精霊種だろうか?

 

 ——答えは否。

 マスター(同盟者)から精霊の香りはせず、人間の気配しかない。精霊は存在するだけで辺りを神聖領域に変え、現代でいう禁足地となる。そんな人物がいればたちまち噂になり、魔術世界ではすぐにお尋ね者となる。

 

 結局、答えは出ない。出せない、が正しいだろう。なにか決定的な一つが足りず、最後は誰であってもおかしくないというひどく不明瞭な答えに辿り着く。さすがに「ファラオでした」みたいな結末はないだろうが、冷静さを心がけている私が声を漏らしてしまうような正体が隠れているのか……?

 

 そこまで考えて身体がぐんと揺れた。降下を始めた合図で、下を見るとセイバーのマスターたちが庭先でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか今の時代、箒で空を飛ぶ魔術師がいるなんて……」

 

 眉をひそめて凛がぼやいた。隣にいた士郎も乾いた笑みを浮かべており、首根っこを掴まれたまま飛んだことを思い出しているようだ。セイバーもなにか呟くように箒を見、唯一アーチャーだけが冷静に佇んでいた。

 

「作戦を確認するわ——」

 

 縁側に乗り、一段高くなった凛が云う。

 

「私たちの敵は『虚数魔術・影、聖杯に潜むナニか、不死殺しを持つライダーを中心に外見だけのサーヴァント、それを操る間桐臓硯』。聖杯に潜むナニかを担当するアサシンのマスター以外は単独行動は控え、できるだけマンツーマンで移動すること。セイバーたちには杞憂かもしれないけど、間桐は虫だけでもめんどうだわ。卵を産み付けられたら魔力が永遠に吸い続けられると思って」

 

「わかりました」

 

「死地に赴く私たちに決して死ぬなとは云わない……それでも生きて、帰ってきましょう。士郎も、アーチャーも、セイバーも、まだまだ話したいことはある」

 

 そして、

 

「——アサシンのマスターに聞きたいこともあるしね」

 

 と、赤い服のポケットから取り出したのは二枚の紙。一枚は士郎に渡した霊薬の明細書。そして——二枚目は凛の父、遠坂時臣に渡した明細書。同じ紋様が描かれ、同一人物からだとすぐにわかる。そこには''遠坂時臣''でサインされているわけではなく、''遠坂''でサインされている。つまり、当事者が払いきれなかった場合、代々その子孫が払い続けるという証。紙は痛まず、燃えず、濡れずの特殊加工で鬼の如き耐久性を見せる。魔術師は自身の名前に誇りを持つ。ぞんざいな扱いで捨てでもすれば、路傍の魔術師にでも手が渡りあっという間に借金一家と名が広がる。

 

「懐かしい一品だ」

 

 顎を手にやったいつもの癖でくつくつと笑った。

 

「明け方に会いましょ。それまでに立っていたら——私たちの勝利よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結末はわからない。

 正常に動作していない聖杯にもそれは予測できない。決めるのはただ一つ——生きるか、死ぬか。

 

 妄執に囚われた怪物。

 奇跡を悪意に染める泥。

 

 それを打ち倒す、

 正義の心を持った少年——

 お人好しな赤い魔術師——

 応えたのは、

 ——青き聖剣を携えた剣士(セイバー)

 ——錆びた心を持った弓兵(アーチャー)

 支えたのは、

 鞄を携えた奇妙な魔術師——傍にいる、太古のファラオ。

 

 存在証明(レゾン・デートル)を示す運命の夜(ステイナイト)が、

 

 

 

 今——始まった。

 

 

 

 




・主人公

……。

・ニトちゃん

同盟者の正体に迫りつつある。

・その他

どうでも良いけどレゾンデートルってのはフランス語で、英語と並んでるのおかしいなぁって感じなんですけどかっこいいから使いたかったんです……ライダー許して。



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