「穢らわしい呪い如きが、平伏しなさい」
一際強くアサシンの頭部にあるホルス礼装が輝く。輝きは染み入るように辺りを照らし、醜く前進していた泥を脅かす。それでもただの光に消滅することはないのか少し停滞させただけであった。泥は光を飲み込むように重なり合い、宙に浮いたアサシンを目掛け触手を伸ばす。しかし、横合いからアーチャーの打った矢がその姿を散らした。
「泥は聖杯の魔力から生成され続ける。依り代となった間桐桜を救い出すか、聖杯を破壊するまで止まらんぞ」
「効いていたはずの天空神の光も効き辛くなっています。時間が経てばこちらが不利になるのは確定ですか」
「仮に私の宝具を出してもせいぜい時間を稼ぐだけだな。状況は変わらん」
「わかりました。そうであるならば、私が切り札を出しましょう。アーチャー、少しの間任せました。私が今から行うことは、不浄なものが入れば不安定なものになります」
「結界のようなものと考えて良いな、任された」
赤い外套を靡かせて矢を出すアーチャーを見送り、アサシンは膝をつき地面へ人差し指を付ける。
周囲の魔力は地脈上であるから潤沢、マスターの状況はわからないがここが瓦解すればすべてが終わる。自身と繋がったパスを意識すると波のような勢いで身体に流れてくる。
「——ここに地を、
——ここに天を、
——ここに恵みを齎す太陽を。
信仰は具象化し豊穣を表す。
豊穣は富を築いて民を救う。
民は石を抜いて住処を造り出す。
神々への賛歌を持ってその対価とする。我が名は天空と冥界の化身、ニトクリス。
その銘を持ち、
ここに生きとし生けるものの故郷を——
アサシンの詠唱は生前の営みを再現するためのもの。
作り上げた神殿は鞄の中の世界に存在し、その超抜的容量を持った世界は安易に地上へは出せない。故に、ほんの少しだけ騙す。一つずつ積み上げ、まるで元あったかのように詠唱で細工を施す。本来あるはずの積み重ねは莫大な魔力を代わりとし、結果だけを召喚する半固有結界。本来の固有結界と違うのは世界の侵食ではなく、
「この場にて
黄金の神殿が現れる。
金が使われているわけではない、金に勝る砂が使われているのだ。ここはかつてアサシン——ニトクリスが女王となった、憎むべき、誇るべき世界。始まりの場所であり、終わった場所。
右手に持ったウアス杖を甲高く鳴らした。
「——その罪は重い」
刹那、再び世界は輝き出す。
しかし何故だろうか——?
その輝きに瞼を閉じることも煩わしく思うこともない。
輝きは鋭さを増し、泥とアーチャーの間へと射し込む。触腕を伸ばしアーチャーを狙っていた泥は煙を立てて溶けゆき、アーチャーの致命傷には及ばない微かな傷を癒す。
——悪に悪を、善には善を。
太古の法。単純なまでにわかりやすく、それでいて強大な力が支配していた。
「……そんなものがあるならば最初から使ってくれても良かったんじゃないか?」
神殿の頂上にいたアサシンにアーチャーが皮肉気に言った。その顔に疲労は見えるが傷はない。時機に元へ戻るだろう。
「一度出せば簡単には戻らないものなのです。強大なものはそれだけ世界に綻びを生む、固有結界ならば話は別だったんですがね」
そうか、と短く返したアーチャーは一瞬アサシンを見る。
格好は先ほどまでの姿と違い、肌の多かった魔術礼装の上に羽織のような薄いローブを纏っている。首回りには赤と白の羽根と、頭にはホルス神をモチーフにした額当てがある。足元はサンダルから金属のブーツに変わっており、間違いなく最盛期だということがわかる。
「——アーチャー」
「ああ」
「あの呪い、もはや神域に到達しかけています。これ以上魔力を込められればただ魔術師には対処しきれないものになるでしょう」
「君の神殿でも消滅しきれないのか?」
「できるにはできます。しかし、その場合は洞窟ごと焼き尽くしてしまいます。私の魔力源であるマスターはともかく、他のマスターや間桐桜は助かりません」
「それは……出来んな」
頂上から階段状に続く神殿の、街のような先に未だ泥は蠢いている。二人が戦っていたときほどの勢いはないが、消滅することなく、少しずつ地面を侵している。
「ぎりぎりまで待ちますが、無理ならば私は陽光を解放します。そのときは覚悟するよう、わかっていますね」
「それまでに決着をつけに行け、ということだな」
「ええ、この場は私に任せて行きなさい。あなたが遠坂凛のサーヴァントならば力になるべきです」
アサシンはそう言って浮遊した。神殿の柱の隙間から下へ滑空すると泥に向かって杖を振るい、さらに強力な光を浴びせる。
残されたアーチャーは逡巡したがすぐにその場から二人のマスターたちの下に向かった。
①
「この光は、アサシンの宝具……」
ライダーと対峙していたセイバーは光に気付くと声を上げた。暖かな輝きは彼女を癒す。
「——っ、何ですかこれは!?」
ライダーが着ていたローブが煙を立てる。不浄なものを廃する光はライダーの器、その中にあるものを浄化していく。
「中のものに反応しているのか——聖剣よ!」
セイバーの剣が神殿の光に負けないほどに輝く。明確な脅威を悟ったライダーは下がろうとするが足の力が抜け膝をつく。
「不死殺しを被った
地面を掴み這い蹲るライダーの前に歩み寄る。聖剣は振り上げたセイバーに呼応するかのように輝きを増す。
「——消え失せろ!」
「——ッ」
脳天から真下へ振り下ろす。振り切った聖剣の輝きはライダーの崩れ落ちた身体とともに元に戻る。
セイバーの下で落ちたライダーが唸った。
「……セイバー、桜を頼みました」
それはあるはずのない思念。
殺され、肉体を利用されるだけであった本来のライダーの意識。身体の片隅に乗っていた残照だった。
「私に頼まなくとも士郎がいる。安らかに眠れ、ギリシアの怪物よ。あなたの想いは私が桜に伝えましょう」
「……」
光となってライダーは消えていく。
最後までマスターを思い続けた彼女は、結局最後はマスターに会えず消失する。神話において怪物と称された彼女には相応しい幕切れであったのかもしれないが、最後まで想い続けた彼女をセイバーは知った。ならば、あとは全てを終わらせるのみ。
振り返ったセイバーはアサシンの神殿とは逆に位置するマスターたちがいる神殿を見上げる。
あそこに最後の戦いがある。
今も戦い続けるマスターの下へセイバーは駆け出した。
②
アサシンが神殿を展開し、陽光が降り注ぐ。その威光は腐敗した魂を持つマキリにも当然の如く届いた。
「アサシンめの宝具か、忌々しい光を出しおって。泥よ!」
泥は傘のようにマキリが作り上げた祭壇を覆う。光に当たった泥は収縮を繰り返すが淵源であるそこは無限に溢れ続ける。
「王手よ、間桐臓硯。あなたのサーヴァントはもういない。これ以上無駄な足掻きを続けないで桜を解放なさい!」
「そうはいくか。いくまい。まだ儂は敗れておらん、聖杯の完成は間近。アサシンの光が持つか、この泥が溢れるか。諦められるものか——!」
数百匹の虫が羽音を散らす。凛が撃ち落としたのは三桁に届こうとし、士郎は魔術回路を酷使しながら距離を埋めていく。どれだけ凛の才能があろうとも数の差は埋められずに開けた穴も数秒で埋まる。
「小賢しい、小賢しい!我が五〇〇年の願い、容易く覆せると思うなよ!」
腐敗、再生、腐敗、再生、腐敗、再生——、繰り返したマキリの
ガンドと宝石、そして士郎の剣の猛攻は確かな道を築き桜へと近付く。
「士郎!特大の宝石を投げるからどうにかして砕きなさいっ——
拳大半の青い宝石が覆う泥に投げられる。
「わかった!」
それは凛が用意したマキリと泥に対する切り札であった。その宝石は先代、遠坂時臣が聖杯戦争に用いるはずだった宝石の一つで、ある聖骸布で包まれた聖性を帯びた神聖な宝石。
宝石はマキリと泥の間、気を失った桜の前で宙に浮く。鈍く光る宝石は振動するかのように動き、なにかを待つ。
「今——!」
「——ッ」
士郎が幻視したのはアーチャーとランサーが戦っていた始まりの夜。剣であるにもかかわらず投擲するという埒外の戦法。やり方はわからない、だが、引き合いの強さは剣の特有の性質だと
腕をクロスさせるように動き、そのまま開いて投擲する。燕の如く舞った二振りの剣は宝石に向かって飛んでいく。途中、何十もの虫が邪魔しようとしたがガンドによって撃ち落とされた。
距離は僅か、
接地、
あとは砕けるのみ。
しかし、視えていた結果を残すことはできなかった。
剣は左右に分かたれることなくそのまま
「なにしてんのよバカッ!」
「わ、悪い!」
どうするべきか、考える間も無く不敵に笑うマキリが虫を殺到させる。
休止危うくか、二人の耳には声が聞こえた。
「未熟者だな、衛宮士郎。私ならば容易く砕ける」
鶴翼が舞う。
白黒の剣は鉄の翼となりて宝石に刺さった士郎の剣を押し、宝石もろとも砕いてしまった。
「アーチャー!」
「待たせた、凛」
砕かれた宝石は中に抑えていたソレを響かせる。邪悪を払う、清める効果がある——鐘だった。
「液体に近い泥は一部を震わせばそれは奥底まで伝わっていく。偽聖杯が桜に繋がって壊せないのなら、その中身を断つのが早い」
鐘は洞窟に響き渡り泥を震わせる。叫び声を上げるかのように動き回り、マキリの杯から溢れ続けている泥は小さくなっていく。
「凛、上の泥も——」
「——頭を下げてください、吹き飛ばします」
祭壇を上がってきたセイバーは即座に状況を把握して風を起こす。横薙ぎに払われた風王の力は頭上に落ちようとしていた泥を全て払った。
「ありがとう、セイバー」
「ええ。それよりも桜は……」
前方には手のひらを杯に翳しながら塵と化していくマキリと、その光沢が剥がれていくマキリの杯。
杯と繋がり生命の供給を受けていたマキリはその基が朽ちていくが故に枯渇し、聖杯は姿を成すことが叶わず崩壊する。
「桜……!」
根のように絡まっていた泥から桜が解放される。走りよった士郎は寸でのとこで受け止めると腕の中で横たえる。
「外傷はない、気を失ってるだけね」
額に手を当てた凛が言った。
「衰弱している。アサシンの光に当てておけ、多少はマシになるだろう」
士郎は桜の膝裏に手を通し持ち上げる。祭壇の端、階段の頂上へ来ると暖かな光に包まれる。苦悶を浮かべていた表情が少し和らいだ気がして安堵を覚えた。
「あの泥は一体どうなったのでしょうか」
「そっちはアサシンのマスターがどうにかしてるでしょ。『任せてくれ』って言った手前、失敗したら容赦しないんだから」
「あのマスターがどんな男かは知らんが、不死の霊薬を持っているほどだ。下手な時計塔魔術師よりは任せられるだろう」
アーチャーはセイバーが渡された薬と、凛と見た時計塔『
「それにしてもあのアサシン、いつまで宝具を展開しておくつもりかしら?」
「私たちが排除したのはあくまでも泥の破片、警戒しているのだろう」
本体は聖杯、即ちアサシンのマスターが向かった方にある。
主敵であったマキリを倒し、桜も救い出した。あとは胎動する聖杯内の呪いを排除するのみであり——。
「——士郎、凛っ!」
セイバーの叫ぶ声、二人はそちらを見れば同じく剣を出したアーチャーと向き合うその正体を見た。
「……黒い太陽」
「直視するなッ!あれは視界からお前を蝕むぞ、衛宮士郎!」
「一体どうして、マキリの杯は壊したはずよ!」
「器を壊しただけで中身は消滅しなかったか!」
「士郎、セイバーに宝具の解放を命じなさい!まとめて吹っ飛ばすの!」
「セイバー——!」
黒い太陽が膨張する。
今までの比にならない悪意と呪縛、ただ人類に害を成すという全きの悪。
人はそれを——
膨れ上がった悪意は津波のように彼らを呑み込まんとする。
聖剣の輝きも増すが、それ以上の速さをもって肉薄する。背後からそれに気付いたアサシンの光が当たるがもはや闇と化した悪意に光は吸い込まれるばかりであった。
「もう一度令呪をもって命じる。あれを吹き飛ばせ、セイバー!」
最後の令呪が消えた。
・主人公
……。
・ニトちゃん
オリジナル宝具よ!!!
『
ランク :A
種別 :対軍宝具
レンジ :1~50
最大補足:500人
固有結界の類ではない。あくまでも世界の上書きであり、簡単に出せるものではない。固有結界が人引き込むものならば、これは人ではなく世界丸ごと現実世界に召喚するものである。
ニトクリスが女王、ファラオであったときの古代エジプトを召喚する宝具。営みを表現し、国の法により対象を拘束する。ニトクリスが善とするものは恵みを、悪とするものは罰を与える。また、本来の魔術礼装から、この世界の範囲にいる場合は戴冠時の王族礼装へと変化しておりステータスも耐久度を除き大幅に上昇する。
これは彼女がいた本来の古代エジプトではない。
この世界を作り出すとき、彼女は自身の願いを組み込んでかつて兄弟たちを死に追いやった者の記憶、記録すべてを抹消し作り上げた。この世界こそが彼女が願った世界であり。女王として望んだ場所だった。
(オジマンさんの下位互換とか言わないのよ)
・その他
ライダーを倒した? 臓硯が消えた?
アンリマユ「 ま だ だ ッ ! ! ! 」