ファラオとはなにか——?
その単純な疑問は一見簡単に思えるが、ひどく難しいものである。
ファラオとは即ち、王。高尚な存在で、偉大な位。民を睥睨し、民は見上げる存在である。時として同じ地に立つことで歩んだ者もいたが、いつの時代も
なにはともあれ、ファラオとはすごいのだ。
「……はぁ」
と、考えながら長袖シャツにオーバーオール姿の私は腕いっぱいに持った藁を置く。
ああ、腰が痛い。これが
茶白色の藁と、少し黒ずんだ藁をわける。これ食するのは
縁の下の力持ちを貶すつもりはないが、こんなことをしていると現役の私に伝えればえらく笑われるだろう。ファラオに戻りたい、いや今もファラオなんですけどね!
「やれやれ……結局、あの夜のこともまだ聞けていません。
あの夜——聖杯戦争が終結した夜だ。
私たちアサシン陣営はセイバー、アーチャー陣営と同盟を組んでマキリや神性レベルの呪いと戦った。
すべて終わったこととはいえ、考えてしまう。だが、それよりも考え、知らなければならないことができた。——
私はどこか、
私はこれでも魔術師だ。
今回はアサシンのクラスで呼ばれたが、最適クラスはキャスター。アーチャーのマスターによると今回のキャスタークラスは神代の魔女メディアであった。さしもの私でも純粋な魔術技術で勇名を馳せるメディアに勝てるとは思っていない。ならば、アサシンのクラスは生前の行いと、触媒を用意して召喚されたのだから納得はできる。
話は逸れたが、魔術師である私は知識に富んでいる。古代に生きた私は現代の薄い神秘に生きる魔術師より具体的な知識と経験があり、活用できる方法も知っている。
しかし、それでもだ、
——私はあの言語を理解できなかった
つまり、そういうことなのだろう。
私が生きている時代よりも遥かに古い、過去・現在・未来、時空を超越した聖杯すら見通せないあったのかも不確かな————バベルの時代。
あらゆるものが繋がり、真に一つだった時代。やがてそれは天を目指そうとした人類を危惧した神によって壊されるのだがその話は今は良いだろう。今回はその言語が存在していたこと自体がとんでもないことなのだ。
『
当たり前だ、すべて神によって壊されたのだから。徹底的に。
万が一、ただの一人。もしかすればという不確定な要素、言語の起源を遡った鬼才、天才、秀才あらゆる才を煮詰めたような存在が稀にたどり着くこともあるかもしれない。
——だが違う
しかしそれが正しければ、
私が元から知っている知識と、聖杯から蓄えられた知識を含めそんな人物を私は一人しか知らない。
「…………」
険しい顔をしているのがわかる。
ピッチフォークを用いて藁をわける。これで今日の仕事は終わりだ、あとは囚牛が開けている入り口から気ままに入ってきて食べる。
結論に至る。
——否定。
結論に至る。
——再び否定。
結論に至る。
——尚も否定。
結局に至る。
——それでも否定し続ける。
だって、おかしい。
それは否定しなければならないものだ。あってはならないものだ。バベルの塔が存在していたのなら、それ以前の
彼の存在を肯定するならば、人類史の否定になる。
彼が正しいと肯定されれば、あらゆる神話体系の創世を否定される。
私たちの存在は最初から一つの神から生まれたのならば、すべての信仰の否定となる。
問わなければならないときがきた。
雑に取り付けられた木扉を開ける。
部屋の中にはいつものように邪竜娘がてれびげーむをしており、
「邪竜娘」
「ん、なに」
口にチョコスティックを加えた邪竜娘がめんどくさそうに顔だけをこちらに向けた。
「
「あー、確か……ケルピーの相手してずぶ濡れだったから洗面所じゃないかしら」
「そうですか、ありがとうございます」
洗面所、身体を流しているのですか。とりあえず行動に移した手前、ここで挫かれると酷く足がすくみそうになる。
本当に聞いて良いのか、と。
普段食事をとっている椅子に座っていると邪竜娘が、てれびげーむのこんとろーらーを布団に投げてこちらへ向いた。
「——気付いたのね?」
嫌に真を突いた言葉だった。
今更否定はしない。表情で察したのかそのまま続けて話す。
「あんたがどう思うかは知らないけど、世界には知らなくても良いものもある」
「……」
「もちろん、知っているほうが有利になることは多いけど、極稀にそうじゃないことがある」
珍しく真面目な表情をした邪竜娘が立ち上がる。
少しビクッとしてしまった、びびってない。反射だ。
肩が上がったのがわかったのか、私を小馬鹿にしながらくつくつと笑う邪竜娘が言った。
「覚えておくと良いでしょう。
たとえなにかが否定されようが、それが正しいわけじゃない。それが正しかろうが、なにかが否定されるわけじゃない。
——
ひどく不安定な世界は想像しうるすべてが存在する。それは古今東西、別世界も含めて。その証拠に私という、
あんたがあいつの正体に気付いたとしても、否定はされない」
口を噤む私に彼女は言った。
「まあ、それでも悲嘆するならば悲しいわね。せっかく暇なこの場所に弄りがいのあるあんたが来たのに、
——
①
鼻がむずむずとした。
誰かが俺のことを話しているのかな?ケルピーと戯れていたから、毛がまだついているのかもしれない。今ちょうど換毛期だから抜け毛時期は世話役としてちょっと辛い。
流し場を抜けて洗面所に出て適当に身体を拭く。追い打ちに乾燥の魔術をかけてやると完璧に乾くのでおすすめだ。予め持ってきていた下着やズボンを履き、最後に上着に手を通したときに違和感を感じた。
「ああ、そうか——」
首元、僅かに肌色の
「もういらないか」
そして、そのままずれに指をかけて上に持っていく。
剥がれていくそれはまさしく——マスク。
目元まで来ると両手で一気に抜きとった。
人は彼を、何と表現するだろう……?
あらゆる生き物すら魅了しそうな切れ長な瞳には赤薔薇が咲き、髪は冬木の街を歩いていた黒から羊毛のような白。肌も日本人の近さから離れ、雪のような感触がある。
人外の容姿からは冷たさと、すべてに慈悲と慈愛を持って抱擁せしめる交わらない暖かさを感じる。
彼を知っている人が見れば、
「やれやれ、ニトちゃんはびっくりするかな?」
顎に手を当てる。
悪戯好きそうな笑みを浮かべて彼はそう言った。
本来ならば後書きと行きたいのですがその前に……。
この作品には、なにに繋がるかは置いておき伏線となるものがいくつかあります。
一つ、主人公の正体
二つ、主人公が持つ、幻想生物が暮らす星の内海と現実世界の間にある酷く不安定な世界
三つ、邪竜娘がなぜいるか?
四つ、別世界の亜種聖杯戦争の示唆
五つ、最終話なのにまだ主人公の真名を出さないか
私が意図的に張ったものは以上です。
いくつかはすでに分かった人も多いと思われます。かなり深く答えを出しているものもあるので当然でしょう。しかし、最初のほうの亜種聖杯戦争を知る理由や、邪竜娘等完全にこちらの設定として存在しているものがあります。
なぜ未だ伏線として残っているのか、それは——