始まりは、些細な疑問だった。
「——ねぇ、マシュ。カルデアを表すこのマークはなにか意味があるのかな?」
「私も目にするのが当たり前すぎて、気にしたことはありませんでした。ですがなんとなく察することはできます。これは、
——大洪水とオリーブの葉。
旧約聖書の創世記に記される、『
「ノアって人が神様に選ばれて、舟を貰って生き残ったんだっけ」
「少し違います。ノアは神に選別されてから、その造り方を教わったのです。一から舟を造り上げたノアはあらゆる動物の雌雄を一匹ずつ舟に乗せ、大洪水が引くまで暮らしたとされます」
「へえー、すごい人なんだね。そんな人がうちに来てくれたら絶対頼りになるよ!」
「……どうでしょう。
聖書はあくまでも人の営みに対する教訓としてあるものです。発端となった聖人ならばともかく、創世記レベルならば実在性は皆無に近いかと」
「むむ、残念。神様に選ばれた人とお話してみたかったのに」
「ふふ、先輩らしいですね。もし本当に実在していたなら、神様に選ばれるほどの方です。きっと人格者でしょう」
「だよね……あ、でも神様かぁ。うちにも何人かいるけど、頼りになっても個性的な人が多いから……」
「期待は……怪しいです」
「新しい特異点が見つかった?」
人理焼却を阻止してから少し、中央室で指揮を取っていたダヴィンチの耳にそんな言葉が入った。
職員によると詳細は不明だが、次元に揺らぎが見られる。今はまだ大きくないが、その波紋が少しずつ拡大しており正史世界に影響を及ぼす可能性がある。
「データを回してくれ、私が確認する」
すぐに端末に送られて来たデータを開く。最先端技術によって空間に投影されるとノイズのように散る線図が確かにあった。
「場所は判明しているのかい?」
それが——、と職員は言い渋る。
やがて職員は困惑気味に話し出し、ダヴィンチは目を開いた。
「——地球上に、ない。だと?」
「——特異点の発生と思われる揺らぎを発見した」
マスターである藤丸立香を含め、カルデア職員、現界しているサーヴァントすべてが『疑似地球環境モデル・カルデアス』の下に集められた。中央室にいた職員はともかく、その他の作業員たちは再び特異点という言葉を聞いて騒めいた。それもそのはずで、ここにいる者たちはすべて人理焼却に繋がる七つの特異点を勝ち抜いて来た生き残り。
特異点という言葉に良いイメージはない。
「驚くのもわかる。だが、私たちがここにいるのは人類の存続を確かなものにするためだ。ならば一つの揺らぎも見逃してはならない。君たちが今もなおここにいる理由を、勇気を、私は忘れていない」
たとえ世界が知らなくとも、人類を救った功績はここにある。
「前回の人理修復の旅は逃げられないものだった。しかし、今回は別だ。人類は存続している、逃げてもらってかまわない。逃げても良い。逃避ではなく防衛はするべきだ。誰かが責めるならば、私が糾弾しよう。
去る者はいるかい?……ふむ、いないようだ」
集まった全員が見えるようにモニターを映す。
「特異点と称したが、その場所が厳密に特異点なのかはわからない。なぜならそこは本来存在していない、してはいけない場所だからだ」
「存在してはいけない場所?」
「神秘も薄れ、魔術が否定される現代よりも遥か以前。人が当たり前のように魔術を使い生活に役に立てている時代があった」
「いわゆる古代。そしてヘラクレスさんやメディアさんたちが生きていた神代と呼ばれる時代ですね?」
「マシュの言う通りだ。しかし、その時代はなにも魔術師だけが当たり前にいたわけじゃない。そこには魔術師と同様、魔力や神秘的な力を内包した生物——幻想種がいた」
近世から架空として語られるようになったドラゴンや妖精。他には巨人族なども当てはまるだろう。
「幻想種は魔術協会の地下霊墓などを除いて滅多に姿の見られるものではない。神秘が否定され、魔力が薄くなっていく世界に幻想種がとった行動は地上から姿を消すことだった」
「地上から?宇宙に行ったってこと?」
「——逆だよ。
彼らはね——
地球という星で、今もなお神代の生態系が続く場所だ」
「故に、今回は特異点ではなく別称を用いて表すことにする。
——特質点、と」
①
——この世界に外からの客人とは珍しい。なにをしに来たんだい?
人理を救った少女は彼に出会った。
幻想種に溢れる世界を自由に闊歩する彼は一体何者なのだろうか。
——
少女は見覚えがあった。
彼女はかつての旅を助けてくれた心優しきファラオ。彼女はなにも知らないが、少女はただ「ありがとう」と言った。
——うわ、なんであんたがいるのよ!
覚えていたのか、と少女は抱きついた。
最後に会ったのは決戦のとき。場所はどうであれ、幸せそうで良かったと笑った。
曖昧なままに在る不確かな世界。
肯定も否定もなく、星にすら認識されず、人類が介入できない郷里への関門。時に理想郷の代名詞とされたその地を、
——
と呼んだ。
特質点??? : 翡翠色のバベル
——AD.2019 星海巡遊楽園 アルカディア——
「あいも変わらず神は性質が悪い。
——くれるのは救済ではなく、いつだって試練だ」
くくく、愚かなりうさ耳め。
君の聖杯戦争はあくまでも序章、すべてこの物語への導入に過ぎなかったのだ……ということで、物語の進行になにか抜けている感じがあったり、若干流すような雰囲気があったのは大変申し訳ありません。自身の拙さと、能力の限界を恥じるばかりです。
オリジナル展開があまり好きではない、という方は比較的ステイナイトに沿った拙作にお付き合いいただき本当にありがとうございます。UA(読者数)を見るたびに執筆意欲をいただいて大変励みになりました。よろしければ、もう少し続く彼らの物語をお読みいただけると幸いです。
改めまして、『うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。』をお読みいただきありがとうございます。
ニトクリスが好き好きでたまらなくてなんかもうお尻とかお胸とか最高なうさ耳ファラオへの愛から始まった作品。ただニトクリスを書きたいがために作った舞台装置が未だ続くと、作者でありながら驚いております。一話も投稿していないにもかかわらずですが、続編の土台となる世界がFate/Grand Orderであり、比較的自由度の高い世界なため安心しております。また、主人公の正体を隠し続けるために「ニトクリス視点」という破天荒なことから解放されると考えると嬉しい……ごめんようさ耳。
なにはともあれ『うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。』はこれにて終了でございます。
続編作『AD.2019 星海巡遊楽園 アルカディア(仮題)』でお会いしましょう。
今までの読者様、これからの読者様すべてに感謝を。
——神の筍