時系列的にはロンドン修復直後になります。
「あぁー…つっかれたぁー……」
静まり返ったマイルームの中、渡は一人疲れきった身体をベットに横たえる。
つい先ほど第四特異点の修復を終えた彼らマスターたちは、各自の部屋へ戻って疲れを癒やしていた。
「……にしても今までの特異点もキツかったけど、今回のはとびきりだったな」
そう呟く渡の脳裏に浮かぶのは、今まで駆け抜けてきた数々の特異点の記憶だ。
邪竜ファブニールとの戦い。竜の魔女ジャンヌ・オルタとの決戦。女神との遭遇。魔人柱との激戦。大英雄ヘラクレスとの鬼ごっこ。
そして――
どれもこれも負けず劣らず困難なものだったが、今回のソロモンは特にとんでもない相手だった。
何しろ一柱でも手こずる魔人柱を四柱まとめてよこしてきたのだ。これが強敵でなくて何なのか。
当然のように戦いは熾烈を極め、なんとか勝ちを掴みとることができたものの、サーヴァントたちは既に満身創痍だった。
正直あそこで運よくソロモンが撤退していなければ間違いなくやられていただろう。
こうしてカルデアは改めて敵との力の差をまざまざと見せつけられたわけだ。
「……オレ、この先も戦えるかな」
ふと、口からそんな言葉が漏れる。
いつも言わぬようにと心の奥底に仕舞い込んでいた言葉。しかしあんな理不尽な存在を前にしては弱気な発言の一つや二つ、したくなるのが人間というものだろう。
むしろ元々一般人だった渡がここまで弱音を吐くのを我慢できたというのは奇跡という他ない。
――自分は良いマスターとして、この戦いに臨めているのだろうか。
――自分の他に、もっと相応しい人物がいたのではないか。
そんな疑問が頭をよぎり始めた頃。
唐突に通路へ通じる扉からノック音が聞こえてきた。
「マスター、いますか?」
次いで聞こえてくる馴染み深い少女の声。
扉を開けてみると、そこにはいつも通り頬を赤く染めたリップが立っていた。
「あ、マスター! すいません、疲れてるのに突然訪ねてきて…」
申し訳ないと謝ってくるリップ。
それをやんわりと制しながら、彼女が訪ねてきた理由を聞いた。
「いや、それは別にいいんだけど…どうしたの?」
「は、はい! 実はその、マスターに渡したいものがあって……」
ゴソゴソと腰のあたりをまさぐり、なにか四角い箱のようなものを取りだすリップ。
その巨大な手から差し出されたものは、なんとも意外なものだった。
「! これって…」
「エミヤさんに手伝ってもらって作ったお弁当です。マスターがご飯を食べてないって聞いたので、作ってみました!」
笑顔を見せるリップの手の上には、綺麗に食材が詰め込まれたお弁当箱が載っていた。
「作ったって…もしかしてリップが作ったのか!?」
「はい! 実はキャット"師匠"に頼んで、私でも料理が作れるように教えてもらってたんです」
得意げにフフンと胸を張るリップ。
正直、彼女が料理を作るのはかなり難しいと思うのだが。キャットの手腕恐るべし。
とりあえず通路で話し込むのも何なので、リップをマイルームの中へ入れ、一緒に作ってきたお弁当を食べることにした。
* * *
「ふぅ…食べた食べた。ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさまでした」
お弁当を食べ終わり、渡は満足げに腹を擦る。
そして部屋に備え付けられていたインスタントコーヒーの入ったカップを持ち、リップの隣に腰を下ろした。
「いやー、まだ流石にエミヤたちには敵わないけど、このままいけば背中ぐらいは見えてくるんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか…」
照れているのか、もじもじと手を交差させるリップ。
彼女はまだ自信がないようだが、料理はかなりの美味しさだった。
―――恥ずかしいからここでは言わないが、個人的にはキャットたちの料理より美味しかったと思う。
「そうだよ。だからもうちょい自信持っていいとおもうぞ?」
「……はい。ありがとうございます、マスター」
リップが笑顔で言葉を返してくれる。
そのまばゆい笑顔に若干照れてしまい、渡はうつむきながらテーブルの上のコーヒーを飲み干した。
「「………」」
そんな会話を交わした二人の間にしばしの沈黙が流れる。
別に気まずい雰囲気だとかそういうのではないのだが、彼らが二人きりになるとどちらも照れてしまって喋らなくなってしまうことが稀にあった。
しかし、こういうときに沈黙を破るのは大抵リップの方だったりする。
そして今回もいつもと同じようにリップが言葉を紡いだ。
「……あ、あの!」
「ん、なにリップ?」
照れ状態から復活した渡はいつもの調子でリップの言葉を待つ。
リップは少しの間言い淀んだ後、意を決したような様子で"ある質問"を投げかけてきた。
「マスター、もしかして悩んだりとかしてませんか?」
リップの言葉を聞いた瞬間、渡の身体がまるで凍ったかのように硬直する。
見抜かれていた―――その事実だけが脳内に反響し、彼の思考を停止させた。
実は前々からわかっていたことなのだが、リップはなんというか妙なところで鋭いのだ。
例えば彼女に何か隠し事をしていたりするとすぐに気づいて問い詰めてくるし、渡が無理をしていると優しく休ませようとしたりする。
彼女曰く昔は自分のことばかり考えていたそうだが、ある出会いがきっかけで周りのことも積極的に気にするようになったらしい。
その結果、人の心情の移り変わりに敏感になったそうだ。
「あー……なんでわかったんだ?」
「簡単です。今日のマスターの表情がいつもより暗かったからですよ。それにさっきの笑顔もちょっぴり無理してるように見えましたし」
「あちゃー、顔に出てたか…やっぱりリップの目はごまかせないなぁ」
ハハハと渡は力なく笑う。
その姿もリップには無理をしているように写ったようで、彼女の表情が心配そうなものへと変わっていくのが見て取れた。
「……オレ、この先も戦えるか不安なんだ」
「…どうしてそう思ったんですか?」
「ほら、ロンドンで今回の黒幕に会っただろ? あれ以来自分がうまくマスターやれてるのか不安になっちゃってさ」
オレっていつも後ろで見てるだけだし、と渡は自嘲気味な笑みをこぼす。
―――先のロンドンで渡は、傷つきながらも自分を守ろうとしてくれたリップに何もすることができなかった。
回復も、強化も、声援を送ることすらも出来ずにただ傷つく彼女を見つめることしか出来なかったのだ。
他の特異点だってそうだ。戦闘になればリップに頼ってばかりで、自分は何もせずにただ傍観しているだけ。
そんな役立たずがこの旅に同行してもいいのだろうか、いっそリップをフジマルに預けて、自分はカルデアで引き篭もっているほうがいいんじゃないか、と。
いつしかそんな考えが彼の心のうちを彷徨うようになっていた。
「やっぱり、オレみたいな役立たずはこの戦いに必要ないんじゃないかなって―――」
「そんなことありません!」
そんな考えのもと、自己否定の言葉を吐き出そうとした矢先。
突然リップが今までに見たこともない表情でそれを否定した。
「確かに周りから見ればマスターは他の人より劣っているしれません。魔術も使えないし、戦術を練ることも出来ないからです。でも、私はそうは思いません。だって――」
そこまで言って、彼女は言葉の間にひと呼吸の間を設ける。
「だって、マスターはこんな私にずっと寄り添ってくれる、すっごく勇気のある人なんですから!」
「…勇気なんてないよ。オレはいつも現実から逃げてばかりで何もできない臆病者なんだ」
「いいえ、それは違います。その証拠にあなたはどんなときも逃げずに私の傍にいてくれました」
「どんなに怖くても、どんなに苦しくても、逃げることなく私を見守ってくれた! だから私も今まで戦ってこれたんです!」
言葉を紡いでいくごとにリップの声が徐々に大きくなっていく。その目元にはかすかな涙が溜まっており、渡の心を激しく揺さぶった。
普段大人しい彼女がここまで声を荒らげることは珍しいのだが、それはそれだけ彼女が真剣に渡を思っていることの証明になっていた。
「だから―――だから、胸を張ってください。マスター。あなたが折れない限り、私は何度だって戦えます」
目元の涙を拭い、リップが優しい笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、渡は自分が心底情けなく思えた。
―――オレはなんて馬鹿なことを考えていたんだろう。
彼女は戦いを苦手だと言っていた。できることなら、マイルームに閉じこもっていたいと。
けれど、そんな彼女が自分の身を挺して戦ってくれている。他の誰でもない、渡を守るために。
その行動こそが揺るがぬ信頼の証だというのに、何を勘違いしたのか自分はいらないだなどと―――
それは完全なリップに対する裏切りだ。信頼してくれる彼女を置いて、自分だけ安全な場所に引きこもるなど言語道断である。
「…ありがとう。リップ」
だから、渡はこの場で誓いを立てる。
―――たとえこの身が傷ついても、オレは絶対に彼女の手を離さない。
それが弱虫な自分が唯一出来る、彼女への恩返しなのだから。
オレもリップに励まされてぇなあ…
ということで単発作品の予定でしたがもうちょっと続きます。
ですがこっちは完全に息抜きの作品なのでごくたまーーにしか更新しません。
なのであんまり期待せずにゆるーくお待ちください。
ではまた。