「うん、共通語はこれで三級ね、後一つ上げれば冒険者講習会を受けられるよ」
習い始めてから今日で三週間、マミは漸く冒険者として活動出来る一歩手前迄来ることができた。
「ふぅ……やっぱり読み書きだけとはいえ、新しい言語の修得は難しいわ」
英語の授業を思い出しながらの呟き、それをエイナの耳はしっかりと捉えて、他の言語も修得したことがあるのかを聞こうかと思うと同時に、マミからテスト中の叫び声は何だったのかと聞かれ、治まっていたと思っていた呆れとも怒りともつかない先程の感情が思い返され、思わず苦い顔を見せてしまう。
「聞いたわね?聞いちゃったわね?精々愚痴らせてもらうわマミ!」
そして一気に噴出したのは、ベルの行いであった。ソロの場合、ギルド貸与の武具を使用している内は、本来であればギルド担当職員である自分と相談しつつ、潜る階層を決めていく、これは零細ファミリアへの業務の一つであり、エイナはちょっぴりベルとそう出来ると楽しみにしていたが、ベルはそんな心を知るよしもなく行けると思い、地下五階まで潜ってしまったと言う。
「まぁそこまでは百歩譲って仕方無いのかもって割り切れるけど、でもミノタウロスの返り血を浴びたままギルド迄来て『エイナさぁぁぁぁぁぁん!アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださぁぁぁぁぁぁいっ!』はなくない!?」
「……はい?」
聞き間違いでなければ今エイナはとんでもないことを口にしたと思うマミではあったが、捲し立てるエイナの迫力に圧されその思いは消し飛んだ。
「マミ、貴女はそんな無茶しないと信じてるからね!?」
どんなに迫力があろうとも、その怒りの底には無事を想う優しさを確かに感じたその台詞に、マミは思わず笑みをこぼし。
「その信頼の為にも、共通語修得頑張るわ」
目下の目標を改めて口にすれば、エイナはそうだったと笑みを浮かべた。
ギルドからホームの教会へと戻る最中、マミはふとエイナと親しくなった経緯を思い返す。大したことではないが、共通の話題や雑談、時にヘスティアを交えてのティーパーティ等、気がつけばお互い名を呼び捨て合う程度には仲良くなっていた、それだけである。
(そういえばベル君は参加したこと無かったわね)
ベルはほぼ毎日早朝にはダンジョンに潜りに行く、ファミリアに余裕がないと言うのも理由ではあるが、マミがダンジョン攻略参加出来るようになるまでには、ある程度実力に余裕が欲しいと言うのが、ベルの心にあった。
オラリオへ着く前に出会ったマミとベル、戦い方を簡単ではあるがレクチャーする、される程度には二人には実力差がある。それを先にダンジョンに潜れると言うアドバンテージを活かしたい、そう考えたベルの行動は、多少なりとも焦りを孕んでいた。
(……エイナに黙って適正よりも深く潜って……)
『冒険者は冒険してはいけない』
これは無謀な事はしない様にと言う事であると、エイナはマミにも教えていた。これを聞いた冒険初心者は矛盾しているのではと考えたり言葉にする様だが、そんな考えはマミには浮かばなかった、魔法少女もまた冒険してはいけなかったのだから。
確実に勝つ為にもあらゆる支度を行い、明日を生きる為にあらゆる支度を行う。
(冒険者は冒険してはいけない……逆を言えば『無謀』でなければ『冒険』しても良いとも取れる、この辺りの線引きは本人次第……と言えるようになるまで、ベル君はまだ遠いかな?)
取り敢えずホームに戻ったら一度ベルと話をした方が良いかも知れないと、強く思うのだった。
その日マミがホームに戻ったのは日が落ちた頃、もう少しで二級に昇級出来るのだからと、共通語の勉強会に参加したのである。担当官からは、試験のあった日に勉強会に参加する人はそんなに多くはないと言われたが、これも一日でも早い冒険者講習会参加の為だと言うと、真面目な人だと言われ、ギルドで働かないかと誘いを受けた。ヘスティアの元で冒険者をするのでと断りを入れれば、ですよねーと笑う、どうやら断られる事はわかっていたらしい。
「ただいま戻りました」
ホームの扉を開いてすぐにヘスティアが居た、居たが何か様子が普段と異なる事にマミは何かあったかと声を掛ける。
「ベルくん、今日は約束があるからってステイタスの更新後に外に食事に行ったんだけど、何だか嫌な予感がしてね……」
「何処に行ったかわかりますか?」
「確か『豊穣の女主人』だったはず、ボクも誘われたんだけどバイト先で今度ある『怪物祭(モンスター・フィリア)』に関しての打ち合わせがあってね、帰って来たのはちょっと前なんだ」
思い過ごしなら良いんだけどと苦笑を浮かべながらも、やはり神としてかそれとも女としてか、予感ないし『勘』が訴えるのだろう、心配が強く滲む。
「わかりました、豊穣の女主人には何度か配達で行きましたし、すぐに向かいます」
「お願いするよマミ、ボクは此処で待っているから」
「はい!」
豊穣の女主人にたどり着くと、其処には簀巻きにされて吊り上げられた狼人に説教するエルフの女性と言う、一見で何があったか解るものが居ないであろう光景が見えた。
「ベル君は……」
それに関して気にする事を止めたマミは周囲を見るがベルの姿は見受けられず、代わりにジャガ丸くん屋台のお馴染さんを見付け事情を訊ねる、すると吊るされた狼人がその日ダンジョンであった出来事を酒の肴に、笑い話として語ったのだと言う、そしてその場に偶々居合わせた件の白い髪の少年に気付かずに扱き下ろしたと。
「あの子は、私達のミスに巻き込んでしまっただけ……出来れば謝りたいけれど……」
店を飛び出した彼の行き先は解らない、そう呟いて俯いてしまう。
(……聞き込むしかない、か……)
「あの……店員さん……」
「はい?」
掛けられた声に顔を向けると、お馴染みさんはマミを見つめていた。
「……あの子の知り合いですか?」
「白い髪の赤い目をした兎みたいな男の子なら、間違いなく私の所属するファミリアの団長ベル・クラネルですね」
その言葉を聞いたのか、吊るされた狼人が『あんなのが団長とか余程の雑魚し』まで言ったところでエルフの女性に思いっきりグーで殴られていた。
「所属するファミリア……その名前は?」
「ヘスティア・ファミリアです」
「……ロキ・ファミリアの団員、アイズ・ヴァレンシュタインです」
「改めて、ヘスティア・ファミリア団員、巴マミです」
よくよく思えば、お互い馴染みの顔だと言うのに、こうして今名前を知ったのは不思議なものである。
アイズからはジャガ丸くんを売るファミリアじゃないのかと言われはしたが、ジャガ丸くん屋台はそもそもヘスティアのバイト先であり、一応はダンジョン攻略ファミリアの筈だと伝えると、いつかはダンジョン内で揚げたてのジャガ丸くんが食べられるかもとアイズは期待を込めた目をして言う。
「う、うぅん……約束は難しいかしら」
それを聞き、少し落ち込むアイズだが、気を取り直したか今はそんな場合ではないと思い直したか、ともかく真剣な眼差しでマミに自分もベルを捜すと提案する。
この提案にマミは渡りに舟とはこの事だとばかりに、ダンジョンの捜索を願うことにした、本来であれば自身が潜りたいところであるが、今の自分はまだギルドからの許可を得ていない。
(歯痒いものね……)
ダンジョンの捜索ともなれば、他にメンバーが必要だからとアイズはファミリアの仲間に声を掛け、赤髪の女性に許可を貰いに向かい、幾度か言葉を交わすとアイズと共にマミの前まで赴いたかと思えば、途端に頭を下げてきた。
「ロキ・ファミリア主神のロキや、ほんま済まんかった、ベート……あの吊られとる狼人な、普段から口も態度も下の者にはキツいんやけど、今回は酔いと大遠征の帰り言うんもあって気もゆるんどったんやろな、うちも乗っかって囃してしもたし……アイズに聞いた、謝罪も込めてダンジョンと手間の掛かる場所の捜索はうちの子等に任せて欲しい」
「わかりました、何卒お願い致します」
その言葉を承けて、ロキはエルフの女性に街中の捜索指揮を任せ、小人族(パルゥム)の男性とアイズにダンジョンの捜索指揮を任せると、マミに改めて謝意を示すのだった。