「はい、ピリ丸くん二つとジャガ丸くん一つで140ヴァリスです、熱いので気を付けてくださいね」
新作の売れ行きは祭りの最中ともあって好調で、当然本来のジャガ丸くん他も好調をキープ出来ている。客層が若干ながら若い男に寄っているのは、恐らくダンジョンに向かっていない冒険者や観光客も居るからなのだろう。
「いやーヘスティア様が用事で遅れると聞いたときはどうなる事かと思ったけど、マミちゃんのお陰で上々だよ」
忙しいながらと言うよりも、忙しいからこその上機嫌である。その忙しさは昼を過ぎて、漸く一息吐ける程度には落ち着いた。
「いやーっはっはっは、お疲れ様マミちゃん、まさかこんなに早くに材料切らしちゃうほど売れるなんてねぇ……悪いんだけど買い出しお願いするよ」
「解りまし……え?」
それは悲鳴、怒号。通りの奥、祭りのメイン会場である闘技場に続く道から聴こえてきた。耳をすます必要は無い、慌てて走ってきた人物が状況を伝えてくれたのだ、すなわち『モンスターが逃げ出した』と。
「すみませんオーナー、行ってきます!」
オーナーは制止するでなく、マミに応援の言葉をかけて周囲の安全確保に奔走を始めるのだった。
逃げ出したモンスターは、ガネーシャ・ファミリア先導の下捕縛ないし討伐が進められはしたが、目撃者の話では『シルバーバック』と呼ばれるモンスターが、一組の男女を追ってダイダロス通りへと侵入したと言う。
「白い髪の毛の少年と、黒く長い髪の毛の少女か……まさか、よね」
躊躇っては居られないとばかりに、マミはオラリオ表層の迷宮へと踏み込み、駆けていく。手掛かりは戦闘跡、それを辿り奥へと進んで行くが、唐突にぶつけられるのは、所謂殺気と呼ばれる物なのだろうか、背筋に迸るその緊張に思わず足を止め、向けられる気配の先を見れば、佇む大きな男の姿。
「……この先には行かせられんな」
「悪いけど通らせて貰うわ、その先に知り合いが居るかも知れないの」
気取られないように拘束魔法を展開、一気に男を捕縛する。否、したつもりだった、男は無造作に、ただ力に任せてマミの拘束魔法を打ち破ったのだ。
「……終いか?」
「っ……参ったなぁ……貴方が『そう』なのね、オラリオ唯一のレベル7『猛者』オッタル」
「……理解が早くて助かる」
どうにも動けない、動いてはいけない、そんな気にさせられている。足も手も、縛られている訳でもなく、気配だけで縛られるというのは、流石に初めての経験で、焦りが先に沸き上がり、追って悔しさが心を覆っていく。
そんな膠着が暫く続いた後、通りの奥から歓声が上がったのが、僅ながらに届いた声で解った。
するとどうか、先程まで一切の身動きが取れずにいたとは思えない程に、あっさりとマミは動く事が出来るようになっている。
「……終わったようだ、行くと良い」
「……っ」
歓声の元に急ぎ駆け出したマミの背を、オッタルは見送ることもなく、何処かへとその姿を消していった。
歓声の中、気を失ったヘスティアを抱き上げてベルは走る、急いでいると言葉にせずとも人々は道を開けていく、ダイダロス通りの入り口まで後僅かといったところで、ベルはマミに出会う。
「マミさん!」
「ベルく……ヘスティア様!?」
安堵の言葉よりも、主神であるヘスティアへの心配が先に出る辺り、ああ眷属なんだなぁと、頭の片隅ではあれ思いが浮かぶ。
「マミさん!神様が!意識が!」
「バベルに急ぎましょう!」
その言葉を受けたベルは、マミが思った以上の速度でダイダロス通りを抜け、メインストリートをバベルへ向けて駆け抜ける。
(いつの間にあんな……)
尤も追い付けない速さでないと言うのは、助かる事ではあるが。
「か、過労ですか……?」
バベルにある医療施設にヘスティアを担ぎ込み、担当医に倒れた原因であろう症状を聞いたベルは安堵からか、どこか気の抜けた返事を返すが、マミの眼にはむしろ怒りが浮かぶ。
「過労で倒れた最後の要因としては、シルバーバックに追われた疲労……でも、その前に体を酷使していた、ですね?」
思い当たる節があるマミの言葉に医師は頷き、ベルはまさかと先の戦闘でヘスティアに貰ったナイフを見る。あの時はきちんと見る余裕が無く、改めて見れば鞘には憧れのあのファミリアの、その主神の銘が刻まれていた。
「『ヘファイストス』……ファミリアの文字が無い!?」
それは鍛冶の神が手ずから打った証、そしてそのナイフはヘスティアの想いが、神が唯一子供達に直接行使できる力が籠められた、ヘファイストス曰く邪道の一振り。
『ヘスティア・ナイフ』
ヘスティアの眷属のみが使用した際にその力が発揮される神のナイフ、持つ眷属の力量に合わせて成長していく。
「ファミリアの銘が刻まれてるってだけで何百万ってするのに……!?ヘファイストス様が直接打たれたナイフだなんて……!」
果たして幾らになるか、想像だに恐ろしい額しか浮かんでこない。最低でも億は下らないだろうそのナイフに、ベルは腰が引け、本当に自分が持っていても良いのかと疑問を口にする。
「勿論さ」
力無く、しかし強い想いを籠められたそんな言葉を発したのは誰でもない、ヘスティア自身であった。
「神様!もう少しお休みに……」
「うん、ベルくん、君に言うべき事を伝えたらもう少し寝るよ。良いかいよく聞いておくれ、恩恵を授けたボクが、君に出来ることはステイタスの更新くらいしかない。でもね、必死に頑張る……君にそれ以外でもしたい事はあるんだよ。そのナイフは、そのしたくても……出来ない事の代わりの……物さ、だから……君には出来ればずっと使って……欲しいな」
今にも気を失いそうなのだろう、後半は漸く声を出せているようでどこか聞きづらい、それでもベルは一音一音すべてを聞き、解りましたと伝えて手を握る。
それを受けてヘスティアは嬉しそうに眠りに落ち、ベルはその手を取ったまま椅子に座り直す。
「それじゃあベル君、私は屋台に戻……何かしら?」
それを見て、マミが立ち上がると、ベルは少し待って下さいと言い、一つの財布をマミに見せ、経緯を説明する。
「あの、この財布を豊穣の女主人のシル・フローヴァさんに渡して欲しいんです、祭に出掛けた時に忘れてしまったからと、彼女の同僚の方達に渡して欲しいとお願いされたのですが……」
例の騒動で結局渡せず今に至ると、そう言う訳なら承けない訳にはいけないと、財布を受け取り医務室を後にした、勿論一応の釘は刺したが。
「遅くなりました」
「いやいや、無事で良かったよ。ああでも折角戻ってくれたのに悪いんだけど、さっきギルドから通達があってね、騒ぎの内容が内容だから、このまま祭りを中断するってさ、だから今日はもう上がってもらって構わないよ」
店は荒れなかったしねと、おおらかに笑うオーナーに、ヘスティアの体調と、復帰までバイトの交代として自分が明日もバイトに入ると伝えて、屋台を後にした。
心配してくれたオーナーからお見舞いの品として幾つか果物を貰い、一先ず豊穣の女主人までの路に着けば、途中声を掛けられる、相手はアイズ、その傍らにはレフィーヤにヒリュテ姉妹、リヴェリアにガレス、ベートにフィンそしてロキ。
見事にロキ・ファミリアの上層部がほぼ揃っていた。
「あら、アイズさん……また随分と大勢で」
「ん……怪物祭に居たから」
モンスターの逃走騒ぎに居合わせたと言うのであれば、解決に一役も二役も立てたことだろう、そう聞いてみれば闘技場に現れた謎の植物モンスターに、苦戦したと言う。
「けっ、あんなん苦戦とは言わねぇよ!」
「狼人のあんたみたいに爪をそのまま武器に出来ないんだから仕方無いでしょ!?」
ぎゃいのぎゃいのと言い合うティオナとベートを横に置いて、どんなモンスターだったかとの問いに一瞬言葉を詰まらせたのは女性陣。どうしたことかと思っていると、答えたのはリヴェリアだった。
「薄気味の悪い、頭部とおぼしき箇所に薔薇を咲かせた植物のモンスターだったよ、落とした魔石はこんなにデザインが凝っていると言うのにな」
そういって取り出した魔石は。
「……『グリーフシード』……!?」