時間は少し遡る。
「この店こないなとこあったんか……」
ロキはアイズを伴い、呼び出しを受けたカフェに足を運んでいた、階下のテラス席には何度か子供達と利用したことがあったが、屋内の二階部分が呼び出しを掛けた者の専用室だとは知らなかった。
「良いところでしょう?」
雑踏を眺めるには最適だろうと彼女は笑う。
「ま、アンタの趣味にはピッタリやろな」
自身の子供達であれば幾らでも眺めていられるが、生憎雑踏を眺める趣味は無い。
「何か頼みましょうか?」
言われるでもなく正面の席に着いたロキにそう聞くと、飲み物だけで良いと言われ、給仕に紅茶を注文する。
「んで、話しっちゅうのは何や、フレイヤ」
そう問うとフレイヤは見る者を魅せる様な、蕩けさせる様な笑みを浮かべて、気になる子供を見つけたと微笑むのを見て、ロキは何時もの病気かと呆れてしまう。
「程ほどにしとけや?まぁうちの子等にその眼ぇ向けんかったらかまんけど……ちゅうか用事言うんはそんな事ちゃうやろな?」
「勿論これだけ……と言えるなら、平和なのでしょうけどね」
いつになく真剣な面持ちに、ロキは居住まいを正す。
「その眼をつけた子の傍に……が居たわ」
知らされたその唇の動きに、ロキは一旦フレイヤから目線を外し。
「アイズ、すまんが下のカフェで過ごしてくれるか?」
護衛の役割も兼ねている筈のアイズに、その場から外れるよう伝え、再びフレイヤに目線を合わせ、以後は言葉を発することがなく、アイズは一つ会釈をしてからその場を後にした。
「オッタル、貴方も外して」
護衛兼給仕を甘んじていたオッタルは、その言葉を受け静かに部屋を後にする。二人が退室すると、当然ロキとフレイヤの二人きりとなり、ふとそのシチュエーションの妙にロキは苦笑を浮かべてしまう。
「あら、どうかした?」
「いんや、それよりも……エインヘリャルがおった言うんはホンマやな?」
ただしと、フレイヤは付け。
「生きたまま、エインヘリャルに似た何かにされた子供よ」
「っざけんなや!」
それは、自分が悪神として神界で暴れていた頃でさえ犯したことの無い禁忌。そして、今やオラリオでは一番子供達を愛していると、声を大にして言う自信があるロキである、その非道への怒りは見てわかる。
エインヘリャルとは本来戦場にて生を終えた人間の中から、戦士、勇者として適性ある魂を神界に導き、その働き如何によっては神格さえ得られるシステムであった。
尤もそのシステムは、神の多くが人間界に降りている事もあり、神界に残る者達だけでそんな兵力が必要な事態は起こらないだろうと言う事で、オーディンとヘラによって封じられている。
「生きたままのエインヘリャル言うたらそんなん……!」
「ええ、似た何かとは言え死んでいるはずよ、肉体は」
遺体に魂を縛り付けているのか、仮初めの肉体を与えられているのかは解らない、しかし確かにフレイヤから見た『彼女』の魂は、肉体とのズレを見せた。
「……何処の阿呆や、そない事しくさったんは」
「解らないわ、流石にね」
当然と言えば当然かとロキも多少冷静になるが、怒りが治まる程ではない。
「……ほんで、そのエインヘリャルは誰や?」
とは言え憤ったままでは話にならないし、さっさとアイズに合流して癒されたい、このままこの話を切り上げないと、悪神に戻ってしまいそうだ。そんな気持ちが伝わらなくても良さそうだが、苦笑するフレイヤを見るとどうやら顔に出ているようだ。
「だからエインヘリャルとは少し違うのだけど……まあ良いわ、その子の名前は……」
(マミ……アイズが気に入っとる屋台の店員でドチビんとこの子供やったな……ギルド登録されとるようやけど、恩恵は刻めたんか……)
冒険者になる為の絶対条件である神の恩恵、似た何かであれ、人の魂をエインヘリャルとするシステムを利用しているなら、オーディンや他の神族、ヴァルキュリア達の恩恵が刻まれているはずだがとロキは考える。
(……当たり前やがドチビはエインヘリャルについて知っとるハズや、けど……あのマミからはエインヘリャルの発する神気を感じへん……フレイヤは魂と肉体の相違を見て似とる何かや言うとったが……)
マミに関してギルドから公表されている情報は、いきなりレベル3という十分注目される要因はあるが当たり障りは無いと言える、当然ステイタスの細かな開示などはない。
(そう言えばあの魔石『グリーフシード』言うとったけど、あんなんウチらが上に居った頃見たこと無いしなぁ……)
そこまで考えを廻らせた辺りで、アイズがマミに問う。
「グリーフシード……ってなに?」
答えに困る質問ではある、マミが知っていることと言えば人の負の感情を吸引したり、ソウルジェムの穢れを吸い出してくれること、吸引した負の感情や穢れが限界に達すると魔女が産まれると言うことくらい、ではそれをそのまま説明したとして果たして理解してくれるかどうかは、どちらかと言えばやはり否としか言えない、そう思い言い淀んでいると。
「察するに我々が倒した薔薇の怪物の核であることには変わるまい、なら魔石と考えても差し支えはないさ」
そう言ったリヴェリアの意見にさしてさして異論はないのだろう、ロキ・ファミリアの面々はそれであっさり引き下がる、筈だった。
「ちょっと待て、それが魔石だってぇのはそれで良い、だが結局こいつが何なのか、教えろ」
それはベートの勘に触れる警鐘の様なものだった、知っておくべき事だと、今日まで生き抜いて養われた勘。
「端的に言ってしまえば、あなた方が倒した怪物の卵……ですかね」
刹那、空気が少し冷えたかのような錯覚をマミは受ける。
「どういうこった……?」
「もし、その『グリーフシード』が私の知っている物であれば、それは人の穢れ……負の感情を吸い、魔女として、あなた方が倒した怪物が孵ります」
その言葉を受けて魔石を持つ手が反応し、思わず落としそうになったリヴェリアだが、どうにか取り直す。
「そいつは……どのくらいで孵る」
「期間はそれぞれ、環境に因ります。不特定多数の人が負の感情を顕にするような施設、このオラリオならバベルが一番早いかと」
活気に溢れるバベルではあるが、同時に負の感情が尤も集まる場所だとマミは見ている、入り口では入る者の希望と、出た者の絶望が尤も入り乱れるからだ。
もしもあんなところでグリーフシードが孵ってしまえば、被害はと考えた所でマミはあることに気付く、彼らはグリーフシードを薔薇の怪物を倒して得たと言っていた事に。
「あの、皆さんこのグリーフシードを落とした怪物と戦えたんですよね……?」
「あ?たりめぇだろ、その辺の雑魚と一緒にすんじゃねぇぞ」
「いえ、そうではなく、結界とか張っていませんでしたか?」
その言葉にベートは詳しいであろうリヴェリアを見て促すが、リヴェリアはそれを首を横に振って否定する。
「……魔女の結界が無かった……じゃあこれを落とした怪物は魔女ではない……?」
「トモエさん、魔女って?」
無意識の呟きを拾ったのはティオネ、だがその質問を切ったのはロキであった、そろそろ人目に付き始めた事で、これ以上この話題をこの場で行う事に躊躇いを覚えたのだろう。
「続きはまた後や、マミ何や用事あったんやろ、後でそっちのホーム行くから、場所教えてや」
来い、と言わない事にロキ・ファミリアの面々は少々驚いた様ではあるが、ロキが決めた事でもあるのでさして文句を言うことはない。
「あ、解りました、場所は……」
豊穣の女主人で財布の持ち主、シル・フローヴァに財布を渡すと、どうせならと言うことで軽食を頂く事となった。この後ロキ・ファミリアの面々とヘスティア・ファミリアのホームで会う事もあり、酒は遠慮したが。
「マミ、祭りじゃ結構な騒ぎがあったそうじゃないか」
時間は昼と夕方の間の丁度暇になる時間、ミア達も店を一旦閉めて食事をとっている。
「ええ、捕らえていたモンスター達が逃げ出して、主催であるガネーシャファミリアを主軸に、どうにか解決したそうです」
自身も冒険者としてバイト先から駆け出しはしたが、ベル達を追っている最中に『猛者』と接触した事は流石に言えない。それが手助けしてくれたのならば言えたがされたのは妨害だ、オラリオの英雄とも言える相手がそんなことをしたと言ったところで、信じてくれないだろう。
「そうかい、被害自体はどんなだったんだい?」
「ギルド発表は明日以降になるようですが、死者は出なかったそうですよ」
それは良かったと胸を撫で下ろすミア、その後は軽くお喋りをしながら食事を済ませ、マミは店を後にした。