愛し仔と蛇の交流記   作:難民180301

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春1

 三度目の人生の始まりを記念し、今日から日記を始めることにした。

 

 三度目の人生なんて書くとまるで二度も死んで転生したような響きだが、あいにく私は一度も死んだことがない。一応妖精や精霊と呼ばれている幻想生物たちの一種なので、寿命の概念がないのだ。年齢を世紀単位で数えるくらいには生きている。

 

 一般的な幻想生物であれば時間の感覚が人と違うから多少長生きしても退屈しないが、私は出自の関係で精神面は人に近い。大体200年前ついに退屈に限界が来たので、平均的な人の寿命に近い80年ごとに生活環境を生まれ変わるに等しい度合いでがらっと変える試みを始めた。

 

 具体的には、身体を10歳前後に変化させて住む国を変える。赤子の姿では何もできず退屈するため本末転倒なので、この年代である。それから設定寿命の80歳を迎えるまで好きに過ごす。

 

 これがうまくいった。今までは無限のときを怠惰に過ごすだけだったのだが、70年という短い区切りによって一日一日が輝いて見えるようになったのだ。人生の終わりに失う金や地位はともかく、リセットされる人間関係、人とのつながりが惜しく、一秒たりとも無駄にするヒマはない。

 

 怠惰とはいえ有史以前から世界中をぶらついていたおかげで処世術は身についており、どこでどう動けば人生と周囲の人間に益するかは簡単に分かった。前世、前々世とも忙しくも面白く生き抜けたと思う。

 

 しかし二度もせわしない人生が続くと、今度はのんびり平穏に生きたくもなる。というわけで、三度目のゆったりした人生の始まりの地として選んだのが、私の今いるブリテン島、イングランドの片田舎である。ここには昔ながらの幻想が残っており、森に入れば確実に妖精や精霊の類に出くわすし、街中で見かけることもたまにあるらしい。昔を懐かしみながらゆっくりするにはちょうどいいのどかな環境だ。

 

 さらに治安がいいのもある。性別は生まれ変わりごとにコインの裏表で決定されるのだが、今回は女性。十歳の女性が一人でうろついてもいかがわしい危険のない点は重要だ。

 

 そして何より、昔住んでいた経験もあるので言葉が通じる。国によっては言語を一から覚えねばならず、まともに現地の人々と交流できるまで時間がかかる。その手間がないのは大きい。

 

 なんて、的外れなことを考えていたせいで初日からトラブルに遭ってしまった。

 

 まず異国風の幼い女の子が一人で街をうろついていれば、治安がいいからこそ騒ぎになる。町の駐在さんに呼び止められ、たぶん「君の名は?」「お母さんお父さんは?」みたいなことを聞かれた。

 

 ここで私はペラペラと、家族と一緒に親戚の家へ遊びに来た、道は分かるから心配無用、とカバーストーリーを語った。が、私が以前ブリテンで暮らしていたのは十世紀近く前のことで、私の話す英語は古英語と呼ばれるものすごく古めかしい言語になってしまっていた。何を言っても駐在さんは分からないようで、困ったような苦笑いを浮かべる。

 

 身体とともに精神も若干幼くなった私が言葉の通じない予想外に慌てていると、女神が現れた。10代前半と思しき女の子が現れ、駐在さんと二つ三つ言葉を交わしたかと思うと、駐在さんが笑顔で去って行ったのだ。

 

 内容は聞きそびれたが、どうやら彼女はうまいこと誤魔化してくれたらしい。

 

 ハトリ・チセと名乗った彼女は、私の見た目から日本人の少女が困っていると判断し、同郷のよしみもあって声をかけたという。チセ嬢は一見日本人に見えない赤髪碧眼だったが、たしかに日本語が堪能だった。

 

 その後は散歩にきていたらしい彼女について歩きながら、のんびりと身の上話に興じた。私の生い立ちは包み隠さず話すといい具合に荒唐無稽で話の種としては優秀なのだ。今回も、イングランドには何世紀か前に住んでいたと話した時点でツッコミが入り、ホラにしても盛りすぎだと笑われるのを予想していた。

 

 その予想に反し、チセ嬢は「妖精なの?」と首をかしげた。幻想生物、隣人たちとも呼ばれる超常の存在が架空とされている昨今、こんなことを聞くのは常人ではない証拠である。

 

 案の定、チセ嬢はいまどき珍しい魔法使いの弟子をしているらしかった。相手が隣人たちと仲良くして奇跡を起こす魔法使い(うろ覚え知識につき大雑把)であれば、変にホラ話のふりをする必要もない。私がここに来るまでのいきさつを語った。

 

 チセ嬢が的確に相槌をうってくれるのもあって、つい私ばかりしゃべってしまったので、チセ嬢にも身の上について話をふろうと一瞬考えた。しかし、幼い身で英国にいる現状、日本では異端視されかねないきれいな赤髪碧眼、過度に控えめな言動等を考慮し、「魔法使いの弟子は楽しい?」と質問を変えた。

 

 結局「まだ何も教えられてなくて」と苦笑いで返され、私が話すだけ話して別れたのだけれど、長年かけて培った快不快の感情を見分ける私の観察眼によれば、少なくとも不快な気持ちはしなかったようだ。

 

 新居の準備が整ったら、招待して今日のお礼をしようか。

 

 

 ――――

 

 

 広い草地の間を縫うように走る細い道を、一人の少女が歩いています。夕日のような赤髪が昼下がりの陽光を照り返しきらきらと輝き、伏し目がちな碧の瞳は道の先にある小さな町の影を見据えていました。

 

 彼女の名前は羽鳥チセ。日本人ながら、訳あってイギリスのとある商人さんたちに身を売ったところ、変わった見た目の魔法使いに買い取られ、魔法使いの弟子として暮らすことになった、15歳の女の子です。

 

 彼女は先日師匠の魔法使いとともにロンドンへ出かけ、魔法使いの修業に必要な道具類を買いそろえました。ついに魔法を使う練習をするのかと、表情には出さず内心でちょっとだけワクワクしながら帰宅したのですが、その直後教会のサイモンという男性が大慌てでやってきて、師匠とお話を始めました。

 

 大きな声だったので聞く気のなかったチセも聞こえてしまいます。なんでも、長年行方を追っている重要人物が近辺にやってきた痕跡があるらしく、探し出すのを手伝ってほしいと師匠へ頼みに来たようです。

 

 その日からチセの師匠は、「何か困ったことがあれば銀の君を頼ってくれ」と言い朝からどこかへ出かけるようになりました。きっとその重要人物を探しているのでしょう。

 

 師匠はいつも夜遅くに帰ってくるのでチセは日中ヒマです。ヒマのあまり露骨にゴロゴロしたせいで、銀の君と師匠に呼ばれているハウスメイドの妖精、シルキーに無言で散歩をすすめられるほど、ヒマでした。

 

 無言でこちらを見つめながら近場の町までの地図と「Take a walk(散歩して)」と書かれたメモを渡され締め出されたので困惑したチセでしたが、今ではそんなシルキーの気づかいに感謝しています。その散歩はいい気分転換になりました。日本のものとも都会のロンドンとも違う田舎町での散歩は、時間を持て余すチセに新鮮な気持ちを与えてくれました。

 

 それに何より、今しがた会いに向かっている知り合いと出会えたこと。これを考えると、チセはシルキーへの深い感謝の念を禁じえません。

 

 軽く回想しているうちにチセは町に到着し、大通りをぶらぶらとうろつきます。その内にひとつの小さな路地が目につき、導かれるように入っていきました。

 

 人気のない暗い路地裏を進んでしばらくすると突然チセの進路上に木製の扉が現れます。音もなく、初めからそこにあったように出現した扉は微かな光を放ちながら宙に浮いていました。怪しさ満点の怪現象ですが、チセは特に悩まずノブに手をかけ、扉を開きます。

 

 足を踏み入れたその先は、暗い路地裏とは正反対の明るい部屋。広々とした床張りのリビングにキッチン、はしご付きのロフトの上にはふかふかのベッドも見えます。

 

 部屋の中央の柔らかそうなソファに近づいていくと、そこに座っていた小さな人影がチセの方を向いて言いました。

 

「やあチセ。相変わらず浮かない顔をしているね」

 

「……そうかな?」

 

 ニコニコと柔和に笑い、ずいぶんな歓迎の言葉をかけたこの少女こそ、チセが会いに来た知り合いでした。チセの胸元までの小さな体躯に、紺色に白のラインが入った安っぽいジャージ上下をまとった姿は、黒髪黒目なのもあいまってアジア系の少女にしか見えませんが、本人曰く妖精や精霊みたいなものとのこと。

 

「お師匠に構ってもらえなくて寂しいのかい?」

 

「別にそんなこと」

 

「ない? そうだねえ、君がしょんぼりしてるのはいつもだものね」

 

 煽るような言い方に、チセは分かっていてもムッとして肩を怒らせます。すると少女はしてやったりとばかり、からから笑いました。

 

「そうそう、そんなふうにたまには表情を動かさないと、顔が固まっちゃうよ。怒れ怒れー」

 

「もう」

 

 からかわれたチセは少女の隣にぼすんと腰を下ろしジト目でにらみつけますが、少女は楽し気に笑うばかり。相手にされてないと見るや、チセはささやかに反撃します。

 

「私と会ったときのうーろんは、私より浮かない顔してた」

 

「ああ、してたね。まさか言語がこうも大きく変わってるなんて思わなかった。あの時は本当、チセが女神か天使かと思ったよ」

 

「そ、そう」

 

 効いた様子もなく率直に返す少女、うーろんに対し決まりの悪くなったチセは、顔を少し赤くして目を背けました。

 

 チセはシルキーに家を追い出され散歩を勧められたその日、駐在さんに呼び止められるも言葉が通じず困っているうーろんを見つけ、同郷のよしみで助けてあげました。

 

 主にうーろんが話しチセが聞き役のかたちでおしゃべりを楽しんだその日の翌日、またもや暇だったチセは町へでかけます。すると、不思議なことに路地裏に吸い寄せられるように足が動き、気が付いたらこのリビングにたどり着いていました。チセとうーろんの密会が始まったのはこの日からです。何千年も生きていると自称するうーろんの話は尽きるところを知らず、またうーろん自身も話すことが好きなのかとにかくしゃべり倒し、チセはもともとおしゃべりでないのとヒマしているのとで、喜んで聞きに徹する。そうしておしゃべり仲間としての関係が出来上がったのです。

 

「そ、それより。今日も外に出なかったの?」

 

 チセは話をそらしにかかりました。視線をうーろんの膝の上にある機械へ落とすと、うーろんは頭に手を当てて笑顔を浮かべます。

 

「いやあ、インターネットってすごいよね。チセと会った日からずっと引きこもってるよ」

 

「そういうの、ニートっていうんじゃ……」

 

 うーろんが夢中になっているのはパソコンとインターネットでした。チセはほとんど使ったことはありませんが、幻想に生きるエアリエルやシルキーなどの隣人たちと似たようなものといううーろんを虜にするのですから、相当面白いのだろうと予想しています。

 

 なお、どこにあるのかもわからないこのリビングルームにどうやって回線を通しているのかと聞くと、魔法の一言が答えになります。他にも不可思議な現象は多々ありますが、その質問全てが魔法の一言で片づけられたため、チセはうーろんの不思議な点についてあまり聞かなくなりました。

 

「今世はのんびりだらだらがモットーだから、ニート生活も悪くないけどね。でもやりたいこともあるし、ぼちぼち外へ出るよ」

 

「やりたいことって?」

 

「おしゃべり。チセと話してたおかげで英語もばっちりだ」

 

「好きだね……」

 

 イメージ通りの答えにチセが苦笑していると、うーろんは心から楽しそうな笑顔を浮かべます。

 

「おしゃべりはいいぞ。話が合えば仲良しになれるし、合わなくても相手の考えを知ることができる。私が一番好きなのは、ろくでなしや悪党に見える相手でも、話してみるといいやつだったと判明したときだ」

 

 うーろんはどこかの国のおしゃべり妖精か何かにちがいない、とチセは決めつけました。酷く俗っぽくて人間臭いうーろんですが、言葉を交わすことへの思いは一途な隣人たちのようです。

 

「チセはどうだ。そのお師匠さんと話をしているか? 人探しなら人相や特徴くらいは聞いておいていいと思うぞ?」

 

「か、考えとく」

 

 ふとした鋭い質問にそう返すと、うーろんは「そうか、ところで」と次の話題へ移ったので、チセはほっとします。

 

 あくまでも買われた身であるチセは、いつ捨てられても平気なように、師匠にあまり踏み込みません。踏み込めばその分捨てられたときつらくなるからです。師匠が人探しに苦労していても、探し人について聞くことはありませんでした。何もすることがなくてヒマなことも話してません。

 

 外見上は同年代の知り合いであるうーろんには買われた身であることを明かしたくなく、そうなると師匠に踏み込めない理由も話せません。うーろんはそれを察してかさっさ次の話を進めて行くので、チセは胸をなでおろすのでした。




原作沿いオリ主ものss。短い。
原作完結時に時間があれば加筆修正予定。
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