愛し仔と蛇の交流記   作:難民180301

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冬1

 ようやく自宅へ帰ってきた。やはり落ち着ける我が家で暖房を焚いてテレビを垂れ流しにしながら過ごす冬は格別である。

 

 今は十二月の初旬。サマインの祭りが終わる十一月一日には帰ってくるつもりだったが、竜の国の居心地が思った以上に良くてつい長居してしまった。滞在記を書くのさえすっぽかしてしまったので、このページには竜の国での体験をおおまかにまとめておく。

 

 十月半ばに竜の国へ到着した私は、管理者のリンデルの案内で古い竜と記憶を共有し、友人の手掛かりを探した。望むものは結局見つからず、不死不滅を誇った彼らでさえほろんでしまったことが判明しただけだった。

 

 その後はリンデルにもう少し竜の国に滞在させてくれと頼み込んだ。アイスランドの町で適当な宿をとるのも面倒だったので、サマインの時期を超すまでゆっくり過ごせる場所が必要だったのだ。ある程度仕事を任せることを条件にリンデルは了承してくれた。

 

 仕事の内容は日中の竜の雛たちの世話だった。時には高原へ出て滑空遊びやかけっこをしたり、時には日向のもとで昼寝をさせ、食事時には全員を集めそれぞれの親の元へと返す。

 

 一緒に遊ぶのはともかく、ケガをしないよう気を張っておくのはなかなか骨が折れた。その結果彼らとの仲は深まったので、苦労したかいはあったと思う。遊んでいるうちに、友人を見つけられなかったなんともいえない気持ちに折り合いをつけられたのもありがたかった。置いていかれる怖さは何度経験しても鎮めるのに時間がかかるものだ。

 

 夜になるとリンデルと夕飯をともにしながら、ドラゴンたちについて、そしてチセとチセの師匠(以下エリアス)について雑談を交わした。

 

 リンデルにとって孫弟子にあたるチセは竜の国で杖を作り、初めて杖を利用して行使した魔法で火の鳥になってエリアスの元へ飛んで帰る、という偉業を最近成し遂げたそうだ。

 

 アイスランドからイングランドまでは直線距離で2000キロ近くある。エリアスに早く会いたかったからといっても、頑張りすぎである。

 

 そんなふうにちょっとしたやんちゃをするのはチセだけでなくエリアスの方も同じらしい。エリアスはチセに対し、自分のことを徹底して語らなかった。チセはそんなエリアスに踏み込めず、二人の関係は硬直していた。

 

 そこへリンデルが一石投じた結果、ある程度踏み込む覚悟の決まったチセが火の鳥になったとのこと。今頃はあの屋敷で仲睦まじくしているのだろうか?

 

 チセとエリアスの話もそこそこに、リンデルと私はお互いの昔話を語り合った。リンデルは只人とは異なる力を持つ魔法使いで、長年トナカイを追う遊牧生活をしていたが、紆余曲折あって管理者の立場になったとか。紆余曲折の部分は大して語られず、トナカイとの生活が語りの中心だった。

 

 私は昔アイルランドでサマインの時期に目撃した火事について語った。火を噴く巨人がサマインになると毎年現れ、町の人々を歌で眠らせてから町ごと焼き払う話だ。あの頃に比べると、今のサマインは本当におとなしくなったものである。

 

 ともあれ、竜の国滞在は大体そんなところだ。探し、遊び、語り合った。帰りも徒歩で済ませる気合はなかったので、魔法もどきの転移を使った。

 

 町は雪で白く染まり、人々は家にこもって年越しと冬至に備えているのか、しんと静まり返っている。隣人たちもこの時期の彼らの領域である森に帰っているようで、町には姿どころか気配さえない。

 

 留守中にチセがここを訪れた痕跡もないので、チセもサマインの祭を忙しくこなしていたのだろう。私もだらだらしているだけじゃなく、せめてチセへのクリスマスプレゼントくらいは用意しておこう。

 

 

 ――――

 

 

 雪で白く染まった静かな町中を、チセとルツが歩いています。チセの片手とルツの口には、冬至の夜のいつもより豪華な夕食に必要な食材や生活雑貨が詰められていて、二人が買い出しの帰りであることを示していました。

 

 大通りを歩いていたチセは不意に脇道に逸れ、暗い路地に入って行きます。ルツも黙ってそれについていき、しばらく進むと虚空から扉が現れたので、慣れた調子でその中へ入りました。

 

 二人はそう時間のかからない買い出しの帰りなので、部屋の主であるうーろんと長々おしゃべりするつもりはありません。どうしてもうーろんに確認をとっておきたいことがあって、それが済めばすぐに帰るつもりです。なお、以前エリアスに「今度行くときは僕に言ってから」と言われたことはすっかり忘れていました。

 

 はたしてうーろんは、今回もソファに座ってパソコンをいじっているようです。

 

「やあ二人とも。サマインの祭りはどうだった?」

 

「こんにちは。サマインには参加してない。妖精の国に行ってたから」

 

「よう」

 

 顔だけこっちに向けてあいさつしたうーろんにチセたちがそう返すと、うーろんはパソコンをテーブルに置いてキッチンの方へ歩いていきます。その顔には楽し気な微笑がうかんでいました。

 

「それはそれは数奇な体験をしたな。どうぞ座って、今お茶を淹れるから」

 

「ま、待って。今日はそんなに長く――」

 

「実は私も晩夏の頃から竜の国まで出かけていてな。お互いに土産話といこう。あっちでの一秒をここでの一時間に設定したから、時間はさほど気にしなくていいぞ」

 

 さも何でもないように時間を歪めたと言ってのけるうーろんにチセが言葉を失っていると、うーろんが妙に上機嫌なことに気が付きました。お茶を淹れる最中もチセの方をチラチラ見て、そのたびに笑みを深めています。ルツはその様子を訝しみながら、押しの弱いチセに対し小さなため息をついていました。

 

 お茶とお菓子を用意したうーろんはチセの隣に腰を下ろし、なおも機嫌よく言います。

 

「チセ、君はとてもいい目をするようになった」

 

「目?」

 

「命を共有する相手を得たことで、君の表情は輝き出した。しかし今の君の命はそれ以上に強く輝いている。聞かせてくれ、妖精の国で何があった?」

 

 チセは自分の要件を後回しにして、妖精の国へ行くまでの経緯、言った後の経験などをかいつまんで話しました。リャナンシーと人間の愛に手を貸した結果、身体を壊して静養のために妖精の国へ行ったこと、妖精の国で医者に首をしめられ、結果的に心と体が軽くなったことなど。

 

 すべて聞き終えたうーろんは深く、何度もうなずきます。

 

「ショック療法で心根の部分を治療するとは。名医だな」

 

「うん。本当に――」

 

「おい、チセ」

 

 ルツがチセをさえぎりました。

 

「本題を忘れるなよ。というかコイツ、普通に魔法を使ってるけど、このことを言いに来たんだろ」

 

「あっ。そ、そうだね」

 

 自分の経験を聞いてもらうことが楽しくなってきているチセでしたが、ルツの忠告でやっと要件を思い出します。

 

 表情を引き締め身体ごとうーろんの方を向いて――真面目な雰囲気を作ろうとしますが、マイペースにバリバリとせんべいをかじっているうーろんのせいで半端な空気が漂います。それでもめげずに口を開きました。

 

「うーろん。あなたは魔法や魔術のリスクを知ってる?」

 

「消費する魔力のことか? そうでないなら知らないな」

 

 返答を聞いた直後、チセとルツはやっぱり、と言わんばかりに顔を見合わせました。うーろんは首をかしげて言葉の続きを待ちます。

 

 魔法と魔術に多少の違いはあれど、魔力を媒介に世界の理に触れ、望むかたちの奇跡を引き起こすのには変わりありません。世界の基盤である理に触れる業であるため、きちんとした知識もなしに使おうとすると、とんでもないしっぺ返しにあうのも同じです。

 

「うーろんは、魔法を使って危ないことになったことは、ある?」

 

「ない。こう、気合を入れてゴリっとやれば、大体なんでもできるな」

 

 ですが目の前のうーろんだけは例外でした。元々世界の理とは関係のないところで発生したうーろんは、生まれ持った力に任せて世界の理の一部をつかみ取り、無理やり魔法や魔術に似た現象を起こしているだけ。

 

 うーろんが魔法を使うたびに理が歪むという話から、チセが推測していたことでした。

 

「それはやったらダメなことだよ。世界の理が歪んで、大変なことになるから」

 

「ふうん。じゃあなるべくやらないようにするよ」

 

 思っていたよりあっさりと了承を取り付けられたので、チセがほっと息をつきます。今回うーろんのもとに来たのは二つの要件があって、一つはうーろんが悪意をもって魔法らしきものを使っているのではないことの確認。もう一つはなるべくそうさせないよう説得すること。悪気のない行動で迷惑がられ、挙句封印されるのを黙って見過ごしたくないゆえの行動でした。

 

「しかしチセ、その理とやらの歪みは、どうやって観測するんだ?」

 

「……大きな魔法を無理やり使うと、その影響で他の魔法使いや魔術師たちが、魔法と魔術を使えなくなる」

 

「大きな魔法の基準は? たとえば今時間を歪めているのは大きいのか?」

 

「えーっと……」

 

「チセ、たぶん大丈夫だ」

 

 ルツが口を挟みます。

 

「ここは妖精の国と同じで、すぐ近くだけどずれたところにある。ここでならこいつが何を使っても大丈夫……なのか?」

 

「素人の私に聞くな」

 

 ですが最後になって疑問の形でうーろんに聞いたので、説得力はさほどありません。

 

 うーろんは言葉に詰まったチセに変わり、腕を組んで考えながら言います。

 

「日本産のファンタジーだと、時空間系の魔法はたいてい強い。よって時間を歪めるのと転移の魔法もどきを控えよう。あとはおいおい考えていこうか」

 

「そ、そんな悠長な」

 

「まあまあ、どうせ知らないものは知らないんだ。焦っても仕方ない。教えてくれてありがとうな」

 

 たしかに考えるのは無駄ではありませんが、この場合は考えるための土壌がまだチセにもうーろんにもありません。だからうーろんの言葉は間違ってはいないのですが、『封印』の単語が頭をよぎって妙に心をそわそわとさせるのです。

 

「チセ、時間の歪みがなくなった。エリアスが心配しだす前に帰ろう」

 

「ルツ……うん」

 

「またな、二人とも」

 

 結局チセは一抹の不安を抱えたまま、エリアスの元へ戻るのでした。

 

 

 

 もう少しきちんと言って聞かせておけばよかった。

 

 チセがそう後悔するのは、うーろんとあってから一週間後の12月24日、クリスマスイブのこと。チセはエリアスの目を盗み、バスと列車でロンドンまで来ていました。

 

「アリス……さん!」

 

 駅を出てすぐのところに待ち人の魔術師、アリスを見つけ、声をかけます。黒いセーターに赤いジャケット、黒っぽいジーンズに身を包んだ彼女は――少しやつれていました。

 

「チセ。悪いなロンドンまで呼んじまって」

 

「気にしないで。あの、目元にクマができてるよ。大丈夫?」

 

 もともと鋭い目つきを際立たせるように浮き上がったクマは、幼いころから怖いものや不思議なものに触れてきたチセでなければ悲鳴をあげるような迫力を醸し出しています。

 

 アリスは「ああ」とくたびれたようなため息をつき、吐き捨てました。

 

「あの蛇のヤツがまたやらかしてくれてな。詳しくは言えねえが、裏のオークションにとんでもねえもん出品しやがって。その後始末に追われてコレだ」

 

「そ、そうなんだ」

 

「ったく、はた迷惑なヤツだよ。見つけたら封印の前にぶん殴ってやる」

 

「はは……」

 

 渇いた笑いを漏らしながら若干の胃痛を感じ始めたチセに、ルツが労わるように顔を擦り付けます。アリスはその様子に気づかず、忌々しげな口調から一転、明るくサバサバとした調子で話を変えます。

 

「歩きながら話そうぜ」

 

 二人はそれぞれの師匠に送るクリスマスプレゼントについて一日かけて悩むことになります。その合間に師匠ともども蛇にどれだけ苦労をかけられているかをアリスが愚痴り、チセはその都度ひきつった苦笑いを浮かべるのでした。

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