愛し仔と蛇の交流記   作:難民180301

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冬2

 今日は近年まれに見る急展開の一日だった。まさか、外見だけは10歳の少女である私を大罪人のごとく大人数で取り囲み、連行して独房に押し込める連中がいるとは思わなかった。といってもその魔術師連中の言い分からして私がヘタに抵抗するのは筋が通らないように思えたので、こうして狭い一室でおとなしく日記を書いている。

 

 私は今朝の未明、チセの家へクリスマスプレゼントを届けに行った。本当は昨日チセが我が家に来た時渡すべきだったが、忘れたものは仕方ない。こっそり屋敷に忍び込んで他のプレゼント箱の中に紛れ込ませておいた。

 

 それからゆっくり薄明の雪景色を楽しみながら我が家へ戻っていると、森の中から漂うなんとも懐かしい気配に惹かれ、ふらっと森へ入って行った。気配の元へ行くと、裸の木立の合間に灰の目がたたずんでおり、彼が三つの目を三日月型にゆがめているのにつられ、私もニコニコしながら彼に声をかける。

 

 すると彼は、今日一日町をぶらついておくといい、面白いことがあるぞ、という。特に用事もなかった私はほいほい彼に従い、夜明けから日暮れまでずっと町を練り歩いた。町の人々は皆家にこもって家族団らんの時を過ごしており、誰にも出会えない。雪で一人遊びをしようにもいいかげん退屈してきたその時、彼らが現れた。

 

 どこかの路地裏から急に大人数で出てきて、彼らは私を取り囲んだ。その中で顔に三本傷の入った男は自分たちを魔術師だと名乗り、「お前がウロボロス」かと問う。

 

 灰の目には秘密にするよう言われた名前だが、最初から知られているならとぼける必要はない。私が首肯すると、彼らは包囲の輪をせばめて私の両手を取り、なんらかの転移の魔術を使った。魔術や魔法の類が作用しない私は置いてけぼりを食らいそうになったが、一時的に作用するよう改変することで無事についていけた。

 

 転移の瞬間、包囲の隙間の向こうにチセの姿が見えた気がしたが、だとすれば誘拐現場と誤解されかねない場面であった。

 

 魔術師たちは私の今いる独房に案内する間、いろいろと説明してくれた。まず、チセが言っていた通り、私が感覚で使っていた魔法もどきのせいで世界の理とやらに損傷ができているらしい。彼らは迷惑な私を捕まえようと長年行方を追っていたが、姿かたちを変え世界中を飛び回る私の居場所をつかむのは容易ではなく、今日やっと見つけたと。

 

 そして私は何分特殊な出自であるので、存在しているだけで世界にとって害悪である。ウロボロスを封じるために何百年と研究されている最高峰の封印魔術をもって、永久に封印させてもらう、とのこと。

 

 今はその魔術の用意を急ピッチで進めているらしい。そんなに大事な仕事なら急がず確実にやった方がいいだろうに。なにせ私に逃げる気はかけらもないのだから。

 

 存在自体が害悪などと言われ自暴自棄になっているわけではない。その程度の誹りは100年も人間社会で暮らしていれば幾度となく言われることだ。それに、人間なんて生きている以上、見知らぬ誰かにとっての害悪であり続ける。人間を模す私も例外ではない。

 

 重要なのは、彼らが本当に私の出自を理解できているのかということだ。ウロボロスの名、無限が意味することを分かっているのか。見るからに特別な術式の施されたこの独房で、私がこうして好きに動けている事実を、把握しているのか。していないとすれば、ことは私や魔術師たちだけにとどまらない大問題となりうる。それこそ、やっと自分の気持ちを自覚し、師匠との距離を詰めたことで、少女らしい心を取り戻してきているチセにさえ累が及ぶかもしれない。

 

 私の一身上の都合でチセの人生を邪魔するなど、絶対にあってはいけない。魔術師たちが私を封印しようというなら、全力で手を貸して懸念通りの事態になるのを避けなければならない。

 

 そうと決まれば、さっさと手伝いに行こう。

 

 

 

 注記:ウロボロスと呼ばれることの多い一日だったので念のためここで備忘しておくが、ウロボロスはあくまでも灰の目がつけてくれた名前であって、私自身は永劫回帰、永久の破壊と創造、再生等を意味するエジプト起源の尾を噛む蛇とは無関係である。尾を噛むなんて、自分のしっぽを追いかけて暴れる子猫じみた趣味はない。

 ただ、その蛇が象徴する思想はあますことなく私のうちにあるから、完全に無縁とはもう言えないかもしれない。

 

 

 ――――

 

 

 十二月二十五日、クリスマス当日の朝。

 

 チセは、前日にエリアスからもらったテディベアを抱えて居間へ下ります。テディベアの頭には水晶でできてきれいな花が咲いており、エリアスによるとチセの余計な魔力を吸い上げて朝に水晶の花を咲かせる仕掛けだそうです。過剰に生産された魔力で体を壊すチセには実用面でも見た目でも素敵な代物であり、チセは冬虫夏草じみた外見には目をつぶってぎゅっとテディベアを抱えました。

 

 そうしてクリスマスツリーのもとに置かれたプレゼント箱を開封していきます。

 

 竜の国のリンデルからは竜の抜け殻、その使い魔のセルキーからは新鮮な魚、教会のサイモンからは腕時計。魔術師工房のアンジェリカから送られてきた腕輪は、以前貰ったまじないひもを組み合わせて魔力の吸収、生産能力を抑制する腕輪となりました。

 

「さて、後はこれだね」

 

「はい。これ、昨日はなかったですね」

 

 最後に残った小さな箱を前に、チセとエリアスは神妙な顔になります。前日にはなかったということは、今日の未明に誰かが置いて行ったことになりますが――

 

「シルキー。何か知らない?」

 

 掃除に精を出すシルキーにチセが聞いてみても、首を傾げた後横に振るばかり。箱の怪しさはますます強まります。

 

「そう警戒しなくてもいいさ。魔法や魔術が仕掛けられてる感じはしない」

 

「俺も、変な匂いはしないな」

 

「はあ……」

 

 警戒心も強まってきていたチセでしたが、エリアスとルツの一言で気が抜けました。魔法の類でない物理的な仕掛けでも、ルツならかぎ取るでしょう。つまり箱に怪しいものは入っていない。

 

 結論を出したチセはするするとリボンを解き、箱の包装を開いていきます。

 

 そして中から出てきたのは、いくつもの鉄輪が複雑に絡み合ったインテリアでした。中心に据えられた鉄球の周りを、大小の鉄輪が囲っており、それらを台形の無骨な土台が支えています。

 

 不思議なことに、土台をどの角度に傾けても鉄輪は一定の速度で回り続けます。

 

「天球儀だね。しかも天動説時代のものだ。差出人は?」

 

「It says, Oorong(うーろん、ですね)」

 

「Wrong?」

 

「いえ、うーろんです。前から言ってた、私の友だちです」

 

「ああ、あの古い生き物の」

 

 エリアスはそういうと、何か怪しい点はないかと言わんばかりにチセの手にした天球儀をまじまじ観察し始めました。チセも一応見てみますが、集中して魔力の類を探してみてもとくに異常はなく、正真正銘鉄の輪っかが回り続けるだけのインテリアであることが分かります。他のプレゼントと比べて実用的ではありませんが、サイズもデザインも飾るにはちょうどよく、チセの顔にわずかな喜色が浮かびました。

 

 しかし、エリアスが「あれ?」と怪訝な声を出したことで、チセが身構えます。

 

「どうかしました?」

 

「それ、電池とか入ってる?」

 

「……いえ、ないです」

 

 土台や中央の鉄球を確認してみても、特にそれらしいものはありません。エリアスの意図を分かりかねたチセですが、次の一言で合点がいきました。

 

「じゃあ、科学の力も魔力も使わずにどうやって動いてるの?」

 

「……さあ?」

 

 天球儀の輪っかは常に動いており、チセの目にはもちろん、エリアスの目から見ても魔法や魔術の痕跡はありません。電池さえないのなら、一体動力はどこにあるのでしょうか。

 

「クリスマスカードには、『天球儀のインテリア』としか書いてませんね」

 

「はあー……これだから古い生き物は。永久機関なんて気軽によこさないでほしいね。まあとりあえず飾っておくといい。世界の理に思いっきり反していることをのぞけば、ただのインテリアだよ」

 

「(永久機関なんだ、これ)」

 

 永久機関とは外部からエネルギーの供給を受けずとも動き続ける装置のことで、科学では不可能とされている空想上の産物です。空想といえば魔法の領分ですが、たとえ魔法を使っても永久機関は作れないとされていました。あらゆるものに限りがあるのは鉄則であり、無限にエネルギーを生み出したり運動を続けたりするのは科学法則だけでなく、世界の理にさえ反するからです。

 

 ひとまずチセはそのインテリアを自室の棚に飾っておき、プレゼントをくれた人たちにお礼を言いに行くことにしました。魔力の吸収生産を抑制していて魔法を使えない今、自分にできることはお礼を返すことだと考えたのです。まずは近くのサイモンと、うーろんの元へ行くことにしました。

 

「じゃあ、ぼくも行くよ」

 

「え」

 

「またロンドンに一人で行かれると困るからね。それに、うーろんってヤツに文句も言いたいし」

 

「えっ!? そ、それは」

 

「何?」

 

 エリアスとうーろんが会うのはまずい。不思議そうにこちらを見返すエリアスをどうやって思いとどまらせようかと焦るチセ。

 

『落ち着けチセ。あいつの部屋へ行くには、あいつに会いたいと思ってうろつく必要がある。会いたくないと思っていれば会わなくてすむはずだ』

 

 するとルツが心中でそう助言してきたので、チセはすぐに冷静さを取り戻しました。

 

「いえ、何でもないです。でもロンドンにはいかないですよ、黙っては」

 

「どうかな」

 

 こうしてチセはエリアスと二人で出かけることになるのですが――日が暮れるまで長い遊びに無理やり付き合わされるハメになるとは、まだ知る由もないのでした。

 

 

 

 

 家を出てから数時間後、日の落ちた薄暗い雪道を、チセとエリアスは歩いています。

 

 二人は結局、サイモンにもうーろんにもお礼を言えないまま帰路についていました。というのも、エリアス曰く古い生き物の一人である灰の目の遊びに付き合わされ、言いに行く暇がなかったのです。遊びの体でエリアスとのつながりを奪われかけ、それがこちらを必死にさせるための口実に過ぎなかったと知ったチセは内心ムッとしましたが、結果としてステラという年の近い友人を得られたので、複雑な気分でした。

 

 ことにチセの心を今も乱しているのは、灰の目が去り際に残した言葉。

 

『愛し仔よ、帰路を急ぐがいい。理外の者は排されるが常ゆえに』

 

 理外の者とはおそらく存在そのものが矛盾していると言われているうーろんのこと。エリアスは何のことか分からない様子だったけれど、灰の目の言葉通りなら、帰り道を急げばうーろんが排されるのが避けられるのかもしれない。

 

 そう考えたチセの足が速まります。積もった雪をザクザクと踏みしめ歩くチセを、普段は歩調を合わせる側のエリアスが後ろから追いかけました。

 

 その間にもチセの心に根ざす一抹の不安――灰の目の遊びは、まだ終わってないのかもしれない――は高まるばかりでした。灰の目は先ほどステラから弟とのつながりを、チセからエリアスとのつながりを奪おうとしましたが、何かもう一つ大切なものを奪おうとしていて、それはうーろんである。

 

 灰の目の言葉から連想したその推測は、現実となってチセの眼前にあらわれました。

 

「あれは魔術師たちだね。こんなところで何をしてるんだろう」

 

「――!」

 

「チセ……!」

 

 町の外れにある小道の真ん中で、十数人の男女が輪になって、誰かを囲んでいます。その中心にいる誰かを認めた時、チセは心臓をわしづかみにされたような激しい不安感を覚えました。

 

 魔術師たちに囲まれた、ジャージ姿の少女。彼女は紛れもなくチセの知る人物であり、魔術師や魔法使いと出会ってはいけない理外の者、うーろんです。

 

「あれはもしかして……チセ?」

 

 何かを訝しむエリアスを置いて、チセは走り出しました。何ができるのかは分からずとも、何かをしなければならない。直感がそう言うのに従い、がむしゃらに駆け出します。

 

 しかし一歩遅く、魔術師たちの一人が試験管のようなものを掲げたかと思うと、一瞬の閃光がまたたいて彼らの姿がうーろんもろとも消えてしまいました。

 

 試験管を掲げたのが顔見知りのレンフレッドであり、その隣に先日ショッピングを共にしたアリスがいたのにも気づかず、力の抜けたチセは雪道にぺたんとへたりこみます。励ますように体を擦り付けてくるルツから、結びを通して心配な気持ちが流れ込んできますが、それに応える余裕も今のチセの心には残っていません。あるのはただ、エリアスを灰の目に奪われかけたときと同じ不安を、何十年も煮詰めてぶちまけたようなどす黒い絶望と後悔のみ。

 

「チセ」

 

「……あの子はただ、何も知らないだけで。知らなかっただけなんです! 悪気があったわけじゃなくて――」

 

「チセ!」

 

 呼びかけに対し反射的に口を動かすと、チセの両肩に大きな手が置かれました。顔をあげた先には、呆れと心配をないまぜにした雰囲気の骨頭が見えます。

 

「落ち着いて。多分、君の心配通りのことにはならない」

 

「え……?」

 

「それも含めて、いろいろと話し合う必要がありそうだね。立てる?」

 

「す、すみません、力が抜けて……」

 

 エリアスはチセを横抱きにして歩き出します。そのぬくもりによる安心感に包まれながら、先ほどのエリアスの言葉の意味を考えるのにチセは忙しく、屋敷に着いた時にはどろどろした不安感がだいぶ和らいでいたのでした。

 

 

 

 屋敷の居間にて、シルキーの入れた暖かい紅茶を飲んでほっと一息つき、外から帰ってきて冷えていた身体も温まり、精神的な動揺もだいぶおさまったチセ。

 

 落ち着いたら落ち着いたで、冷静に事態を把握して自分にもっとできることがあったのではと考え始めます。良くも悪くも責任感が強いのがチセであり、それを把握していたエリアスが思考をさえぎるように口を開きます。

 

「チセ。まずは君が秘密にしていた彼女の正体を説明しよう。彼女は――」

 

「あ、それはアンジェリカさんから聞いたんでいいです」

 

 出ばなをくじかれたエリアスは「あ、そう」と軽く流し、続けます。

 

「まあ、知っての通り彼女は魔術師たちにとって悪い意味で有名だ。認知度で言えば一宗教の主神と同等と言っていい。いつかは教えようと思ってたけど、本能的に後回しにしていたのは僕の落ち度だったね。ごめん」

 

「い、いえ」

 

 妖精や精霊の類に避けられるうーろんの性質のことを考えると、やはりエリアスもその類なのかな、とチセは推測しますが、エリアスが少々声音を低くして続けました。

 

「灰の目と交流がある時点で薄々察してたし、さっきのインテリアで正体を確信した。君がそれを隠そうとするのも、僕が彼女を魔術師に引き渡すのを恐れたからだろう。でも……もやもやする」

 

「えっ?」

 

 思いがけないあいまいな表現にチセは目を丸くします。

 

「君が彼女の正体を誤魔化そうとしていたときのことを考えると、こう、胸のあたりがもやもやするんだ。これは何?」

 

「えっと……それも、『さみしい』だと思います。身近な人が隠し事をしてるって分かると、どうして話してくれないだろう、相談してくれてもいいのに、って思うことがあります。エリアスが感じてるのも……」

 

「ふうん、これもか」

 

 エリアスの弟子、兼感情の先生でもあるチセは実感を込めてそう解説してみせます。実際、エリアスが自分のことを何も話してくれないので、チセは寂しかったり不満を覚えたりしました。エリアスも同じ気持ちになっていると思うと、とたんに罪悪感が湧きおこります。

 

「さみしい思いをさせてごめんなさい、エリアス」

 

「いいよ、チセ」

 

 謝罪に間髪入れず答えたエリアスにほっとしつつ、チセは話をもとに戻すことにします。

 

「それでエリアス。さっき、心配通りのことにならないって言っていたのは……」

 

「え? そのままの意味だけど?」

 

 今更なに当たり前のことを、とでも言いたげなエリアスの口調にチセは「はい?」と首をかしげざるを得ません。それを見たエリアスがさらに不思議そうな雰囲気で腕を組み、しばし黙考した後、ぽんと手を打ちました。

 

「僕らは本能的に彼女の本質、『無限』について理解できているけど、チセや魔術師連中はそうじゃないんだね」

 

 そしておもむろに立ち上がり壁際の本棚の方へ向かうと、数冊の本を取り出して机の上に積み上げました。タイトルはそれぞれ、"Pepetual Motion Machine: The History of an Obsession", "Perpetual Motion: Imagining science", "The Dream of The Infinite Cycle"など、どれも永久機関や永遠にかかわりがあるようです。

 

「あの天球儀には彼女の本質の一端がこめられている。この本がそれを理解する助けになるだろう」

 

「あの……」

 

「もう一度言っておくけど、君が心配するように、彼女が封印されることはありえない。なぜかと言われたら答えは簡単だけど、この機会に『無限』を学んでおくといい。そうすれば僕の言葉の根拠も分かるよ」

 

 大きな遠回りを強いられた気分のチセは声を上げますが、エリアスの続く言葉で黙り込み、詰まれた本に視線を落としました。

 

 実をいうとエリアスがここまで断言しているので、うーろんが封印されることについてはもうほとんど心配していません。語らないことはあっても嘘をつくことはないエリアスの性格上、ないといったらないと信頼しているのです。

 

 とはいえその根拠が気になるのも事実。エリアスの言う通り学習を兼ねて本に答えを求めてみよう。

 

 チセは本の山をルツに手伝ってもらいながら二階の自室に運び、永久機関の実物と本の中での『無限』の理論を照らし合わせながら、夜遅くまで勉強するのでした。

 

 

 

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