愛し仔と蛇の交流記   作:難民180301

8 / 9
冬3

 魔術師たちについていった日から今日で三日目。案の定、魔術師たちは私を封印するのに手を焼いているようだ。

 

 手伝いをしたいのだけれど、二日前に独房から勝手に出て行ったらてんやわんやの大騒ぎになった末、出るときは必ず見張りに一声かけてから、それと研究区画には入らないよう言われてしまったので、言われた通りおとなしくしている。

 

 しかし独房はあまりにも退屈だ。なにせ空調も手洗いもなく、申し訳程度の固い寝台が部屋の隅にぽつんとあるのみ。日記を開いても大して書くネタがなく、この三日間開いては閉じてを繰り返していた。

 

 そこで、独房の大改装をこれから実施する。必要な道具や家具は無限の倉庫から好きに取り出せるし、魔法もどきでインターネット回線を引くのも簡単だ。

 

 魔術師たちによると、私の魔法もどきで世界の理に傷がつくらしいが、知ったことか。人間の欲望や渇望のもっとも傲慢な部分を具現化したのが私だ。退屈を殺すためなら己の欲望のままに動くのにためらいはない。

 

 

 

 改装はうまくいった。

 

 入口からパッと見た外観は六畳一間の和室。中央に掘りごたつ、隅に液晶テレビ、一方の壁一面に障子を配した。障子を開けると疑似的につないだ日本のどこかの窓から見た風景が写り込む仕組みとなっている。こたつの上にはせんべいとみかんの盛り合わせに適当なノートパソコン。これでこたつに入ってテレビを見つつネットをだらだら楽しむことができる。

 

 もちろんお茶を淹れるための給湯室と、私には必要ないが来客用にユニットバスも作っておいた。こちらは本来の間取りに入りきらなかったので、空間をぐいっと気合で広げて配置した。

 

 早速外で突っ立っている見張りの人を招いて一緒にのんびりしようと思ったのだが、見張りの人は中を見るなり血相を変えて出て行ってしまった。お茶を飲みながらしばらく待っていると、顔に三本傷のある伊達男とともに戻ってきて、二人して私に小言を言う。世界の理が云々。

 

 彼らの言うことは正論だった。私だって人に迷惑をかけるのは好きではないから、じっとしておくのが正しいのだろう。それでも退屈なものは退屈だし、退屈であれば欲が出る。今の私の心は十歳の幼いそれであり、一度欲が出れば抗うのは難しい。

 

 そう反論すると伊達男は苦虫をかみつぶしたような顔して、見張りの人(後にアリスと名乗った)に私の話し相手となるよう言い残し、部屋を出て行った。残されたアリスは入口と私の方に数度ためらいがちな視線を送ると、ため息をついてこたつに腰を落ち着けた。

 

 今はテレビを垂れ流しにし、こたつで日記をつづりながらアリスと雑談中である。

 

 アリスは最初こそ言葉少なだったが、私が「あの三本傷の人はお師匠さん?」と聞いてからは徐々に口数も増え、向こうから話を振ってくるようになった。

 

 どうして裏のオークションにとんでもない代物を流したのか、世界の理をゆがめ続けるのはなぜか、こたつってロンドンには売ってないのかな、など。

 

 最初の二つの質問には知らなかったからとしか答えようがなかった。まさか倉庫の隅でほこりをかぶっていた石ころが、現代では賢者の石などと呼ばれる宝石よりも価値のある逸品になっているとは想像もできなかったのだ。この発想力の貧困、思考の遅さからして、今世の身体の出来はいまいちのようである。

 

 ただ、世界の理については世界規模のテロをじわじわやっていたようなものなので、知らなかったんですごめんなさいと言い逃げせずこうして彼らに従っている。何ごとも謝るだけでは済まないことがあって、今回は封印を受け入れることが謝罪の代わりになればという考えだ。封印がうまくいく見込みはあまりないようだが。

 

 肘をついて私の答えを聞いていたアリスは「クソ、その姿じゃ殴るに殴れねえ」などと物騒な不満をつぶやいていた。どうやら私の売った品が原因でいろいろと苦労したらしく、下手人に会ったら殴ると決めていたそうな。たしかに見た目十歳の少女ではやりづらいだろう。

 

 一度容姿を決めると設定した寿命が過ぎるまでは変更できない。そう答えるとアリスは舌打ちし、拗ねるようにこたつに突っ伏した。

 

 

 

 緊急事態につき、自宅へ戻る。

 

 

 ――――

 

 

 魔術師の教育機関、学院(カレッジ)。魔術師たちの知識の共有、経験の蓄積、同族の相互互助を促進する組織の保有する建物の一室で、三人の男が酒を手に言葉を交わしていました。

 

「ミハイル、君本当にアレに遭ったのかい? なんて幸運だ!」

 

「このザマを見てそう言えるお前の方が幸せだ」

 

 興奮気味に幸運をうらやんだのは、白衣を着たメガネの男性。肩甲骨のあたりまで伸びた長い黒髪はところどころ跳ねており、あまり見た目に頓着しない性格が見て取れます。カレッジに所属するこの男性は、トーリー・イニスといいました。

 

 それに対し、むすっとして呆れたように返したのは、短い髪を後ろで一つにまとめ、シンプルなシャツとスラックスを身にまとった男性です。顔に三本の傷のある彼は、地下深くの古い地下牢で見張りをしているアリスの師匠、ミハイル・レンフレッドでした。

 

 最後の一人は、二人の対面のソファに座るメガネに白衣の男性。トーリーが長髪をそのまま乱れるのに任せているのに対し、彼は後ろでくくった長い金髪を肩に回しています。どことなく真面目な雰囲気のある彼は、アドルフ・ストラウドといいます。

 

 彼らは、最近レンフレッドが遭遇し、レンフレッドの腕を奪っていったという魔術師、カルタフィルスを話題にしていました。

 

 表情の固いレンフレッドを気にせず、トーリーが言います。

 

「噂が事実なら紀元前の存在だよ。数十年単位で現れては姿を消す世紀をまたいだ魔術師。不老不死は永遠のテーマさ。どうやって実現しているのか、知りたいなア……なア?」

 

 魔術師の永遠のテーマを身をもって実現しているカルタフィルスに興味を示すトーリー。レンフレッドは「ふん」と忌々しげに鼻を鳴らします。

 

「知りたいなら、地下の化け物でも解剖してきたらどうだ」

 

 飄々としていたトーリーは口に運んでいたおちょこを半ばで止め、眉根を寄せました。

 

「いやいやいや……あれは不老不死とかそんなレベルじゃないぜ」

 

「そうですよ。単純な不老不死なら、先人たちの遺した術式が通用するはずだ」

 

 研究熱心な同僚にやり返したつもりのレンフレッドでしたが、思ったより真剣に言い返されたので、誤魔化すように酒を口に運びます。そして、先日発見された化け物について考えをめぐらせました。

 

 学院の創立以前から魔術師たちの間で語り継がれる古い蛇。いつから存在するともしれないその蛇はウロボロスの異名を持ち、あらゆる時代で存在を語られながらも直接見たものは誰もいませんでした。突如魔法も魔術も使えなくなる世界規模の怪現象、通称「蛇のかんしゃく」と、隣人たちの呪いや怨嗟を通して言い伝えられるのみ。

 

 その蛇がまたかんしゃくを起こしたので、世界の理のひずみから位置を逆算し、半年以上捜索を続け、最後は匿名の情報提供によりやっと直接存在を確認し、それだけでなく身柄まで確保できた。

 

 後は先人たちの遺した術式で封印して世界から隔離するのみ――だったのですが、先日試されたその術式は一切蛇に通用せず、結局地下の牢屋に押し込めて対応を検討している最中です。

 

 蛇が「何か手伝えることは?」と聞いてきたのをレンフレッドが苦い気持ちで思い出していると、トーリーが唐突に声をひそめます。

 

「実はね、こっそり蛇の髪の毛を採取しておいたんだ」

 

「なっ!?」

 

 魔術師たちは魔術の研究のため、生物の身体の一部を素材として使うことがあります。ですが、それが蛇のものとなれば危険度は段違い。レンフレッドとアドルフは驚きで少し腰を浮かしました。

 

 その反面トーリーはへらへらと笑い、軽い調子で言います。

 

「あれはダメだ。まずは保有魔力を計ろうと機器にかけたら――機器そのものがなくなっちゃったよ」

 

「なくなった? 爆発でもしたのか?」

 

「いや、機器を購入したこと自体なかったことになってた」

 

「どういうことだ」

 

「分からないよ」

 

 いまいち要領を得ないトーリーですが、本人も本当に分からないようで、いつになく真面目な顔でおちょこに視線を落としています。

 

「これは仮説だが、話半分に聞いてくれ。測定器は当然、科学と魔術、この世界の理に従って動いている。それを使って無限の一部たる蛇の髪の毛を測定すれば、世界の理が無限の存在を認めることになる」

 

「だから世界の理が、測定器自体最初からなかったことにしたと? 馬鹿な。魔術はSFではないのだぞ」

 

「その言い方はないだろう。SFより馬鹿げた蛇がすぐそこにいるのに」

 

 すぐにおちゃらけた口調に戻って反駁するトーリーに、レンフレッドは言い返せません。認めたくはないけれど、おそらくその通りだと内心では認めているからです。封印の術式を蛇に実行したときの現象が、脳裏によぎりました。

 

 学院の創立以前から世界中の魔術師たちが改良を重ね、無限と不死を封じるものとして連綿と伝わっていた術式は、蛇が地下牢に足を踏み入れて間もなく実行されましたが、その瞬間、術式そのものが消え去ったのでした。物理的な意味だけでなく、学院の保有する蔵書からは術式の記録されたページが不自然に落丁し、魔術師たちの記憶からは術式の情報が薄れつつあります。まるで『初めからそんなものはなかった』ように、世界がつじつまを合わせようとしているようでした。

 

 学院の上層部が何の動きも見せないのもこの件に起因していました。脈々と受け継がれてきた術式が物理的かつ情報的な消去という非現実的な結果に終わった。であれば、もう蛇に対して自分たちにできることはないのでは? 手を出せば今度は自分たちの存在自体が『なかったこと』になるのでは?

 

 しかし、魔術師たちの中でも極めて真面目なレンフレッドだけは、術式を行使した魔術師たちのうちで唯一、蛇の封印をあきらめていません。いくら理外の存在であろうと、世界にきちんと形をもって在る以上、何か手はあるはず。

 

 くい、と酒をいっぱいあおります。

 

「……その髪は処分したのか」

 

「測定器と一緒に消えたよ。ま、そんな風に存在そのものが矛盾しているのが蛇さ。研究にもなりゃしない」

 

「おまけに変なものを裏のオークションに流しますし。本当、厄介なものです」

 

「その件は申し訳ない。価値観の相違だな」

 

 その場にいる男三人とは違う、幼く高い声が突如聞こえます。トーリーとアドルフは石像のように動きを止め、先ほどその声を聞いたばかりのレンフレッドは額を指で抑えつつ、声の方向を振り返りました。

 

 目に入ったのは、気まずそうにして落ち着かない自身の弟子、アリスと、その横にたたずむジャージ姿の少女。

 

「すみません、先生……」

 

「いや、いい。で、なんだ。あれだけ好き勝手に改装しておいてまだ注文があるのか、蛇」

 

 ジャージの少女、蛇を見張っていたアリスの謝罪を受け、レンフレッドはほとんど諦念に近い感情をこめて蛇に目をやります。

 

「実は――」

 

「うわあ、これがあの蛇!? すごいな、普通の人間にしか見えない! 何百年も見つからないわけだ、魔力もほとんど感じない!」

 

 しかし口を開きかけた蛇にいきなりトーリーが飛びつき、話がさえぎられました。レンフレッドは好奇心の強いトーリーがこの場にいたことを恨みつつ、アリスに視線で合図を送ります。

 

「ちょっとあんたは大人しくしててください」

 

「何するんだ! 君ばかり見張りの名目で蛇と交流して、ずるいぞ!」

 

「うるさい! つーか絵面のせいでロリコンにしか見えねえぞ!」

 

 見た目だけは少女な蛇に組み付いて全身をまさぐるトーリーは確かに危ない人の様相でした。アリスが力づくで引きはがし、言い争いながら無理やりソファに座らせます。その隙にレンフレッドが気をとりなして蛇に向き合いました。

 

「で?」

 

「実は緊急の用件で、すぐに私のいた町に戻る必要がある」

 

 蛇は体面上学院の管理下にあるため、ダメだとレンフレッドが即答しようとしますが、それに先んじて蛇が「まあ待って」と手を突き出しました。

 

「君たちはあの町の外れに住んでいるチセを知っているか?」

 

 チセ。フルネームをチセ・ハトリという少女のことは、直接会ったことのあるレンフレッドも、先ほど戸籍を偽造して市民として登録しておいたアドルフも、スレイベガとして注目しているトーリーも知っています。しかし蛇の意図が読めず、レンフレッドは軽くうなずいて先を促します。

 

「チセとは友だちだ。彼女は君たちが私をここに連れてくる瞬間を目撃していた。そのせいで連れ去られたように見えたらしくて、心配しているようだ。直接顔を見せに行って安心させたい」

 

 チセはスレイベガの体質があるため身体が弱く、精神的な疲労一つが身体を壊す要因になる恐れもあります。そうなると間接的に、チセの師匠である魔法使い、エリアス・エインズワースからも、学院全体が恨みを買いかねない。チセが心配な気持ちと組織的な打算からして、蛇の要求は断りづらいものでした。

 

「……らしいだのようだだの、誰かから教えられたような口ぶりだが」

 

「ついさっき友人の灰の目がやってきて教えてくれたよ。なあアリス?」

 

「お、おう。えっと、腕が四本あって、目が三つある、よくわかんないやつです」

 

 本当によくわかっていないのか、アリスは宙に視線を漂わせて記憶を思い起こしながら証言しました。レンフレッドはアドルフと、それからトーリーとアイコンタクトを交わします。

 

「例の情報提供者ですね」

 

「ああ。学院のセキュリティを難なく突破しているのを見るに、おそらく正体は古い生き物の一種だろう」

 

「はァ、人の頑張りをやすやすと突破してくれちゃって……」

 

 アドルフが嘆息するのを横目にしていると、蛇が言葉を重ねました。

 

「もう一つ。行くのを許してくれれば、今回の事の真相を教えよう」

 

「真相だと?」

 

「うむ。ついでに、私の封印するのに多分有効な方法をいくつか提案――ん?」

 

 立てつづけに気がかりなことを言い出す蛇にレンフレッドたちがそろって瞠目していると、部屋に設置されていた大きな円柱型の水槽からごぼりと音が漏れ、蛇はそちらに注目します。

 

 つられた全員がそちらを見てみると、空っぽだった水槽には一体の妙な生き物が現れていました。

 

「あれェ。なんです、いつぞやの蛇さんもいるじゃないですか」

 

「妖精?」

 

「メリトゥーリ!」

 

 その生き物は子どもの身体にアザラシを合わせた不思議な格好をしており、アドルフを一瞥した後蛇を見て、意外そうな声をあげました。アドルフによるとメリトゥーリというらしいその生き物は、まあいいやと話を横において、一方的に用件を伝えます。

 

 それを聞いたレンフレッドは、また厄介ごとが増えたと頭を抱えるのでした。






※レンフレッドだけ苗字なのは表記揺れですが、原作でミハイルと呼ばれることがあまりないので、イメージのしやすさを考えて当ssでは苗字表記で通します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。