愛し仔と蛇の交流記   作:難民180301

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冬4

 霞みがかったロンドンの町で悪い魔術師を見つけたと思ったら、その魔術師が急に錯乱しだしてしまいには悲痛な声でどうしたら僕たちは救われるのと問いかける――そんな混沌とした夢を見たチセは勢いよく上体を起こし、見慣れた自室の風景を横目に息を荒げながら、ようやく自分の見たものが夢だったと自覚しました。

 

「今日で何日目? ルツ」

 

「二日寝ていただけだ。いつもより早い」

 

 自分の影に入っていた使い魔のルツがチセの問いかけに応じて姿を見せます。チセは、子守歌で深い眠りに入ったエリアスを起こすための薬を作るのに魔力を使い、いつものように疲労で休眠していました。何日も眠るのは割とよくあることですが、たしかにルツの言う通り今回はさほど長い眠りではなかったようです。

 

 しばらくルツと夢について話していると、ベッドに小さな子供が寄りかかっているのに気が付きます。

 

「で、なんでリンデルさんのセルキーがここに?」

 

「んにゃ? あー、起きたですか! 遅いですよ!」

 

 それはエリアスの師匠、リンデルの使い魔であるセルキーでした。リンデルは竜の国の管理者をしているので、使い魔のセルキーも本来は竜の国にいるはずなのですが。

 

 いつかのように、またリンデルのおつかいでやってきたのかなとチセが聞くと、部屋にもう一人入ってきました。

 

「おっ、目ェ覚めたのか」

 

「アリス? どうして?」

 

 魔術師レンフレッドの弟子、アリス。初対面では謎の装置で湖に叩き落され、次は首元にナイフを突きつけられ、さらに次は威圧的にナイフをちらつかせてきた彼女ですが、今となっては手紙のやりとりをしたりショッピングに付き合ったりなど、すっかり親しい間柄です。

 

「めんどくせえっていうか……ちょっとやべえことが起きてる。服、適当でいいか?」

 

「えっ、あっ、ありがとう」

 

 アリスは分かったような分からないようなことを言ってから、おもむろにタンスをあけてチセの着替えを漁り始めます。チセとしてはよくわからないままですが、とりあえず下に降りてエリアスに話を聞けばいいだろうと、起床準備に取り掛かりました。

 

 

 

 アリスとともに居間へ下りて行くと、思ったよりも多くの人数がそこに集まっていました。この屋敷の主であるエリアスは当然として、アリスの師匠のレンフレッド、さらには初対面の金髪おさげの男性と、口元に傷のある黒い乱れ髪の男性。

 

 そして、中でもチセの目を丸くさせたのが――

 

「うーろん!?」

 

「やあ、チセ。久しぶりだなぁ」

 

 上下ジャージ姿の黒髪少女、うーろん。イングランドの屋敷よりも日本のアパートの六畳間がしっくりくるような素朴な雰囲気は、明らかに居間にいるメンバーの中で浮いています。

 

 彼女が魔術師たちに連れ去られ、封印されようとしていると聞いた先日は焦りましたが、エリアスの助言に従い無限と永遠を学んでいくうちに、心配な気持ちは弱まっていきました。というのも、学べば学ぶほどに封印なんてできるわけがないこと、エリアスがあり得ないと断言した理由が理解でき、そのうち帰ってくるだろうと確信したからです。

 

 とはいえ、実際無事に帰ってきたのを見てほっと肩の荷が下りた気分になったのも事実。ソファに座るうーろんに、チセは小走りで近づきます。

 

「思ったより元気そうでよかったよ、チセ。ん? どうした、急に固まって」

 

「い、いやその……」

 

 つい勢いでうーろんに抱き着こうとしたチセですが、親しい人たちの前ではしゃぐのに恥じらいを覚え、中途半端な位置で足を止めます。さらに、先日得た同年代の友だちであるステラに嫉妬したエリアスが、どんな行動に出たのかを思い出し、チセは誤魔化すように視線を泳がせました。

 

「……封印のことは、もう大丈夫なの?」

 

「その件はおいおい話し合っていくよ。それより、先に彼らの話を聞いてほしい」

 

 彼ら、と視線で示されたのはレンフレッドをはじめとする魔術師らしい男性たち。チセがうーろんと話している間、どこか真剣な目つきで互いにアイコンタクトを交わし合っていた彼らは、順番に名乗りました。

 

 すでにチセの知っているレンフレッドはのぞき、初対面の金髪おさげはアドルフ、口元に傷のある黒髪はトーリーというそうです。トーリーは生きているスレイベガであるチセに研究者として熱烈なアピールをかけますが、アリスの腹パンで静かになりました。

 

 濃い自己紹介が終わったのち、彼らはカレッジについて説明を始めました。魔術師同士が助け合うための組織、とチセは短く記憶しておきます。

 

「――前提の説明はこれくらいでいいだろう。そろそろ事の真相とやらを話してもらおうか、蛇」

 

 すると、それまで黙っていたエリアスがうーろんに水を向けます。ソファの上で退屈そうにひざを抱えていたうーろんは、「はいよー」と気の抜けた返事をして座り直し、レンフレッドたちはきりっと表情を引き締めました。

 

「私の存在が露見するまで、魔術師たちとチセは苦労しただろう。これは私の友人、灰の目の手引きによるものだ。本人がそう言っていた。まず――」

 

 灰の目はうーろんに正体を隠すよう頼んだ。そうして発見を遅らせ、ヨーロッパの魔術師たちの間に長く深い混乱をもたらそうとたくらんだ。しかし半年経ってもうーろんを発見できず混乱が収束に向かいかけたため、カタストロフィを期待して魔術師たちにうーろんの情報を与えた。結果、古来より伝わる術式の破壊という悲惨な結末を迎えた。

 

 チセはうーろんの正体を察しながらも誰にも言えない悶々とした状態に陥った。その状態のチセにうーろんが魔術師たちに連れていかれる様を見せることで、心を強く動揺させた。

 

「灰の目は人間が必死で右往左往する様を見るのが大好きなんだ。ブリテン島の魔術師たちと、スレイベガのチセが混乱するのを半年近く楽しめたから、ご満悦のようだった」

 

「灰の目ぇ……」

 

 うーろんが話している間黙っていたエリアスは呆れと疲れの入り混じった声を漏らしました。レンフレッドたち魔術師は、何やら不敵にニヤニヤしているトーリーを除き、難しい顔で押し黙っています。

 

「まったく、古い生き物はこれだから困る」

 

「うん、そうだな。迷惑かけてごめんなさい」

 

 レンフレッドのつぶやきにうなずいたうーろんが立ち上がり、頭を下げて率直に謝ると、なんともいえない空気が漂います。うーろんの幼い見た目とつたない物言いのせいで、子どもを多人数で責めているような気まずさが生まれているのです。

 

 その空気を無視してチセが口を開きます。

 

「魔術師さんたちの術式は、元に戻せないの?」

 

「戻せないこともないが、過去改変の必要がある。そうすると世界の理に悪いんじゃないか?」

 

「絶対にやめろ」

 

 レンフレッドとエリアスが声をそろえて真顔で言うと、うーろんは肩をすくめて「分かった」と返します。

 

「まあ、今日の本題は私のことじゃないだろう。新しい封印の手立てが整ったら、また連絡してくれ。それまで引きこもっておくから」

 

「……うーろん!」

 

 そそさくさと退室しようとするうーろんの手を、チセが取りました。うーろんを含め、その場にいた全員が驚きの表情でチセを凝視しています。

 

「うーろんは、封印なんてされていいの? それがどんなものか私には分からないけど、好きに動けなくなるんでしょ?」

 

「迷惑をかけた代償だよ。それに、永遠や無限はありえないからね。どんな魔術であろうと、世界の理の源である地球の寿命が尽きれば効果を失う。多少の間動けなくとも、その後で自由な時間はいくらでもある」

 

 地球の寿命が尽きる――その意味を理解したとき、チセは言葉を失いました。うーろんは人間の産み出した無限の概念そのものであり、証明不可能な永遠の体現者なので、たしかに地球が活動を停止した後も存在し続けるのでしょう。

 

 しかし、誰とも話すことなく、周囲に何もない中永久に生きることなんて、想像するのさえ恐ろしいもののように思いました。ましてや、そうなるまで動けないように封印しておくなんて、と。

 

 チセが絶句してうつむいていると、両肩に小さな手が添えられます。

 

「チセ、私は人の形をしているが、中身は違う。君の思っているような苦しみはないよ」

 

「……うん」

 

 本当にそんな苦しみを感じないなら、どうして今優しい声音でなだめるようなことを言っているのか。心中に反駁が浮かびますが、それを呑み込んでチセはただ頷きます。

 

「でもそうだな、もしチセが良ければ、私が動ける間にまたおしゃべりにでも来てくれ。あと――」

 

 唐突に耳元で声をひそめるうーろん。その内容にチセがはっとして顔をあげた時には、うーろんは背を向けて屋敷から出て行ったところでした。

 

(やんでれに気を付けろ? やんでれって何? なんで日本語?)

 

 やり取りを見ていたエリアスたちは、おのおの異なった表情をしていますが、驚きと呆れの感情だけは共通していました。

 

「話を聞いた時は半信半疑だったけど、まさか本当に蛇と知り合いとはね」

 

 と、エリアス。チセとうーろんの話している様子から親交を感じ取ったようです。

 

 レンフレッドとアドルフは複雑そうに顔をゆがめており、トーリーも眉間にしわを寄せてチセを見つめています。ただしトーリーだけはチセの心中を慮っているわけではなく、「影の魔法使いとウロボロスが後ろ盾じゃあ、強引な勧誘はできないなあ」と、スレイベガをカレッジに取り込めないことを憂いているのでした。

 

 チセの脳裏では、うーろんと出会ってから今までのことが目まぐるしい速度で反芻されています。町の駐在さんに話しかけられてあたふたしていたところ、家に招かれて日本の話や、他愛もない雑談で暇をつぶしたこと。エリアスと外を巡った体験談をたくさん聞いてもらったこと。ずけずけとした口ぶりながらも一線を見極めた心地よい距離感――。

 

 どうにかしたい、とチセは心から思います。うーろんが魔法使いや魔術師、隣人たちに嫌われながら、たった一人になるまで永遠に生きつづけなければいけない現状を、どうにかしたい。たとえうーろんがどう思っていようと、自分自身がそうしたい。

 

 ですが強い気持ちとは裏腹に、チセにできることはありませんでした。うーろん――ウロボロスが何を意味し、実現された無限がいかに理外であるかを理解したからこそ、できることはないと強く確信しています。

 

 以前の、エリアスに買われた直後のチセならこの考えに至ると同時に絶望し、あきらめていたでしょう。しかし今のチセの目には依然として光がともっています。

 

(エリアスが言ってた。『魔法は何でもできる』。何でも……)

 

 希望の源は魔法の可能性。何でもできるというなら、納得いかない現実をなんとかすることも可能かもしれない。

 

 今はまだ『なんとかする』としかいえない漠然とした希望だけれど、エリアスと一緒に魔法を勉強していけば、きっといつか――

 

「話は終わったですか? いいかげんこっちの要件も進めてほしいです」

 

 チセが自分の気持ちに整理をつけるやいなや、アドルフの膝の上で丸まっていたセルキーが待ちかねたような声をあげます。

 

 そういえば、うーろんの待遇が本題ではないと本人も言ってたっけとチセは気分を切り替え、うーろんに対する決意をひとまず心の中のよく目立つ場所に置いておいて、話を聞くことにしました。

 

 セルキーに説明を丸投げされたアドルフの口から語られたのは、竜の国からドラゴンの雛が二羽拉致されたので、竜の国の関係者であるチセとエリアスにも捜索と救助を手伝ってほしい、との旨。

 

 チセの人生に大きな影響を与えることとなるこの騒動は、こうして始まったのでした。

 

 

 ――――

 

 

 今日は人とのかかわり方を学んだ一日だった。正確には、私の正体をきちんと把握している人間とのかかわり方を。

 

 実時間ではおおよそ二千年と少し生きている私だが、私の出自を知ったうえで人付き合いをしてくれた人間は一人もいなかった。別に正体を隠そうとしたことはないし、むしろ積極的に正体を明かしていたくらいなのだが、誰も信じてくれなかったのだ。本当の自分を否定されるのは寂しいものだった。

 

 しかし最近新たに知り合った魔術師たちは、私の存在を全否定しつつも信じてくれている。これはとてもありがたいことだ。彼らにめぐり合わせてくれた灰の目には深く感謝したい。愉快犯じみた精神でチセや魔術師たちの心をもてあそんだのも、実害は誰も被ってないので水に流していいだろう。

 

 チセのことが心配でロンドンから自宅のある町まで戻る道すがら、私は魔術師たち(レンフレッド、アドルフ、トーリー、アリス)と私の今後について話をつけた。

 

 彼らが言うには、私の存在自体が世界をゆがめるため、私が消えるか封印されるかした方が都合がいい。ただしその手段は彼らにも私にもない。

 

 そこで論を詰めた。存在が世界をゆがめるとは具体的にどういうことか? どういった不都合が起きているのか?

 

 彼らは返答に窮した。どうやら、伝承や隣人たちの数少ない証言から、そう思われているだけだったらしく、具体例は知らないようだった。ただ、私が大規模な転移、空間操作などの魔法もどきを使ったとき、世界的に魔法、魔術が使えなくなる現象だけは確認されているとのこと。

 

 よって、私は一つの案を挙げた。私はできる限り自宅に引きこもって魔法もどきを使わず、魔術師たちが何か打開策を考え付くまでおとなしくしておく、と。

 

 彼らはこれを(しぶしぶ)受け入れ、私は引きこもりになる正当な理由を得た。ぐうたらを是とする今世では都合の良いことである。

 

 なお、彼らの所属するカレッジの上層部はすっかり私を怖がっているようで、私への処置等の全権をレンフレッドに与えている。つまり、私は少なくともカレッジの総意を得て引きこもりとなるわけだ。

 

 そんなふうに気楽に考えてチセの家へ向かった。私は、何やら心配してくれているらしいチセを安心させるために。魔術師たちは、竜の国の事件解決にチセとエリアスの協力を募るために。

 

 私もドラゴンには縁があるから協力したいと申し出たが、頼むからじっとしててくれと強く言われた。無念。

 

 エリアスの屋敷についてから数分ほどすると、チセが居間に降りてきた。私としては、久しぶりに彼女の顔を見れて満足だ。チセは、目に宿る光が輝きを増し、すっかり年相応の活力を取り戻していた。初対面の時のようなどこか陰のある雰囲気はまったく感じられない。

 

 しかし彼女との再開で二つの懸念ができてしまった。一つは、どうやらチセが私の境遇について深刻にとらえすぎている点である。

 

 おそらく永遠に生きるだけでなく最後には一人ぼっちになる点が、やさしいチセの価値観からしてしっくりこなかったのだろう。もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれない。

 

 個人的には、たとえ人類と地球の寿命が尽きて一人となっても、孤独は永遠には続かない。そのうち新しい生命が誕生し、勝手に歴史を紡いでいくだろう。孤独のさびしさは問題とならない。

 

 それに、もしかしたら人類の滅亡と同時に私も消えるかもしれないのだ。存在の基盤が人類の夢想にある以上、人類の寿命が私の寿命である可能性は捨てきれない。『無限』の定義、性質を考えると、可能性は半々だが。

 

 だから、チセが気をもむことは一切ない。

 

 と説明できればよかったのだが、チセはドラゴンの捜索、救助の大命を控えている身だったから、無駄に言葉を重ねて動揺させないよう、最低限のことだけ言い置いて私は屋敷を辞した。

 

 最低限のこととは、師匠のエリアスの性格についてだ。私がチセと話している間、チセの背後から妙に圧力のある視線を飛ばしてきていた。あの迫力は俗にいうヤンデレ、病的に誰かが大好きな手合いのものだった。幸いチセもエリアスを好いているようだからお互い浮気の心配はないだろうが、老婆心による忠告である。

 

 さて、引きこもり生活といっても、やることは普段とあまり変わらない。ネットを見る、テレビを見る、ゲームする、などのぐうたらルーチンに、ヒマになったら寝るを加えるだけだ。もちろん魔法もどきは使わない。

 

 ただしダラけるのに飽きたら外には出る。なんたって今は10歳の子どもの身体をしているから、ある程度動かないとソワソワして落ち着かないのだ。魔法さえ使わなければ大丈夫だろう。

 

 自身の正体を知る多くの人間たちとかかわりながら、だらだらと気ままに生きていく。ここ二千年の間で最上といっても過言ではない快適な生き方を見つけたものだ。

 

 いろいろと危険なことに首を突っ込んでいく上に幸が薄く献身的なチセの将来だけが少々心配だが、師匠のエリアスはそれなりに名の知れた腕利き魔法使いらしいから、私が過剰に気にすることもないだろう。チセが気まぐれでもここに来た時、精一杯もてなして話を聞かせてもらうのに徹しよう。

 

 願わくば、チセが健やかに育たんことを。

 

 

 

 

 

 

 チセがドラゴンの呪いを受けたらしい。

 

 なんでそーなる。












一区切り。

九巻楽しみ。
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