そんな時、その事件は起こってしまった……
博麗神社は人里から離れているため、基本滅多なことでは誰もやってこない。
だが、それは何もない日に限った話だ。
何かしらの行事がある日は騒々しくなる。
その原因のほとんどは妖怪で、人間は極少数なのだが……
例えば、お花見の季節である。
博麗神社では日夜、宴会が繰り広げられ、その盛況っぷりは人間の里の活気が霞むほどだ。
同様にして、大晦日から正月にかけても多数の妖怪が博麗神社の居つき、どんちゃん騒ぎを起こす。
そんな時、「それ」は起こってしまった……
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
境内に悲鳴が響く。
何事かと、魑魅魍魎は一斉に悲鳴がした方向、つまりは本堂に向かった。
本堂に入ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
博麗神社の巫女たる博麗霊夢が血を流して倒れていたのだ。
しかも、背中には大きな切り傷がある。
誰もが青ざめ、互いに互いの顔を見合った。
それは、この状況にパニックしているからというよりも、どうすればいいのか分からない困惑から来るものだった。
何しろ普段の幻想郷では、異変が起きたとしても少女たちの弾幕ごっこでだいたい全てが解決する。
それに対して、今回はただの事件である。
おまけにその被害者は、幻想郷有数の実力者である博麗霊夢だ。
その場にいた者たちが困惑するのも無理はない。
「フッフッフッ……ここは私の出番ですね!」
一瞬にして本堂の出入り口に視線が集まった。
そこには博麗神社の商売敵、守矢神社の東風谷早苗が立っていた。
「外の世界からやって来て、事件とあらば即参上! どんな常識にも囚われない! 名探偵、東風谷早苗!!」
謎の決めポーズと共に名乗りを上げる。
多分、名探偵の名は迷だろうし、実際のところやってみたかっただけの可能性が非常にかなり高い。
だが、この状況を打開してくれる存在が現れたことは、その場にいた全員に希望を与えた。
それはもう、今勧誘すれば守矢神社に大量の信仰が集まるほどに。
「まずは、怪しい人物の絞り込みから! さあ、1人1人私の前に立ちなさい! 霊夢さん殺害の犯人を見つけてあげましょう!」
こうして、早苗によって怪しいと思われる人物が絞り出された。
~怪しい人その① 第一発見者:魂魄妖夢~
「さあ、1人目は魂魄妖夢さん!」
と早苗は指名してから、数秒間固まった。
妖夢の持っている刀を凝視して……
「どうかしたかしら?」
「いや、えーとあのー……あなたが犯人でしょ……だって、凶器持ってるし……」
誰がどう見てもという表現がこれほど相応しいこともあるまい。
何しろ、妖夢は大きな切り傷を作れる刀を持っているからだ。
むしろ、犯人でないのなら他に何だというのだろうか?
「違います。私は幽々子さまの相手をしていましたので……」
「でも、第一発見者なんですよね?」
「ええ。幽々子さまがお酒をそれはもうガブガブと飲むものですから、新しいお酒を取りに本堂に入ったら霊夢が……」
妖夢はその時のことを思い出したようにガクガクしている。
「と見せかけて、霊夢さんを殺害したんじゃありませんか?」
「とんでもない! 第一、私は幽々子さまが飲み干した酒の瓶を両手に抱えていましたので、刀を抜くことすら不可能です!」
本堂の入り口付近には、瓶の破片が散乱していた。
……むしろ、そちらの方で事件が起きなかったのかが心配である。
「むぅ……これは違うみたいですね……。何か気づいたことはありませんでしたか?」
「そういえば、霊夢はお酒を運んでいる途中だったようね。ビール瓶が散乱していてわ」
霊夢の周りにも、ビール瓶の破片が散乱していた。
つまり、本堂の床は硝子の破片塗れということである。
~怪しい人その② 吸血鬼:レミリア・スカーレット~
「次は、レミリアさん! 吸血鬼だから血とか大好きでしょう!」
次に呼び出されたのは、紅魔館の吸血鬼レミリア・スカーレット。
いきなり、早苗は雑な推理をしている。
詰まるところ、妖夢くらいしかアテがなかったのだ。
「あら失礼ね。吸血鬼だからと言って、やたらに血を吸う訳ではないのよ」
「え、うそ!?」
余程意外だったのか、早苗は大いに慌てる。
「それから、お嬢様に霊夢を襲う動機はありませんよ」
従者の十六夜咲夜が、主人であるレミリアの発言に付け加えた。
「赤ワインを飲み過ぎて、血を吸う気すら失せていますから……」
それは吸血鬼としてどうなんだ、と思う早苗だったが、深く突っ込むのは止した。
「では、何か気が付いたことは?」
「そうねえ……。そういえば、さっきから血の匂いがしないわ。では……」
そう言って、レミリアたちは去っていった。
~怪しい人その③ 酔っ払い:伊吹萃香~
「次は、本堂のすぐ近くにいた伊吹萃香さん!」
「んあー?」
次に早苗が指名したのは、絶賛酔っ払い中の鬼、伊吹萃香。
「あなたが霊夢さんを殺したんですか?」
「あー? なんだてめえコノヤロー……」
だが、無論のこと会話が成立するはずもない。
「……」
「もっと酒持ってこーい。私はまだ呑み足りねえんだあ……」
それどころか、現状の把握すらできていないようだ。
他の者が、お酒どころではないという中、ただ1人だけお酒を要求している。
しかも、酔いすぎて前後不覚という有様だ。
いくら馬鹿力を持つ鬼とは言え、これではまともな戦いすらままならないだろう。
「次、行きますか……」
そう言って、早苗は萃香を放置した。
~怪しい人その④ 被害者:博麗霊夢~
「って、うわああああああああああああああああああ!!!」
指名した後に、早苗は何かおかしいと気づき、叫び声を上げた。
「何よ」
そこには平然と、霊夢が立っていた。
「霊夢さん、さっきそこで死んで……」
「私が……なんだって?」
恐怖で青ざめる早苗とは対照的に、霊夢はキョトンとしている。
「いや、霊夢さんそこで死んでたじゃないですか!!」
「うーん、あなたが言っていることの意味が分からないけど、酔っ払った勢いでドッキリなんて仕掛けようとする物じゃないわ……」
頭を掻きながら、霊夢は衝撃的発言をした。
「は? ドッキリ?」
霊夢の予想外の発言に、素っ頓狂な声を出してしまう早苗。
まあ、殺人事件として捜査していたのに、その結末がこんなのでは誰だってそんな声を出したくなってしまうだろう。
「そうよ。背中に切り傷があるっていうドッキリ」
何がおかしいのか? という態度で霊夢は淡々と説明する。
しかも、ドッキリの質が悪い。
宴会でやるような物ではない。
少なくとも、白けること間違いなしだ。
「え? その巫女服に着いた血は?」
「血糊」
あっさりと返答が帰ってくる。
「じゃあ、そこで倒れていたのもドッキリの一環……?」
未だ真実を飲み込めていない早苗は、何とか胸の奥から出てきた疑問をぶつけた。
「いや、あれはビール運んでいた時にうっかり転んで気絶しただけ。酒のせいで感覚がおかしくなっていたみたい」
「はあ?」
倒れていた理由を明かされ、早苗は気の抜けたため息をした。
名探偵気取りで場を盛り上げ、本人としては真面目に調べたつもりが、この有様である。
無理もない。
「ところであんたは何してるのよ?」
そして、止めの一撃。
霊夢から見れば、早苗は何故かここにいる部外者でしかないのだ。
だが、その発言に遂に早苗の堪忍袋の緒が切れた。
「貴方のせいでしょうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
こうして、博麗神社初詣事件は呆気なく終わった。
そして、早苗が宴会に加わり、後日ぐでんぐでんに酔っ払った。