銀の軌跡   作:暁学園前

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序章

 

 

 

 

 

 しんしんと降る雪の中を一直線に駆け抜けていく列車。今じゃ、列車は徒歩や馬に代わる移動手段であり、最も有力な手段である。飛行艇という手段も無くはないのだが、コストが高いのと、未だに民間のものは信頼に足る安全性を獲得できていないことが原因で、結果的にコストが安く信頼性の高い導力列車が、最も有力な移動手段となっている。

 それに、今回の"仕事"を行うにあたって目立たないのが最重要項目だ。飽くまでただの警備隊員としてベルガード門に向かうだけだ。

 俺としては諜報活動なんて向いていないし、やりたくもない仕事ではある。世の中は案外単純であるが故に、その諜報活動はそれを崩した挙句、俺が次に来た時クロスベルに数年間立ち入り禁止の看板を掲げられる。俺にだけ有効な看板を。だから、諜報活動は好きじゃない。

「起きろチャールズ、駅に着くぞ」

 無線機からレクターの声がし、俺はその声によって、朦朧としていた意識を取り戻すことが出来た。

「右手をご覧ください。帝国の中でも最も強固と謳われるガレリア要塞を抜け、クロスベル最西端ベルガード門を越えると、クロスベル駅に到着致します」

 レクターが無線を利用したままいつもの悪ふざけが始まる。まるで、列車のアナウンスを真似たような口調だ、というより真似ている。

 俺はそれを無視して窓の外に降る雪を眺める。これから嫌と言うほど見れそうではあるが、どこかこれで見納めになってしまうのではないか、という杞憂が浮かんでくる。夏になってしまえば無くなる、という話ではない。これからの任務に不安を感じているのだろうか。

 すると、列車が緩やかに停車する。体が柔らかいシートに沈み込む。

 窓の向こうは既に白銀の雪景色ではなく、色とりどりで観光客を迎える壁があった。

 俺はため息を吐いて立ち上がると、新生活には少なすぎる荷物を持って列車を降りた。

 多くの観光客で賑わい、移動の要所となったこの駅は喧騒に包まれていた。

「さ、これからはアンタ一人で行ってこい。"Note"で情報を送るだけ。実質はアンタの能力を測るための仕事だ。短期間にどれだけの機密を漏らせる(リーク)のかがミソ、上手く行けば今後もウチらから依頼を出すかもしれない。そうなればアンタは儲かるし、局も楽が出来る──あと人員を失う確率も低くなる」

 レクターはそう言って背中を見せると、「ま、頑張れよ諜報員(スプーク)さんよ」と言い残して去っていった。

 俺はそのぶらぶらとした背中を見送り、Noteの入った鞄を手に提げて歩いていく。

 すると、列車が再度出発したにも拘わらずに銀髪の女性が、列車から降りてすぐの場所で辺りをきょろきょろと見回しているのが見えた。どうやら、同じ警備隊の制服を着ていることから接近するに値する人物だろう。田舎臭いこともあるし、仲を深めることは容易だろう。

「どうかしましたか」

 俺は物腰を柔らかく話しかける。

「えっ、あぁ、いえ大丈夫です。気にしないで下さい」

「でも、見たところ列車を利用するには慣れていませんよね。俺が案内しましょう」

 それにここが駅であってこれから過ごす街でもありますからね、と付け加えて、銀髪の女性に自分に付いてくるように促す。女性は素直に頷き、新生活を始めるにしても少々多く感じる荷物がパンパンに入ったスーツケースを転がし始める。

 俺は駅から出るための手続きを女性に説明しながら話しかける。

「クロスベルは初めてですか」

 すると、女性は微笑み、

「いえ、小さい頃に一度だけ家族と一緒に来たことがあるんです。帝国へ旅行に行っていたんですけど、予想以上に何も無かったものですからクロスベルに行ったんです────失礼、貴方の出身を教えてくれますか」

「俺の出身は帝国ですが、大丈夫ですよ。帝国って夏至祭以外は堅苦しい行事しかないものですから、観光でクロスベルには敵わないことはわかっていますよ。今の発言に対してどうこう思いません」

 俺が発言をフォローすると、女性は安堵の息を吐く。確かに帝国に旅行で来たところで何もないだろう。今こそ観光に対して力を注いでいる場所もあるが、五年ほど前なら、ただの軍国家──今もそうだが──であり、家族連れが来て楽しめる国ではなかった。 そして、駅から出て日光を浴びると、

「それでは、ここで。有難うございました」

 と、女性は言って街道に向かって去ろうとするが、俺はそれを呼び止める。女性は再び焦燥した様子になった。

「ベルガード門に行くのですか」

 女性が離れているため、少し大きめの声で言う。

「はい、今日が入隊する日なんです」

 俺から歩み寄る。

「俺もベルガード門に配属されるんですよ。良ければ一緒に行きませんか。貴方はどうやら東街道に出ようとしていましたし」

「え、あっちが西じゃないんですか」

 彼女がそう言って見せてきた地図は、明らかに紛い物であった。東と西が全く逆に書かれているのだ。しかし、彼女自身かなりの方向音痴の可能性がある。なんせ、左右が反転したはずの地図に従ってここまで正しい道のりを歩いてきたのだから。そして、その地図は恐らくただの嫌がらせで東と西が入れ替えられていただけだろう。

「この地図じゃ迷うのも当然です。俺もベルガード門行きですから案内しますよ」

 俺がそう言うと、今度は素直な反応。二秒ほど考え込んでから「ありがとうございます」と言う。どうやら自分の置かれた状況が飲み込めたようだ。偽の地図を買わされ、危うく目的地の反対に向かおうとしていた、ということ。

「ここから東街道に出て、そちらでバスに乗りましょう。一番速い移動手段です」

「そうですね。貴方に付いていくのが最善の選択肢ですね。実を言えばちょっと不安でしたので、案内して下さるなら、とてもありがたいです」

 俺はこの隊員を上手く引き込めたことを喜ぶ。これからの情報源としては機能しないだろうが、噂の類だろうと聞けるような人物がいるのは重要だ。たとえ噂だろうと、諜報活動では有効である。

 では、早速街道に行きましょうか、と俺が提案すると、女性も同意する。

 

「そう言えば、名前を伺っていませんね。これからはお互い同じ職場ですし、名前くらいは知っていても良いのでは」

 隣の席に座っている先程の女性が訊いてくる。

 勿論、マニュアル通りの答え方をする。

「そうですね────俺の名前はチャールズ・アイヒマンです。貴女の名前は」

 俺は女性に訊き返す。

「私はシルヴィ、シルヴィ・ロタールです」

 まるで、髪の色にかけたような名前だな、思いながらも、いい名前ですね、貴女に似合っていますよ、とシルヴィを褒める。男に慣れた女性ならば、ここまで褒めてくる相手には呆れるだろうが、シルヴィという女性はそうではないようだ。まず、男に褒められることに慣れていないのだろうか、困ったように頭をかいて笑っている。

 そして、それを誤魔化すように、

「チャールズさんは警察学校を卒業してから入隊するのですか、それとも途中入隊ですか」

 と質問を変えてくる。途中入隊とは、ある程度の実績──遊撃士などの、戦闘を行う職に就いていた経験。若しくは軍用車両の整備が可能──を持っているならば警察学校に入学、卒業していなくとも警備隊に入隊することが可能だ。

 途中入隊です、と答えると、前は何の仕事をしてらしたんですか、と訊いてくる。随分と質問が多いな。

「遊撃士ですよ。帝国の方面にある支部で働いていましたが、少し問題を起こしてしまいまして、辞めることになったんです」

「チャールズさん、優しそうなのに遊撃士を辞めることになったんですか」

「ええ────シルヴィさんは何をしていたんですか」

「私は警察学校を卒業してからです」

「すごい、それじゃあエリートって訳ですね」

 俺のお世辞ともとれるリアクションにシルヴィは照れ隠しに笑って、そうでもないですよ、と返す。その笑顔は少女のようであり、警備隊の制服を着ていなければ十六歳あたりと間違えられても仕方ない。何より、背中のように平べったい胸部が影響しているのだろう。

「褒め上手ですね。私みたいな田舎者がクロスベルに来て大丈夫なのか、不安になっていましたが、貴方のお陰で安心できました。ありがとうございます」

「ありのままの評価です。悪い点は言っていないだけですよ、言われない方が幸せなこともあります。貴女が言ってほしいのならば言いますよ」

 俺が挑発するように言うと、シルヴィは望外の言葉に驚く。

「うーん………そうですね、自分で振り返ります…」

 シルヴィがそう言うと、バスが急に停車する。荒い運転だな、と俺は呟くと、前にあるシートから見を乗り出し前方の様子を確認する。

 ────バスの目の前に、猿のような魔獣──しかし、人の大きさを優に超える──が悠然と道のど真ん中に立っており、こちらを見据えている。周りに座っていた乗客もざわめき始め、パニック寸前となっている。俺の心臓も拍動を高速で繰り返し、脳はアドレナリンを放出している。

 あの魔獣はこちらを"狩る"つもりだ。毎日の食事の中でも一つに過ぎない俺たちはクロスベルタイムズでは大きく取り上げられる。魔獣の機械的な衝動に対して。

 だが、ここで人生を終える訳にはいかない。

 俺はシルヴィにここで待機するように伝えて、窓を開けると、単独でバスを降りる。他の乗客や魔獣に悟られないように、バスの車体によって生み出された死角を利用して、魔獣の立つ位置からぎりぎり見えなく、且つ最大まで接近した場所に移動する。

 そして、身体強化を行う。身体強化、と言ってもアーツの類には思えない。かといって超常的なものだとは信じ難い能力。俺はそれを発動すると、両腕でバスを抱えている魔獣の側面に飛び出して、地面を蹴飛ばすと急接近する。そして、こちらが脅威でないと思っている魔獣の脇腹に、撓らせた腕の先端をめり込ませると、魔獣の骨を砕く音と共に、魔獣が三アージュほど吹き飛ぶ。

 しかし、彼はまだまだピンピンしていて、不動の直立を保ったままだった。

 あまりに想定外の出来事に眉をひそめる。

 すると、魔獣はゆっくりと右腕を振り上げるような動作をすると、先ほどの俺のものと同様に接近し、その勢いを拳に乗せる。俺は両腕を胸の前で交差させて衝撃を防ぐが、体は吹き飛ばされ、川面に投げた石のように数回跳ねる。

 そして、仰向けに倒れている俺に対し、魔獣はのそのそと近付いてきて、両の手を組んで、それを振り下ろそうとしている。

 俺は真横に落ちている拳台の大きさをした石を掴むと、腕を振り、その慣性を利用して、石を魔獣へとぶつける。が、魔獣は少し怯んだ程度であり、またすぐに止めを刺そうとしてくる。

 歯が軋み、このバスに乗った後悔が生まれると同時に、視界から魔獣が消える。

 俺は突然の逆転に、ぽかんと口を半開きにしてしまうが、トンファーを両手に持った青年が俺に駆け寄ってきて、大丈夫か、と声を掛けてくる。

「ええ」

 俺は気の抜けてしまった声で答える。

「アンタ、あのパンチを受けてもまだ生きてるとはな。なかなかタフじゃないか、新人のようだし警備隊には勿体無い。ウチに来ないか」

 彼の言うそれが冗談であることは分かっていたが、死にかけかもしれない相手に冗談を言うのもどうだろうか。

 俺は深く礼をして、再びバスに乗り込む。

 車内は俺と青年を称える人間で溢れていた。あのシルヴィという女性も同様だ。

 あまりこういうのは慣れていから、どう対応したら良いのかも分からずに、ただ黙ったまま、元いたシートに座り込む。

 

 

 

 

 

 

 ベルガード門に到着したバスから先に降りると、足許が覚束ないシルヴィに手を差し伸べると、彼女はそれを支えにして腕の力を追加すると、今度はスムーズに進んで降りる。

 バスのドアが閉まり、来た道へと戻っていくそれには見向きせず、

「ここが新しい職場ですね」

 と、安堵の声ともとれるが、内心は不安に満ちた声を漏らす。

 ここまでは誰にも怪しまれていない。怪しむ者がいない。だが、ここからは本物の警備隊員が勤めていて、飽くまで新人として働かなければいけない。それも、Noteの存在に気付かれずに。

 すると、シルヴィが少し挑発的に話し掛けてくる。

「私たち、もし同じ部隊になったら敬語禁止っていうのはどうでしょうか」

「良いんですか、敬語使ってなければ、嫌な奴ですよ、俺」

 俺は申し訳なさそうに、断るように言うが、シルヴィは気にしない。

「口が悪くても悪い人ではないでしょう。チャールズさんは私を守ろうとしてくれたじゃないですか」

 彼女はそう言って、微笑を浮かべ、今からでも良いんですよ、と付け加える。不意にも、その笑顔に惹かれそうになってしまう。少女のように無邪気なその笑顔に。

 俺は反応に困って、後頭部を掻くと、

「分かった……これでいいんだろ、"シルヴィ"」

「うん、ありがと、"チャールズ"」

 思わず、口角を上げてしまう。この女の前では何故か素の感情になってしまう。きっと、彼女の無垢な人格が影響している。自分の感情がシルヴィに操られているような感覚だ。

 手練の諜報員(スプーク)ならば、相手の無意識に干渉することすら可能な人間もいる、という話をレクターから聞いたことがあるが、それを彼女が使っているとは思えない。たとえ、使っていても無意識だろう。干渉しているものと同じ無意識────クラレンス曰く、意識が干渉していない行動というのは、我々が思っているより遥かに多いらしい。人間は意識が無い、無意識の状態でも、起きて、働いて、帰って、眠りにつく。それが本当なら、このベルガード門も無意識の人間が守ることだって可能だということだろうか。

 俺は一歩先を歩くシルヴィの姿を見ながら考える。俺は彼女に惹かれているのだろうか。

 すると、門の正面を警備していた隊員が、俺たちの元へ駆け寄ってくる。

「君たち、持ち場は何処なんだ」

「いえ、俺たちは入隊しに来たんですよ────司令官は司令室にいますか」

 俺は念の為、訊く。

「ああ、入隊者がいるとは聞いていたが…時間は大丈夫か、二〇分はオーバーしているぞ」

「え」

 シルヴィは俺に走るように言うと、司令室に急いで向かっていった。俺は隊員に礼を言って、シルヴィを追う。

 彼女は忘れていると思うが、俺は重傷を負ったはずだ。身体強化によって然程のダメージにはなっていないが、走れば痛む。

 そして、門に入ってすぐのところに階段があり、それを駆け上がる。二階に到達すると、競歩程度のスピードで歩く。流石に廊下でドタバタ鳴らすわけにはいかない。

 司令室の前に到着、俺とシルヴィは深呼吸すると、顔を見合わせて頷く。そして、覚悟を決めるとドアをノックして、ドアノブを押した。

「失礼します」

 室内に入ると、既に二十人ほどの隊員がぎゅう詰めになっていた。その隊員たちは皆、遅れてきた二人に注目する。

 両肩が誰かの肩と接触するほど、詰めている隊員たちの奥に、こってりと太った男が座っているのが見えた。男は椅子から落ち着き払い、その場から、事情は知っている、と言うと、俺たちの配属に関する説明を始めた。

「わたしは司令が不在のため、臨時で司令官を務めているアーノルドだ。今後一年はわたしの指揮下にいてもらう。

 それで、君たちの配属だが────ここにいる全員の所属を以て『特殊警備群』を設立する」

 予想外を過ぎた言葉は、俺たちを混乱させて、隣の者と話したり、ひたすら驚く人間を生み出した。

「その特殊警備群とは」

 この混乱の中、一人の男が極めて冷静に訊いた。それと同時に、混乱も静けさを獲得する。

「いい質問だ。この特殊警備群には、名前の通り特殊な作戦を行ってもらう。君たちも知っての通り、クロスベルは法律上、軍を持つことは出来ない。だからこの呼び方なんだ、実質は特殊部隊だ。破壊工作や人質救出を行う」

「ということは今日からでも、本格的な訓練が始まるのですか」

「当然だ。クロスベルの周辺の情勢は悪化の一途を辿っている。君たちは、今後のクロスベルが独立を続けるには必要なんだ」

「最新の軽装甲車が何台も購入されたのも、それが理由なのですか」

 彼は質問をする。

「そうだ、君たちの戦力として新たに購入したものだ。不整地の道でも時速五十アージュを保つことができる」

「何故、そこまでして特殊部隊という枠組みを必要とするのですか」

 彼がそう訊くと、あまりに執拗な部下にうんざりしたのか、眉間にしわを寄せる。

「安心したまえ、君たちを使って大使館の襲撃をして先制攻撃をしようという訳ではない。ストラナ・ヴォディーという国で少数精鋭の部隊が活躍したから、我々もそれに力を注ごうとしているのだよ」

「しかし、ストラナの部隊は────」

「さあ、聞きたいことはもう無いだろう。さっさと訓練を始めろ、演習所に行けば教官がいるはずだ。彼に特殊作戦のノウハウを教えてもらえ」

 アーノルドは彼の言葉を塞いで、埃でも払うように手を動かしている。さっさと出ていってほしいのだ。

 俺は、発言をしていた男の肩に手を掛け、今は諦めるように催促する。男はアーノルドに聞こえるような舌打ちをして、部屋を出ていく。

 すると、「ああ、そうだ。シルヴィ、チャールズ、お前たちは残れ」と呼び止められる。

 アーノルドは他の隊員が全員出ていくのも待たずに、チャールズ、お前が隊長をやれ、と指差し、シルヴィは副隊長だ、と付け加える。全く下品な声だ。

 俺は、了解です、コマンダー、と返事をして、シルヴィと共に、部屋を後にした。

 勿論、心の中では中指を立てながら。

 

 

 

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