銀の軌跡   作:暁学園前

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二章

 

 

 

 体に纏わりつく草や木の枝を、落としながら扉を開けると部下たちが一斉に駆け寄ってきて俺たちを称える。これには驚かずにはいられない。

 皆先に脱出していたのか、と俺が質問すると、エドワードが出てきて、隊長たちで最後です、と俺の肩に手を置く。それに続いて、シルヴィやアルフレッドにも称賛が向けられ、俺はそれに乗じてこの場を抜け出す。皆は気付いていないようだ。ただ一人動じていない人、アーノルドだ。

 どういうことですか、と俺は訊く。それによって自分の中にある怒りの波が、全身に広がっていくのを感じられる。

 すると、アーノルドは下品な無表情から唇を歪ませてこう言った。

「どうもこうも、特殊部隊という枠組みである君たちがこれくらいで死ぬような人材ではいけないだろう。だから抜き打ちの訓練を行ったのだ」

「今回の訓練は度を過ぎています。隊員の命が危険に晒されました。このような訓練を行っていれば、いずれ死者が出てしまいます。確かに実戦では安全など確実ではありません。隊員の精神面も肉体面も強化していくのは大切です。しかし訓練で隊員自体を失っては元も子もないでしょう。それに、サバイバル訓練中に隊員が死亡しただなんて事実が外部に知れたら大事になりますし、その責任は貴方が負うことになるのですよ」

「貴様らが無能だったからだ。昨日の訓練じゃ大敗したようなものだろう、そんな人材、センスが無ければ一人二人死んだところで変わらん」

 俺はアーノルドの言葉に心底うんざりしたのと同時に、激しい怒りも湧いてきた。彼らとは、偽造された生活とはいえ、共に暮らした仲間でもある。だから彼らの命を粗末に扱うのはどうにも許すことはできない。

「貴様っ────」

 俺がアーノルドに掴みかかろうとした瞬間、何者かがアーノルドの胸ぐらを掴みにかかった。

 アルフレッドだ。

「俺たちがどうなってもいいって言うのか、お前は」

「この手を離せアルフレッド曹長。隊規違反だぞ、懲罰は免れなくなる」

 アルフレッドはアーノルドの脅しに怯む様子もなく、

「懲罰なんか知ったこっちゃない、無能なクソったれのお前が俺たちの指揮をすることが許せねぇ。部下を死なせるくらいならお前が死ね」

 と言って、掴んでいた手を前に押し出してアーノルドを押し出す。アーノルドはよろよろと立ち直し、意地悪い口調で、

「いいだろう。来月、TMPとの合同演習がある。そこで貴様らが勝つことが出来なければ貴様らは無能だ。碌な部隊に転属出来ると思うなよ」

 俺たちの方向に指差してくる。恐らくはアルフレッドに向かって言っているのが八割なのだろうが、俺たちは全員に言われたように感じた。しかし、俺は訊きたいことがある。

「なら勝ったときは」

 俺は尋ねる。

「お前たちの指揮を辞める。別の人間が指揮を執る」

 アーノルドはそう言って、どすどすと司令室へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

‹Note//starting sequens.........›

 

 今回は安心して見ていられる、この画面はヘルプの一つも表示してくれない、不親切な設計の端末だ。しかし、傍受を一切受け付けない通信技術と、国を一つ挟んでもタイムラグ無しに会話ができるほどの性能があるから大満足ではある。

「こんばんわ、鼠さん」

かかし男(スケアクロウ)が何を言うか」

 俺たちは軽い挨拶を終えると、本題に入るか、というレクターの言葉でビジネスの話を始める。

「仕事の話だ────まず、帝国側なんだが……少々厄介なことになるかもしれない」

「TMP関係か」

「なんだ、そっちにはもう伝わってたのか。なら話は早い」

 レクターは咳払いをする。

「そちらの特殊警備群とこちらのTMP、中でも近接戦闘(CQB)に慣れてる連中が演習をすることになった。生憎、こちらの部隊は幾度となく武装組織との実戦を経験しているから、そちらの勝機は薄いものかもしれん」

「俺が心配してるのはTMPの連中と会うことだ。近接戦闘(CQB)といえばリーヴェルトが得意でもあっただろう。彼女には俺がチャールズ・アイヒマンとして生きていることを伝えたくない」

「何でだ。もし嫌なら答えなくてもいいぞ」

「いや、大丈夫だ。────あいつにはな、恩を売ってあるからな。会いたくない」

「恩を売ってある……。それの何が障害となるんだ」

「…………あいつは執拗いんだ」

「執拗い……」

 俺は静かに、ああ、と答えた。

「なるほど、それ以上は訊かないほうがいいってことか」

「まあな、それで問題は他にも」

「あとは特筆すべきものは────ちょっと待っててくれ」

 すると、レクターは少し音声を切ってから暫く経つと、考え込んで頭を抱えている姿が映った。

「どうしたんだ」

「今、大きな問題が発生した………」

 俺は、レクターが深刻そうな顔をするほどの問題に固唾を飲む。そして、これから来る災難に備えた。大体、俺には大きな災難が数多く降ってくる。鉄道憲兵隊に所属していた時、四十人の敵に囲まれ、負傷したクレアを運びながらの脱出はぞっとしないものだった。

 そして、レクターは顔を覆った指の間から声を漏らす。

「その演習はミハイル大尉が指揮を執る。クレアの参加も確実だ。今ミハイル本人から連絡があった」

「ミハイル……」

 俺は思わずその名を呟く。

「ミハイルといえばあのミハイルだろ」

「ああ、その通りだ。お前も憲兵隊出身なら知っているだろう。あいつの指揮する部隊にお前の特殊警備群が勝てるかどうか──結果はお前次第でもある」

「あいつにも会いたくないんだが」

「仕方ない。演習が始まってしまうんだ。一応、俺はあんたらを応援してるぜ。精々頑張ってくれよな」

 レクターはいつもの軽口を取り返すと、通信終了していいか、と訊いてくる。俺は、ああ、お互い頑張ろう、と言って通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、チャールズ。あんたが貰って喜ぶものって何だ」

 ベッドに入った状態のアルフレッドが、突然質問をしてきたから驚いた。

「そんなに驚くことか」

「いや、お前からこうして話しかけてもらえたから嬉しいんだ。まあ驚いたのもあるがな」

「なんだそれ」

 アルフレッドは微かに笑う。

「お前がプレゼントをしてくれるのか」

 俺は敢えてその質問をして、この話の核心を突こうと試みる。しかし、

「そういうわけじゃないんだ。だが聞きたくなった」

「なんだそれ」

 先ほどのアルフレッドの口調を真似して言ってみる。すると、アルフレッドは声を出して、あはは、と笑う。

「あんた、意外とユーモアがあるんだな。知らなかったよ」

 アルフレッドは、そうだ、と付け加えて、本題に入ろう、と言う。

「そうか、俺が貰って嬉しいものかぁ………正直、部下にプレゼントを貰えるほど慕われてるなら、それだけでも十分な気もするな。だが、強いて、欲しいものがあるとすれば“他人の人生”だな」

 アルフレッドは思わず首をかしげる。俺は淡々と説明を始めた。

「俺は他人の人生、偉人伝だとか歴史とか、実際に人が生きた、そんな“匂い”のようなものが好きなんだ。創作された物語には無い、そんな匂いが」

 俺の発言に対して、アルフレッドは少々悩みこむ。それもそうだ。少しチョイスの難しそうなものを言ったからな。

「わかった。今度検討してみる」

「ああ、頑張ってくれ」

 俺はアルフレッドに激励の言葉をかけると、来月に控える演習に対する激しい不安を忘れるように、静かに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 隊員たちは、時速四十アージュで走る装甲車の中でもみくちゃにされながら、マガジンのスプリングや銃の動作などを確認している。

「到着するぞぉ」

 操縦席のすぐ後ろにいる通信士が叫ぶ。それでも辛うじて聞き取れるほどだ。まるで削岩機の中に放り込まれたよう。

 俺は後部ハッチを開けると、一番に外へ出て周囲の警戒をする。続々と他の隊員も出てきており、装甲車の周りを囲んでいった。すると、アルフレッドが、右にいるぞ、と叫ぶ。確かに目標の建物は、右手の山の麓にある。

 俺たちはフォーメーションを整えると、装甲車を盾にして銃撃を開始する。こんな開けた平原じゃ他に隠れる場所が無い。

 続けざまに鳴り響く銃声の中、俺は操縦士の顔がうっすら見える窓を乱暴に、四回叩くと、前へ進め、俺たちが後ろから撃つ、と伝える。操縦士は頷いて、装甲車の向きを九〇度回転させ始めた。部隊は装甲車の狭っ苦しい後部へ移動し、大半が完全に隠れた状態で前進する。

 次第に仮想敵への距離が縮まっていくと、装甲車に籠もっていた通信士が銃座につき、重機関銃の発砲音を響かせる。

 俺は部隊に散開するように伝えると、建物に突入していく。

「CP、こちらアルファ・ワン、これより部隊は“箱”を開ける。オーバー」

「こちらCP、了解。十分に警戒しろ。アウト」

 ドアを破壊するための爆薬とフラッシュを先端にくっつけた、使い捨てのハルバードを、エドワードがドアの表面に叩きつけ、部屋の内部に先端を潜り込ませる。彼の腕前は一昨日の演習と比べてかなり上になっている。

 部屋の内部に侵入したフラッシュが炸裂し、爆薬によってドアが粉々になる。

 俺は内部に飛び入り、仮想敵が描かれた看板の頭を三つ、極めて冷静に二発ずつの弾丸で撃ち抜く。すると、撃たれた看板は倒れ、クリア、という声が部屋の中で響く。

 move。俺はそう命令すると、階段を上がった先に敵の声が聞こえたので、その場所にグレネードを投げ込む。そして、爆発音が聞こえると同時に看板が倒れる音が聞こえる。

 勿論、本当にグレネードが爆発したわけではない。そういう音と判定によって、端末によって管理されている、バーチャルな戦闘を行っているのだ。ハルバードの爆薬以外は全部音と判定だけだ。ここまで特殊警備群の訓練に金を掛けるとは。本気で特殊部隊として完成させたいらしい。

 俺が憲兵隊に所属していた時でさえ、こんな贅沢な訓練はさせてもらえなかった。実戦も多かったからそれだけで練度は上がったのだろう。

 

 俺はドアの横に張り付き、ハルバードを使え、という合図をおくる。

 すると、アルフレッドが折り畳まれたハルバードを真っ直ぐに伸ばし、柄を握ると、ドアに向けて、しならせた腕を思いっきりまわす。

 今度は容赦無しの指向性爆薬だ。ハルバードの先端に括られたそれはドアという障害を無理やり突破し、爆発を起こすとそれによって発生した破片を撒き散らす。俺たちが部屋に侵入すると、プラネタリウムのように破片が刺さっていて、部屋内部の看板は全て倒れていた。

 アルフレッドは口笛を吹いて感嘆を表現する。

 俺は作戦の手筈通り、この部屋を制圧したのちに行くべき部屋へと向かう。

 そして、廊下を渡っているとき、俺のすぐ横に看板が飛び出してきた。ライフルで対応できる距離じゃない。すると、俺の襟を掴んだ何者かが俺の体を後ろに引っ張り、俺の大腿にあるホルスターから拳銃を引き抜き、看板へ向かってそれを発砲する。

 気付くと自分の息が上がっており、俺は命の恩人がいる方向を見る。そこには拳銃を俺のホルスターへと戻すエドワードがいた。エドワードは、

「僕らもこれくらい戦えるんです。守るのが仲間じゃない、守り合うのが仲間なんです」

 そう言って、俺のヘルメットを小突いて、先導の位置へ立った。

 俺は隊員の成長とでもいうべきか。いや、自分がまだまだ未熟なことを思い知らされたような、そんな感覚に陥り、思わず涙ぐみそうになる。いつから自分だけが戦力で戦っていると思っていたのだろう。

 少し取り残された俺に、シルヴィが近づいてきて、「今日はチャールズが楽をする日だよ」と言って俺の肩を叩くと、先へ進んでいった。

 俺は彼らの言葉に応えるべく、前へと足を踏み出す。その瞬間、俺は自分自身がチャールズ・アイヒマンであることを願ったようにも思えた。警備隊に所属し、多くの隊員と共に任務を遂行する人間。チャールズ・アイヒマン。

 だが、現実というものは俺が忘れることを許さない。俺が彼らを売っているというのも、また事実なのだ。

 

〈全部隊、こちらスカウト、箱の中身は空だ。繰り返す、箱の中身は空だ〉

 ゴドーからの報告を受けると、全員が一気に気を抜いたように思える。明らかに警戒しているようには見せるが、視線を辺りに配らせているだけで、敵を発見しようという意思は感じられない。適度にサボることも軍事行動では大切だ。ゲリラのような敵を相手にする場合──全滅したと思って進んだら、足の真横で、地雷が土の中から顔を覗かせていたこともある──を除いて。

 俺は無線で、部隊に作戦終了の旨を伝え、よく休むように促す。彼らは本当によく働いてくれる。ただ、ここまで情がうつってしまっていると、任務のことも忘れたくなる。彼らがいつか、帝国の兵士と対峙することがないことを祈るばかりだ。

「隊長、今回の演習は上手く連携できたんじゃないですか」

 エドワードが俺の顔を覗き込んで言う。

 まあな、と淡白な返事をして、俺は踵を返す。

「この程度で喜んでいちゃ、実戦で敵に勝てるかどうか分からん」

 その言葉にエドワードは落胆した様子をみせる。

「だがな、今後の成長は十分見込める。俺の成長も含めてな。──チームワークは十分に固いものとなった。これからは各々の戦力を底上げしていくことに集中すればいい。今回の演習、お前たちの成長が見事だった」

 俺はそう言い残して、部屋を後にする。それと同時に、心の呵責が渦を巻く。本当にこのままで良いのだろうか。俺はあくまで、諜報が目的で忍び込んでる諜報員(スプーク)だ。俺と彼らでは釣り合わないだろう。純粋な仕事として、警備隊員という道を選んだ彼らとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、チャールズ。休暇が与えられたら二人で遊びに行かない」

 真っ暗な中、ライトに照らされたシルヴィが、装甲車の整備をしながら話す。

「そうだな……二人同時に休暇をとるのは難しいかもしれないな」

 俺は装甲車の内部を、手持ちのライトで照らす。

「でもさ、もしとれたらどっかに遊びにいこうよ。山とか川とか」

「山も川も、訓練でたくさん見てきただろう。もう十分じゃないのか」

 すると、シルヴィは少々腹を立てた様子で、

「チャールズは分かってないなぁ。プライベートで行くから意味があるんだよ。────それに、チャールズと行くっていうのにもね」

「ん、俺と行ったって楽しくないだろ。アルフレッドとかエドワード、アシュリーとかケイト、他の候補を挙げだしたらきりがないぞ」

 シルヴィは、暫く静かになった。不味い発言をしたのだろうか。俺はシルヴィの名前を口にする。

「じゃあさ、私の今までの人生。それと交換っていうのはどう」

 瞬時に彼女の言っていることは理解できなかった。俺は、えっ、と慮外の出来事に対応できなかったことを、口から漏らしてしまう。

「私の今まで。それをチャールズに話すから、チャールズは私と遊ぶことを約束して」

「等価交換かどうかは分からないな」

「うん、だけどこれで交渉する」

 俺はシルヴィに心理戦専門の部隊を推薦したくなった。

「分かったよ。そうする、そうしてまで、遊びたいなら仕方がない」

「じゃあ、私の人生、話すね」

 彼女は作業をしている手から目を離さずに、始める。

 

 私は、コシチェイと呼ばれる国で生まれた。一次産業が発達している国だったから、他国への輸出で稼いでいる国だった。ただ、そうすると、不作になった途端に景気が悪くなるから、それ自体は安定した経済とはいえなかった。だけど、もう一つの経済、派兵というものがあった。だけど、命を落とすかもしれない戦闘をするんじゃなくて、貧乏な国の兵士に訓練をさせたりとかの仕事が、もっぱらの仕事だったらしいよ。

 その二つの経済がお互いを補完しあったおかげで、景気が悪化しても、国民は安定した生活と安定した収入を得ることができたんだ。

 誰もが幸せに暮らせていると謂われたその国が、ひっそりと抱えている問題。私は、その問題に気づいてしまった。兵士たちの負担が大きいということ。

 兵士たちが訓練するのは、貧乏な“国”の兵士と言ってはいるけど、その国の兵士たちがクーデターを起こして、政府を転覆させたこともある。こちらとしては関係ない話ではあるのだけど、コシチェイの兵士からすれば、自分たちの教えた技術が虐殺をも引き起こした、という考えに至ってもおかしくなかった。

 むしろ、そんな国が数多くあった。酷い場合は、政府軍だと思っていたら、反政府勢力の予備軍を訓練させてたこともあった。

 つまり、コシチェイの派兵経済は”戦争経済”になりつあったの。

 ただ、国民はそれに対して無関心(indifferent)だった。日々の生活で忙しい大人たちは、国の状況など興味はなかったの。私は、それに気づいてしまったのだけど。

 だから、私は抜け出した。いろんな国から恨みを買ってちゃ、いつ戦争がおきるのかも分からない。

 まあ、世界をみたかった、ていうのも無くはないんだけどね。

 

 シルヴィはすべてを語ったあと、警察学校に入ったのは一番支援が厚かったから、と付け加える。

 俺は銃座からシルヴィの顔を窺う。彼女の表情は、どこか、故郷を懐かしむような、哀しみが混ざった表情をしている。その目には何の邪心も虚飾もない。ガラス玉を思わせる目だ。光が屈折し有彩色に変換する、透明なガラス玉。

 暫し、場を沈黙が支配する。もう整備は終了した。

 すると、後ろから自分の名前を呼ばれ、それに耳をくいっと引っ張られる。

 そこには息を切らしたアシュリーが。

「鉄道憲兵隊の方が、部隊の責任者と話したい、言っています。早急に来いということです」

 わかった、すぐ向かう、と返事をすると、シルヴィに今日は早く寝るように言う。

 

 応接室に入ると、懐かしい顔が二つ、ソファに座っていた。

「こんばんわ」

 俺がそう挨拶をすると、同じように返ってきて、このやりとりでさえ、冷や汗をかかされる。

 向かいのソファには、ミハイル中尉とクレア少尉が座っていた。どちらとも知り合いだし、二人とも面識がある。

「来月行われる演習についてのお話でしょうか」

 俺は問う。

 ミハイル中尉は、ええ、と重く伸し掛かる声を発する。

「上層部からの命令で、明後日、演習を行うことになりました」

 俺はその日にちを口に出して驚いてしまう。

「ええ、我々鉄道憲兵隊(TMP)としても不本意ではあるのですが、特殊作戦コマンド(SOCOM)に逆らえないのが現実でして────」

 そこでミハイルは、唇の動きを止める。

「どうしたのですか」

 俺は訊く。恐らく、ミハイルが黙っている理由は?俺の予想が合っているだろう。

「いえ、昔の知人と顔立ちが似ていたもので。────失礼、まだ名乗っていませんでしたね。わたしはミハイルです。鉄道憲兵隊の中尉です」

 それと同時にクレアが、私も同じ所属の少尉です、と言う。

「では、自分も────自分はチャールズ・アイヒマン大尉です。この『第三歩兵小隊』の隊長を務めています」

「宜しくお願いします。アイヒマン中尉」

 ミハイルはそう言って、テーブルを挟み握手をしてくる。

 こちらこそ、と俺は言って手を握り返す。

 そして、俺がクレアとの握手を終えたのを確認したミハイルは、またソファに座り込み本題へと入る。

「そちらも分かっているとは思いますが、今回の演習は、一種の代 理 戦 争(プロキシー・ウォー)のようなものだと考えていいでしょう」

 俺は思わず苦笑する。このような男であることは分かっていたが、本来、このミハイル節にはリハビリが必要だ。少なくとも俺には。

「だと思いましたよ。しかし、はっきり言いましたね。良いんですか、貴方もこの演習の責任者であり、鉄道憲兵隊の要である人物でしょう」

「その心配はありません。先ほどは流れで“鉄道憲兵隊所属の”と言いましたが、二人とも“個人的な”用事で来ていることになっています。そのついでに伝えただけです」

 俺は少し大袈裟に安堵した様子を見せ、

「良かった…もし代理戦争というのが“仕事中”の貴方が発言しているなら、クロスベルと帝国で全面戦争(せんそう)になりかねませんからね」

「全くです」

 ミハイルが少しだけ口角を持ち上げる。こいつには似合わない手段だな、その時の立場を利用するなんて。

 すると、突然クレアが会話に入ってくる。

「しかし、我々は政府の要望に応えるために、演習に勝つのではありません。お互いを高め合うために今回の演習に全力を注ぎます。それはそちらも同じですよね」

 クレアは俺の瞳をじっと見つめたあと、眉間にしわを寄せる。彼女が表情を変えるのは珍しい。

「チャールズさん……貴方、本名ですか、それ」

 体が震えだす。他人からは分からないだろうが、微弱な震えが全身を伝う。

「何をおっしゃいますか、クレア少尉……」

 俺がそう言うと、クレアはふふっと笑い、口元に指を当てる。

「私の名前、会話の中でいつ出てきましたか」

 心臓がどきりと音を立てる。

 クレアは俺の正体を見破ったことで、優越感に浸っているようだ。

 ミハイルは額を手に乗せてため息を吐く。そして彼の視線は、額を乗せた腕を挟んで俺の視線とぶつかる。

「………今度は何をやるつもりなんですか、レッドルップ中尉」

「バレちまったか」

「鉄道憲兵隊を辞めて、遊撃士をやっているかと聞いてましたが──次は警備隊ですか」

「いや────遊撃士の『仕事』だ。お前たちの味方でもある情報局からの依頼」

 クレアが、深くは訊きません、と言って、再び本題に入る。レクターから何かしら聞いて、予想はついたのだろうか、平然としている様子だ。

 ミハイルは納得のいってない様子だが、仕方なく話を続ける。

「演習の実施が決まった当初はインドアのものが予定されていましたが、急遽、アウトドアに変更になりました」

「シチュエーションは」

「お互いに部隊が整っていない状態で、一つの平原を挟んで戦います。平原といっても、起伏が激しい地帯ですので、それを稜線として利用し、回り込むことも遮蔽物にすることも出来ます」

「歩兵のみか」

「はい。歩兵同士による銃撃戦の訓練が、お互い不十分だと判断された結果です。アウトドアでの話ですよ」

 俺は顎に指を当てて考える。

「確かに今まではインドアの訓練をやりすぎだった。あれじゃ、人質救出だけが限界だ。だが、アウトドアも対応できるとなれば、存在するだけで抑止力になるわけだ。もしかしたら最新の戦車を購入するよりも」

 すると、クレアが、そうだ、と言い、何かを取り出そうとしている。俺は、何をしているんだ、と訊く。クレアは紙に包まれた物を取り出し、俺の方へ差し出す。

 俺は心当たりのない贈り物に戸惑い、思わず紙を剥くのを躊躇ってしまう。が、クレアの視線が俺の顔へ一直線に伸びており、俺は開けざるを得なかった。

 がさがさと音を立てて、開けていく紙の奥には金色に輝く勲章が入っている。その勲章には丸い板の上に、古い騎銃──細くて木製であろうもの──が二つ、ななめに交差している。

 本当に心当たりがない。こんな勲章を貰うほどの偉業を成し遂げたことはない。あるとしても、ろくなものじゃないだろう。

「ガーディアン・オブ・オナーですよ。味方を救った兵士が貰える勲章です。それ持ってる人は結構少ないんですよ、覚えてくださいよ」

「あれか、お前が四十人に囲まれた時に、俺が助けに言ったら、お前が────」

 クレアがそこだけ大袈裟に咳払いをし、言葉を塞ぐ。この状況では言えないな。ミハイルは知らないだろうが、ある作戦で、両の大腿を弾丸が貫通した状態のクレアを助けに行ったら、クレアは泣きながら「ありがとうございます」と繰り返していた。

 仕方のないことだと思う。その作戦で俺とクレアは、死んだものと思われ救援が途絶えたから、普通の人間なら死を覚悟して、少しでも楽な死に方を選ぼうとするだろう。だが、俺は死ぬなんてまっぴらだ。たとえ軍に入ったとしても、俺は死を覚悟していない。死ぬつもりがないから。祖国のために死ねるのと、祖国のために引き金を引くのは少々違うのだよ、あの頃の上官がよく言っていた言葉だ。

 結局、俺はクレアの止血をし、敵の持っていた通信機を奪って救援を要請できた。

「それで──」

 ミハイルが続ける。

「我々もアウトドアはかじった程度の実力です。同等の戦いになる筈です」

 

 

 

 

 

 

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