背中に触れる草は日光で暖かい。これがプライベートであれば、どれだけ心地よかったことか。
俺が双眼鏡で稜線の向こうを覗くと、丘の上で白い軍服に身を包んだ憲兵隊員がスコープを覗き込んでいるのが、遠目に見える。
「何か見えますか」
隣にいた女性隊員が訊いてくる。
「ああ、七〇〇アージュのところに監視所を築いている。スナイパーが警戒しているな…攻撃するならブラボーに排除してもらわなくちゃいけん。それに、やつらが防衛に徹している今、攻撃する俺たちはかなり不利だ」
「では、もう少し偵察しますか」
もちろんだ、だが一旦ブラボーと合流しよう、と俺は答えて、太陽に暖められて眠そうに俯いている隊員たちを起こして、丘の後ろにある森へ向かう。平原の中でも、ひときわ深くへこんでいる場所を進まなければ、あの小高い丘から見えてしまうだろう。
森林へ入ると、チームブラボーがこちらに向かってきた。ブラボーのリーダーであるエミリアが事前に、森林の方面からも偵察していた、という旨の話を聞く。
それなら、同じ高さである森林から攻撃した方が合理的だろうか。俺は部隊に是非を問う。
「良いと思いますよ。その作戦」
エドワードが言う。
「しかし、丘の下と森林で、二方向から攻撃をすることも可能じゃないのか」
アルフレッドが別の攻撃を提案する。彼はいつも柔軟な発想と、周りに流されない精神を持っている。上官に対して遠慮のない暴力を振るうことを除けば、かなり特殊部隊向きの人物だ。
「そうなると、損害も大きくなりそうだな。────エミリア、憲兵隊が人員をどのように配置しているかは分かったか」
「はい。ですが彼ら、土嚢の後ろかテントの中に籠もっていたので、正確な配置を知ることはできませんでした。あまり見たことない戦法です、それを統率する指揮官と実行する兵士たち……流石は鉄道憲兵隊といったところでしょうか」
そう言ったエミリアに、アルフレッドが「感心している場合じゃないだろう」
「で…侵入方法をどうするか、だが。二つの部隊を同方向から動かす案と、二方向から攻める案で二つ出ているな」
本来、このような作戦を立てる場合、事前の偵察によって得た情報を基に、有能な将校が担当するのだが、今回のシチュエーションはそうもいかない。部隊が孤立し、その場に残っている戦力で相手を制圧しなければならない、という状況だ。増援は送れないとのこと。
「私はアルフレッドの案に賛成です。その案ならば、死傷者も少なくできると思いますし」
シルヴィはそう言って、ハンドガンを取り出し、スライドを引いて弾薬を薬室に送り込む。
「しかし、そうした場合…ある問題が発生する。アルファとブラボー、それぞれの交戦地点にどれだけの敵が潜んでいるか、だ」
「それは相手側も同じだ。敵がどこから攻めてくるかわからないから、相手以上に警戒せにゃならん」
すると、黙り込んでいたジョージが発言をする。
「相手の戦闘能力は我々の遥か上をいっています。そんな状況で一方向から攻めてください、死傷者は数知れませんよ。全滅だってあり得るかもしれない。相手だってこちらの位置が分からないなら、バランス良く兵士を配置しているでしょうし、二方向から攻めた方が有利でしょう」
この空間が静寂に包まれてしまった。ジョージは、少し罰が悪そうな顔をして俯いてしまう。
しかし、アルフレッドが「いや、驚いたよ」と言う。
「その通りだ、ジョージ。仲間の命、それ以上に大切なものはない。人命優先の作戦でいくべきだと思った──今のを聞いたか、みんな。ジョージの言うとおり、一方向からでは全員の命が危険に晒される。まあ、それは当たり前だが、リスクが上がる」
アルフレッドが、それを聞いたらどう思う、チャールズ隊長、とこちらに視線を寄越したので、俺も全員に同じ問をする。多数決だ。
すると、多くの隊員が二方向に賛成した。おそらく、多くといっても、全員だろう。
俺はアルファとブラボーで、もう一度分かれるように指示し、これから二つの部隊の指揮は、俺とエミリアがそれぞれ請け負い、連携をとるときに限り、無線を使用する。実戦では、通信内容が傍受される可能性が高いため──警備隊の無線が殆ど旧式であることも、それを悪化させている──警備隊では、無線を極力使用するな、という教えがある。
そんな矢先、俺の持っていた無線機が震えだす。
俺は無線機を起動した。
〈こちらスカウト、敵の前哨基地を発見した。
スカウトチーム(チーム・チャーリーを改名した部隊)のリーダーであるゴドーの声だった。
「こちらアルファ・ワン、これより監視所を制圧する。前哨基地にある戦力は。オーバー」
〈装甲車が二台と、兵員が二十名以上。スカウトだけでは制圧できません。そちらの合流を待ちます。オーバー〉
「コピー、監視所を制圧し次第、そちらに合流する。アウト」
通信を切ると、シルヴィが「本丸が見つかったんですね」と言ってくる。
俺は頷いて、部隊に散開の指示を出した。
おれは無線を切り、再び姿勢を直す。叢の中に体を横たえ、銃に付けたスコープか双眼鏡を使って、憲兵隊の基地を監視する。増援が出るようであれば、こちらで食い止める。もちろん、一撃離脱戦法だ。機動力を重視し、最低限の装備しか備えていない我々スカウトでは、装甲車に対抗する術はない。
「アシュリー、何か
視線は向けずに、声だけの会話をする。
「待ってください。今何か聞こえているんです」
アシュリーはヘッドセットを手で押さえて、それから発せられる音に耳を傾ける。そして、これより、スカウト隊員に無線の内容を送信します、と言う。
おれたちスカウト全員がどんな知らせが来ても大丈夫なように、心の準備をした。すると、無線機が所々のノイズを自動で補正し、多少不自然ではあるが内容を全て伝えてくれる。
〈オーディン、こちらスクルド。前哨基地の南西に人影を確認した。これより確認に向かう〉
〈こちらオーディン、了解。場合によっては装甲車の出撃も許可する〉
〈コピー、歩兵だけで十分だ、どうせ偵察部隊とかだろう〉
〈油断するな────〉
おれは会話が終わる前に、反射的にヘッドセットから手を離す。それと同時に呼吸が不規則になっているのに気付く。今はそれを整えている場合でもない。
アシュリーに、無線を常に傍受すること命じると、ここをすぐに脱さなければならない、という衝動に駆られる。しかし、ここで逃げたところで意味はない。
部下には高台か木へ登るように指示し、景色に姿を溶け込ませる。
銃口が青く塗られた、訓練用のライフルのマガジンを叩き込むとおれたちは自分たちの呼吸さえも聞こえなくなる。このようなアンブッシュで、高い場所に登るのは古くから行われてきたことだ。偽装を施し、敵を待ち伏せるだけるだけでは効果が薄いのだ。偽装を施し、戦闘の際に有利になる位置にいることが体節なのだ。もちろん、退路も確保せねばなるまい。しかし、今回は逃げられない戦いだ。退路を確保しなくてよい分、偽装にかけられる時間が多くなる。
やがて、何人かの人物が走り寄る音が聞こえる。耳が良くても聞こえもしないであろう音を、ヘッドセットが拾ってくれる。
その音源が視界に入ると全員が
おれは隊員に射撃の合図をする。
刹那、敵に銃口を向けて引き金を引く。多くの憲兵隊員は戸惑い、少数の者は銃口を天に掲げて反撃に出たが、偽装したおれたちを視認するのは精鋭部隊でも難しく、為すすべもなく真っ青に染まっていった。
銃声が止むと、手を上げた憲兵隊員たちが、警備隊側のペイント弾の青いインクで真っ青に染め上げられていた。
おれは木から下りて、周囲をクリアリングする。他の人影は確認できず、どうやらパトロールはこれで全滅のようだ。
胸を撫で下ろすことで、あの鉄道憲兵隊に勝ったという事実に舞い上がりそうになる。木の板を撃って出た数値ではなく、実力勝負で勝ったのだ。部下たちもそれを理解しはじめたのか、浮足立つ。
しかし、そんな場合ではない。
「まだはしゃぐなよ。これで終わりじゃない、本当に勝ったと分かるのは、もっと後だ」
しかし、士気が上がっている今、良い状態であるのには間違いない。今のパトロールが、この一瞬で無力化されたと知ったら中途半端な増援は出すまい。
「アルファ、こちらスカウト、敵に発見された。追手は撃破したが増援の可能性がある。これより前哨基地の監視を破棄し、そちらに合流する。オーバー」
おれがそう言うと、銃声が背景になっている声が聞こえた。戦闘中だったのか、申し訳ない。
〈こちらアルファ、了解した。地点フォー・スリー・ファイブで合流する。アウト〉
おれは部下たちに逃走するように伝える。今度は敵に見つからないように、と。
「スカウトは監視を破棄してこちらに合流するようです。敵に発見されたとのこと」
エドワードが俺に報告する。俺は両手を上げている憲兵隊員を遠目に眺めながら、合流地点は、と答える。
「フォー・スリー・ファイブです。ちょうど森の中ですね、あの場所ならば稜線に隠れているので見つかる心配もありません」
「スカウトの連中…あの装備で憲兵隊を追い返したのか」
アルフレッドの言葉に対して俺は反論する。
装備の優劣だけが勝敗を決める要因ではない。位置関係や練度、待ち伏せの有無によって勝利の可能性、その数値は大きく変動するということ
アルフレッドは発言を取り消すように、芝居がかった咳払いをする。何人かの隊員はその咳払いがあまりに芝居がかっていたため、思わず吹き出してしまう。
一旦、そこで隊は和やかな雰囲気になりそうになったが、すぐに気を取り直す。スカウトが未だに交戦状態である可能性も十分ある。
「いち早くスカウトの救援に向うべきだ。多少早歩きではあるが、付いてこれるな」
俺は部下に訊く。すると、エドワードが先に進み出し、隊長こそ、遅れないでくださいよ、と言い残して、他の隊員をも連れて森の奥へ消えていく。
すると、シルヴィと俺だけがその場に残された。他の隊員はもうかなり先に行ってしまった。自信がついたのはいいが、戦場で“絶対”の存在はない。絶対勝てるなんてことは考えないことだ、隊員たちにはよく聞かせたはずだ。
俺はキャップの中に手を潜り込ませて後頭部を掻く。
「私たちも早く合流しよっか」
シルヴィはそう提案する。
俺はそれに合意し、一歩後ずさりして振り向く────弾丸という殺意が耳元で風を切る音を囁き、真横を過ぎていく。間一髪だ。
「隠れろっ」
シルヴィは俺の言葉によって太めの木に背をつけ、自分の体を隠す。
俺は盛り上がっている土の斜面に仰向けに伏せ、土の向こうにある景色に視線を馳せる。が、スナイパーの姿は見えない。
その瞬間、一際光を放つものが見えた。森林という環境のなかで発光する物体といえば、ほぼ無いというのが妥当だろう。それがスコープの反射光だと気付いた俺は、すぐさまに伏せて安全を確保した。
「チャールズ、何か見えた…」
シルヴィの問いにうなずき、二時の方向、スナイパーだ、と答える。
「ゆっくり逃げよう。チャールズと私で交互に囮をするの」
「その必要はない」
俺はきっぱり答える。
「え……」
シルヴィは困惑した様子だが、俺は話を続ける。
「恐らくは俺と関係したやつがスナイパーをやっている……そいつは執念深いからな、俺が逃げたところで味方の位置を教えるだけだろう。それならここに留まってやつを食い止めた方がいい、スナイパーは厄介だ。気付かれないまま背後にまわられていたら部隊は全滅しかねん」
俺はシルヴィに言い聞かせる。だが、俺一人じゃ足止めにもならん、と付け加えて。
「ヘルメットを囮にする?」
シルヴィがそう尋ねてきたので、俺は鏡を取り出し、もう一度土の向こうを覗く。すると、反射光は複数確認できる。一つはクレアのスコープ、もう一つはそのスポッターの双眼鏡だろう。
「スポッターがいた。恐らく護衛はいない」
このような時、必要最低限の言葉だけで相手に伝えるのが大切だ。だが、これをやり過ぎると日常生活にも影響が出てしまい、カタギを演じる必要がある場合には厄介な癖となる。“同業者”には一瞬でバレてしまう癖だ。だから、戦闘時だけに限り、という誓約を自分に厳しくしておかないといけないのだ。
しかし、それにしてもクレアの戦法は執拗いものだ。ずっとこの二人を狙っている。指揮系統を乱そうとしているのならば、それはほぼ不可能だ。俺が倒れたところでエミリアやゴドーがいるし、全ての隊員にはそれなりの指揮能力は備えられている──大半が警察学校卒であるため、警察学校時代にいつ指揮を執っても、問題がないようにしているのだろう──から、俺一人はただの戦力でしかない。シルヴィも同じだ。
じゃあ、彼女の目的は何だ。単純に各個撃破をしているのか、たまたまキルゾーンに入ったのか。まさか、俺と勝負をしたいということではないだろう。
俺は指揮権の委任をゴドーに伝えると、再びスナイパーを鏡で探す。
すると、先ほどのスナイパーが反射光をチラつかせる。あれほどスコープが揺れていては、こちらを見失っているのがバレバレだ。
俺はシルヴィに手招きをして彼女をこちらに向かわせる。地面を這うように移動する、彼女の様子はまるで芋虫だ。だが、その動きが自然との調和を保っている。安全を選ぶなら客観的な姿など選べない、ということだ。
シルヴィはスモークグレネードを手にとる。俺はそれに頷きで返すと、彼女はグレネードのピンを抜いて三アージュほど離れた地点に投げた。
一気に広がった煙を囮に、俺たちは走り出す。あのクレアがいる場所まで。
すると、スモークが晴れて、俺たちがその場にいないことを知らせてしまう。しかし、それを知ってももう遅い。俺は護衛がいないことを確認すると、ホルスターから引き抜いた拳銃で、振り返ったクレアの顔面を撃ち抜いた。といっても真っ青に染め上げてやっただけなのだが。
クレアとそのスポッターは、手を上げてその場に伏せる。これでこの厄介な連中も片付けられた。
「これで雌雄は決しましたね」
伏せたままのクレアがそう言う。
「ああ、ミハイルにも伝えておいてくれ」
それだけだった。俺とクレア、旧友ともいえる二人の再開は。
だが、戦場で芽生えた友情はそのようなものなのだ。普通の「仲が良い」とは違う意味で「仲が良い」とでも言うのだろうか、俺にはその違いを実感することは出来るが、それが何なのかを言葉にすることが出来ない。唯一出来るとしたら、お互い乾いた関係であることだろうか。いつ死ぬかも分からない友人であるから、そうしているのかもしれない。そいつが死んでもこころに傷を負わないように。
俺はシルヴィに、行くぞ、と言うと走りながら、ゴドーにスナイパーを排除したことを伝える。
すると、ゴドーからは予想外すぎる言葉が聞けた。
〈我々で制圧可能だ、装甲車は全て排除済み。だが念のため、こちらに合流してくれ、あんたは誰よりも強いからな〉
俺は今年一番驚いたかもしれない。ゴドーほどの戦闘員が俺を「誰よりも強い」と言ったこともあるが、彼らの成長ぐあいだ。設立から一年経っていないというのに、戦闘経験が豊富なTMPに勝つなど──厳密にはまだ勝っていないが──誰も予想しない結果だった。
俺は、了解、と答えて無線を切る。その声がどのようになっていたかは分からない。
「みんな強くなったんだよ。だって優秀な人物は警察学校時代から警備隊にも知らされるから、もとから優秀なメンバーが集まってるのは当たり前とも言えるね」
「それは知らなかったな。警察学校時代には優秀な生徒が呼び出されたりしたのか。この部隊に入れ、とかのやつだ」
「そういうのは無かったかな。多分、本当の意味での
俺は確かに、と思う。何事も失敗しないように大量のミラと最新の機材が集められた部隊なんて、ろくな部隊じゃあない。実戦があるとしたら、それは余程の
「うん、確かにこの部隊は
すると、銃声が遠くから聞こえくる。あれが戦闘音だ。俺とシルヴィは顔を見合わせると、お互いに頷き、足を早めた。
周囲を取り囲む木が少なくなってきたところで、前哨基地の憲兵隊と特警群の隊員が銃撃戦を行っているのが見える。一見すればカラフルな戦場が楽しげに見せてくるかもしれないが、限りなくリアルな戦場であるのだ。
俺は急な斜面を滑り降りる。まるで草上で遊ぶ少年のように。
そして、白い旗をキューポラから出している装甲車の影に飛び込む。背中に鉄板の冷たさが伝わる。
すると、装甲車の内側から、こんこんと窓をノックする音が聞こえ、そこから顔を覗かせている憲兵隊員が「頑張れよ。ダレル中尉」と言ってくる。彼は今の俺の名、チャールズの部分を借りている男だ。彼とは憲兵隊時代に親しかったので、顔でバレたかクレアに言われたかだろう。
俺は親指を立てて返すと、装甲車の下からモディファイトプローンの姿勢で、車体の下から射撃を行う。が、マガジンひとつぶん撃ったところで銃がイカれてしまったようだ。
元々、信頼性の高い銃ではあったが整備を怠っていた証拠だろう。
俺は静かに自己反省をすると、再びホルスターの拳銃を前に突き出す。
反動が腕を伝わり、肩へ押しかけるのをその肩で吸収する。
俺がそうして拳銃で応戦していると、後続のシルヴィが俺のライフルを拾って応急処置を始めた。俺は応戦するのに集中する。
シルヴィは直ったライフルをこちらに投げてくる。本来はあまり好まれない行動ではあるが、このような場合は臨機応変にマニュアルを破り捨てる方が良いだろう。
俺はライフルのハンドガードをキャッチする。そして、マガジンの中身と薬室を確認すると、装甲車の陰から再び狙撃を開始する。といっても、俺が応戦を始めた頃にはほとんどの憲兵隊員が青色に染まっていた。
安心した俺は、シルヴィについてこい、と言うと隊員たちが固まって応戦している場所に駆けていく。
もう銃声も散発的だ。
「あいつでラストだと思いますよ、隊長」
エドワードが土嚢に背中を預けながら言う。
「前哨基地にしては規模が小さい。これは何か裏がある」
アルフレッドがエドワードに対して反論する。
「監視所のほうが抵抗してきたぐらいだぞ」
「そういえば…関係ないかもしれないが、防衛側の装甲車って何台用意するって話だったか覚えてるか」
「俺がミハイルから聞いた話だと本来は歩兵のみの戦闘だったが、急遽防衛側に“三台”配置されると聞いている────」
眼前にあった土嚢が真っ青に染まり、エンジンの唸り声が聞こえる。エドワードが俺のすぐ横にいたから、エドワードは俺の盾のようになってしまった。
俺は即座にその場に伏せる。そして、体を横に転がしてエンジン音の側面へ回る。
BDUを草に溶け込ませ、ゆっくりと顔を上げる。
そこには機動砲を備え付けた、鉄道憲兵隊の歩兵戦車があった。
「まだだっ、まだ終わらせないぞ、チャールズ」
ミハイルの叫ぶ声が歩兵戦車から聞こえる。
「ミハイルっ」
俺もミハイルに場所を知らせるように叫ぶ。すると、歩兵戦車がこちらに砲塔を回す。
俺はミハイルが主砲を発射する前に、その砲口から逃げるのと同時に歩兵戦車に向かって駆けていく。
頬のすぐ横を大口径のペイント弾が過ぎていく。こんなものが直撃したら大怪我をするだろうに、訓練で死傷者が出そうだ。
こいつは昔からこうだ──モラルの範囲内、という話ではあるが、勝負になると勝つことに異常なまでに執着する。
俺は砲身に掴まり、砲口へとグレネードを投げ込む。この装甲車は自動装填装置は無いから、ちょうど次弾を装填しているところにグレネードが車内に転がってくるだろう。
すると、グレネードが爆発する前にミハイルが脱出してきた。他の乗員が出てくる様子はない。
俺はミハイルにライフルを向けるが、ミハイルは護身用の拳銃を三発発砲してきた。だが、所詮威嚇射撃だったのだろう。ペイント弾は俺の横を通り過ぎていった。
ミハイルはよろよろと装甲車の陰に消えていく。俺もこんな無茶をしたものだから、体力が既に限界だ。ライフルを持って歩くのが精一杯というところがある。
俺はミハイルの裏をかくように、進んだミハイルとは逆方向に回る。不意打ちをかけてやる。
もうライフルじゃかさばるだけだ。俺はライフルを捨ててホルスターから拳銃を引き抜いた。
そして、装甲車に伝って歩く。正直、息を荒げているこの状態で不意打ちが成功するかは五分五分だ。音で居場所がバレてしまう。足音を消して歩こうと努力できるほど余裕もない。
すると、あることに気が付く。俺は既に装甲車を半周したはずだ。なのにミハイルと遭遇しない────刹那、後ろから構えられた拳銃を手の甲で射線を逸らす。ミハイルはそのまま引き金を絞り、装甲車に赤色のペイントを施した。俺はミハイルの隙をついて拳銃を構えるが、ミハイルは俺の身体を全て押し出すようにタックルをしてくる。実戦ならばここでナイフでも刺してやるのだろうが、生憎この手の訓練で刃物は与えられていない。
俺は押されるがままにはならず、ミハイルの両の脇腹を掴むと、彼が自分自身で生み出したスピードをそのままに引き倒す。立て直そうとする彼は俺から手を離したため、俺は無防備なその背中に真っ青なペイント弾を撃ち込んでやった。
ミハイルが両手を上げて一分も経たない内に「訓練終了だ」という通信がはいった。