銀の軌跡   作:暁学園前

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四章

 

 

 

「それで……勝ったのか…お前たちが…」

 アーノルドは手を震わせて訊いてくる。

「よくやったっ、これで俺も出世できるってもんだ」

 アーノルドは更に子供のようにはしゃぐが、その肥った体型のおかげで随分と下品な踊りに見える。

「これでお前も一緒に昇進させてやるぞ、チャールズ。どうだ、嬉しいだろう────」

 彼が俺の肩を叩いた時、

「あなたの昇進は取り消された、アーノルド」

 後ろから声がして、俺は反射的に振り向く。

「随分と金持ちなこった。違法カジノに入っていくところがバッチリ写ってるぜ」

 茶髪の青年が一枚の写真を指先で挟みながら言う。警備隊の関係者ではないだろう。となると、警察か、探偵か。しかし、俺は彼の顔に見覚えがあった。

「あの時の…」

 俺は思わず呟いた。

 そう、彼は俺を助けてくれた。バスが魔獣によって襲撃された時に。

 すると、その青年は俺に視線をやってから再びアーノルドの瞳を覗く。

「あなたがやってきたことは全てお見通し、それがバラされたくなかったら、また一兵卒からやり直すかこの職を辞めるか、ね」

 青年の後ろから白銀の髪をした女性が出てくる。風貌からして記者かなにかだろうか。それならよっぽどの凸凹したコンビだ。

 今までの罪状を淡々と読み上げられているアーノルドに目を傾けると、出世を前にして喜んでいた自分が恨めしい、とでも言うように顔を手で覆っている。

 そして、次々に司令室へと入ってきた警察にアーノルドは取り押さえられた。その場に特警群はシルヴィと俺しかいなかったが、他の隊員の喜ばしい声が聞こえてくるようだ。

 アーノルドが部屋を去ったあと、先ほどの警官が戻ってきて、

「また会ったな」

「…なにか縁があったのか」

 俺が訊くと、警官はガイだ、ガイ・バニングス、と名乗って手を差し出してくる。俺もそれに応えてガイの手を握る。

 すると、ガイは俺の肩を叩いて「クロスベル警察(俺たち)はあんたを歓迎するぜ。俺のとこに来ないか?」

 俺は静かにその手を払い除けて「俺はあと六年は警備隊に所属していなきゃいけない身だ。時が来たらそっちに行ってもいいぞ」と言う。

 ガイはわはは、と豪快に笑って、

「流石の答え方だ────じゃあ、約束を忘れるなよ。六年後には、一緒に働こうじゃないか」

 俺は勿論だ、と返すとお互いに別れを告げる。

 そんな彼の背中に、妙な焦燥を感じて。

 

 ガイが去ったあと、暫く間をおいて、インドア戦の訓練を担当した老練の教官が司令室に入ってきた

「さて…君たちの指揮官というと、それは私なんだ。それはそうと、君たちの司令部は他の部隊とは少し違う。君たちの最高司令官はこの私であり、野戦指揮官は君、チャールズ・アイヒマン。この二人のみとなる」

「何故ですか」

「機密性が高いからだ。作戦(オペレーション)も、存 在(イグゼスティンス)も。作戦を知っているのは議長と私と特警群、あとはごく一部の将だ」

「そんな部隊を本気で作ろうとしているんですか、クロスベルは」

「ああ。因みに資金の提供はIBCからもある。あの企業がどうしてこんなプロジェクトに積極的なのかは分からんがな」

 教官はそう言い、司令室の机を悲しそうな表情で見つめた後、こちらを向き、さて、ともう一度言う。

「君たちが特殊部隊としての実力はTMPと同等、またはそれ以上ということが今回証明された。これは他国への抑止力となると共に、TMPに勝ったという偉業でもある。そんな君たちに与えられるのは何だと思う……ロタール君、答えたまえ」

 突然話を振られたシルヴィは困惑しながらも、

「え、えっと……勲章…ですか…」

 と答える。が教官は「それもある。が、そうじゃない。もっと直接的な褒美だ」

 そう言って俺に、ある書類を差し出す。そして、俺がその書類に書かれていることを理解したと同時に、隊でヴァカンスだ、と教官が言う。

 

 

 

 これが海か。

 俺は初めて見た海に感動を覚えつつ、周囲の隊員がはめを外しすぎないように監視する。

 俺を含めた全員が水着を着ている。こんなもの…下着と布面積が変わらんだろうが。むさい男はいいとして、女性隊員の半裸は俺の目には少々眩しいようだ。

 そんなことを考えていると「チャールズっ」と後ろから声をかけられその音源に視線をやろうと思った矢先、シルヴィが冷たい缶ジュースを俺の頬に当ててくる。正直、この程度じゃ何も驚かない。塹壕の中で銃声が響いてトーチカから出たら敵が目の前だったときよりは。

 俺が何も反応せずに、ただ礼を言ってジュースを受け取ったのが詰まらなかったのか、シルヴィはむっとして「この不感症め」とつぶやく。

「案外間違ってないかもな、それ」

 俺はそう言って、貰った缶ジュースを開ける。ぷしゅっと爽快な音が鳴る。こんな平和な時間は本当に久しぶりだ。

 俺は喉に甘いだけの水を流し込みながら、引き続き監視を続ける。『監視』と言うのは語弊があるな……『見守る』とかのほうが適してるかもしれない。

「ねえ、私の水着どうかな…似合ってるかな」

 シルヴィは俺に、視線をよこせと催促してくる。

 俺は仕方なくそちらを向く。そして、少し離れて彼女の全身を視界に入れる。

「ちょっと冒険しすぎたかな。私、初めて海に来たからどんな水着が普通なのか分からなくて。チャールズから見てどう思う?」

「まあ…いいんじゃないか。他の女性陣とも大差ないしな」

「そう…よかった」

 俺はかなり控えめに言った。俺から見たらシルヴィの水着姿が一番綺麗だと思う。いや、美しい。

 白一色の水着だ。まるで肌も十代の少女のようだ、大事大事に育てられた綺麗な白い少女。そして、肩まで伸びた白銀の長髪は静かな美しさを醸し出している。しかしこれを全て言えば好意があると口に出しているのと同じだろう。

 すると、シルヴィは少し恥ずかしがる。

「そんなに見られると…」

「ん、ああ、すまん」

 俺は気まずさを感じるが、シルヴィはすぐに気を取り直したようだ。

「チャールズは泳がないの?」とシルヴィは首を傾げる。

「ヴァカンスとはいえ、一応指揮官の立場だからな。誰かが問題を起こさないか見てなきゃいかん」

「そうだけど……」

 シルヴィは後ろで手を組んで、少し俯いてしまう。だが「それなら心配無用ですよ」と言って出てきたのはゴドーだった。

「我々、スカウトは部隊員を二名ずつ各管轄を持たせています。その管轄で問題が起きればすぐに対処できるようにしています。これならば隊長が見張っているよりも素早い対応が可能です」

「そうだよ、現代の戦闘はフットボールみたいに一人の指揮官が駒である戦闘員を動かすんじゃなくて、サッカーみたいに一人ひとりが考えて動くものなんだよ。隊長であるチャールズがそんな古い考えを持ってたらダメだよ」

 俺は二人の勢いに押された。楽しみ、という感じを抑えて「仕方ない」という雰囲気で、キャップを風で飛ばないように石で固定し、肩に羽織っていたパーカーを脱ぐと、また石で固定する。

「仕方ない。初めての海だ。俺も泳ぐとしよう」

 そう言うと、シルヴィは、やった、と言って喜ぶ。

 シルヴィは俺の腕を掴んで海へと誘う。俺はそれに答えて走る。

 冷たくも日の光が暖かい海水に足を浸けると、シルヴィが奥から手招きをしているのが見えた。彼女の腹部辺りまで海水で浸かっている。

 俺は多少の不安を感じつつも、シルヴィの元へ海水をかき分けながら進む。シルヴィはなおも俺の反応を楽しみにしているようで、さらにさらにとハードルを上げていく。

 俺がシルヴィに追いつこうとする度、シルヴィは俺から離れて水深の深い場所へ行く。やがて、足がつかなくなり完全に泳ぐ姿勢になった。

 しかし、俺も遊ばれてばかりではない。ぎりぎり見える足場を使ってジャンプをすると、その勢いに任せて深くまで潜る。この水深ならば見つかりづらいだろう。

 俺はその状態からシルヴィの位置を特定し、背後に出るように移動する。そして、水面から飛び出た瞬間「つかまえたぞ」といってシルヴィの脇腹を掴む。が、シルヴィはそのまま俺の腕を脇に挟み込むと「息止めて」と言って、俺ごと沈み込む。

 俺は思わず腕を離したが、シルヴィには計算されていたらしく彼女はこちらを向く。お互い口から空気を吐いているのが、形となって見える。

 すると、俺はあることに気付く。海の中はこれほど美しいものだったのか、と。

 シルヴィも俺の心情に気付いてか微笑んでいる。

 水上からでは見えなかった景色。日の光が水中に柱のように差し込み、少し遠くを見やると魚が泳いでいる姿も見られ、更に奥を見ると深淵を映し出すような暗黒が広がっている。

 シルヴィは海の近くに住んでいたのだろうか。それで俺にこの景色を見せたくて、俺を誘った。

 俺は自然とシルヴィに視線が吸い込まれる。

 シルヴィは俺と目が合うと、ゆっくりと浮上していく。俺もそれに合わせて水面より顔を出す。海面が首の辺りに来たのを感じると、思いっきり息を吸う。

「良いでしょ、海は」

 シルヴィはそう言って、俺を連れて浜へと戻った。

 

 シルヴィと浜に戻ってから二分ほど。俺は日傘の下でエドワードと話していた。

「隊長はどう思いますか?」

 唐突に話題を変えようとしてきた。今までは俺が好きな映画の話をしてたのに。

「…何のことだ」

「そりゃあ…言って分かりませんか」

「分からないから訊いている」

「水着ですよ。彼女たちの御姿です。隊長は誰の水着姿が好きなんですか」

 俺は答えづらい質問に、思わず頭を抱えそうになる。

「大丈夫です、近くには男しかいませんから。隊長の趣味をバラすような人間でもないですよ、僕」

「じゃあ交渉だな。俺のNo.ワン水着姿を言うならお前もそれを言えよ。これが必須条件だ」

「ええ、勿論ですよ」

「俺が思うのは…シルヴィだな。肌も髪も水着も、銀か白で統一されているのが『美しい』っていう感想だな。性的な要素は一切除いて」

「紳士ですね…隊長……」

「元から部下を男女で区別しないんだ。悪い意味でもいい意味でも、な」

「必要とあらば女性にも暴力を振るえると?」

「いや、それは全くの別問題だな。命に関わるミスをした者は厳しく注意するし、ペナルティを負わせる。が、それを暴力で矯正しては意味がない。ただのトラウマになってしまうからな」

「隊長自身がミスをした場合は…」

「勿論、お前たちと同じペナルティを負う」

「注意してくれる人間は?」

「さあな、誰でもいい。──お前がやってみるか?」

 俺が意地悪に言うと、エドワードは「遠慮しておきます」と苦笑してみせた。

 それから暫くして、俺は「お前のNo.ワンは誰なんだ」と訊く。こいつは話題のすり替えが上手い。相手が自ら話題を逸らすように工夫している。これだけの話術があるなら諜報員も出来そうだ。

「そうですね…マリタの、ですね」

「マリタの水着か。……お前、“そういう”趣味だったのか。警備隊も警察の一部のようなものだ──軍事力を持つ口実として、だが──から、その手の不祥事は目に付くし何より────」

 エドワードは俺の肩をとんと叩き言葉を遮ると、

「そうじゃないんですよ。普段クールな彼女がこういう場所に来てはしゃいでいる姿を見ると、父親になったような目になりませんか。優しい父親に」

 俺はエドワードが顎で指した方向を見やると、マリタが、エミリアやアシュリーたちと海水をかけあって遊んでいるのが見えた。

 確かに父性というものが擽られる、といった感情が分からなくもない。というのも、マリタは既に二十二になるのだが彼女の身長はずば抜けて低く、本人によれば採用時に多少の不正をして基準の身長に届かせたようだ。しかもその体つきは貧相だときた。

 しかし、彼女は体が貧相だからといって無能な訳ではない。射撃訓練では好成績を出しているし、特警群専用飛行艇のロードマスターをやっている。降下訓練前に機内アナウンスの読み上げを噛むのは少し和んだものだ。

 何の話をしてるの、と若い女性の声が背後からする。俺は振り向かずに、

「胸部装甲の話だよ、最近は海上での戦闘も始まってるからな」

「そう。じゃあ──“首から下で選ぶ”とか“水着姿”とか聞こえたのは空耳ですか」

「そうかもしれない。だがそれは君が“聞こえた”という話だよ」

 エドワードが真面目な雰囲気で、ありったけの知識を活用して知的に喋ってみせた。

「アリシア、君の言う“聞こえた”は今に起こったことじゃないのが分かるか。君の『今』はリアルタイムで送られるわけじゃないんだ。神経から脳に情報が伝わるのに時間がかかる。それは僅かなものだ。しかし、脳はあたかも“今”聞こえたように編集するんだ。だから君の脳が多少改変を加えたのかもしれない。

 よって、君が聞いたことは真実ではないんだ。まず真実というものは存在せず、解釈だけが──」

「なに馬鹿なこといってるのよ。しかもそれ…マリタの受け売りじゃない。あんたには荷物運びの仕事が残ってんのよ」

 アリシアはそう言って、エドワードの耳元で囁く。それが何かはわからなかったが、エドワードは溜息を吐いて、アリシアについていった。恐らくは、マリタに言うぞ、とでも言われたのだろう。

 再び単独になった俺に、とシルヴィがこちらに手招きしている。俺はゆっくりと立ち上がり、そちらへと向かう。

 すると、足の裏で砂の奥になにかがあるのを感じた。もしかしたら地雷かもしれない、そんな思いが俺の頭をよぎった。

 俺はそれを踏んだ方の足を地に付けたまま、足元を掘り起こす。

 昔の話だが、地雷原で戦ったこともある。少年の頃だ。敵自身も仕掛けた地雷に引っかかり何に注意すればいいのかも難しかった。

 その記憶が呼び覚まされ、何かが見えそうになる度、心臓が跳ね上がる。どくん、どくんと。そしてそれの片鱗が見えると、胸を撫で下ろした。誰かが捨てた空き缶が砂に埋まっていたのだ。

 顔を上げると、心配そうにこちらを伺うシルヴィに「なんでもなかった」と言う。すると、彼女たちも安心したようだ。

 

 

 ホテルの部屋に戻ると、静かなベッドが一つ用意されている以外には目立つものはない。普通のホテルだ。しかし、そのベッドがふかふかで、俺の体に常時フィットするように沈んでくれる。野戦病院のベッドとは大違いだな、とふと思う。

 戦場や軍事基地、監視所以外で生活するのは、本来の軍人、遊撃士が行うよりも遥かに多く行ってきている。このような場所で寝泊まりすることも無くはなかったが、盗聴器と隠しカメラで監視されていることもあり、落ち着くことは難しかった。そのような経験のせいか、俺は落ち着いて眠れるのは、むしろ基地の硬いベッドの方だった。

 すると、ドアからこんこんと音がした。俺は「今行きます」と言ってからドアを開ける。そこにはシルヴィが海で見た太陽を彷彿とさせる笑顔で、「遊びに来たよ」と言う。

「部屋は個室だし、俺以外には誰もいないぞ。エミリアたちの方には結構集まっているじゃないか」

 椅子に座ったシルヴィに他の部屋は、と提案する。

「あまり騒がしいのは好きじゃないの。それにダレルともゆっくり話したいし」

「そうか…」

 俺はベッドへ座り込む。

「じゃあ、何について話したい」

 俺が質問すると、シルヴィはすぐにこう答えた。

「チャールズについて、っていうのはどう?」

「俺についてか…」

 俺は口元を手で押さえる。どうしようか。

 シルヴィも俺がこういう反応をするのが予測できていたようだ。むしろ、これを覚悟で訊いてきたのだろう。シルヴィの意志は堅い。話題を変えてもすぐに戻されるに違いない。

 俺は────俺は覚悟を決めた。今後シルヴィを、何があっても守り抜く。もしこれがバレたら情報局のいけすかない連中はきっと、調 査 団(インヴェスティヴ・チーム)とか名乗る暗 殺 集 団(アサシネション・チーム)を送るだろう。諜報員(スプーク)幽霊(スプーク)にしてしまう。だって、これは身元を明かしているのと同じだ。

 脳内で行った言葉遊びに満足すると、俺は口を開く。

 俺が今から話すのは明るい過去じゃない。硝煙と泥、返り血で汚れた話だ。

 

 

 

 俺は『ストラナ・ヴォディー』という国で生まれた。帝国やクロスベルとは根本的に違う国だった。いや、クロスベルとは少し似ているかもしれない。

 ストラナは多民族国家だった。お互いの文化や思想を尊重しあって共存する、今の国家も見習うべきといえるくらい平和だった。治安も良かった。それは国民全員が、十八歳以上であれば銃を所持できたから、と言われている。確かに、互いを抑止する力というのは争いを無くすのに、一番手っ取り早い方法だ。

 貿易は盛んで、資源も多くあったが、国土が砂漠で囲まれていることで他国から攻められることはなかった。

 しかし、そこで問題が起きた。新たな、政治のトップが独裁を始めたのだ。治安維持の法律で死刑の基準を下げたり、自分のやり方に文句をつける国民は武力で弾圧されていった。

 そこで、ある組織が立ち上がった。ストラナ再統合戦線(Strana Reinteglation Front)────SRFだ。

 俺はそれに所属していた。初の実戦は十歳の時、数少ないガスマスクを付けて、政府軍の毒ガスが充満した場所に突撃させられた。それには俺と同じような子ども兵士が送られた。今思うとみんな発狂してたんだと思う。寝てるときにいきなり叫び出したり、銃声を一発聞くだけで動けなくなるやつもいた。

 そのことから十四年も経ってるのに鮮明に覚えているのは、物心ついたときには軍隊の下にいて、銃を持てるようになったら隊列に加わってたことだ。

 みんなは麻薬をやっていて、それで戦闘時の痛みも和らげていたが、俺はお断りだった。あんなもの。あんなもの吸いたくない。俺は上官にもそう言って、あとは上手く誤魔化した。だが、後に知ったのは、食事に火薬(ガンパウダー)を混ぜられていたことだ。

 それによって、ここの食べ物しか食べれない、ここ以外で食べたらむしゃくしゃする、というようにして、釘付けにしておくんだ。人的資源ならば政府軍が圧倒的に上回っていたから、詰まらない理由で除隊されては困るのんだろう。もっとも、除隊を望んだ者のこめかみから即頭部を銃弾が通るんだが。

 独裁政権も民主主義を望む者も、そこでは変わりようが無かった。狂ってた。敵も味方も狂ってた。それが戦争だからな。

 一回、その戦争を引き起こしたとされるニコラスという男を殺そうとしたが、まだ子どもだった俺には不可能だった。

 その後、俺は作戦行動中に戦死したことにした。ヘルメットと戦闘服の一部、あとはそこらで拾った肉塊を置いて、グレネードを投げ込んだんだ。俺のドッグタグも忍ばせておいたから俺が死んだ、とやつらは確信した。今ここにいる俺は、亡霊みたいなものだ。

 その後はある貴族の貨物に紛れて国外に出たが、住む場所もミラも無い俺はどうしようもなく、そこら中をふらふらと彷徨って、ゴミを漁って生きるしかなかった。

 そんな生活が一ヶ月ほど続いたある日、俺が紛れた貨物を所有していた貴族が俺を養子にする、という話を持ち出し、肋骨がはっきり浮き出たような俺を拾った。その後は熱心に育ててくれた。

 勉強はそこまで苦じゃなかった。少なくとも戦争を起こすために捏造された歴史よりは。

 俺は士官学院に入り、そこで正式な戦闘術を学んだ。国際法なども学んだが、戦場で民間人と軍人の区別をつけるな、と言われ続けてきた俺には、その内容に慣れるまで時間がかかった。だって、民間人だと思って助けようとした友人が、そいつに撃ち殺されたこともある。国際法をしっかり守った軍隊なんて勝てるものじゃないだろう、俺はずっとそう思ってたな。今は少し違う考えではあるが。

 そして、俺は士官学院を卒業すると帝国軍の第三機甲師団に所属した。が、数カ月で鉄道憲兵隊に引き抜かれた。手に握った銃で人を殺す方が似合うって女神に言われた気分だったよ。

 俺はその後一年間憲兵隊を続けるが、どうも、俺にはその世界は合わないようで、俺は憲兵隊を除隊した。

 それで、今は遊撃士をやっているというわけだ。

 

 

 俺は全てを語り終えて、シルヴィの瞳をじっと見つめる。彼女の目にはほんの少しの涙が浮かんでいるように見える。

 すると、シルヴィは「でも」と質問をしてくる。

「でもチャールズが戦争から逃げれてない」

 俺は困惑する。ここは戦場じゃないし、銃の一つも置いていない、と。シルヴィは「ううん」と首を横に振り、

「逃げれてないのはチャールズの心。てっきり最初は実力を高めるために、日々戦場にいるかのようにしてるのかと思ってた。だけどそうじゃなかった。あなたはまだ戦争に囚われてる」

 振り返れば確かに、戦場にいるかのような気分がここ最近は抜けたことがないような気がした。日常に溢れる道具でさえ、人を殺傷するための道具に見える。実際、戦争ではそうだったのだから。

 そう考えていると、段々戦争と日常の境目が分からなくなってきた。

 いつここが戦場になるかもしれないし、俺の国も突然、内戦に突入した。実際ここもそうなるかもしれない。

 いつ隣人が銃を持って襲い掛かってくるか。

 いつ自分の町に砲撃が降ってくるか。

 いつ仲が良かった友人の頭を撃ち抜かなくちゃいけないのか。

 いつ。いつ。いつ。いつ。

 俺は気付けばそれを口に出していたように思える。何も考えられない。

 

 と、優しい感触が後頭部にすると、俺の顔がシルヴィの胸元に収まる。まるで聖母の抱擁だ。俺はそう思った。

 シルヴィは俺の頭を撫でて「大丈夫」と繰り返す。

「私はあなたの味方であり続けるから。みんなも一緒だよ。チャールズはもう戦争に関わらなくていいの」

 シルヴィの中にある言葉が、今俺に向かって流れる。優しい小川のような流れだ。

 俺はその流れに従い、ひたすら川を下るようにシルヴィの胸元で涙を流してしまった。人を頼る、というのは戦場にいる戦友に限るものであったのだが、そのルールはここで破られてしまった。

「ありがとう、シルヴィ」

 俺は無意識にその言葉を口に出していた。

 

 

 

 

 

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